その六
「もっと上よ」
「もっと上?ああ天国のことかな。いや、高天原か」
少女は呆れた調子で言った。
「鈍いわね。宇宙に決まっているでしょう。宇宙よ」
「えっ、宇宙」
「そう。いつまでも一つの星にこだわっていられないわ。だいだらぼっちや海坊主。ヤマタノオロチやキマイラ、ヒドラその他諸々。みんな宇宙へ旅立っていったわ。何せ宇宙は広大で面白い。美味しいものも際限なくあるのよ。当然の成り行きでしょう」
「こりゃスゴい。さすが凡人とは目の付け所が違う」
「だからね、人間もくだらない権力争いばかりしていないで、もっと宇宙へ思考を向けなさい。やっと月まで行ける程度ではどうしようもないわ。あなたもがんばりなさい。一人一人の自覚が大切なの」
私は正直なところ感心したが、如何せん根が素直ではない。
「いやぁ参りました。おじさんには理解し難いレベルです。特に私のようなしがないサラリーマンには。そう君みたいな類い稀な賢い子が将来発明や発見、ブラックホールやダークマターの解明・・」
そう言いかけて少女を見ると様子がおかしい。
私を物凄い形相で睨んでいる。
しかも震えているようだ。
ーおやっ、どうしたのかなー
みるみるうちに顔面が真っ赤に染まっていく。
突然少女が口を開けて何かを叫んだ。
が、聞こえない。
聞こえないが叫んでいるのは分かる。
私は呆気にとられた。
理解不能な現象だった。
つぎに少女は片足をひょいと上げ思い切り地面を踏み込んだ。
今度はズズーンと地響きが轟き、視界が上下に大きく揺れた。
私は一メートルほど宙空へ弾き飛ばされた。
そして落下して腰をしたたかに打った。
ようやく起き上がってみると少女の姿は消えていた。
周囲には散歩する老人や子供連れの母親が何組かいて談笑している。
別に異変が起きた気配はない。
私は腰をさすりながら少女が立っていた位置に行ってみた。
すると小さな靴跡が垂直に十センチぐらいめり込んでいる。
私は恐る恐るその一つだけの靴跡に触れてみた。