第九十七話 二つの世界の少女たち
女性たちが目を覚ますことなく寝かされた大部屋に入ると、改めて芹緒は大きく深呼吸する。
昨日は一人も救うことが出来なかった。ムキになって長くここに留まり、外で待っているみんなに心配をかけてしまった。
昨日話しかけた女性の元に歩み寄る。
何事もバランスが大事だ。
傍らの椅子に座ると芹緒は精神を集中して力を使う。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
見た目は元通りになった、真っ白な彼女の前まで来る。
そして芹緒は普段通り目を閉じ優しく語りかけ始める。すると。
『私に悩み相談したいの?』
不意に女性の声が芹緒に届いた。慌てて目を開き辺りを見渡すと、いつの間にか真っ白な女性が腕を組みあぐらをかいて芹緒の目の前を漂っていた。
芹緒の眼前に女性の裸体が大きく広がり芹緒は慌てて目を閉じる。
『その年でそこまで恥ずかしがらなくてもいいんじゃない? あ、童貞なんだごめん』
目覚めた女性はカラカラと明るく笑うが身体を隠そうとはしない。逆に芹緒が恥ずかしくなって股間を隠し体を縮こまらせる。
『気にしない気にしない。あなたの真摯な優しさ伝わったし。人間見た目じゃないって本当なんだねえ』そう言って女性はうんうんと深く頷く。『紫苑には見た目に騙されちゃったよ』
「それじゃあ行こうか」
今まで目覚めた女性たちは何かに怯えて言葉を発することはなかった。
彼女は違うようだ。それでも話し始めた女性に芹緒は覚醒をうながすが。
『あなた悩み抱えてるね。紫苑有栖? 娘には罪はないでしょ。本人はあなたたちが捕まえてくれたんだし。今はその娘に嫌われているかもしれないけどゲームの中では仲良かったんでしょ? なら向こうだってそれに気付いてくれるって。それでダメならそん時だよ。最初に会った人と百パーセント上手くいくなんて天文的確率なんだから。世界がそうなら離婚なんてないよ』
芹緒の表層心理を見て澱みなく言葉を紡いでいく。その勢いに芹緒も飲み込まれて会話を続けてしまう。
会話をしたいのなら心の世界で。それは昨夜葵と確かめ合ったことだ。
「確かにそうですね……でも怖くて」
『あなたは失敗の経験がないんだね。甘やかされてる、転びそうな時に誰かが手を引いてくれるんじゃなくて、そもそも転ぶ行動をしない。だから失敗もしないけど成功もしない』
「……はい」
女性はぺらぺらと芹緒のダメな点を指摘する。その通りすぎて芹緒は頷くしか出来ない。いつの間にか芹緒は正座していた。
『あなたの声、ずっと聞こえてた。でも言葉通りの正論って私には退屈で。そんな時、今あなたが抱えてた俗な悩みが私の好奇心に火をつけたの』
「好奇心」
『うん。ここってほら、刺激のない世界だからね』
「なら元の世界に戻りませんか?」
『うーん』女性はちょっと困ったような笑みを浮かべる。そしてここ心の世界では表層の思考など簡単に伝わる。『見えたよね、私のされてたこと』
「はい……」
『いやいやいいのいいの。あなたが思い浮かべたことってしょせん創作のお話でしょ? 実在の女性にしたわけじゃない。創作で好きなことするのは自由よ。でも紫苑はね……』
彼女は紫苑鷹秋によって全身の敏感な箇所のいたるところに機械を付けられ放置された。紫苑に従わない彼女の態度が気に食わなかったらしい。
結果彼女は一日耐えた。
だが彼は興が削がれた、らしい。ここからは彼女もわからないし芹緒も想像でしかない。
放置された。
糞尿を垂れ流すオブジェとして部屋の片隅に転がされた。
周囲の同じ境遇の女性たちが機械を取り外そうにも鍵が取り付けられており外せない。せめて、と栄養だけを流し込まれて身体だけは生かされ、だが心は死んでいた。
そこで芹緒はようやく気付く。
紫苑邸で助けるのに一番苦労した女性がこの人だったことを。見るも無惨な姿で放置されていた彼女に少女たちを近寄らせることは出来ず、美琴親衛隊である彼らも思わず目を逸らしたくなるほどの扱いであった。
『だからごめんね』彼女は言う。『あんな壊れた身体には戻りたくないんだ。もう戻れないところまで壊され切れちゃってる』
おどけたように明るく振る舞う彼女。そして本当に彼女は現世に戻らないことを悲しんでいない。それほどにあの身体に残されたキズが怖いのだ。
「分かりました」芹緒は立ち上がる。「あなたの身体が良くなるよう全力で頑張ります」
『期待はしないけど待ってる。世の中出来ることと出来ないことあるもんね? でもありがと』
女性は立ち上がった芹緒に近付くと肩をぱんぱんと叩く。
『そそ、私の家も成り上がりなの』
芹緒が彼女のフレンドリーな様子に姫恋を思い浮かべているとそう笑う。そして不意に真面目な声になる。
『その子、幸せそうだね。あなた、守ってあげなきゃダメだよ。誰かを守るには力がいる。これは残酷だけどこの世の真実。力がないと大事なものは守れない。でも力の使い方は間違えちゃダメ』
そこまで言うと彼女はまた笑う。
『また遊びに来てよ。それまでは寝て待ってる』
「王子様のキスはありませんが」
芹緒が茶化すように言うと
『お姫様のキスはあるよ』
彼女が顔を近付け芹緒の唇を奪う。目を白黒させる芹緒。けらけら笑う彼女。
『私が外の世界に行かないことであなたが自分を責める必要はない。私をここまで救ってくれただけであなたは私の王子様たる資格があるわ。だから胸を張って』
「言動がかっこ良すぎますね……はい」
『ええ、私の通ってた女子校では王子様だったもの。でもね』そう言って今までの男友達っぽい態度からは一変、芹緒の首に両手を回しそっと身体を密着させてくる。『やっぱり私も女なんだなぁって紫苑に思い知らされた。屈辱。そんな嫌な記憶消してほしいな?』
しなだれかかり芹緒に目に涙を溜めて語りかけてくる彼女。だが芹緒には無理しているのが見える。
「善処します」
『決断出来ないのはダメだぞー。男は外見じゃないよ。中身だよ』
そして芹緒は女性が満足するまでおしゃべりを楽しんだ。
それこそ芹緒も女性もプライバシーがないほどに。
女性からは愛情を感じたが、それでもあれから特段スキンシップはなく、芹緒も安心して話せた。
『あなたも大変だねえ……』
芹緒の入れ替わりや現状を聞いた女性はそう呟くのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
芹緒は目を開ける。
大部屋に差し込む陽はすでに傾いている。
「お疲れ様芹緒殿」
年配の医者が芹緒に声をかけてくる。
目の前の女性を見る。
先ほどまで楽しくおしゃべりしていた彼女は、先ほどまでのような真っ白な身体ではなく、人の肌色をしているが胸がかすかに上下する以外は変化がない。まるでこちらの方がマネキンのようだ。
芹緒は心の世界で聞いた彼女の身体の異変を医者に全て話す。
「そうでしたか……。分かってはいましたが、彼女がそこまで恐れるとなると、本当に辛いのでしょう。こればかりはなかなか男性である私たちには分かってあげられませんからな。……いえ、今の芹緒殿が知り得ても知ってはいけないものではありますが。ただ、身体の方はこのまましっかりと栄養管理を行い、神経の昂りや脳の過剰反応を抑えることで治ります」
「そうですか!! それじゃすぐに彼女に伝えてきます!」
「待ってください」年配の医者は力を使おうとはやる芹緒を嗜める。「治りますが時間がかかる。現実時間で少なくとも半年は見ていただかなくては」
「希望があるかないかで言えばある。それだけで彼女は立ち直れます!」
そう言うと今度こそは芹緒は目を瞑る。すると芹緒とベッドに横たわる少女の身体が白く光り、そしてすぐその光は消えた。
「伝えてきました。ありがとうございますとのことでした」
「患者とこの短期間で会話が出来るその力は素晴らしいものですな」
慌ただしい芹緒の言動に、年配の医者はそう言って顔を綻ばせた。
芹緒は立ち上がると大部屋を出る。
「おかえりなさいませ芹緒様」
「ただいま」
出迎えてくれた彼女たちに挨拶をする。そして昨日に続き今日も誰も引き連れていないことに対して、聞くかどうか逡巡している様子の彼女たちに、今日の顛末を話す。彼女のお世話をしていた人もこの中にいる。
「生きてくれて良かった……」
そのことを伝えられた女性は泣き崩れる。だがそれ以外の女性たちは悔しそうに俯いたままだ。
それはそうだろう。彼女の意識は戻ったのに、壊された身体を理由に戻ってこれないのだから。
「お待ちしておりました芹緒様」
「芹緒様……」
部屋を出るとそこには有栖付きのメイドとさつきが立っていた。
「あ」
心の世界で彼女と話し込んでいてすっかり有栖のことを忘れていた。どうしようという気持ちすら吹っ飛んでいる。
(ある意味良かったのかも)
芹緒がどう心配しようと有栖の考えや態度が変わることはない。なら心配するだけ損だ。
「お願いします」
芹緒はそう言って再び有栖の部屋へ向かうのだった。
「あのメイドは……」
仮面の女性の一人、一番の新入りが芹緒を連れていくメイドたちに仮面の奥で胡乱げな表情を浮かべた。
皆さんの評価やブックマーク、感想が心の支えです。
読んで気になる、面白いと思っていただけた方はぜひ評価やブックマーク、感想をよろしくお願いいたします。




