第九十二話 推測と実験と
「優香、もっとカード、持ってるよね?」
葵の声に芹緒は苦笑しながら頷く。
整理されているカードはバインダーに入っている。
未整理のカードはつつじが芹緒の部屋に一箇所にまとめてくれてあるはずだ。
「見る?」
芹緒の声に少女たちは嬉しそうに頷いた。
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「「「「おおー」」」」
芹緒が長年かけて集めたカードコレクションに、各々バインダーを持ちながら感嘆の声を上げる。
「このバインダーにちゃんと整理されていたんだねえ」
姫恋がベッドに座り込みながら一ページ一ページめくっていく。
「よおく見るとこの部屋にはたくさんバインダーがありましたのね」桜子も興味深そうにカードを見てつぶやく。「統一感あるバインダーに整理されていてかえって気付きませんでしたわ」
「優香几帳面」葵は抜けている場所を指差す。「コレクションだもの、足りないものも、あるよね」
「それはね……。このカードゲーム新エキスパンションが出るスピードと量が半端ないんだもの」芹緒は肩をすくめる。「カード集めるだけだった頃はまだ頑張れたけど、フォイル……光ってるものだったり絵違いだったりするともう追いつかなくて」
「ふむふむ」美琴が言う。「芹緒さん任せて。足りないのは全部買ってあげるわ」
「ダメだよ」ある程度美琴が言いそうだと思って心の準備をしていた芹緒は、美琴に釘を刺す。「僕のコレクションなんてこのカードゲームの総種類数の半分にも行ってないんだから。部屋に入りきらなくなるし、そもそもカードには一枚一枚集めた時の思い出もあるからね」
「じゃあ全部じゃなくて少しだけなら? 私たちからのプレゼントってことなら思い出にもなるでしょ?」
「あんまり高いのはダメだよ」美琴は自分の我を通す傾向がある。全部ダメだと機嫌を損ねてしまうだろう。「でもそれなら数枚貰ってそれに美琴さんたちのサインでも貰おうかな」
「なんで?」姫恋がガバッと立ち上がって言う。「優香さんがアタシたちのサインなんか欲しがっちゃダメだよ!! なんかアタシたちと優香さんの距離が開いちゃう感じがするもん。私たち恋人でしょ! そんなの断固反対!!」
「恋人違う。だけどごめんね」
芹緒は頭を下げて謝りながら姫恋の勘に内心驚く。元に戻った時、彼女たちのサインや写真があれば良き思い出となるかもとつい思ってしまったのだ。
この縁は長く続かない。
芹緒はそう思っているのが見透かされた感じだ。
「……」葵が黙ったまま芹緒を見て、やがて口を開く。「決めた。ブラックロータス?、というカード、プレゼントする」
「ダメだって!!」芹緒は慌てて叫ぶ。「すっごく高いんだって!!」
「ほらこれ」葵が手元のスマホを少女たちに見せる。そこには専門店のウェブサイトが開かれており、高いカード順でソートした結果が載っている。「これ、一枚数千万円」
「「「え??」」」
少女たちはいっせいに自分のスマホを取り出し、葵が開いているウェブサイトを同じように開く。そして改めて自分の目で確かめる。
「優香様、こういうのはお好きなのでは?」
「お好きだけどさすがに受け取れません」
「カード一枚でこのお値段かあ、すごいねこのカードゲーム」
「三十年以上前からあるカードゲームの、初期のカードだからね」
「じゃあこのヴィンテージ?っていう枠組みでデッキが組めるようカードプレゼントするのは?」
「ブラックロータスも入っているからダメ」そして芹緒は大きくため息をつくと本音を言う。「僕は高いカードよりも、こうやってこのカードゲームを好きになってくれて一緒に遊んでくれる方が何倍も楽しいし嬉しいよ」
「ふむ……」
考え込む葵に芹緒は自分の思いを紡ぐ。
「僕は、コレクションは全部揃っているよりも抜けがある方が好きなんだ。この抜けがある限り、その抜けを埋めたいって気持ちが続くから。今みんなと遊んでいる『全部揃ってないカードで遊ぶ』、これが一番楽しい遊び方なんだよ? 全部揃っちゃったらどうしても強いデッキ、弱いデッキが出ちゃうからね」
「本音ですわね……」
桜子がそう呟く。葵もうんうんと頷く。二人は力で芹緒の言葉を保証する。
「じゃあもう少し仲良くなったら、ね」
美琴が意味ありげに言って芹緒の頭を撫でる。もう抵抗するだけムダだ。ぐりぐりと美琴に撫でられる。そして
「もう美琴さんの家からもたくさんお世話になってるし、桜子さん葵さん姫恋さんにもお世話になってるから気にしないで」
「家族になったらもっと親密になれますわね」
「旦那様の好きなものプレゼントするの楽しみだよね」
「カードと私、どっちが大事なの、してみたい」
「それはさすがに葵さんだから」
芹緒は苦笑する。そんな二者択一したくない。
「眼福でございました」
桜子がそう言ってバインダーを閉じ、その音で皆が顔を上げる。
芹緒も含めて全員バインダーに見入っていたが、気付けばそろそろ寝る時間だ。
「寝る準備しよっと」
そう言ってぱたぱたと姫恋が部屋を出て行く。誰かがトイレに行く前に先にナプキンを替えに行ったのだろう。あまりにも言動が普段の姫恋すぎて、彼女が生理中なんて忘れてしまいそうだ。
「向こうも片付けないとね」
芹緒姿の美琴もそう言ってベッドから立ち上がる。その拍子に同じくベッドに座っていた葵と桜子が大きく沈んでいたベッドが揺れ、身体のバランスを崩してベッドに寝転んでしまう。
「ごめんねー」
美琴は気にすることなくそのまま部屋を出て行く。
芹緒が美琴の立場だったら声をかけおろおろしてしまうことだろう。あれくらいの度量は持ちたい。
芹緒は二人に声をかけ手を貸しながらそう考える。
「えいっ」
だが伸ばした手が引っ張られて芹緒もそのままベッドに倒れ込んでしまう。そんな芹緒を桜子と葵が二人で抱きしめる。
「ちょ、ちょっと」
「今日は美琴様に優香様を譲ったので、優香様成分補給ですわ」
「いつ抱いても、優香は優しい気分に、なれる」
「いやこの身体美琴さんのだからね?」
「そういうお気遣いが優香様成分ですわ」芹緒の苦情を聞いても桜子は涼しい顔だ。「早く元に戻っていただけたら、優香様を天国にお連れいたしますのに」
「うん、私たち使って?」
「もっと自分を大切にして。そんなこと女の子が言うんじゃありません」
葵の言葉は冗談も多いが見逃せば実行しかねない怖さがある。芹緒はげんなりしつつ葵をたしなめる。
「愛情あるからこその、物扱い?」
「黙りなさい」
芹緒が葵の頭に軽くチョップを下す。そして改めて二人の抱擁から抜け出す。
「僕も寝る準備するから。美琴さんか姫恋さんが戻ってきたら交代ね」
そして芹緒も部屋から出て行く。
部屋には桜子と葵が残される。
「全部『はい』なのが困りますわね……」
芹緒の言葉は嘘偽りない言葉ということだ。
芹緒が遠慮がちというところもあるが、彼女たちとしては芹緒にもっと自分たちを貪欲に求めて欲しいという、子どもらしくも厚かましい欲望がある。
「とりあえず今夜、頑張る」
葵はそう言って桜子を抱きしめた。
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昨日は外泊したが、一昨日から芹緒は少女たちの誰かと一緒にベッドで寝ることになっている。
一昨日は姫恋、昨日は桜子。そして今夜は葵だ。
「検討したいこと、ある」
全員がパジャマ姿になって美琴が寝る畳敷の和室で集まった。そこで葵がそう口を開いた。
もちろん傍らにはさくらの姿もある。ふすまは空いており、リビングにはつつじとさつきの姿が見える。
「優香が拐われたとき、私と美琴に、一方的に優香の思考や光景、送られてきた」
なんとか言い終え、ふう、と息を吐く。
それは確かに全員が気になっていたことだ。
あの時、芹緒から受け取った思考や光景によってさくらたちは突入計画を立てることが出来たし、美琴も芹緒のピンチを知って駆けつけることが出来たのだ。
だがそれ以来芹緒から思念が送られてくることはない。
以前話し合ったときは『芹緒がピンチになると送られてくるのだろう』という、ふわふわとした話にしかならなかった。
だがそれだと桜子が思念を受け取れなかったことの理由にはならない。
桜子は姫恋と違って力がある。葵との差はなんだったのか。
それに美琴。美琴は今力を使えない。そんな美琴が姫恋や桜子を差し置いて思念を受け取れた理由が分からない。
本人は『愛の力よ!!』とうそぶいていたが、こちらに関しては『芹緒と美琴が入れ替わっているからだろう』というのが少女たちが出した結論である。
「何か分かったの?」
「優香がピンチのとき、私と美琴は、寝てた。『寝ている』のが条件、だと思う」
紫苑鷹秋の事件から約二週間。
葵は葵なりに思考を深めていたようだ。
「あとは体液交換」
「「「!!!」」」
少女たちが驚いて芹緒を見る。芹緒は慌てて首を振る。身体ごと交換した美琴は『体液交換』かはともかく、葵だけにそんなことをした覚えは全くない。
「葵……抜け駆けしたのね」
「ちょっと待って美琴、あの日はアタシたち桜子のところにお泊まりしてるから、エッチなこと出来るタイミングなかったよ」
「そうですわ。あの晩優香様は生理に苦しまれておられて、そんな性的興奮を覚えるような行為をしておりませんわ」
「でも生理の時って悶々とするらしいわよ」
「へーそうなんだー」
「……散々中年男性にとってはえっちな体験はしたけどね。えっと体液交換……キスとか?」
「そうそれ」
「それならそうとはじめから言いなさいな!」
「そっか。キスね。でもあの日はみんな優香さんにチューしてたよね?」
「あなたたちね……また私が出来ないことしてる……」
「したらいいのでは?」
「私はともかく、芹緒さんが嫌がると思うの。嫌がる人にキスは出来ないよ」
「さすがに男と、それも自分の顔とキスはちょっと、すごくイヤかな」
「だよねえ。で? みんなキスしてたなら桜子も同条件じゃないの?」
「推測」
葵は指を立てて言う。
「いち。優香がピンチ」
「に。優香は、体液交換した相手に、思念を一方的に、送る」
「さん。受信するには寝てることが、必要」
「よん。体液交換の、効果時間にはリミットが、ある。このどれかの組み合わせ」
葵の区切り区切りの言葉は聞いて理解するのに時間がかかったが桜子が腕を組みながら声に出す。
「それで、あの日その条件に合致したのは葵だけだったと言うのですね」
「そう」
「美琴は?」
「身体ごと交換してるから、効果時間、なさそう」
「検証するにはお口にチューをして時間差で寝たらいいのかな?」
「その前に優香をピンチに」
「ひっ!?」
「ダメですよ」
少女たち(中年男性姿含む)が一斉に芹緒を野獣のような目つきで見るのを、さくらが声で制する。どんなピンチを芹緒にしようとしていたか。えっちなことに決まっている。
「大丈夫、優香は気持ちいいだけ」
「却下!!!」
「今夜は優香様は寝てるだけでいいですわ。おねだりさせてあげちゃいます」
「そういうピンチはお断り!!!」
やはりそうだった。
ただでさえ昨夜の痴態を思い出して顔が熱くなってしまうくらいなのだ。お腹もうずうずしてしまうので話の方向転換を図りたいところだ。
「例えばさ」芹緒が口早に言う。「さくらさんと相対するのはどうかな? 僕はそれだけで色々思い出してびびっちゃうよ」
「う」
「ああ」
トラウマを抉られたさくらと、それを思い出した美琴。他の少女たちはきょとんとしている。
「本当に手が出なくても、僕がピンチだと思えばピンチなんでしょ? どうかな?」
「さくらよろしくね」
「……はい」
仕えるお嬢様たる美琴に言われてはさくらは断れない。芹緒を殴れというわけではなく、迫力で芹緒を気迫で圧倒すればいいだけだ。
そして問題はこの先だ。
「じゃあチューしよっ」
そう言って姫恋がたたっと芹緒の元に駆け寄ると、芹緒のほっぺを両手で挟み込んで口にキスする。
「!?!?」
「最初に寝るねーおやすみなさいー!!」
そう言い残して姫恋は芹緒の部屋に行ってしまった。
「えっと……」
嵐のようにキスされた芹緒が呆然とする中、キス合戦は始まってしまった。
静けさだけが和室を支配して十分後。
「今日は私の番」
一瞬桜子と葵の視線が交差したが、葵がそう言ったことで桜子がしずしずと芹緒の前に進み出る。
「桜子さん、ちょっと」
言い募ろうとした芹緒の唇を桜子の指が押さえる。
「優香様。男性というのでしたらもっとどーんとおかまいくださいませ」
そして芹緒の身体を抱き寄せると口づけを交わした。
「時間に関しては今夜はこのぐらいの間隔でよろしいのでは?」そして桜子は優雅に一礼する。「それではお先に失礼いたしますわ。おやすみなさいませ」
畳に敷かれた布団の上でへにょんと座り込む芹緒。女の子座りをして顔を赤らめている様は年相応の少女のようで、中に中年男性が入っているとは思えない。
「芹緒さん気分はどう?」
美琴がからかいが混じった声で芹緒に尋ねる。
「今までキス……をしたのはどれもいきなりが多かったから、こんなキスされるのを待つのは心臓がもたない……。もうやめない?」
「それは、姫恋のキスの時点で、言わないと」葵は取り合わない。「桜子のキスまでも時間、あった。観念しよ」
「〜♩」
美琴が楽しそうだ。
芹緒は気付いた。
次は美琴だ。
芹緒は極力美琴だけ仲間外れにしないよう立ち回ってきた。そのツケがこれなのか。
確かに美琴は芹緒とキスしたことはない。いやでもさ? 芹緒はそっと元自分の顔を盗み見る。
芹緒の顔はまさに中年男性といった顔だ。ひげの剃り跡も残り、シミもあり、皺もある。そして芹緒は残念ながら同性を性的に見たことがなく、ましてや自分を愛するナルシストでもない。
別の観点から考える。
芹緒は美琴とその身体に振り回されてきたとはいえ、どう考えてもプラスが多い。
そして芹緒には美琴に返せるものなど何一つない。美琴はなんでも持っている。
返せるのは芹緒の気持ちくらいだ。
そして十分後。
「じゃあ芹緒さんしよっか」
そう言って美琴が芹緒に近付いてくる。
「大丈夫大丈夫。目をつむってくれたらすぐ終わらせるから。体液交換だから舌は入れちゃうけど後でゆすいだらいいよ。それに」
悲しいことを言わせている自覚はある。
美琴が芹緒と入れ替わってしまったばかりに。
芹緒は自分から何か言葉を続けようとする美琴に近付くと美琴の肩に手を置く。
きょとんとした美琴がそれでも屈んでくれると、そのまま首に手を回して元自分の顔に口付ける。
(これは美琴さんだ。僕は美琴さんにキスをするんだ)
不意をつかれた美琴は一瞬目を見開いたが、すぐに潤んだ瞳で芹緒を抱きしめ返す。
芹緒が入れた舌を美琴が迎え入れる。
時間にしてわずか数秒。
だが芹緒と美琴のお互いにとって、とても大切な数秒となった。
「美琴さんいつもありがとうね」
唇を離し、芹緒は美琴の耳元でそう囁く。
「芹緒さんもね」
美琴も囁き返す。そして美琴が芹緒の身体を引き離す。芹緒の離れた手が空を彷徨う。
「芹緒さんありがと。おやすみなさい!」
そう言って美琴はその場の布団に潜り込む。芹緒たちは立ち上がっておやすみを交わし、和室を出た。
「優香やるね」
「素敵でしたよ芹緒殿」
それに芹緒は答えない。
真っ赤になった顔とドキドキ早鐘を打つ心臓を抑えるのに懸命であった。
元々紫苑鷹秋のときから考えていた裏事情をようやく書けました。




