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ヤサシイセカイ  作者: 神鳥葉月
第二章 理屈と想いと

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第八十九話 憂慮

投稿が安定せずすみません。

「二人とも早かったね?」


 対戦していたらしい姫恋が顔を上げてお風呂上がりの芹緒と葵に声をかける。


「どんな感じ?」


「いい感じ!! 思った通りにゲームが進むと楽しいねえ」


 芹緒の声に姫恋が嬉しそうにそう感想を述べる。


「こちらは全然……。妨害をどのカードに当てればよろしいのか難しいですわ。姫恋様ブラフもかけてきますし」


 姫恋と対戦していたらしい桜子が少し気落ちした様子で、姫恋のデッキの中身を見せてもらいながらそうこぼす。


「強いカード妨害されたら困るからね。駆け引きも楽しい!」


「どれを妨害したら良いのでしょうか……」


「ええとね……」


「桜子が大変だと、私も、大変」


 葵がそう言って自分のカードの山を持ってきて、姫恋と検討中の桜子の隣に腰掛ける。


「どんな感じに、組んだの?」


「ええと……」


「姫恋、私と遊ぼ!」


「ダメです」デッキの相談を始めた桜子と葵を尻目に、美琴は姫恋と遊ぼうとしてつつじに捕まってしまう。「美琴様、お風呂へ」


「えー」


 明らかに不満そうに口を尖らせた美琴だが、まだ髪を乾かしていない芹緒を見て意地の悪い笑みを浮かべてつつじに言う。


「芹緒さん風邪引いちゃうよ? それともつつじが私の背中洗ってくれるの?」


「……洗いましょう」


「へ?」


「さ、行きますよ」


「え? え?」


 何やら決心がついたらしいつつじが芹緒姿の美琴を連れてリビングを出ていく。


「ささ芹緒様、髪を乾かしますよ〜」


 そんな二人を横目に、さつきに手招かれた芹緒はダイニングテーブルから離れた場所の椅子に座る。

 手持ち無沙汰になってしまった姫恋は、葵の後ろに回ってそのセミロングの髪をドライヤーを使って乾かし始める。

 それをやはり手持ち無沙汰のさくらがそわそわと見守るという微笑ましい風景が芹緒の目に入る。姫恋の手つきは堂に入っておりテキパキと葵の髪を乾かしていく。


「姫恋様はご兄弟が多いですからね。お姉さんや妹さんのお世話をしていたようです」


 さつきがドライヤーの音に負けないくらいの声で芹緒に教えてくれる。

 なんだかんだいっても姫恋も生まれた時から女の子。多少上流社会や生理など知らないことはあっても、女の子として生きてきた時間や経験は裏切らない。


「すごいね」


 さつきの声に言葉少なに返す芹緒。

 芹緒はさつきや美琴たちより遥かに長生きこそしているが、他人に誇れるものがあるだろうか?

 男性として、と考えると手抜きしか思いつかない。

 ドライヤーなんてほとんど使わなかったし、見た目も気にしなかった。ただ好きなことをしていただけで、男性ならではのオシャレや気の使い方なぞ何もない。

 そもそもだらしない生活に肉体、借金に休職と、男性どころか人として終わっている。

 そして今、美琴と入れ替わってようやく女性として様々なことを身につけている有様だ。

 だがこの経験は元に戻ったら活かせない。

 元に戻ったとて、男性として身だしなみやオシャレが出来るとは到底思えない。

 そうするためには強烈な目的意識が必要だと芹緒は考えている。

 美琴がいい例だ。

 美琴は芹緒という、デブで醜いモンスター中年男性と入れ替わりながらも全くめげていない。

 お金があるからにしろ、『こうなりたい、ああなりたい』という意識があってこそ、日々肉体改造に取り組めている。

 芹緒だってこの身体になってから様々なことを覚えてはいるが、これは全部元に戻った時美琴が困らないように、という『現状維持』が目的だ。

 もっと女性的にという目的意識はない。あるならもっと健康に気を使ったりプロポーションに気を配ったりするだろう。

 芹緒は男性に戻って目的意識が生まれる気がしない。


 ただこれでいいとも思っている。

 心の世界での葵との会話で自分が愛されていることを改めて実感したが、それでも元に戻っての現実を考えると二の足を踏んでしまう。

 ここは異世界やファンタジー世界ではない。

 少女たちに愛されました、めでたしめでたしではないのだ。

 彼女たちが孤児ならともかく、家族もいて、家は上流階級に属している。

 桜子には許嫁までいる。

 ライトノベルならそんな困難も乗り越えて彼女たちを手に入れるのだろうが、芹緒には荷が重い。

 芹緒はただの中年男性なのだ。

 彼女たちは純粋培養で育てられた少女たち。たまたま彼女たちの周囲に普通の男性がいなかっただけで少し外に出れば芹緒以上の素敵な男性はたくさんいる。

 姫恋には男兄弟もいるし、美琴たちとは案外上手くいくのではないか。

 この二週間、あまりにも濃密で夢のような生活を過ごしてきた。

 これ以上を望む気力はない。




 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※




「どう? いけそう?」


 芹緒姿の美琴の背中を懸命に擦っているつつじに、美琴はそう声をかける。


「そうですね。……美琴様が努力してくださいましたから」


 つつじの前には大きな背中がある。脂肪こそまだあるがその肌は細やかな手入れで綺麗になり、触ることに対する嫌悪感は確実に減った。


「タオルやら着替えやら準備しておりますときに芹緒様が美琴様の背中を流しているところを見て、嫌悪感が減ったのは確かですね」


「へへー」


 美琴が嬉しそうに頭をかく。そして続ける。


「これなら元に戻っても芹緒さんのお世話出来そう?」


「……問題ないですね」


 美琴の意図に気付き、美琴の欲しい言葉を返す。

 つつじだって元に戻った時、芹緒の危うさはわかっている。

 メイドたちは芹緒の遺書を見ている。

 芹緒の『来世女の子になりたい』という本来叶うはずがないであろう子どもじみた願いが叶ってしまった。

 来世とはいうがあれも今生きている芹緒の意志だ。

 それが叶ってしまった今、元に戻った芹緒がどういう行動を取るか嫌な予想が止まらない。

 九条道里も元に戻ったからといってそのまま芹緒を放り出しはしないだろうが、せいぜい手切れ金として芹緒が生涯働いても手に入れられない金を渡す程度だろう。まさに手切れ金。

 関係は確実に切れる。美琴がここまで芹緒に入れ込んでいる事実があるから尚更九条家は芹緒と美琴を引き離そうとするだろう。

 九家だって芹緒を認めまい。

 伊集院家も突然現れた、許嫁を持つ一人娘にまとわりつく中年男性には警戒するだろう。

 芹澤家は嫡子以外は放任とはいうが、家格を重視する当主たちだ。何もない中年男性はお断りだろう。

 そして中川家。あそこは今まさに上流階級との繋がりを欲している。芹澤家と同様芹緒はけんもほろろに扱われるに違いない。


 元に戻れば芹緒と少女たちとの縁は確実に切れる。

 そして最大の問題は芹緒に少女たちの愛が届いていないこと。

 芹緒に肉食男性くらいの気概があれば、なりふり構わず突っかかってどこかの家を動かすことくらいは出来るかもしれない。

 だが芹緒は絶食男性。絶食すぎて与えられた愛という水すら受け付けない。


 希望を叶えた自殺未遂の中年男性。

『さあこれから心を入れ替えて希望を持って生きていくぞ!』

 となるとはつつじはおろかさつきもさくらも思っていない。

『もう未練はないや』

 こっちの方が悲しいことに芹緒にはしっくりくる。

 だから美琴は言外に『メイドたちは芹緒についていけないか?』と聞いたのだ。

 もちろん美琴は美琴で桜子たちと策を弄してはいるが、打てる手は多いに越したことはない。

 自分に三人のメイドがついて芹緒を一人にするくらいなら、誰かついて欲しいというのは紛れもない美琴の本音だ。


「芹緒様に何か夢があればいいんですけどね。……女の子になる以外の」


「自尊心を上げるのって難しいね……。芹緒さんどうしてあんなに低いんだろ」


 そして二人はため息をつく。

 芹緒がもう少し自尊心が高ければ、少女たちからの愛を受ける自分を信頼出来るはず。

 自尊心がないために、少女たちの愛は過ぎたるものだと受け入れられない。

 どちらにしても、今の状態では芹緒を褒めても、芹緒は美琴が褒められたと無意識に脳内変換してしまうだろう。

 紫苑鷹秋の被害者たちを救っているのも素晴らしい讃えられるべき業績なのだが、本人が全くそれを鼻にかけないのがいっそもどかしい。

 もう少しバカになってくれたらいいのに。

 真面目すぎるから心が自制してしまう。


(いっそお嬢様たちを襲うくらいの気概があれば)


 そう考えて慌ててつつじは頭を振る。仕えるべきお嬢様たちに対して、いくらなんでも不敬にも程がある。

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そろそろ希望が欲しいところですね 自殺しないと確信出来るなにか的な意味で …既成事実しかない気もしてきたw
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