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ヤサシイセカイ  作者: 神鳥葉月
第二章 理屈と想いと

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第八十六話 初心者講習会

 一日一回しか参加出来ないデイリーダンジョンクエストも終わり、手伝うことの出来ないソロのデイリークエストを芹緒がこなしていると、アリスが不意にこぼした。


『今日もイヤなことあったけど、ユウカのおかげでスッキリ!!』


『え、話聞くくらいなら出来るよ?』


『あらごめんなさい、ついうっかり。めでたい日だからやめておくわ。また今度時間があればお願いするかも?』


『うん』


「ただいまー」


 芹緒のデイリークエストが全部終わったちょうどその時、タイミングよく部屋の扉が開いて美琴たちが帰ってきた。


「おかえりなさい」


『それじゃあまた明日ね』


『ええ、おつかれさま』


 ギルドやアリスとお別れのチャットを交わし、芹緒はゲームを閉じ、顔を上げる。

 レアをゲーム内オークションに出したらまだメンテが開けたばかりのタイミングなので価格は青天井だろう。

 だがこれはアリスと一緒に、というかアリスのおかげで入手することが出来たアイテムだ。

 これを手放すのは……人生を終わらせるときくらいか。

 すごいレアが出たとはいえゲーム内。このゲームのことを全く知らない美琴たちお嬢様にこの興奮は伝わるまい。芹緒が興奮しているのに気付くのは、おそらく感情を読める葵くらいか。

 と思いきや


「優香さん、なんか嬉しいことあった?」


「えっ!?」


「すっごく嬉しそう」


 感情どころか表情に出ていたらしい。姫恋に尋ねられてしまった。なのでゲーム内ですごいレアが出たことを伝える。すると


「おめでとおおお!!!」


 まるで自分のことのように姫恋がぴょんぴょん飛び跳ねて喜色満面で芹緒に抱きついてきた。芹緒はそのままソファに押し倒され芹緒のほほと姫恋のほっぺたがくっついた。

 芹緒は眼前まで近付いた姫恋の顔にドキマギだ。


「すごいレアか、やるね」


 反対に葵はとてもクールな反応だった。姫恋に先を越されてしまったのかもしれない。

 美琴や桜子はよく分かってないなりに顔を綻ばせておめでとうと言葉をくれる。


「芹緒様おめでとうございます!! そういうのテンション上がりますよね!!」


 さつきも嬉しそうに声をかけてくる。さつきはゲームや漫画などサブカルが好きなので、芹緒の気持ちが分かるのだろう。




 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 美琴の部屋を出て移動、という時に葵が芹緒の腕を取りピタッと引っ付いてきた。

 芹緒もそうだろうなとは思っていたので、特に取り乱さない。他の少女たちも同様だ。


「葵様、今日はどちらへ?」


 つつじが歩きながら背後の葵に声をかける。前日の桜子は芹緒の家に帰らずにすき焼き、ナイトプール、ホテルで一泊と芹緒攻略に本気を出していたので、葵はどうなのか問いかけた格好だ。


「? 芹緒の家に、帰るよ」


 だが葵は不思議そうな顔をした後、そう答えたのだった。




 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 帰りの車内で芹緒はスマホを触ることなく、送迎用リムジンで葵と美琴に挟まれ、桜子や姫恋たちの会話に参加していた。

 とは言っても彼女たちが最近気になっているコスメやブランド品の話だったが。

女子中学生ではあるが上流階級の子女でもあるので、コンビニに売っている普通の女子中学生が買うようなものではないのだろう。

 芹緒は聞きなれないカタカナ語を右耳から左耳に受け流す状態で話は聞いているよ、と頷きながら聞いていた。横で姫恋も同じように頷いていた。


「優香様は女の子になって、女の子として欲しいアイテムとかないですか?」


 そんな状態の芹緒に気付いた桜子が、本人的には助け舟、芹緒にとっては話しにくい話題を振ってくる。


「もしよろしければ可愛い下着などのオーダーメイドもありますし、着るものも優香様の感性に合った物をオーダーも出来ますのよ」


「今で満足してるから大丈夫だよ、ありがとう」


「なら男としてなら? 私はオナホとか興味あるわね」


「ぶっ!?」


 健全な女子中学生である(はずの)美琴の口から到底出てはいけない単語が出てきて、芹緒は思わず咳き込む。


「おなほ?」


 案の定桜子と葵は首を傾げる。姫恋だけが遠い目をして視線を逸らしたのは、男兄弟のそういった物を見聞きしたことがあるのかもしれない。たくさんの兄弟も考えものだ。


「ないよないない。みんなと関われて満足だよ」


「優香様、おなほとは」「忘れなさい」「はい」


 芹緒の珍しい命令口調に桜子が少し顔を赤らめて頷く。と助手席にいたさつきが口を挟む。


「芹緒様、カードゲームはどうですか? こないだ買ったのに遊べてないんじゃないですか?」


「カードゲーム?」


「今はコレクションみたいな感じかな。なかなかこの年になると遊ぶ相手を見つけるのも大変だからね」


「ふむ」


 葵が頷いて考え込む。そして


「それじゃあ、帰ったら一緒に、遊ぼ」


 そう言って芹緒に身体を寄せる。


「ありがと」


 そう言ってくれた葵に芹緒は優しく言葉を返すのだった。




 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




「ただいまー」「ただいまあ」「おかえりなさいませ」


 一日ぶりの芹緒家。

 芹緒と三人の少女、芹緒姿の美琴、三人のメイド。合わせて八人が独り暮らし用の狭い部屋に吸い込まれていく。


「葵様、夕ご飯はいかがいたしましょう?」


 つつじが葵に問いかける。


「皆さんに、お任せ」


 だがここでも葵は特に注文が出ない。


「葵、あなたが優香様を独占出来るのは一日だけなのよ? 明日に何か考えているの?」


「ひみつ?」


 桜子の問いに葵は飄々とした表情で受け流す。


「あ、お風呂は優香と、一緒」


 だがお風呂は譲らないのは皆と同じだった。

 三人のメイドがぱたぱたと自分の仕事をすべく動き出す。


「でカードゲームって、どんなの?」


 葵が興味深そうに聞いてくる。他の少女たちも興味津々だ。


「ええと……見た目は女の子には取っ付きにくいかも。こないださつきさんに買ってもらった初心者対戦キットがあるから、それで遊びながらルールを教えるよ」


 芹緒が部屋に置いてある袋から初心者対戦キットを取り出していると、ついてきた美琴が中に入っている両の手の平に収まる位の大きさの箱の存在に気付く。


「これは?」


「カードはパックで販売してるんだけど、それは箱に入ってるの。箱ごと買ってもらったんだ」


「なるほど。開けないの?」


「開けてもいいけど、整理が面倒だからまた時間が出来たら、かな」


「私たち手伝うよ?」


「いや、これは僕の趣味だから付き合わなくて大丈夫だよ」


「いえ優香様」そばで話を聞いていた桜子が話に加わる。「私たちは優香様の好きなものを知りたいのです。無理に付き合うのではなく、付き合いたいのですから気にしなくて良いのですわ」


「うんうん」姫恋も頷く。「学校で男の子たちがカードゲームしてるの見てるから、どんな感じか大体分かるよ!」


 芹緒としては、子どもたちが学校で遊ぶ○戯王とは違う!とか色々思うところはあったが、芹緒だって女性の扱うアイテムの良し悪しは全くわからない。悪気はないのだから気にしなければいい。


「優香、はーやーくー」


 初心者対戦キットを持って立ったまま話し始めてしまった芹緒の袖を引っ張って、葵が促す。


「ごめんごめん、行こうか」


「うむ」


 リビングのダイニングテーブルに五人が座ると、芹緒は葵に初心者対戦キットの一つを渡し、もう一つを開封していく。


「最初は遊び方を覚えよう。カードが並べて積まれているから、説明書通りに上から順にカードを使っていけば覚えられるよ」


「了解」


 葵は手の中の説明書を見ながらカードを七枚取る。芹緒も同様。


「説明書通りってことは、もしかしてどっちが勝つかも決まってる?」


 美琴の質問に芹緒は頷いて


「うん。僕が持ってる方が負ける方だよ。でもそれぞれ戦い方は違うから面白いと思うよ」


「あくまで覚えるためのものですものね」


「アタシは葵のほう見とこ」


 姫恋はそう言って椅子を葵に寄せる。桜子と美琴は芹緒を挟む形で椅子を寄せる。


「それじゃあやってみようか」


 芹緒の掛け声で初心者のための対戦が始まった。




 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 デッキ(カードの束)を入れ替えて葵が負けて一通り勉強会は終わった。


「なるほど……。相手のターンにも行動できるのがこのカードゲームのいいところであり、難しいところ」


 葵が無意識なのかぶつぶつと長い言葉を息継ぎもせず話す。


「モンスター?の数値が数千とか数万とか大きくないから、パッと見どれが強いか分かりにくいねえ」


 姫恋がううむと唸る。


「なんていうか、可愛くないけど芸術性は高そうなイラストが多いのね」


「でも基本は分かりましたわ。これは最初から作ってありましたけど、この山……デッキ? を自分で作って自分の戦い方をするのが楽しみですのね?」


「そうだね。でも他人が作ったデッキをコピーして動きを覚えて、自分で色々調整するのも面白いんだよ」


「なるほどねえ。このカードゲーム、カードは何種類くらいあるの?」


「一万枚は軽く超えてるね」


「そこからデッキ組むのは大変だあ!?」


 姫恋が頭を抱えたので、芹緒は慌ててフォローを入れる。


「カードプール……例えば僕たちだけで遊ぶなら、この範囲のカードだけで遊ぼう、って決めたら種類は減るよ。数百枚位。でも大きく色ごとに分かれてるから、一つの色だけで組んだら百枚は超えないよ」


「それくらいならいけるかも」


「うむ」


「百枚超えないと言うことは、クリーチャーとかはもっと少なくなるね」


「というか、え? みんな遊ぶの?」


「? 優香様の好きなものなんですわよね? 私たちも一緒に遊べたら楽しいですわ」


「うんうん。優香さんの好きなこと、一緒に楽しみたいな」


「ありがとうね」


 そして芹緒は部屋に戻り、箱を人数分持ってきた。


「この箱はみんなに渡すよ。この箱の範囲で遊ぼう。自分が使わないカードは他の人と交渉して交換したらいい」


「これならみんな同じ枚数である程度の資産で遊べますわね。限度がないと決めきれなくなりますわ」


「そうね。自分が使うカードを集めて、他の人が使いそうなカードを渡さない。政治だ」


「そこまで深くないと思うよ」


「ご飯出来ましたので、それはまた後にしてください」


 箱をいそいそと開けようとしていた子どもたち(芹緒含む)をつつじが制して、ダイニングテーブルの上を片付けさせるのだった。

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