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ヤサシイセカイ  作者: 神鳥葉月
第二章 理屈と想いと

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第八十話 ビュッフェ

 スイートルームから見る朝焼けの眺めも素晴らしいものだったが、芹緒としてはこれ以上この場にいることが出来なかった。芹緒の頭では言語化出来ないむせかえるような生々しい匂いと、シーツの大小様々な染みが昨夜の夢を現実だと強制的に思い出させてくる。

 芹緒と桜子はシャワーを浴びると(もちろん一緒に、押し切られた)、エレベーターで一階に降り他のみんなと合流する。


「優香さんおはよー!! ベッドすごかったね、ぴょんぴょん跳べちゃった」


 朝から元気な姫恋がぴょんぴょん跳ねながら挨拶してくる。


「芹緒さんおはよう。私はあんなに体が沈み込むなんて思わなかったわね……」


 そう言いながらも、美琴はシャワーを浴びた芹緒と桜子の姿を感情の篭っていない目で見つめる。


「優香、スイートルームは、どうだっ……桜子? やっちゃったね?」


 葵も力を使って桜子や芹緒の感情を読んだのか、ジト目で桜子をにらむ。


「優香様も女の子として楽しみませんと」だが桜子はそんな視線を受けてもどこ吹く風と言わんばかりの態度だ。「優香様も楽しみましたし問題ありません」


「ふーん?」美琴と葵の視線が芹緒に向く。そしてうんうんと頷く。


「いいかげん芹緒さんも女の快感知らないともったいないわよね。……私が教えたかったけど」


 美琴が怖いことを真顔で言う。もし昨夜の桜子が今の芹緒姿の美琴、つまり中年男性だったら芹緒の、つまり美琴の処女はほぼほぼ無理やりといった形で本人の手(手?)によって散らされていたに違いない。

 男として長い人生を過ごしてきたというのに、童貞を捨てる前に女になってたった二週間で処女を捨てるなんて恐ろしい話だ。しかも九条家とのゴタゴタもセットでついてくるといういらないおまけ付きだ。


「ならいい」


 良くない。全然良くない。

 だがはじけてしまったことで、女体に対する悶々や昨日の鬱屈した感情が晴れて、今はさっぱりしているのも確かだ。人体にとって()()()性欲発散は大事ということだろう。


 つつじは頭痛を押さえるかのように片手の平を頭に当ててはいるが、本当に止めたいなら昨夜の時点で止めている。そういう意味でつつじたちは桜子と同罪だ。

 そもそもつつじたちには、『芹緒も美琴もお互いの体で未練がないように』という方針がある。さすがに男性と性行為をさせて美琴の身体の処女を失う訳にはいかないが、性欲発散くらいなら問題ない。はじめはさつきがその担当をしていたが、恥ずかしがった芹緒には警戒されてしまった。だから桜子が多少強引であれ一晩相手をしてくれたのならありがたいくらいなのだろう。これが美琴だったら全力で止められていたに違いない。


「朝ご飯は食べ放題だって!」


 姫恋がそう言いながら芹緒の手を取る。

 姫恋の元気さと裏表のなさは、芹緒にとってとてもありがたい道標だ。どんな理論や理屈の通らない場所に居ても姫恋のそばにいるだけで平穏な日常に戻って来れる気がする。

 生理の件は……初めてだから芹緒の手を借りただけで、慣れた今は自分で出来るのだから問題はない、ないはずだ。


「行こう行こう」


 そんな芹緒と姫恋の背中を大柄な体格の美琴が押す。

 美琴は少女四人の中で唯一冴えない中年男性の姿になってしまっている。本人が気にしてないとはいえ、性別でみんなと区別されているのは心苦しい。


 そして昨日やらかしてくれた桜子と今日やらかしそうな葵はその後ろで二人で何やらこそこそ話し合っている。

 昨日のプールの時点で葵は『明日の私の番、楽しみにしてて』という不穏な言葉を残している。そして今朝の桜子と芹緒の様子から葵は現状を正確に把握しているはずだ。

 彼女たちは何かしらお色気作戦を仕掛けてくるに違いない。


 ……今日も気が抜けない。


 芹緒は『もう油断しないぞ』と心に誓って朝食を食べられるビュッフェ会場へと足を運ぶのだった。






 ビュッフェ会場はとても広かった。そして多くの料理が並べられていた。

 時間帯が良かったのか、芹緒たち以外のお客はまばらだ。

 芹緒はトレーとお皿を取ると、ひとまずどんな料理が並んでいるのかを確認しながらてくてく歩く。

 和食、洋食、中華……。

『朝食』の時間だというのに明らかに朝から食べるには重そうなステーキやハンバーグまで並んでいる。


 小市民の芹緒からすると、こんなに作ってしまって残ったらどうするのだろうという疑問がわいてしまう。

 一番いいのはまかないにすることだが、高級ホテルの従業員がある意味食べ残しを食べるか?というと疑問だ。だからといってリサイクルは出来ないだろう、新鮮さが失われていくしどこぞの料亭でもあるまいし。

 全部捨てる? 確かにこれだけの料理の代金も込みで宿泊料金が決められているなら、表面上は問題がないだろう。芹緒のような小市民感覚のある上流階級の方々はこんな考えすら持つまい。


 それに、桜子のパジャマパーティーでも同じようなバイキング形式で昼食をとったが、そういえばビュッフェとバイキングは何が違うのだろう?


 どうでもいいことでうんうんと考えこんでしまいそうだが、まずは食事を選ばなければみんなを待たせてしまう。考えるのはあとだ。

 ビュッフェ形式なのだからみんな思い思いに食べたらいいと、独り暮らし歴が長い芹緒は思ってしまうのだが、それでもここ二週間で他の人と揃って食べる食事にも慣れている。芹緒一人でここにいる訳ではない以上、全員に合わせるべきだ。


「優香様こちらへ」


 背後からの桜子の呼びかけに一瞬身体がビクッとなったが、さすがにこんな公衆の面前で破廉恥なことはされないだろうし、変に萎縮して逃げてしまって桜子に自分が弱腰だと思われるのも癪だ。

 芹緒はなんでもない風を装って桜子の側に近寄ると、その目の前ではシェフがハンバーガーの上のパンズがないような料理を作っていた。食べたことはないし見たこともないが、おしゃれで美味しそうな料理であることは間違いない。


「エッグベネディクトですわ。このホテルのエッグベネディクトはとても評判がいいんですのよ」


 芹緒の疑問を含んだ視線に桜子はそう答える。桜子のトレーの上にはサラダ、クロワッサン、フルーツ、ヨーグルト、パンケーキといった芹緒から見れば『ザ・女子』というべき料理が並んでいる。

 だが芹緒はぐるりと周って食べたいものをすでに決めていた。


「ごめん桜子さん。私和食食べるね」


「あ……。そうなのですね。お腹に空きがありましたらぜひこちらの料理もご賞味くださいませ」


 桜子は引き止めることなく目の前のシェフから出来上がったばかりのエッグベネディクトを受けとる。

 芹緒は桜子と別れ、和食コーナーへ向かう。

 パンもいいがやはり選べるなら朝食はご飯がいい。それが芹緒だった。


「あっ優香さん!」


 和食コーナーにはすでに姫恋がいてトレーの上にはたくさんの和食が並んでいた。芹緒は姫恋のトレーを覗き込み満足気にうんうんと頷くと、自分も料理を選んでいくのだった。





「「「いただきます」」」


 全員で手を合わせていただきますを言って食べ始める。

 芹緒は目の前のトレーを見やる。

 白米、味噌汁、鯖の塩焼き、納豆、ほうれん草のおひたし、卵焼きに漬物。

 女子中学生という美琴の見かけには少し合わないが、芹緒としてはこのメニューが一番『朝食』を感じる。

 だし巻き卵ではなく、普通の卵焼きなのもミソだ。だし巻き卵を作っていたシェフにわざわざ作ってもらった一品である。

 箸で鯖を一口サイズに取り分け、口に入れてご飯を放り込む。よく噛むことで塩気のある鯖と炊きたての白米が混ざり合い、口の中が幸福感で満たされる。


「「「ん〜♪」」」


 和食組の芹緒、姫恋、美琴が同時に幸せな声を出し、洋食派の注目を浴びる。

 普段着物しか着ない桜子が今朝は洋食なのは、普段から和食を食べ飽きているのもあるかもしれない。

 芹緒は味噌汁を飲み、その熱さにほっとする。

 ほうれん草のおひたしを口に入れ、その食感を楽しむ。

 漬物で白米を食べる。全てのおかずは白米を食べるためにある。

 卵焼きは芹緒にとっては箸休めだ。食べ応えのある少し甘い卵焼きは郷愁すら感じる。

 納豆は独り暮らしの中年男性であれば白米にかけてしまうが、ここはたくさんの人の目がある。しかも皆上流階級だ。

 姫恋はそんなことお構いなしに納豆を茶碗に入れるとかき混ぜてぱくぱく食べていく。だがあれは姫恋のキャラあってのことだ。美琴である芹緒にはちょっとハードルが高い。

 軽く納豆をかき混ぜ粘り気を出すと、白米を口に入れ納豆を箸で掬うと口に運ぶ。


「納豆苦手……」


「同じく」


 美琴と葵が美味しそうに食べる姫恋と芹緒の姿を見てそう呟く。美琴のトレーには納豆はなく、代わりにウインナーが乗っていた。それもあり。


「私の口に合ってるの、それ(納豆)?」


 むむーとしかめ面をして美琴姿の芹緒に問いかける芹緒姿の美琴。自分の姿で納豆を食べている姿はよっぽど違和感を覚えるのだろうか。


「私の姿でナンパするよりは合ってるよ」


 昨日のようなイヤミではなく、からかい気味に美琴に言葉を返すことが出来た。

 うんうんと大きく姫恋が頷く。


「中身美琴って知ってるけど、それでも優香さんの姿で他の女の人に声かけてるのもやもやする……ってなんでみんなアタシの頭撫でるの!?」


 姫恋の可愛らしい嫉妬に桜子や葵、美琴の手が姫恋の頭に伸びて撫でまくる。

 芹緒はもぐもぐ口を動かしながら尊い光景を見つめる。姫恋さんはそのまま初心な少女のままでいいんだよ。桜子さんみたいにならないでね……。


「何か失礼な気配が……?」


 桜子がキョロキョロするが芹緒は何も言わない。分かってる、桜子さんだけが悪いんじゃないんだよね、環境が悪い。

 その後姫恋と美琴は立ち上がっておかわりを取りに行った。

 芹緒は桜子に一口分だけエッグベネディクトを分けてもらってその味を堪能した。

 だが、


「あーん」


「……あーん///」


 様々な辱めやえっちな体験をしても、まだ『あーん』のような恋人同士が行う行為を自分自身がしていることに慣れることが出来ない芹緒だった。




 食後。

 全員が思い思いにデザートとドリンクを持ってくる。

 芹緒が選んだのはモンブラン。

 芹緒は栗を使ったデザートに目がない。

 中年男性時代には三千円ほどするモンブランを食べに回ったほどだ。

 可愛らしい大きさとはいえ、芹緒が目を付けたのは当然のことだった。

 ドリンクはミルク。

 芹緒はミルクの優しいのどごしに(以下略)。

 生粋のお嬢様ならミルクティーかもしれないが、芹緒は中年男性時代には○後の紅茶ミルクティーを飽きるほど飲んでしまい、もうミルクティーはこりごりという心境に至っていた。


「はむ」


 小さいので美琴の口でも一口だ。

 モンブランクリームがほどけて芹緒の口内いっぱいに幸せが広がる。小さくカットされて乗せられた栗もアクセントになっている。土台はスポンジで芹緒好みのモンブランでとても美味しい。

 思わずもう一つ取って来たくなるが、この身体は美琴のものだ。自重すべきだろう。

 と、芹緒の目の前にフォークに刺さったモンブランが差し出される。

 見るとそれは姫恋だった。


「アタシも優香さんに食べさせてみたいなっ!!」


 そういえば昨日の夕食のすき焼きでも姫恋から『あーん』はなかった。別に残念という訳ではなく、ひたすら美味しそうに食べる姫恋が、姫恋らしいなと微笑ましく思ったものだ。

 そんな姫恋から?

 芹緒が目をぱちくりしていると、突然姫恋の顔がデレた。


「!?」


「モンブラン食べて幸せそうな笑顔浮かべてるんだもん、アタシも食べさせたくなっちゃった! はい、あーん!」


 姫恋の声は大きい。

 人は少ないとはいえ、注目される『かもしれない』ことを芹緒は恐れる。

 現にテーブルを囲むみんなの目は芹緒と姫恋に注がれている。

 このまま放置していても姫恋はきっと引かないだろう。芹緒は観念して受け入れる。


「あ、あーん……」


「はいっ!!」


 やっぱり慣れない。

 モンブランの甘さ以上に甘いものを感じた芹緒は顔を真っ赤にして口を動かし、ミルクを飲むのだった。

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