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たのしいバスタイム

 芹緒と美琴は一緒に浴室に入っていた。


 二人とも裸、というわけではない。

 芹緒の体をした美琴は裸で、美琴の身体をした芹緒はバスタオル姿だ。もちろん下にはパンツを着ている。




 やはり芹緒の体は美琴の、女性の裸に反応する。

 もしくは美琴の精神が芹緒の体に引っ張られているのかもしれない。



 その光景を目の当たりにした二人のメイドは、


「誰もあの体触りたくないでしょ?」


 という芹緒の言葉に弱々しく頷いた。

 何しろ自分たちの裸でも芹緒の体は反応する可能性がある。

 その反応は乙女たち二人には刺激が強すぎる。

 それでも


「私大丈夫ですよ」


 とさつきだけは引かなかったが、


「さすがにそれは認められないよ……」


 と悲壮感を漂わせながらの芹緒の言葉にさつきも今回は諦めることにした。



「私がすぐ外に控えますので、芹緒殿、何かありましたら遠慮なく声を上げて下さい」


 先にお風呂に入った美琴に続き、芹緒が入るべく、つつじに身体へバスタオルを巻かれていると、さくらがそう告げた。


「はい、わかりました」



「芹緒様、どうしましたか?」


 何か落ち着かない様子のバスタオル一枚を身体に巻いた芹緒の姿にさつきが声をかける。


「いえ……、本当にバスタオル一枚で身体を隠せるんだなあと感動していて……」


「なるほど」


 芹緒の身体にしっかり巻いたつつじが得心したように頷く。


「以前も腰には回せたのでは?」


「そうですけど、でもこんな小さなバスタオル一枚で女性は上から下まで本当に隠せるんだなあと……」


 芹緒はまだ不思議そうにくるくると美琴の身体を見回す。その視線にいやらしさは感じられない。


「バスタオルは大きいですよ、芹緒殿。今体感されているでしょう」


 微笑ましい仕草にさくらが笑いながら言う。



「色んな経験をして下さいね」


 さつきが微笑む。


『芹緒さん、お願いしてもいいでしょうか』


 美琴の声が浴室から響いた。





「ごしごし擦るから痛かったら言ってね」


「はい」


 いつも通り垢すり出来るボディタオルを濡らして、まずはそっと背中をこする。

 脂肪だらけの汚い背中。毛も生えていて泣きたくなる。

 自分の目(?)で見るのは初めてだが、他人には見せられないと芹緒は心の中で落ち込んだ。



「ん、大丈夫です」


「じゃあもう少し力入れるよ」


 ごしごしごしごし


 普段自分の体を洗っていた要領で背中を擦っていく芹緒。



「全然大丈夫です。もっと強くていいですよ」


 美琴の注文に芹緒はどんどん力を入れていくが、美琴の要求は留まるところを知らない。


「これ、なら、どう、だ!」


「私の体、力ないですね……」



 芹緒としてはこの身体の全力を注いだつもりだが、芹緒の背中の脂肪の前には美琴の力は無力だったようだ。


「まあ、普段一人でちゃんと洗えていないから、力よりも丁寧さでカバーするよ……」


 しばらく黙って背中から腰にかけてしっかりと擦っていく。芹緒の額に汗が浮かぶ。


「こんなものかな」


 垢だらけの背中をボディタオルと共に洗い流す。

 そしてボディタオルを美琴に渡すと美琴は肩から擦り出した。


 ごしごしごしごし


「わあ、垢がたくさん出てくる」


「恥ずかしい……」


 若い女の子にこんな汚らしいものを見せるのは偲びなさすぎる。


『女性だって垢出ますからね。垢擦りは女性にも人気なんですから。気にしすぎないで下さい』


 浴室の外からさつきの声が響く。


 そうは言われても異性に、しかも若い子に見せたいものでは断じてない。



「でも普段はこんなに身体擦ったりしないんですよ。泡の力で優しく優しくって感じです」


「僕の体は脂で汚れているからね。これくらいしないと」


「この後は男性でもボディケアした方がいいと思います」


「ボディケア?」


「はい。お肌の保水力がないと肌荒れ起こしちゃいますし、脂分を全部なくしちゃうのも考えものなんです」


「美琴さんはしっかりしてるなあ」


「叩き込まれてますから」


 そう言って苦笑する。




「さっきジョギングしてきたんですよ」


 美琴が体を洗いながら話しかける。


「僕の体じゃジョギングはムリでしょ」


「あはは……。まずは体重を落としますね。今日は早歩きして近所を散歩してきました」


「無理はしないでね」


「私頭使うより体を動かすほうが好きなんです」


 ならば飛んだり跳ねたり出来ない今の体は不便ではなかろうか。


「男性の姿だとジロジロ見られることもなくて快適です」


「まあわざわざそんな醜い体を見る人間はいないよ」


「またそんな言い方を。やめて下さい。今は私の体です。私の体の悪口はダメです」


「その論だとこの可愛い身体は今は僕のものってことになるからそれもダメだよ」


「好きにしていいですからね。返品不要です」


「頼むよ。君の力が必要なんだ」


「可愛くおねだりしてくれたら考えますよ。ほら、あの日の夜の私みたいな」


「絶対しないから諦めてくれ」


「残念……。私には女が、若い可愛いというメリットが、デメリットに釣り合いません」


「デメリット? なんだろう?」


 芹緒は本気で頭をひねる。

 芹緒にとって若くて可愛い女の子は至上の存在だ。デメリットなんて考えられない。



「まずは生理です」


「生理……ああ。確かに月に一週間辛いのは大変かな」


「一週間どころじゃないですよ」


「え?」


「女性の身体がベストなのって月に十日です」


「は??」


 月の三分の二はコンディションが悪いということじゃないか。そんなはずはない。



「美琴さんは身体が弱いのかな」


「さくら」


 美琴は芹緒の言葉をスルーして外に控えているさくらに声をかける。


『芹緒殿。お嬢様だけではありません。女性は、皆、そうです』


「いやいや」


 そんなに大変なことなら気付かないはずがない。もっと一般的に広がっていないとおかしいじゃないか。

 そんな芹緒の言葉に


『私たちはもうこの女性の身体の調子に慣れてしまっていますが、お嬢様のように生理が始まったばかりだと子供の頃のようなベストコンディションの日が減るのは精神的に辛いことでしょう』


『今の日本では生理の話はおおっぴらに話せる話題ではないですし、一人一人辛さが違うので女性同士でも分かり合えないこともあります』


 つつじにさくらも続ける。



「私の生理、まだ安定して来ません。そして私の感覚では私の生理は重いです。芹緒さん、覚悟して下さいね」


 美琴が恐ろしいことを芹緒に告げる。


「う、うん……。そう言われると確かに男性はそういうこと考えたこともなかったなぁ」


「ね? 男性って羨ましいです」


 芹緒が反省すると美琴は羨望を声に乗せる。




「ここってどうやって洗うんでしょうか?」


 そう言って美琴が股間を指差す。


「あー……」


 美琴の問いに芹緒は言葉を濁す。


 女子中学生に触らせたくないのもあるが、かといって今の自分ーーー女子中学生の手で洗うわけにもいかない。



「せっけんつけて適当に洗って」


 芹緒は悩んだ末に投げ出す。結局二ヶ月の間洗わないわけにはいかない。芹緒が美琴の身体に慣れていかねばならないように、美琴にも芹緒の体に慣れてもらわなければいけないのだ。



「はい!」


 嬉しそうな声で美琴は泡を立てた手で股間を洗い始める。


「おちんちんってなんで体から出っ張ってるんだろう……面白い。くにゅくにゅする。あっ大きくなってきた」


「実況はいらない」


 外に聞こえないよう声を張り上げる。

 芹緒の声でそんなことを言われても本当に困る。



「触ったくらいで大きくなったんならほっとけば小さくなるから」


「うわーうわーうわーこんな大きいの私に入るのかなあ」


「黙れ!」


「あはは」


 ペシ!と思わず美琴の頭にチョップを叩き込んでしまった。叩かれた美琴は楽しそうだ。


「あとはちゃんと洗い流してゆっくり温まって!!」


 そう言い捨てると芹緒は浴室から飛び出した。





「芹緒様お疲れ様でした」


 外に出るとつつじがタオルを持って待っていた。


「ありがとう」


 体力的にも精神的にも疲れてしまった。

 芹緒はタオルを受け取ると手足を拭いていく。



「そう言えば他のデメリットってなんだろう?」


 話が途中で終わってしまったことを思い出す。



『いやらしい視線、セクハラ、見下し』


 浴室の向こうから声が聞こえてくる。


『胸をあからさまに見てきたり、お尻を触ったり、女というだけで見下してきたり。耐えられません』


 声に若干の棘がある。



「お嬢様っ!? もしかしてそのような無礼を誰かに!?」


 さくらが色めき立つ。

 さすがにすぐに芹緒を疑うことはしなくなった。


「何かあったのですか?」



『ううん、漫画で見た』



 つつじの問いに答える美琴。その答えにつつじはさつきを睨みつけ、さつきは露骨に顔を背ける。


「さつき、貴女の漫画のせいではないですか!」



『でもいつかはあるんでしょ?』


「……」


 美琴の言葉につつじもさつきもさくらも押し黙る。

 セクハラはともかく、いやらしい視線や見下しは覚えがありすぎる。



 特に思春期の女の子にはショックが大きいだろう。そんな男性の下劣な視線を成長して嬉しく受け取れる女性もいるだろうが、そんな女性は少数派だろう。やはり好きな人に見て欲しいものだ。


「男はやっぱり女性の身体は見ちゃうからね……」


 それが男の生理というものだ。



『でも芹緒さんあの夜見なかったし、大きくもしなかった。とても紳士でした。……あれ? さっき私が私の裸を見て大きくしたのは、私自身の問題???』


「いやいやいや。あれはあの時だけだから! 美琴さんみたいな女の子の裸見たらもう理性飛ぶよ!」


 美琴が悪い思考に陥りそうになったので、芹緒は思わずフォローを入れる。



『本当に?』


「当たり前だ」


『じゃあ元に戻ったら優しく抱いて下さいね?』


「ちょ……もご」


 とんでもないことを言う美琴にツッコミを入れようとした芹緒の口がつつじの手によって閉じられる。

 見るとつつじは真剣な眼差しで首を縦に振っている。

 さつきが芹緒の耳元で小声で囁く。


(お嬢様が戻る気になるように、お願いいたします)


 時間はない。


「楽しみにしててくれ」


『はい!』


 やけになった芹緒の言葉に嬉しそうに美琴が返す。

 ふぅ、と安堵のため息をつく二人のメイド。



「お嬢様はやっぱり……」


 さくらの小さな呟きは誰にも聞こえることはなかった。








「次は芹緒様ですね」


 ほかほかの美琴がトランクス一枚の下着姿で洗面所を後にしたあと、さつきが芹緒に声をかけた。


「私と一緒に入りましょう」


「結構です」


「ダメです」


「お風呂くらい一人で入れます」


「お嬢様の身体をどうお手入れするか、ご存知ないですよね。一緒に入りましょう」


「さつきさん!?」


 さつきの圧に気圧されて芹緒は思わずつつじに助けを求める。が、つつじはすげなくその手を払いのけるように言う。


「私はつつじでその子はさつきです。芹緒様に見られてもさつきが問題ないと言うのです、諦めて下さい。お嬢様の身体のお手入れを覚えて早く一人でお風呂に入れるようになって下さい」


「そんなぁ」


 情けない声を出す芹緒の小柄な身体をさつきが抱きかかえて洗面所に入っていく。

 そんな芹緒の後ろ姿につつじとさくらは小さく手を振った。









 芹緒がまごまごしている間にさつきはどんどん服を脱いでいく。


「あら、ここで私のストリップを見ていかれますか?」


 ガーターの上に穿いたパンツを降ろすところでさつきが芹緒に囁く。


「先に入ってます!」


 芹緒は慌ててバスタオルを外してパンツを脱ぎ捨て浴室に飛び込んだ。


『かけ湯だけして待っていて下さいね』


 背中から聞こえてくる裸っぽい声を振り払う。

 湯船を見るとお湯がほとんど残っていなかった。


「あー……」


 芹緒ほどの巨躯が入ればお湯は溢れてしまう。

 すぐに足し湯のボタンを押す。

 そういえば美琴に浴室の給湯器のリモコンの使い方を教えていなかった。


 ……まあ教えていたとしてもお湯は溢れるんだけども。



「あら、足し湯の最中なんですね」


 背中にさつきの声がかかる。思わず芹緒は前に逃げる。

 小さな賃貸マンションの小さな浴室。だが入り口近くにいては身体が触れてしまう。それはいけない。


「お湯が入ったら声かけますので、このままだと寒いでしょうし外で待っていてはどうですか?」


 さつきから距離を取れる思いつきを披露する芹緒だったが、さつきの答えは想像の枠外だった。



「よいしょ」


「わあ!?」


 さつきは芹緒の身体を抱きかかえてバスチェアに座り込んでしまった。


「これなら二人とも寒くなくていいですね」


 ぎゅうっとさつきが抱きしめるたびに、さつきの大きくて柔らかい温かい胸が直接芹緒の背中に押し付けられる。

 肌と肌が触れ合う感触。温もり。芹緒が恋い焦がれていたもの。


「お、女の子同士でもこれはやりすぎでは……」


「そうですね、お嬢様相手ならしないと思います。でも芹緒様は別です」


「なぜ!?」


「すごく反応が初々しくていちいち可愛いからです。たまりません」


 芹緒の肩から顔を出し、ふうっと首に息を吹きかけてくる。


「ええとごめんなさい、名前をど忘れしたんですがそういうご趣味で?」


「さつきです。竹宮さつきです。何回でも聞いて下さいね。私はショタコンでもロリコンでもない、はずです……」


 さつきの語尾の弱さに芹緒の身体が震える。


「そうそう、私はオタクなんですよ。男性向けもいけます。芹緒様、よろしければこの機会に親密になりましょう」


「この状況は色々途中を飛ばしすぎです!」


「あの大先生の漫画、私も好きなんですよ。ほら、ちょっとえっちなラブコメ」


「実践はどうかと思うんです、あとここにラブはありません」


「ほら、裸のつきあいって言うじゃないですか」


「普通そういうのって同性同士だと思うんですよ!」


「同性同士ですよ、ね?」



 さつきは芹緒の言葉に頓着することなく、溜まり始めた湯船からお湯をすくうとそっと芹緒の身体にお湯をかける。


「芹緒様が本当に嫌がっているのなら止めますけど、嫌なんじゃなくてどうしたらいいか分からないから離れようとしてませんか?」


「え、と」


「女性との経験、人との経験がないから人を遠ざけて。だから経験が積めなくて動けなくなる。違いますか?」


「……」


 芹緒は押し黙る。まさしくその通りだからだ。


「だから経験しましょう? ご飯の時につつじも言ってましたけど、私たちは芹緒様のお役に立ちたいんです。もちろん嫌なことがあったら言います。動かなければ成功も失敗も積めないんです」


 ゆっくり、ゆっくり芹緒の身体を温めながらさつきは言葉を続ける。心も温まってくれるといいな、と思いながら。


「心の枷、外しちゃいましょう」


 さつきはそっと芹緒の身体を抱きしめる。


「今だけでも。今のあなたは小さな女の子なんです。ほら、こんなキレイなお胸。そしてここにはおちんちんもありませんよ」


 さつきの指が芹緒に今の身体―――女を知らしめる。


「女の子生活を限界まで楽しんで、どっちがステキか選びましょう?」










「あがりました~」


「ずいぶん長湯でしたね。さくら、入りなさい」


「お先です」


「……」


「芹緒さん、アイスありますよ」


「……」


「芹緒さん?」


 美琴がアイスを咥えたまま廊下を見やる。そこにはバスタオルを巻いたさつきと、同じくバスタオルを巻いて顔を真っ赤にしている芹緒がいた。そんな芹緒は美琴の顔を見るなりさつきの後ろに隠れてしまった。



「芹緒さーん? ちょっと可愛いんですけどー?」


「すみません、ちょっと芹緒様に()()()()()()を教えたら、刺激が強かったみたいで……」


 困ったような表情で笑うさつきとさつきのバスタオルに真っ赤な顔でぎゅっとしがみつく芹緒。


「さつき!」


 つつじの怒声が廊下に響く。


「貴女はお嬢様の精神にも身体にも、芹緒様の精神にも悪影響すぎます!」


「ほんのちょっとだってばあ」


「それだと生殺しではありませんか!」


「続きは一人で出来るはず……あいたあっ!?」


 芹緒の蹴りがさつきの尻を捕らえる。いい音を立てる尻。



「……!」


 真っ赤な顔のまま、芹緒は自室に引きこもろうとする。

 そんな芹緒の手を無情にも美琴が掴む。

 身体をびくりと震わせる芹緒。


「私怒ってないですから。むしろどんどん楽しんで下さい。私も楽しみますし。それで―――」


 芹緒は逃げようとするが力の差はいかんともし難い。


「男と女、芹緒さんは()()()()()()()()()()()()()()()


 そんな明け透けな質問に、芹緒は


「セクハラ!!」


 と言葉と蹴りを美琴に返したのだった。





「監視対象、二人、と」


 洗面所で服を脱ぎながらさくらは決意を新たにした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こういう純粋な入れ替わりもの、といったらいいのか分かりませんが久しぶりに見た気がしますが、やっぱり良いですね 王道ネタ沢山ぶちこまれてて読んでて楽しいです
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