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ヤサシイセカイ  作者: 神鳥葉月
第二章 理屈と想いと

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第七十八話 自由奔放

 芹緒はまぶたを開ける。少し眠っていたようだ。

 人の気配を感じて周囲を見渡すと、美琴たちが芹緒を取り囲んでいた。彼女たちのそれぞれの手には何やらボトルが握られている。

 寝ころんでいた芹緒にとって四人から上からのぞき込まれるように取り囲まれるのは身がすくむ思いだ。

 そんな心境の芹緒を知ってか知らずか、短パン水着姿の美琴がニヤニヤ笑いながら話しかけてくる。

 先ほどあれほどダメージを喰らったはずなのに、彼女のエロスは挫けない。相手(芹緒)は元々自分の身体だというのに。

 前向きなのは少しだけ羨ましい。ほんの少しだけ。


「芹緒さん、日焼け止め塗ってあげる」


「結構」


 今は夜だ。日差しなんてない。この明かりはLED照明の光だ。LED照明で焼けるものなのだろうか。

 太い指をわきわきさせて息を荒げるその姿は、先ほどやり過ぎたという後ろめたさがなければ再び足が出そうなほどキモい。


「優香を、ねちょぬちょに、したい」


「やめて」


 続けて葵が欲望に正直に、本音を隠さずに気持ち悪いことを言う。いっそ潔いが正直に話したからといって、とてもじゃないが了承出来る話ではない。

 芹緒は身体を起こして、美琴や葵、そして同じように自分を囲んでいる桜子や姫恋にも目をやり言う。


「……みんなもゆっくり休まない?」


 彼女たちもさすがにこれは無理すじな流れとは分かっていたのだろう、口を尖らせながらも隣のビーチシートに横になっていく。


 (助かった)


 ほっと胸をなで下ろして芹緒は再び目を閉じる。

 水着姿の女の子に日焼け止めを塗るなんて、アニメや漫画ではよくあるイベントだが、さすがにナイトプールで行うには無理がある。対象が自分というのもキツすぎる。

 それからはみんな静かに時間を過ごしたのだった。





 油断していた。

 さあ帰ろうと全員で引き上げ、シャワーを浴びるためシャワーブースに入ったその時、するりと一人の少女が一緒に入ってきた。


「さ」


「シャワー室はご覧の通り混んでいますから、私たちのような身体の小さい子どもは二人ずつ入ったほうがいいのです。葵と姫恋様も一緒に入っていますよ」


 桜子さん何を、と言う前に桜子が自分が入って来たことの正当性を主張する。

 桜子の視線を辿れば、隣のシャワーブースには二人分の足が見える。足だけで人を判断出来るようなその道の玄人ではない芹緒だが、小柄で肉付きの薄い細い足は確かに葵と姫恋のように思える。

 一瞬タンポンを入れている姫恋のことが気になったが後の祭りだ。姫恋が自分でどうにかするのを祈るしかない。

 桜子は後ろ手にシャワー室の扉を閉める。扉といっても足元と上の方は空いている。同様に隣との壁も足元や上の方は空いていて完全な密室な個室ではない。湿気があるシャワーブースでは当然だろう。

 芹緒たちの身長では頭が少し出る程度だ。それでも普通に立っていれば胸や股間は扉で隠れる。だがしゃがんだら当然股間やお尻は見えてしまうだろう。しゃがまないように気をつけないと。

 桜子は芹緒の持っていたバスタオルを受け取ると、自分のものも一緒に扉に掛ける。そして芹緒が持ってきていないヘアケアグッズを嬉しそうに見せると、ブースの戸棚に置く。

 桜子はパレオを外し扉に掛けると、薄紫色のワンピース水着の肩紐を肩から外し、そのまま胸まで下ろしていく。

 あまりに自然な流れで脱衣を始められ、桜子の桃色な部分が目に入った芹緒は慌てて壁側を向く。彼女たちの恥じらいのなさには本当に困る。確かに桜子たちのハダカはもう何度も見たが、それでも目の前で脱ぐ仕草は生々しいエロさがある。


「優香様?」


 桜子が分かっているクセに不思議そうな声を出す。

 桜子は、芹緒が恥ずかしがることは桜子を意識しているということ、意識しているということは好意を持っているということ、好意を持っているということは愛されているということ、というぶっ飛んだ理論を展開している。

 そして困ったことに芹緒は相手に理論立てて来られると弱い。

 感情で来られるのは理解出来ないからある程度無視出来る。だが理論で来られると考えてしまう。その理屈をどうしたらいいのか考える余地が出来てしまう。


「優香様も脱ぎましょうね」


 そう言って芹緒の水着を脱がしにかかる。


「自分で出来るからっ!」


「あんっ」


 慌てて桜子の手を振り払うが、芹緒の振り回した手が知らず桜子の身体の柔らかい部分に当たってしまう。


「ご、ごめんっ」


「いえいえ。声を出すと芹緒様もビックリしますよね。さわられても黙っておりますのでどうぞおさわり下さい」


「違う、違うから」


 桜子の方向違いの納得に芹緒は首を振りながら、壁を向いて桃色の水着を脱いでハダカになる。後ろから桜子の手が伸びて芹緒の水着を抜き取る。そして芹緒に身体を寄せてこそっとささやく。


「ふふ、脱ぎ方はまだまだ男性ですのね」


 芹緒は何も答えない。反応したら負けだ。大体女らしい脱ぎ方が自然に出来るようになったら、男に元に戻った時に気持ち悪い生物が出来上がってしまうではないか。

 芹緒は黙ってシャワーの蛇口をひねる。すると桜子がぴと、と寄り添ってきた。身体を貼り付け胸はつぶれるほどに押し付けている。

 両手を背後から芹緒の首に回しながら桜子は楽しそうに宣う。


「ちゃんと浴びないと風邪ひいちゃいますから」


 本当に女子中学生はハダカでもそんなべたべたひっつくのか? 芹緒は隣のシャワーブースの足元を見る。

 二組の足が寄り添っている。同じ方向を向いたり向き合ったり。楽しそうな姫恋の声が聞こえてくる。葵の声は小さいからかよく聞こえない。


「……」


 調査したサンプルは自分たちを含めて二つだが、この調査結果では間違いなさそうだ。たぶん。ここでああだこうだ言い合いしても桜子の言うとおり風邪を引いてしまいかねない。

 芹緒は観念して桜子を迎え入れる。

 そんな芹緒を桜子は嬉しそうに身体を両手で撫でて洗っていく。

 戸棚のカゴからシャンプーを取り出すと泡立てて芹緒の髪を洗っていく。髪はお互いの洗い方があるということで自分で洗うことにしていたはずだが、桜子の機嫌良さそうな鼻歌混じりの手つきに、芹緒も全てを任せる。桜子は女の子の先輩だ。

 桜子が芹緒の長い髪を洗う間、ワザとなのかどうなのか、桜子の身体が芹緒にくっついたり離れたりする。

 もう彼女たちのスキンシップにいちいち反応したくないが、元の人格であろうとする芹緒の意思がその接触をどうしても意識してしまう。

 そうこう芹緒が悶々としているうちに桜子は芹緒を洗い終えた。

 桜子は芹緒の肩を掴んで自分と場所を入れ替える。背中を向けた桜子が壁側で芹緒が扉側だ。

 逃げようと思えば逃げられるが、身体や髪を洗ってもらってそれは流石に道義にもとる。例えそれがお互いハダカ同士(芹緒も女の子の姿)で女子中学生を洗うことであってもだ。

 そう自分に言い訳をすると、芹緒は桜子に倣って艶のある長い黒髪を丁寧に洗い始める。

 他人の髪を洗うのは初めてだ。つつじやさつき、さくらと一緒にお風呂に入っていたときも彼女たちは自分の髪は自分で洗っていた。

 芹緒姿の美琴の髪は短いから美琴が自分で出来た。芹緒は美琴の背中を洗うだけだ。

 桜子や葵、姫恋と一緒に何度かお風呂に入った時でも髪は自分で洗う、だったはずだ。

 女の子になって二週間あまり。『髪は女の命』と言われるほど大事な髪の洗髪を任せてもらえるのは素直に喜びが込み上げてくる。

 芹緒は自分が出来る全てを使って丁寧に桜子の髪を洗い上げる。

 そして。

 芹緒の目の前では桜子の華奢な背中が洗ってもらえるのを待っていた。

 女の子の身体なんてもう自分のも含めて洗い慣れているし見慣れている。

 そう言い聞かせて洗っていくが、お尻は自分で洗ってほしい。だが先ほど芹緒のお尻は桜子のぞわぞわするような手つきで洗われてしまった。

 いつも通りいつも通りと言い聞かせて芹緒は桜子のお尻を撫でて洗う。


「あん♡」


 桜子が悩ましげな声を上げながら身体をくねらせる。

 芹緒は気にしないようにして洗い上げると、最後にこれで終わりとばかりにピシャン!と桜子のお尻をはたく。


「優香様はそういうご趣味で「違う」」


 そして芹緒は背中側から桜子の身体の前を洗い始める。身体が密着することもあるが、視覚に優しい洗い方だ。


「前からお願いしてもいいですか?」


「ダメです」


 桜子の甘えたような声音のおねだりを芹緒はピシャリと断る。

 彼女たちのペースに乗せられたらダメだ。勢いに負けることはあっても抵抗出来るときは抵抗しなければ。


「本当にダメですのね……」


 力を使ったのだろう、桜子が拗ねたような口ぶりで言葉を吐く。

 芹緒は頑張った。自分で自分を褒める。




 芹緒たちはバスタオルを巻いてシャワーブースを出て着替えていく。


「トイレ!!」


 バスタオルを巻いただけの姿の姫恋が元気な声で宣言してトイレに突撃する。生理用品を持っていってそこで交換するのだろう。

 ちなみにここでも桜子や葵の可愛らしい悪戯があったが、つつじやさつき、さくらがいる場では芹緒を攻めきれず、安心して着替えてプールを出たのだった。




 だがまさか、このすぐ後、あんなことがあるとはこの時の芹緒は夢にも思ってなかった。




「ここは……」


 先ほどのプールから出て桜子が芹緒の腕を取りながら先頭を歩くこと数分。

 桜子が歩みを止めたその場で呆然と建物を見上げる芹緒の言葉に、桜子が芹緒の腕に抱きつきながら歌うように応える。


「先ほどのナイトプール併設のホテル、『ステラ・スカイ・ヴィラ』ですわ!」


 それは見れば分かる。聞きたいのはそれではなく、なぜここで足を止めたか、だ。

 だが桜子は何も言わずにそのままホテルに入ると、フロントを顔パスで抜け、呼び寄せたコンシェルジュに芹緒以外のみんなの相手を任せると、芹緒の手を引いて黒い制服に身を包んだ男性が横に立つエレベーターへ乗り込んでいく。


「お待ちしておりました。良い時間をお過ごしください」


 そう言って男性が頭を下げ、外からエレベーターを操作する。


「もちろん」


 桜子も男性にそう答えるとエレベーターのパネルの一部に手を当て、懐から取り出したカードをかざす。

 『ピー』という軽やかな電子音が鳴り、ゆっくりと扉が閉まる。

 そして身体がふわりと浮く感覚と共に音もなくエレベーターが上昇していき、すぐに眼前に煌びやかな夜景が広がる。


「わあ……」


 芹緒が思わず感嘆の吐息をもらす。

 下に見える色彩豊かに輝く揺らめきは先ほどのナイトプール。

 ぐんぐんと上昇していくにつれ、遠くの光まで視界に入ってくる。あの光が集中している場所はこの地域の都だろう。この地域は高さ規制があるため、遠くまでよく見える。

 しばらくしてエレベーターから受ける重力がかすかに変わる。目的のフロアに到着したらしい。

 音もなく開いていく扉の向こう。

 そこはホテルの外観やロビー、フロントからは想像出来ない小ささの窓すらない長方形のエリアだった。

 芹緒には価値が分からない高級そうな壺や絵画が、狭い空間ながらもセンス良く飾られている。

 桜子がわざわざ案内するにしては違和感しかないエリアだが、特に不思議なのは扉が目の前の豪奢なもの一つしかないことだ。

 桜子は芹緒と腕を組んだまま、目の前の扉に歩み寄ると先ほどのエレベーターと同じように手とカードをかざす。

 先ほどのエレベーターで鳴った『ピー』という電子音を聞きながら、桜子は芹緒に振り向くと顔を綻ばせる。


「今夜はスイートで二人きりですわ、優香様」

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