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ヤサシイセカイ  作者: 神鳥葉月
第二章 理屈と想いと

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第七十六話 タイミング

 ナイトプール。

 芹緒はその単語を聞くとつい『例のプール写真』を思い浮かべてしまうが、目の前の空間は想像していたものとはかけ離れていた。

 プール全体が青や紫、ピンク色などのカラフルなLED照明でライトアップされ、壁は出入り口の一面をのぞき全てがガラス張りで煌めく夜景が一望出来る。

 プールサイドには多くの休憩スペースが設けられ、奥にはバーカウンターらしきものまで見える。

 時間帯なのかここがSNSスポットなのか、多くの若い女性たちで賑わっている。

 逆に若い男性の姿はあまり見られない。


「「うわあ」」


 姫恋と芹緒が同時に声を上げるが、二人の出した声は同じでも意味合いは全く異なっていた。

 姫恋は幻想的な光景への純粋な感嘆。

 そして芹緒は自身の姿での悪夢を前に、頭を抱えてその場にしゃがみ込んでいた。




 目の前のプールサイドで、芹緒姿の美琴が鍛えているとはとてもいい難い中年男性のだらしない姿で若い女性二人組をナンパしている。

 そこまで必死に口説いているわけではなさそうだが、芹緒がしたこともないナンパを自身の姿がしている光景は、芹緒を共感性羞恥で殺しかねないほどの大ダメージだ。


「っおじさん!!」


 芹緒は目の前の悪夢を終わらせるべく勢いよく立ち上がると、敢然と美琴たちに近寄りその太い腕を取る。


「みんなこっちにいますから! 行きますよ!!」


 可愛らしいピンクの水着を来た金髪少女の登場に、ナンパされていたギャルっぽい感じの女性がぼそっと呟く。


「なんだ子持ちじゃん」


「この人は父親じゃありません!!」


「ごめんごめん、違うよねー。お金持ってるって言ってたし『パパ』だよ」


 隣の子の言葉を訂正するかのように言うセクシーな女性。その言葉にギャルっぽい女性は芹緒の全身を上から下まで見ると


「えっ子どもじゃんマジヤバ」


「そういう『パパ』でもありません!! ただの知り合いです!!」


「美琴ちゃんノリツッコミ上手いねえ」


 ヘラヘラと自分の顔で笑う美琴に内心むかつきながら芹緒は美琴を引っ張ろうとするが、力の差は歴然、全然動いてくれない。

 それどころか。


「この子は僕のリトルラバーだからさ♪」


 そう言って芹緒の身体をくるりと回転させると、後ろから芹緒を抱きしめそんな戯言を抜かす。


「調子に乗るっ、な!!!」


 芹緒の堪忍袋の緒が切れる。

 今までの不満、やるせなさをその右足に乗せ、前に振り上げた足を振り子よろしく後ろに蹴り上げ、背後にいる美琴の股間を正確に打ち抜く。


「!?!?!?!?」


「さくら!」


 初めての『男の急所攻撃』を喰らい、ガクガクとその場にうずくまり股間を押さえて情けなく悶絶する美琴に、芹緒は見下すかのように冷ややかな視線を向け、対処を呼びつけたさくらに任せると、目を丸くして事態を見つめていた二人の女性に頭を下げる。


「知り合いがご迷惑をおかけしてすみませんでした」


 さくらが芹緒姿の美琴に肩を貸しながらみんなのところに戻るのを横目に、芹緒のぺこりと音がしそうなほど頭を下げた謝罪する。そんな芹緒に二人は顔を見合わせると「あはははは!!」と笑い合う。

 どうして笑うのか? 芹緒が頭を上げ、首を傾げると


「これくらいなんでもないよお。面白いやりとりも見れたし!」


「そうそう。ここはお高いプールだし男の入場厳しいからそういう面倒なのいないと思ってたけど、おじさんがナンパしてくるなんてそうそうないし? キミも若いのにやるねえ。でもちゃんと彼氏の手綱は握るんだよ?」


「彼氏とかじゃありませんっ!!」


「えー? でもさあでもさあ?」セクシーな女性は美琴が連れて行かれた方を見て言葉を続ける。「おじさん一人にキミみたいな年齢の子が四人。誰かのお父さんって訳でもなさそうだし、かといって近くのお姉さん二人はまた距離感違うっぽいし? ここは()()()()が来るところだから、あのおじさんとキミたちそこそこいい関係と見た」


「全然違います」


 実は半分当たっている。美琴や桜子、葵、姫恋は芹緒の体と精神を狙っている。芹緒を狙ってる。知ってる。

 だがそんな説明をこの女性たちにするわけにもいかないししたくもない。芹緒は曖昧な笑みを顔に浮かべる。

 そして色々な人、というのが本当に『色々な』人なんだろうなと思う。プライベートを詮索されたくないのなら、他人のプライベートを詮索するべきではない。

 芹緒ですら知ってる大御所芸人が若い女の子の腰やお尻に手を回す光景が遠くに見えるが、気にしたくない。


「とにかくすみませんでした」


 芹緒はもう一度頭を下げるとみんなのところに小走りで戻る。背後から「頑張ってね!」と無責任な声が聞こえるが無視する。

 みんなが待つ場所に戻ると、美琴はまだ股間を押さえたままうずくまっていた。


「それが男の痛み。生理と比べてどう? 芹緒さん?」


 自分のような外見の中年男性はナンパしている姿より、みっともなく股間を押さえてうずくまっている姿の方がよく似合う。

 そう芹緒は内心皮肉気に笑う。芹緒の思い描く『芹緒の姿』に心の奥底からどす黒い感情が湧き上がるのを止められない。

 美琴からの返事はない。


「せり……お嬢様、芹緒様は大丈夫なのですか?」


 戻ってきた芹緒にさくらが狼狽えた様子で尋ねる。


「しばらくそのまま横にしてれば大丈夫ですよ」そうさくらへ呑気に告げるとしゃがみ込んで美琴の顔をのぞく。「あとは患部冷やすとか。それでも痛みがひかなかったら病院にでも行きましょうか」


「……比べようがない」


 ようやく美琴が絞り出すように声を出す。その声を聞いた芹緒の表情は、普段温厚な芹緒が浮かべる優しげな気弱そうなものではなく、ただただ冷たいものだった。


「ゆう……美琴様、やりすぎでは?」


 芹緒姿の美琴の、尋常ではない痛がり方に明らかにひいた感じで桜子がおそるおそる芹緒に尋ねる。だが芹緒は侮蔑的な表情を崩さない。


「あの体でああいうことされるとすごく嫌。みっともないし成功するわけないのに」


「あー」葵が何やら納得したような声を上げ、わざわざ手をぽんと打つ。そしてずざと芹緒の前に立つ。美琴の身長と葵の身長はほぼ同じ。目線の高さも同じだ。感情の籠もらないいつもの目で芹緒を見る。「優香。自分を罰したんだ?」


「ん? 今倒れてるの美琴ちゃんだよ……あ、優香さんだよ?」


 姫恋が葵の言葉を聞いて混乱したように言う。


「……」


 芹緒は何も言わない。言わなくても葵の力を使えば芹緒の考えていることなぞお見通しだろう。それが芹緒の無意識だろうとなんだろうと。芹緒はそう考える。どうでもいい。


「……」黙ったまま葵の視線を芹緒は受け止める。それに対して対峙した葵も黙ったまま頷く。「明日の私の番、楽しみにしてて」


「え? え?」


 そして戸惑う姫恋をよそに葵はうんうんと頷くと、ぱっと重苦しい空気を振り払うかのように手を横に伸ばして振り回す。


「プール入る前には、準備運動」


 そういってラジオ体操を始める。


「そ、そうですわね」


「うん」


 葵に釣られて桜子と姫恋も分からないままに準備運動を始める。


「私はプールに入りますので、つつじとさつきは芹緒様をお願いします」


 さくらも準備運動を始め、つつじが答える。


「わかりました」


 準備運動をしつつ姫恋はちらちらと芹緒を盗み見る。

 だが芹緒はそんなみんなとは離れて一人、人を寄せ付けない雰囲気で立ちすくんでいた。

 だがそう思っているのは芹緒だけで、その後ろにはさつきが芹緒に気付かれぬよう、そっと寄り添っている。

 立ち尽くす芹緒とうずくまる美琴、そしてつつじとさつき二人が見守る中、他のみんながプールへ繰り出す。

 しばらくしてようやく頭の冷えた芹緒が再起動する。


「ごめんね」芹緒は美琴のそばにしゃがみ込んでそっと小声で謝罪する。「八つ当たりしちゃった」


「いいよいいよ」だいぶ楽になったらしい美琴が芹緒の頭を撫でながら言う。「女の子はそういうものだよ」


「……」


 分かったようで何も分かってなさそうな美琴の言葉に言い返そうとしたが、女の子の決まり文句みたいなものしか思いつかず、頭の冷えてしまった芹緒はそのまま黙って頭を撫でられたのだった。




 復活した美琴と芹緒が並んで遊んでいるみんなの元へ行く。

 桜子たちがいたのはプールの奥だった。黒いビキニを着てサングラスをかけている女性たちが一定間隔に並び、一般人ゾーンと特別エリアを漠然と分けるように立っている。

 こちらに足を踏み入れようとした一般人らしき女性が、黒ビキニの女性に声をかけられそのまま引き返していく。

 桜子たちのいる場所は一番奥。先ほど遠目に見た大御所芸人ですら一般人エリア側だ。

 お金だけでは入れない場所なのだろう。

 バーカウンターも目の前にあり、手前側のアップテンポなBGMとは違い、心が落ち着くようなBGMが流れている。

 その証拠にここは閑散としてはいるが、豪華なビーチチェアや屋根付きのソファーなどが用意されている。

 少ない利用者の一人である金髪女性は布地の少ない真っ赤なビキニに身を包み、ビーチチェアに寝転びスマホをさわりながら傍らのテーブルに置いてあるトロピカルドリンクを飲んでいる。

 芹緒がイメージするお嬢様のプールサイドの過ごし方、といったお手本みたいな光景だった。


「紫苑有栖……」


 芹緒姿の美琴のつぶやきを耳聡く聞きつけた金髪女性が顔をこちらに向ける。そして美琴と芹緒の姿を認めると大きくため息を吐く。そして寝転んだまま気怠げに言葉を吐く。


「これはこれは。美琴様に芹緒様。ごきげんよう。芹緒様は初めてお目にかかるかしら。私、紫苑鷹秋の娘の紫苑有栖と申します」


 言葉づかいとは裏腹に、寝転んだまま気怠げでぞんざいな口調に美琴は体を震わせるが、芹緒は気にすることなく


「初めまして有栖さん。ご存知でしょうが改めて自己紹介しますね。私は」


「いらない」


「っ!!」


 有栖の言葉に美琴の怒気が膨れ上がる。

 そんな美琴の様子をからかい半分嘲り半分の視線で睨むと


「そんな汚らしい男に身体を乗っ取られてるとか醜い姿になっているとか、そんな状態でよく平然と出来ますわね。私には理解出来ないししたくもありませんわ」


「あなたねえ、私はともかく芹緒さんには謝りなさいよ! この人は巻き込まれただけなのよ!!」


 だが美琴の言葉に有栖は眉一つ動かさない。


「そのせいで父は理性を失って誘拐までしてしまったわ」


「はあ!? あんたのお父様は」


「美琴さん落ち着いて」


 頭に血が登って言ってはいけないことを言いかけた美琴を制す。


 有栖が知っているのは父紫苑鷹秋が九条美琴の許嫁だったこと、それが入れ替わりによってご破算になったこと、そして美琴姿の芹緒を誘拐したこと。ここまでだ。

 紫苑鷹秋がそれ以前から上流階級の女性を誘拐し、屈辱的な写真を撮って脅し、性奴隷にされた女性たちが心を砕かれほぼ植物人間状態になっていたことは知らない。

 紫苑家の一人娘ではあっても女性の尊厳に関わる話だ、まだ未成年の少女においそれと話せることではないと箝口令が敷かれている。


 有栖と芹緒が初対面なのは、有栖が徹底的に避けていたからだ。芹緒は決まった時間に九条家に来て、決まった時間に帰る。有栖はその時だけ部屋に篭っていればいい。

 芹緒も芹緒で九条家に行く理由が女性たちを癒すためなので、対人恐怖症でコミュニケーションに難があり、効率厨な側面もある芹緒はわざわざ会おうとはしなかった。

 有栖が会いたくないのは単純にイライラしたくないからだ。芹緒に会っても今の有栖には何も出来ない。それも当然だ、九条家に有栖の味方は数人のメイドしかいないのだから。

 今日美琴に会った有栖は気分転換がてらにプールに来てみた。そうしたらこれだ。有栖からすればやってられない。せいぜいイヤミを言うくらいしか出来ない。だが


「邪魔してごめんね」


 芹緒が口にした言葉に有栖のイライラが爆発する。


「あなた何の邪魔に対して謝っているのよっ!! あなたは巻き込まれただけなんじゃないの? それとも何かしたのかしら!?」


 身体を起こし立ち上がり、ツカツカとサンダルを鳴らして有栖が芹緒に近付いてくる。その間に芹緒姿の美琴が割って入る。


「退きなさいデブ」


「あなたこそ謝りなさいよヒステリー女」


 間近で見た紫苑有栖もまた美少女だった。年齢は高校生くらいだろうか。メリハリのあるグラマーな体型を今は布地の少ない真っ赤なビキニで覆っている。だが目力がすごい。芹緒の弱っちい心程度なら居抜きそうだ。

 芹緒が謝ったのは彼女がここで寛いでいることをジャマしたことに関してだった。が芹緒の言葉が足りなかったらしい。

 と。


「そこまでです」


 いつの間にかさくらが音もなく近寄り、有栖と美琴を隔てるように立っていた。


「紫苑様、お寛ぎのところお邪魔して申し訳ありません。たまたま気分転換で私たちもこちらに来ておりました。ここはお互いのため不干渉といたしませんか?」


「いいわ」


「芹緒さんに謝りなさいよ!」


「……デブなのも見た目が悪いのも事実じゃない。単に努力しなかっただけ。それでも謝罪を求めるなら謝るわ。事実を言ってごめんなさいね、芹緒様」


「……」


 当たり前の正論に芹緒は言葉が出ない。

 なおも美琴が言い募ろうとするがそれを芹緒とさくらが制す。


「はあ、最悪ね」


 そう言い捨てて有栖はプールを出て行くのだった。


「優香さんアタシは見た目気にしてないよ! 優香さんが好きなんだよ!!」


「肉体なぞ、所詮魂の、器。……けっ」


「優香様、美琴様。ここに来たのは私の判断です。申し訳ございませんでした」


「桜子が悪いわけじゃないよ、あの女の口が悪いだけ。……芹緒さん、気にしないでね? 私ちゃんと鍛えるから」


 少女たちがプールから上がってきて口々に芹緒に言葉をかけ、芹緒はなんとか笑ってみんなを安心させるように言う。先ほども失態を見せたばかりだ。芹緒は努力をしていなかった、その事実を言われただけだ。何度も同じような失敗をしたらいけない。()()()()()()()


「大丈夫だよ。僕まだプール入ってないから一緒に遊ぼう?」

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元男なのに股間蹴るなんてw
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