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ヤサシイセカイ  作者: 神鳥葉月
第二章 理屈と想いと

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第七十五話 ナイトプールへ

 桜子の言葉への反応は様々だった。


「食べたあとだから腹ごなしにちょうどいいね」


「すぐ動かないなら、問題ない」


 姫恋と葵は特に動じない。

 美琴もさくらも気にしてないようだ。

 芹緒もお腹いっぱいだが特に問題はないと考える。さすがに晩ご飯を食べてからプールに行くなんていうのは生まれて初めての経験だが、クロールや平泳でひたすら泳ぐのではなく、プールで遊ぶくらいだから気にならない、と考える。

 だが、さつきとつつじの抵抗がすごかった。


「食事直後だなんて……お腹が目立っちゃいますよ」


「プールだなんて衆人の目がある場所に食後に行くのはちょっと……」


 二人は身振り手振り首を振り、プールに行くことを拒否する。


「お二人は問題がおありでしたら水着にならなくても問題ないかと」


「そうですね。私がプールの中は護衛しますので、二人はプールの外で見張ってくれれば問題ありません」


 桜子とさくらの言葉にも二人はまだ納得いかない様子だ。

 二人のそわそわ落ち着かない様子を見て、ようやく芹緒も事の重大さ(?)に朧げながら気が付いた。

 女性はボディラインが崩れている状態を見られるのを嫌がる、と思う。だから食後でお腹ぽっこりなんて姿は誰にも晒したくないのだろう。

 だが芹緒は立ち上がったさつきとつつじの私服ごしのお腹を見やる。

 二人が焦るほどお腹は目立たない。というかいつもと変わらないように見える。

 それでもこのあとお風呂に入るならともかく、プールに行くことは想定外だったのだろう。

 一方姫恋のお腹は可愛らしくぽっこり膨らんでいる。これも食事後のいつもの光景だ。だが本人は何も気にしていない。なら問題ない。

 芹緒は自分のお腹を見下ろす。胸の膨らみでワンピースが盛り上がって見えにくいので、そっと両手でお腹をさわってみる。確かに張っている感覚はあるが、男性だった頃はこれよりはるかに大きな脂肪の浮き輪を体に付けているような状態だったのだ。美琴のお腹の状態から察するにこれ位は芹緒の意識の許容範囲内である。

 そして芹緒があの肉体を持って感じた感覚で許容範囲内なら、当然今その体を持つ美琴も気にしないだろう。

 桜子も自分からプールに行くと言い出したのだから、問題ないはずだ。

 さくらは普段からいざという時を考えて生活しているので、食後で動けないという失態は犯さない。


 (女性は大変だな)


 さつきとつつじがみんなから諭されているのを見て芹緒はそう感じるのだった。






 芹緒が自分の置かれた状況に遅ればせながら気が付いたのは、高級な施設に入ったときではなく、芹緒姿の美琴と別れ、女子更衣室に向かう通路で水着姿の女性とすれ違った時だった。

 水着一枚で人前を歩く。

 赤の他人の女性たちと、一緒に女子更衣室で裸同然の水着に着替える?

 かつての伊集院家でまだ友人ではなかった桜子や姫恋、葵と一緒にお風呂に入ったどころの騒ぎではない。

 芹緒はすぐさま回れ右をしてそのまま女子更衣室から離れようとする。

 だがそんな逃走も、すぐさま姫恋に気付かれ捕まってしまう。


「優香さんどしたの? 忘れ物?」


「あ、えっと、そうそう! ……姫恋さんプールは入れそう?」


 芹緒は逃げる理由を探した結果、姫恋が生理中だということを思い出し、小声でそう問いかける。問題あるならそのまま姫恋とともにここから逃げよう。


「ダメなのかな?」


「あー……」生理では泳げないのか、と姫恋のしょんぼりした顔を見て芹緒は即座に反省する。「確か体調に問題なければ大丈夫だよ。でもプールから上がる時に経血が漏れる可能性があるから、タンポンが使うのがいいかも」


「何それ、持ってない……」


 姫恋のますますしょんぼりした様子に芹緒の申し訳なさが大きくなる。と同時に姫恋の生理に関する知識のなさに内心驚く。女の子はみんな生理に関する授業を受けているんじゃないの?


「こういった場所でも生理用品売ってると思うから、買ってくるね。また後で渡すから」


「うん! ありがとう優香さん」


「あら、お二人ともどうかされたのですか?」


 そこでようやく芹緒と姫恋が離れたところで立ち止まっているのに気付いた桜子が声をかけてくる。


「ちょっと買いたいものがあるから先に行ってて」


「わかりました。売店は先ほど通り過ぎたあそこですわ」


「ありがとう」


 そう言うと芹緒は今度は違う理由で女子更衣室から離れていく。

 姫恋が今初めての生理中であることは芹緒と姫恋、二人だけの秘密だ(さくらも知ってはいるが)。

 初潮の時芹緒が助けた以上、放ってはおけない。

 先ほど通り過ぎた売店は男女別れた通路にあった。ここは女性が安心して買い物が出来るよう配慮された店のようだ。

 芹緒は生理用品コーナーに行くとタンポンを探す。

 タンポンは身体に挿入するものだ。挿入……、なかなか自分が使う光景を思い浮かべない。そんなものを姫恋に使ってもらうことには抵抗があるが、ナプキンのままではプールに入れない。

 いくら姫恋の生理が軽いとはいえ、経血が流れていることは芹緒も目視で確認済みだ。プールを汚すことは姫恋も本意ではないだろうし、それで桜子たちに生理が来たことがバレてしまうのもイヤだろう。そういうナイーブなことは姫恋自身が心の整理をつけ、いつか自分のタイミングで話せばいいことだ。

 程よい大きさのタンポンを見つけると、芹緒は軽く取り扱い方に目を通す。姫恋に渡す際に知っておいて損はないはずだ。

 そして芹緒は他にも生理には関係ない細々したものを見繕うとレジへ向かった。タンポン単品を買うのは恥ずかしいのでその場しのぎの策だ。エロ本を買う時の、あの頃の少年の気分を思い出す。

 一昨日は急な出来事で心の余裕なんてなくただ助けたい一心で動いたが、落ち着いて生理用品購入ともなると恥ずかしさも出てきてしまう。

 だがしかし。美琴姿の芹緒の生理用品購入に対し、レジのお姉さん店員は何も気にすることなくレジを終わらせると、生理用品を中身が分からない、けれど目立たない紙袋に入れて渡してくる。

 女性にとって生理は当たり前のもの。頭では分かっていてもやはり目の前にしてしまうと芹緒は感嘆のため息を心の中でこぼす。

 芹緒には購入機会はついぞなかったが、コンドームを男性店員で買う時も仲間みたいな感じなのだろうか?

 だが、違うな、と芹緒は即座に考えを改める。自分がバイト中にコンドームを買いに来た男性客を見たら心の中で舌打ちしてしまいそうだ。もちろん女性客だといろいろ妄想が捗りそうではあるが。


 ともあれ、無事購入した芹緒は女子更衣室に早歩きで向かう。

 幸い姫恋は更衣室の外で待っていてくれた。

 芹緒の姿を見て、ぱあぁと顔を輝かせた姫恋を連れ、通路沿いにある女子トイレに入っていく。

 そこに誰もいないことを確認すると、芹緒は紙袋を姫恋に渡す。


「はい。使い方が分からなかったら聞いてね。僕個室の外にいるから」


「やだ」


 姫恋は一言そう言うと芹緒が何か言う前にそのまま個室に連れ込んだ。


「姫恋さん……?」


「使い方良く分からないから、優香さんやって……?」


 個室で二人きりになると姫恋はそう言って芹緒の手を握る。


「いやいや、こういうのは自分でしないと……ね?」


「覚えたら一人で出来るから! ……最初はしてほしいな」


 まるで捨てられそうな子犬のような表情で芹緒を見つめる姫恋。

 確かに一昨日は芹緒が率先して手伝った。だが後から考えれば、例え本人が納得していても成人男性としてはやりすぎだったのではないかと思えてしまう。

 あの時は無我夢中だった。

 今は自分が逃げるために姫恋の生理を持ち出したという後ろめたさがある。もちろんナプキンのまま、何もつけないままプールに入るのは衛生上問題があるので、芹緒が姫恋に聞いたのは間違いではない。

 だが……。

 芹緒が逡巡している間に、姫恋はするすると下を全部脱いでいく。そして下半身を丸出しにした姫恋がすとんと便座に座る。


「早くしてほしいな。優香さんが恥ずかしがってると私も恥ずかしくなるよ///」


 行動とは裏腹な言葉に内心首を傾げるが、あまりここで時間をかけるのもよくない。芹緒と姫恋がいないことにみんなが不審がってもいけないのだ。


「絶対一回で覚えてね……」


 そうして諦観した芹緒は手早く説明しながら、姫恋の膣にタンポンを挿入したのだった。

 その際姫恋が上げた嬌声にしか聞こえない声は、当分芹緒の耳に残ることになる。




「遅かったですね?」


「トイレ行ってた! 食べすぎちゃったからね、あはは」


「姫恋、恥じらい」


 結局芹緒にしてもらってご機嫌の姫恋に腕を引っ張られながら、芹緒は女子更衣室に入ることになった。

 ただ想像していたようなピンクや赤い壁はないように薄目をしている芹緒には感じられる。

 そして足を止めた姫恋に合わせて視線を前に上げる。

 彼女たちはすでに着替え終えていた。芹緒の懸念は杞憂に終わった。


「ほいほいほい」


 姫恋はバスタオルを身体に巻くとあっという間にに水着に着替えていく。黄色と白のワンピースタイプの水着だ。元気な姫恋に良く似合う。

 ナプキンはすでに外しているので脱いだパンツだけでは姫恋が生理かどうかは分からない。

 桜子は薄い紫色のビキニだった。下を同色のパレオで覆っている。

 葵は……スク水だった。どう考えても今の時代の水着ではない。身体を張った悲しい自虐ネタにしか見えない。芹緒の視線に気付いた葵はピースをしてくるが、ピースされても困る。

 さくらは黒いワンピースタイプの競泳水着だった。さくらの役割を考えれば間違いではないだろう。

 そしてつつじとさつきは私服のまま、リムジンから持ってきた大きなバッグを持って立ち控えていた。全員の水着はあのバッグから出てきたのだろう。……なぜ九条家ではない人間の水着まで出てきたのかは、深入りしないほうが良さそうだ。


()()様、水着をどうぞ」


 さつきがそう言って芹緒に小さな布切れを渡してくる。ここは入れ替わりを知らない人がいて、美琴のことを知ってるかもしれない人がいる可能性がある場所だ。だから芹緒を『美琴』と呼ぶのは当然のことだ。


「ありがとうございま……す……?」


 芹緒はお礼を言いながらさつきから渡された手の平サイズの白い小さな布切れを広げてみて、動きが固まってしまった。

 それも当然だ。

 布地はほぼなく、ほとんど紐で構成されている、水着とは到底認識出来ない紐切れ。


「マイクロビキニですよ♪」


「……却下で」


 芹緒は紐切れをさつきに丁重にお返しする。それを着た女の子を外部から見る分は目の保養になること間違いないが、芹緒自身が見知らぬ誰かの目の保養になるつもりは毛頭ない。


「さつきってばそれを見つけたから先ほどから楽しそうにしていたのですね。お嬢様、こちらをどうぞ」


「ありがとう」


 先ほどより重い桃色と白色の布地が芹緒に手渡される。つつじセレクトなら安心だ。芹緒はそれを受け取ったあとしばし逡巡する。


「お手伝いいたします、お嬢様」


 芹緒の困惑に気付いたつつじとさつきが芹緒に近寄る。つつじがバスタオルを大きく広げて周囲から目隠しをするとさつきが素早く芹緒を脱がしていき、みるみるうちに芹緒は裸になる。


「美琴、大胆」葵がそう言ってバスタオルをめくって裸の芹緒を見つめる。「わお」


「タオル巻いて着替えたら速いんだよ?」


 姫恋も裸の芹緒を見ながらそう言う。


「そういうのは慣れですから……。美琴様は可愛らしい方ですからついお付きの者が手伝いたくなるのですわ」


 桜子がそう言ってフォローする。もちろん芹緒の裸を直視しながら。

 どうしてみんなのぞくの!? と言いたいが見られているのは美琴の裸だ。だから恥ずかしくない。恥ずかしくないはずなのだが、彼女たちの遠慮のない視線が肌に突き刺さるのが感覚で分かる。それがなんだか落ち着かない。


「足を通してください……はい、上に上げますね。腕も……はい、ありがとうございます」


 裸を見られた時間はわずかな時間だったが、とても長く感じられてしまった。

 ワンピースタイプの水着で身体が締め付けられる感触。コスプレ撮影会以来だ。


「さ、こちらで整えましょう」


 そう言われて芹緒はつつじに背中に手を添えられて、壁に大きな鏡が設置されている場所まで来た。


「……」


 鏡に映った姿を見て芹緒は言葉をなくす。

 そこにはいかにも女の子が好きそうなピンクのワンピースに白いフリルをふんだんにあしらえた、とても可愛らしい水着を来た長い金髪の美少女がいた。

 可愛い。

 率直な感想にウソはない。

 だが、これが自分だと認識するのは少し時間がかかった。なぜなら自分以外の人が口々に可愛い可愛いと言ってくるからだ。

 今まで芹緒が着替えた時は大抵自分一人か、いてもつつじやさつき、さくらくらいだった。

 伊集院家でのぼせた時は大勢の人がいたが、それぞれの主に付きっ切りだったし、可愛い服ではなくみんなお揃いの浴衣だった。

 だが今は心を落ち着かせる前に桜子や葵、姫恋といった興味津々な目がある。

 そして鏡に映る姿が自分だと認識しても、身体のラインを強調する水着姿は落ち着かない。

 フリルは水着の端にあしらえてある。つまり胸や股間のラインはそのまま見えている。

 それがものすごく恥ずかしい。下着姿で人前に出るようなものじゃないか。

 男だった頃も学生時代はピタッとした男性用水着を着ていたが、サポーターもつけていたし、そもそも大きくもなかったから目立つこともなかった。

 だがこの水着はどうだ。

 美琴の年齢に合わない大きな胸がしっかりと布地を押し上げている。

 股間に何もないことを水着一枚で見えてしまう。

 せめてパレオ、パレオが欲しい。


「パレオはないですか?」


 顔を赤らめた芹緒の懇願につつじは首を傾げて思案するが、


「ないですねえ」


 さつきの残酷な一言で芹緒はがっくりと肩を落とすのだった。




「そんなに縮こまっているとかえって目立ってしまいますわよ?」


 プールへの通路を歩きながら桜子が隣を歩く芹緒につい声をかける。

 それも当然だろう、芹緒は身体を縮こませ、両手を前で組み、胸や股間を隠すように歩いている。


「可愛いから大丈夫だよ?」


 そんな姫恋の言葉も芹緒には届かない。


「おしりフリフリ歩いて、可愛い」


「きゃああ!?」


 芹緒の後ろを歩く葵がそう言って芹緒のおしりを撫で、芹緒は短い悲鳴をあげてしまう。


「お嬢様、何が問題なのですか?」


 つつじがそっと芹緒のそばに寄り添い言葉をかける。


「水着と下着、どっちも一枚下は裸なんだよ……?」


「……今さら?」


 呆れる葵。さすがに姫恋も首を傾げる。


「なるほど、女として水着に慣れている私たちと、まだ慣れていない美琴様ということですか」


「だとしたら、芹緒様も心細いかもしれません」


 桜子の分析に、さくらが足早にプールに向かう。

 男性はただでさえ着替えるのが早いというのに、芹緒一行はなんだかんだ十五分近くかかっている。美琴も待ちくたびれているだろう。


 そうしてようやくプールに着いた芹緒一行。

 そこには……


「君たち可愛いね、一緒に遊ばない? 色々奢っちゃうよ」


「もお、おじさんしつこいってばぁ」


 壁際で頭を抱えるさくらを横目に、ナンパに興じる芹緒姿の美琴がいた。

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タンポンは25歳超えてから漫画作品で初めて知ったなぁ… 全く存在感じさせないのは女性凄いとは思いつつも、性教育のバグだと思いました
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