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ヤサシイセカイ  作者: 神鳥葉月
第二章 理屈と想いと

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第七十二話 ジェットコースター

第六十九話 九条邸での出会い

にて桜子の服装について加筆しました。

さすがに着物でジェットコースターは危険!

 結局九条家で夕食という話はお流れになった。

 というのも桜子が


「私行きたいところがありまして……」


 と話したためだった。

 それだけで美琴たちには話が通じたのか、美琴は肩をすくめ、葵はニヤニヤと笑い、姫恋はガッツポーズをする。

 芹緒には基本選択肢はない。行きたいところがあったとしても彼女たちを引き連れて行きたい場所ではない。

 つつじは頭を抱えていたが、さつきはまあまあと笑顔でなだめると電話をし、改めてキッチンへと向かい頭を下げたのだった。




 帰りの車内、姫恋は芹緒を自分の家に招待して家族に会ってほしいことを話した。


「僕今美琴さんの姿だから混乱するんじゃない? それに遊びに行くだけだったら問題ないけど、ご家族に会うのはなんか気がひけるというか……」


「大丈夫だよ!」姫恋が芹緒を勇気付けるように芹緒の両手を取る。「優香さんをアタシの恋人として紹介するだけだから!!」


「なんにも大丈夫じゃない!!」


 芹緒は姫恋の手を振り払って頭を抱える。そして絞り出すように声を出す。


「僕は……まだそこまで覚悟決まってないよ。姫恋さんたちの好意は嬉しいけど、姫恋さんのご両親に説明出来るような想いは悪いけどまだ湧いてこないよ」


「優香様、姫恋様のご両親に会うのにそこまで思いつめる必要はございません」桜子が優しく言葉をかける。「私の両親に許嫁として紹介するまでにはまだ時間をおきますので」


「アウト!!」芹緒が叫ぶ。「桜子さんは正式な許嫁がいるんだよね!? その方との結婚がイヤなのは知ってるけど色々飛び越えすぎだよ!!」


「優香、私たちの好意、甘く見ては、ダメ」葵がじっと芹緒を見つめる。「大丈夫。優香の気持ち、私の力で家族に伝える」


「……」


 芹緒はぐったりと肩を落とし身体を前に傾け膝を抱える。キャパシティーがオーバーしてしまった。


「それならまず私の家から行く? 九条家なら押せば行ける行ける♪」


 向かいに座る美琴が陽気な声でシャレにならない発言を投下する。


「お嬢様、さすがにそう思い通りには行かないかと」つつじがようやく口を挟む。桜子たちの話には、九条家のメイドという立場では口を出せない。「まずは元に戻って、男姿の芹緒様に力があるか。話をするにしてもせめてそれからでしょう。あまり芹緒様を追い詰めないように。そして何にしても芹緒様の意志が最優先です」


「優香様、女子中学生四人とのハーレム生活はおイヤですか?」


 桜子が芹緒に問う。もちろんこの問いに答えれば桜子の力で芹緒がウソをついているかが分かる。

 葵もじっと芹緒を見る。葵は芹緒の感情の色で芹緒の心情を推し量ることが出来る。


「……倫理的に問題がある」


 気持ちを測られていることを察したのか、芹緒は膝を抱えたままそうつぶやく。

 その芹緒の言葉に桜子は首を縦に振る。芹緒はウソをついていない。

 葵も肩をすくめる。言葉だけではなく、芹緒の感情からも理性を感じる。


「それではファンタジー的に中学生女子四人とのハーレム生活はいかがですか?」


「ノーコメント!」


「あ、揺れた」


「そりゃファンタジーならね!? 男だったらそういうのに一度は憧れるの! 美琴さんだってこんな可愛い女の子たちに囲まれるなんて考えたらドキドキするでしょう!?」


 葵の感情が揺れ動いた判定に芹緒はたまらず言い返す。


「確かに」


 芹緒の言葉に美琴は苦笑しながらも頷く。自分を恋慕う少女たちに囲まれて暮らせるなんて夢のような生活、普通の男なら一度は夢見ている。


「アタシたち可愛いだって!!」


「優香がデレた」


「まあ……」


 ちなみに芹緒の『こんな可愛い女の子たち』発言に少女たちは沸き立っているが、膝に頭をうずめたままの芹緒は敢えて無視している。


「実現にはたくさんのハードルがあるんだから、そう言うことを軽々しく言っちゃダメ」芹緒はそこで息を整えて静かに言う。「僕は……みんなと一緒にいる時間がすごく好きで。でもそれをずっと望むのはワガママだと思ってる。美琴さんの姿のおかげでみんなと友だちになれて、本当に救われたんだ。だから、元に戻っても知り合いでいてくれるだけで……僕には十分すぎるよ」


「芹緒さん……」


 芹緒の誠実な思いが吐露されて、美琴は思わず優しい目になる。

 視界を閉ざしたことで素直な気持ちが心からあふれたのだろう。素直な喜びと、それをただ享受出来ないという芹緒の性格からくる苦しさが伝わってくる。

 が、そんなしんみりとした空気を葵が破壊する。


「優香。私と姫恋、力なくても結婚OK」


「……そもそも僕にその二人のどちらかを選べなんて言われても」


「大丈夫、二人セット。JC丼」


「大丈夫じゃない!!」


「JC丼、二つあるよ、ヘイお客さん」


「桜子、じぇーしーどんって?」


「さあ……?」


「……」


 運転席のつつじはハンドルを握ったまま大きくため息をつく。だがそのため息は後部座席のきゃいきゃい騒ぐJCたちには聞こえていないだろう。

 助手席のさつきはそんな同僚の姿を見て笑顔を浮かべる。


「芹緒様のおかげで九条家、伊集院家、芹澤家、中川家がこんなに親密になっているんだからいいじゃない」


「私には今までの良好な関係を破壊する爆弾としか思えませんが?」


 困ったことに芹緒にセクハラしているだけのようで、その実芹緒さえOKしてしまえばすぐにでも彼女たちは行動してしまいそうな恐ろしさがある。

 本当に今は芹緒が元に戻ってなくて助かっている。元に戻っていたら彼女たちはすぐさま既成事実を作りかねない。さくらが美琴の貞操ではなく芹緒の貞操を守るハメになる。


「着きましたよ」


 自分の知る桜子たちはあれほど性に開放的だったろうか、と悩みながらもつつじは大声を出して後部座席のハレンチな会話を強引に断ち切る。


「皆さんありがとうございます」


 そう言って桜子が率先して降りて芹緒に手を差し出すと、弾むような声で芹緒を誘う。


「ここからが私とのデートですわ」




 そこは芹緒ですら知る日本有数のテーマパークだった。

 美琴の屋敷から近いのか、陽は傾き始めてはいるもののまだまだ沈む気配はない。

 つつじが車を駐車場に停めるのを待って全員でゲートの前に行く。

 入場を待つ客たちを尻目に桜子は前に行き、受付室の中の責任者らしい人に桜子が首にかけたパスを見せる。その間に芹緒にも同じパスを渡す。美琴たちは持参しているようだった。姫恋には葵が手渡している。

 芹緒が渡されたパスを見ると、右上に大きく朱色の家紋らしきものが押されている。それは二重丸の内側に桜の花弁が施された簡素ながらも歴史を感じさせるものだった。

 そのチケットに印刷されたパスの名称は『Heritage Pass(継承パス)』。


「桜子さんこれは……?」


 奥から出てきた責任者らしき年配のクルーに優先ゲートへ誘導されながら、芹緒は桜子にパスの名前の意味を問う。


「これは『伊集院家』の人間およびその知人にのみ許されているパスですわ。これがあればこのテーマパークで最上級のサービスを受けられますのよ。ご安心を。並ぶ時間以外皆様のおじゃまはいたしませんわ」


 並ぶ時間をカットするのは当たり前なのか……。それはお嬢様として当たり前の感覚なのだろう。それに様々なグレードがあるパスの中にはそういった並ばなくても遊べるパスがあることくらいは知っている。それと同じかな、と芹緒は納得する。


「いつもありがとうございます」


「こちらこそご来園いただきありがとうございます。どうぞお楽しみくださいませ」


 頭を下げるクルーたちに見送られながら、芹緒は改めて美琴たちと住む世界が違うことを実感する。屋敷の大きさだけではない。彼女たちの家は実社会でも桁外れの影響力があるのだ。

 そう思うと車内での会話がなおさら重く感じる。

 立場が逆、彼女たちが芹緒より年上の男性で、自分が彼女たちくらいの少女だったなら話は簡単だったろう。今の社会権力者が女性を囲うことはよく聞く。年齢差や年齢自体に問題はあるが、逆にいえばそれくらいしか問題はない。

 だが実際、彼女たちはまだ中学生で、自分は取り柄のない、むしろデメリットしかないただのしがない中年男性だ。入れ替わりを経て様々な経験をし、少しだけ気持ちが前向きになったとはいえ、こんな自分を囲う根拠など皆目検討もつかない。


 彼女たちから熱烈な愛情を向けられてはいるが、それもまだ実感がわかない。それは芹緒が他人から、それも女性から好意的に見られたことのないこれまでの人生経験によるものだ。こびりついた諦めという感情は実際の愛情を受けてもなかなか落ちない。

 若い彼女たちが芹緒を使用人扱いするならまだ社会の支持も得られるだろう。なにせ何の取り柄もない社会から落ちこぼれた中年男性だ、そんな人間を使用人として雇うことに難しい説明などいらない。

 だが彼女たちはあくまで芹緒を対等な人間、しかも結婚相手として見ている。芹緒には彼女たちの家をどうにかしてやろうという野心もなければ、彼女たちから贈られる大きな愛に応えられる自信もない。


 愛ってなんなんだろうか。

 仮面の女性たちが聞いたら思わず笑ってしまうかもしれない。自分たちを見返りも何も求めない大きな愛で救ってくれた本人の口からそんな言葉が出るなんて、と。

 そして芹緒の定義する愛がどうか芹緒自身に届いてほしいと懇願するだろう。

 いっそ芹緒が欲望のままに生きられる、無責任な人間だったのならもっと気楽にこの状況を楽しめただろう。だがそんな人間だったら美琴たちが芹緒に惹かれたかどうかは分からない。


「芹緒様芹緒様、まずはあのジェットコースターに乗りませんか!」


 普段落ち着いている桜子がうずうずワクワクしているのが分かる。そんな桜子は芹緒の手をギュッと握ってワンピースの裾を翻し、まっすぐに歩いていく。その方向には視界を埋め尽くすほどの大きなジェットコースターが設置されているのがここからでも見える。

 普段は着物を着て大人びた雰囲気のある桜子だが、ワンピース姿という軽装は彼女のまとう高貴なオーラを持ってしても桜子を普通の女子中学生に見せている。そして風になびく黒髪は芹緒の思い浮かぶ女性像に合致している。


「やだ、手を繋いでてあの子たち可愛い♡」


「金髪の子があたふたしちゃってるぅ」


 夕暮れでもまだまだ人は多い。そんな中をかき分けて進んでいくとそんな声が聞こえてくる。


「金髪の子、胸でけぇ」


「まだ子どもじゃねぇか、お前ロリコンかよ……ってうわマジでけぇ」


 だが関係性を見て可愛い生き物を見るような視線を向ける女性たちだけではなく、ただ外見を見て評価するような男性の声も聞こえてくる。


 (気持ち悪い)


 芹緒は視線を集める年齢不相応の大きな胸を隠そうと少し背中を丸める。が後ろから美琴が小声で注意してくる。


「縮こまってはダメ。背中をまっすぐ伸ばして見せつけるくらいの気持ちで歩くの」


「でも」


 隣から桜子も小声で話しかけてくる。


「恥ずかしがって背中を丸めてしまいますと、その大きな胸がもっと強調されてしまいますわ」


「……」


 芹緒は仕方なく背筋を伸ばし、まっすぐ前を向いて桜子と歩調を合わせる。そうすることで芹緒の胸は芹緒の意志に関係なく大きく揺れる。


「胸は揺れます。それが女性なのです。女性が女性らしくすることを何ら恥じる必要はございません」


 通り過ぎるたびに視線が揺れる胸に集まるのが気配で分かる。今までは自分を知っている女性たちに囲まれるだけの生活だったから、他人の視線をここまで感じたことはなかった。

 ショッピングに出かけたときも多少の視線は感じたが、テーマパークの客層はショッピングモールよりも若い。通り過ぎる若い男性たちが無遠慮に芹緒の価値を外見だけで勝手に決めつけていく。

 彼らにとって中学生のまだ子どもであろうが関係ない、ただ胸が大きい、金髪、そんなただ目立つ要素だけで女を評価する視線を向ける。

 芹緒もつい最近まではそちら側だったはずだが、芹緒は自分が不審者扱いされることを恐れ、極力人を見なかった。

 そこまで考えて改めて芹緒は自分の置かれた環境の異質さとそれに慣れてしまっている自分に驚いてしまう。

 自殺をしようとしたあの日、美琴に出会ったあの日まで、芹緒の人生にはおよそ女性との縁は絶縁といっていいほどなかった。

 それが今ではこうして女性の中にいることに不安感はない。それどころか安心感さえ覚えている。


「これで」


 ジェットコースター乗り場についた桜子は首にかけたパスをクルーに見せる。そして当然のように芹緒たちは並んでいる一般客を尻目にコースターの前へ通される。


「あら、一番前ですわ!!」


「!?」


 タイミングが良かったのかクルーが先頭になるよう気を回したのか、芹緒と桜子は一番前のシートに案内される。美琴たちはその後ろに座っていく。

 芹緒はふと気になって、芹緒姿の美琴と誰がペアなのかを見ようと後ろを振り返る。最後尾に座った美琴のペアはさくらだった。

 姫恋と葵、つつじとさつき、そして美琴とさくら。

 当たり前といえば当たり前の組み合わせだった。

 つつじとさつきはお嬢様たちと座るのは遠慮するだろうし、さくらは主である美琴の横に座るのも当然だ。

 そして友人の葵と姫恋が隣同士なのも納得だ。


「優香様、そわそわしてますか?」


「う、ううん?」


 芹緒なりのすまし顔でそう答えるが、内心バクバクだった。

 無理もない。芹緒はこういった体験型アトラクションに乗るのは子どもの時以来なのだから。

 子どもの体躯でも十分怖かった。大人になってデブ体型になると、遠心力で飛ばされてしまうのではないかと半ば本気で恐れた。

 そもそも芹緒はインドア型である、こんな陽キャたちが集まるようなテーマパークに友人のいない芹緒が一人で来るなんて無謀はしない。

 芹緒は降りてきたショルダーハーネスをギュッと強く握る。

 そんな芹緒を見て桜子が優しく微笑む。


「優香様。怖いのが楽しいのですよ。怖かったら大きな声で叫んで感情を爆発させてくださいまし」


 そう言って芹緒の太ももに手を置く。そして桜子は今気付いたとばかりにささやく。


「ワンピースの裾は太ももで挟んでおかないと、風圧でめくれて大変な姿を皆さんに見せてしまいますわ」


 芹緒は慌ててワンピースの裾を太ももで挟む。桜子もワンピース姿だったはずだと芹緒が桜子の姿を見ると、桜子はショルダーハーネスで身体が固定される前にワンピースの裾をお尻や太ももの下にまとめていた。

 芹緒の場合、今からでは身体を動かすのは厳しい。この美琴の細い太ももだけが頼りだ。


「私も手で押さえてますから安心して楽しんでくださいませ」


 そしてついにコースターが動き出した。

 ガタン、ガタン。

 目の前の急な坂道をゆっくりと登っていく。一番前ということは視界を遮るものは何もない。頂上に着くと前後左右視界の先に何もない空間が広がる。

 怖い!と感じるゆとりも与えられないまま、ジェットコースターは加速をつけて下に落ちていく。芹緒には落ちていくという感覚しかない。身体が浮かないよう必死にハーネスを握る。長い髪はバサバサと乱れ放題だ。

 ギュン!と大きく内側に曲がるカーブで身体に自重がかかり芹緒は思わず目をつむる。だがこれはまだ安心できる、下には座席があるのだから。

 そして今度は外カーブ。身体が大きく横に倒されそのまま遠心力で身体が飛ばされそうな感覚で、ついに芹緒は叫ぶ。


「ぎゃあああああああああああ!!!!」


 髪がバサバサと音を立て逆立っていく。そしてコースターはそのまま軌道の内側を登っていき、速度が少し落ちる。まるでループの頂上で止まったような感覚。芹緒の身体は完全にさかさまだ。


「うわあああああああああ!!!」


 落下しそうな感覚に芹緒は叫び声を上げ、その芹緒の視界を遮るように白い布が垂れ下がる。芹緒はすぐさまそれが自身のワンピースの裾だと気付き、混乱しながらもワンピースを両手で押さえつける。

 実際には止まったのではなく、速度が少し落ちただけだが、多くの乗客が叫び声をあげていた。

 そして再び加速度をつけコースターは変幻自在に軌道を変え、芹緒の叫び声を存分に引き出した。

 そうこうしているうちにようやくコースターがゴールに辿り着く。

 乗車時間は約三分と案内には書いてあったが、芹緒の体感時間はそれ以上だった。ショルダーハーネスを外した芹緒は桜子が差し出した手を握ってコースターを足をがくがくと震わせながら降りていく。


「楽しかったー!!」


 後ろでは姫恋が満面の笑みでそう言う。笑い声が聞こえた気がしたがあれは姫恋のものだったのかもしれない。


「生きてきて一番怖かったわ……」


 美琴がよたよたとコースターを降りながら真っ青な顔で言う。やはり標準体重には程遠い身には遠心力や重量は強敵だったのだろうか。


「でも同じくらい一番楽しかったわ」


 美琴は軽い体重で乗るよりも重い体重で乗って重力や遠心力を感じることを楽しめたようだ。芹緒にはまだ分からない感覚だ。


「優香様どうでしたか?」


「あはは……思ったよりは楽しかったかな」


 足腰こそがくがく震えてはいるが、気持ちはスッキリしていた。あんなに大声を出したことはカラオケでもない。腹の底からの絶叫はどれくらいぶりだろうか。

 身体が強烈に揺さぶられる感覚も新鮮だった。


「優香様は白がお好きなんですね」


 桜子の芹緒の股間を覗き込むような不思議な台詞に一瞬芹緒は考えこむが、すぐに下着の話だと気付く。


「ち、違っ、今日はたまたまこれなだけでっ」


「でもいつも白系の、それもワンピースが多い気がいたしますわ」


「うっ」


 確かに芹緒はワンピースを着ることが多い。だがそれは芹緒がワンピースが好きというわけではなく、美琴からパンツルックが禁止されていること、自身のファッションセンスには自信がないため一つで完結するワンピースが気楽だという、それだけの理由だ。

 白系が多いのも着こなしに自信がないのと、男性時代に着ていた黒系はさすがに美琴の姿には似合わなかったため似合う白系を選んでいるにすぎない。

 芹緒が女の子の姿に慣れたとはいえ、まだ二週間。

 二週間でファッションセンスを磨くのは生来の女性でも難しいだろう。彼女たちは子どもの頃からファッションセンスを鍛えているのだから。


 そして、白い下着なのも本当にただの偶然だ。

 芹緒は下着にこだわりはない。女物の下着にこだわりを持ちたくはない、というのが正しいか。芹緒はショッピングモールでの買い物の際、美琴の姿に似合いそうなデザインの下着をまとめて購入し、それを順番に着ているだけだ。様々なパステルカラーの下着もあるが、出番は今日ではなかった。ただそれだけだ。

 そんな芹緒は下着に意識を集中したとき、違和感を覚えた。

 濡れていて不快感を覚える。

 性的興奮ではもちろんない。これは……。


「つつじさん」


 芹緒はさつきとつつじを見比べてつつじに声をかける。さくらは美琴と一緒なので論外だ。さつきは……芹緒の中で少し信頼度が下がっている。


「はい、なんでしょう?」


「ちょっと一緒に来てもらえる? トイレ行くから桜子さんたちは先に行ってて」


「優香様、女子はトイレに連れ添うものですよ」


 そう言って桜子は着いて来た。結局八人全員がぞろぞろとトイレに向かう。


「どうして女の子はみんなでトイレに行くの?」


 芹緒の素朴な疑問に、少女たちは口ぐちに意見を述べる。


「みんなで行ったほうが楽しいからだよ!」


「身を守るため」


「男性が入れない女子トイレは女の子たちの作戦会議にうってつけなのです」


「行ける時にみんな行っとかないと集団行動がバラバラ細切れになっちゃうからね」


 姫恋、葵、桜子、美琴の意見を聞いて芹緒はどれも一理あるなと頷く。

 そして女子トイレに移動するまでの間、芹緒はつつじに声をかける。


「つつじさん」


「心得ております」


 つつじは自分だけを連れてトイレに行こうとした芹緒の意図をすでに理解していたらしい。小さな可愛らしい紙袋を芹緒に渡し、芹緒はそれを抱えて女子トイレの待ちの列にみんなと並ぶ。

 芹緒姿の美琴は芹緒たちが並んでいる間にさくっと終わらせて出てきて、桜子たちから羨ましがられていた。


「こうやってみんなと一緒だとおしゃべりできるから楽しいよね♪」


 列に並んでいる間も姫恋は楽しそうにみんなとおしゃべりをする。

 彼女は昨日初潮が来たばかりだが、どうやら本当に軽いようだ。普段通りに振る舞えている。

 一方芹緒はそんなおしゃべりから一歩引いて内心肩を落としていた。


 (漏れちゃった……)


 芹緒はジェットコースターで少しおもらしをしてしまったのだ。下着を少し濡らすほどだったが不快感は拭えない。なので下着を取り替えるために女子トイレに行こうとしていたのだ。

 数分待って芹緒はピンク色に包まれた女子トイレに足を踏み入れる。

 そこにはたくさんの個室が並んでいたが、まだまだ女子トイレ内でも列が出来ている。鏡の前で髪や化粧を整えている女性もいて混雑している。

 しばらくして芹緒の番が来たので芹緒は空いた個室に入る。

 下着を下ろすと少しアンモニア臭が周囲に漂うがすぐに消える。換気が良く効いている。

 芹緒は濡れた股間を拭き取り、つつじから受け取った可愛らしい柄の紙袋を開ける。その中には数日間で散々見慣れてしまった生理セットと下着が入っていた。

 下着はパステルグレーしかなく選択の余地はない。芹緒はそれを穿くと汚れた下着を紙袋に入っていた不透明なビニール製の袋に入れ、チャックを閉め紙袋に入れる。

 その紙袋を肩から下げたポシェットに少し苦労しながらも詰め込むと、個室を出た。

 先に出ていたつつじは芹緒の格好を見て開口一番、


「ポシェットの形が変わるほどものを詰め込んではダメです」


 と言い、芹緒のポシェットを受け取ると中身を整理して芹緒に返す。

 返されたポシェットを見ると紙袋ごとなくなっている。つまり芹緒の汚れた下着もつつじが持っている。

 それがとても恥ずかしかったが、つつじは何とも思っていない顔だ。

 芹緒は顔を少し赤くしながらも美琴の立つ場所へ向かった。

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悲鳴は男のままだったーw
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