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ヤサシイセカイ  作者: 神鳥葉月
第二章 理屈と想いと

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第七十一話 一人の時間

「芹緒様お疲れ様でした」


 美琴の部屋に入ってきた芹緒につつじがそう声をかける。他の少女たちも口々に芹緒に挨拶をする。


「ただいま。みんな楽しそうだね」


 芹緒は彼女たちがどのような話をしていたのかは知らない。ただ四人が仲睦まじげにおしゃべりし、明るい笑い声をあげていたのでそう判断したのだ。

 まさか活発なおしゃべりの内容が、仮面の女性たちを恋敵認定したあげく、芹緒を絡め取るための会議だなんて全く思ってもいない。


「今日はどうだったの?」


「今日は一人目を覚ましてもらえたよ」


「すごテク」


 美琴の問いかけに芹緒は若干の疲れを滲ませながら答え、それに葵が茶々を入れる。

 姫恋が何か言いたげだが芹緒は気付いていない。


「それではこれから一日は私のターンですわね」


 桜子が悠然と微笑みながら芹緒を見て、周囲の少女(ライバル)たちに告げる。美琴と葵は肩をすくめ、姫恋はこくんと頷く。

 昨日姫恋のターンは芹緒が帰宅してからだったので姫恋の時間が少し短い気もするが、当の姫恋自身が納得しているのなら芹緒が口を挟む問題ではないだろう。というか少し一人の時間が欲しい。


「美琴さん、スマホ貸して」


「はい」


 芹緒のお願いに美琴は頷き、芹緒の私物であるスマホを差し出す。黒くて大きいそれは、美琴となった芹緒の手には扱い辛そうだが、芹緒は器用にパスコードを打ち込みセキュリティを解除する。同時に芹緒も美琴に小さなピンク色のスマホを手渡す。これは元美琴の持ち物だ。

 芹緒はスマホのホーム画面を出すと、音を出すことなく一つのゲームを立ち上げる。

 そしてそのゲームを遊び始める。

 美琴たち少女はそんな芹緒を見ても特に何も言わない。

 芹緒は一人の時間が欲しいタイプの人間だということは今までの付き合いでわかっているからだ。今まで自分たちによく付き合ってもらえていると内心感謝もしている。

 そしてもう一つ。中でも美琴が集団行動の中、芹緒が一人でスマホを触ることを良しとしている理由。

 デイリークエストでもなんでも、明日につながることをしているからだ。

 美琴と入れ替わった直後、芹緒は自分のスマホを触ることはなかった。口ぶりや部屋にあった本等の様子から見てスマホゲームの類は好きな人種のはずなのにだ。

 それはおそらく自殺を決意した結果、ゲームのログインとかそういった些事を投げ捨ててしまったためだとさつきは推測し、美琴とつつじとさくらに情報を共有した。

 今はただログインしてデイリークエストをこなすだけ。だがそれはそのゲームに未練があり、毎日コツコツ積み上げることで将来開催されるであるガチャなりなんなりをするための投資。

 今の芹緒は明日への希望こそ持っていないかもしれないが、漠然とした未来を見据えた行動。それがログインゲームなのだ、と。

 そして紫苑鷹秋の事件が終わった頃あたりから、芹緒は美琴から毎日スマホを借りて少しだけゲームを立ち上げるようになった。

 さつきはそれを『良い兆候』だと喜び、美琴たちもそれには同意した。

 自殺しようとしたあの日を過ぎ、美琴やメイドたち、そして桜子たちと共にとてもはちゃめちゃだが愛にあふれる平和な日々を過ごした結果、紫苑鷹秋の事件も片が付くと、芹緒の精神や日々は少しだけ地に足がつくようになったのだ。

 桜子たちは芹緒が自殺しようとしていたことを知らない。

 それを伝えて桜子たちが芹緒の束縛に前のめりになることはあっても、知られた芹緒は彼女たちが近付く以上に距離を取るだろう。いいことはない。


 『こんにちは』


 芹緒がゲーム内チャットで挨拶すると、たくさんの返事が返ってくる。それを見つつ芹緒は個別チャットを開く。


 『こんにちはアリスさん』


 ゲームプレイヤーアリス。

 借金がある故ほぼ無課金勢の芹緒とは違い、とてもお金持ちのプレイヤーらしく、装備はどれもゲーム内最強装備だらけだ。だが本人はそれを誇るでもなく、GVG(対ギルド)参加はそこそこ、PVP(対プレイヤー)参加も最低限参加。よく参加しているのはPVE(対イベント)という珍しいプレイヤーだった。

 自殺を決意する前の芹緒はキャラクターの装備が貧弱なため、GVGもPVPも穴埋め程度に参加していた。

 ただPVEだけはイベントで倒せば無課金プレイヤーでもレアアイテムが入手出来る可能性があることから、ちょくちょく参加していた。

 ある日、アリスや他のプレイヤーとパーティーを組んでいた時、アニメの話でアリスとおおいに盛り上がった。女性向けのアニメではあったが、芹緒も興味があって見ていたこともあり、話が合い、そのうち個別チャットを毎日しあう仲になった。

 ただ、芹緒は『ユウカ』という名前で女キャラクターをプレイし、自身も『女』で通していた。いわゆるネカマプレイである。とは言っても下世話な目的でそうしていたわけではなく、自分の心のままに遊べるのが単に女だったというだけである。

 ネット世界ではリアルの情報は必須ではない。

 リアルではデブでキモい中年弱者男性であっても、芹緒はその属性の一切を切り離してゲーム内で『ユウカ』という銀髪ロング、基本博識でときおり発言するボケが高度すぎるとして説明を求められる、個性を持ったいちキャラクターとして楽しんでいた。

 ギルドも所属メンバーの年齢層が高いこともあり、下世話な目的で異性とお近付きになろうというプレイヤーは皆無だった。子育ての話が飛び交っていたことからも推して知るべしである。

 芹緒が自殺を決意した際、このゲームだけはキャラクターを削除出来なかった。理由はわからなかったが、生への執着というよりも来世の自分の理想像をそこに見たのかもしれない。

 そして自殺未遂後はゲームのことを思い出すどころか、毎日の新鮮な女の子生活と人からの過剰な触れ合いに追われ、ゲームに逃げ込む選択肢が出なかった。美琴にスマホを渡していたというのも大きかった。

 だから美琴にスマホを借りてゲームをするというのはとても勇気がいった。

 だが美琴は気軽に「いいよー」と二つ返事で了承し、芹緒は呆気に取られながらもゲームを久しぶりに起動した。

 久しぶりのログインにギルドの仲間は『おひさしぶりー!』『おかえりー』と歓迎してくれた。

 ギルドメンバーの多くは仕事を持ち家庭も持つ人が多い。少しくらいの未ログインは全く問題なかった。

 そしてギルド自体が『イベント参加は自由』を方針に掲げていたため、芹緒の立ち位置は何ら変わらなかった。

 アリスも『おかえりなさい』と挨拶を返してくれた。

 アリスには今後しばらくデイリークエストをこなすだけのログインになることを伝え、ログインしたときとログアウトするときは声をかけることにしている。

 アリスもゲーム内情報や新作アニメの話を個別チャットに残してくれるので、芹緒は重宝している。

 アリスは女性ぽいが、何せ自分自身がネカマだ。そもそも相手の性別に特にこだわりはない。

 知っているのは結婚していないこと、子どもがいないこと、時間が自由なことくらい。アニメやサブカルが好きだがあまり行動的ではないこと。趣味が室内で完結している。


 『こんにちはユウカ。明日はメンテよ。メンテ内容へのリンクはここに貼っておくわね』


 『いつもありがとう、たすかります』


 『あと今日イベントボスからレア出たわ』


 そう言ってアリスが画像を添付する。芹緒も知るとてもゲーム内で高く取引されるレアアイテムだ。


 『おめでとう!! さすがアリスさん』


 『ありがと。一人でボス狩っててもつまらないから、早くユウカも戻ってきなさいな』


 『うん、ありがと』


 デイリークエストをこなしながらちょこちょこ交わす会話。リアルの姿が変わっても変化のないこの世界はとても居心地がいい。ここは見た目ではなく心の持ちようが見られる世界。


 『それじゃあまたね』


 『またね』


 そして芹緒はゲームを閉じ、ログアウトし、スマホを美琴に返す。スマホをさわっていた時間は十分ほどだろうか。それだけで芹緒はリフレッシュしていた。


「美琴さんいつもありがとうね」


「いえいえ。それよりこのロックがかかってるフォルダ、いい加減開けて欲しいんだけど?」


「それは絶対ダメ!!」


 美琴の言うロックがかかっているフォルダには、芹緒とつつじとさくらのコスプレ写真が仕舞われている。消すには惜しい。それにつつじとさくらの尊厳もかかっている。だからロックをかけて保存してあるのだ。


「お嬢様、芹緒様にもプライバシーはあるのですよ。少し位いいではありませんか」


 部屋に控えていたつつじが澄ました顔でそう美琴をたしなめる。その脇をニヤニヤしながらさつきがつついているが知らんぷりだ。

 事件後さつきにせっつかれてちゃんと彼女にも写真は渡してある。その時期さつきの芹緒やつつじたちを見る視線が不審者からの視線のような生温かい舐め回すような視線だったことを芹緒たちは今でも覚えている。

 だが美琴には渡していない。

 美琴は陰茎手術もすると言っていたため、最初は刺激を与えるのは良くないだろうという判断だったが、手術を行わなかったということが分かっても、男性の体を持つ美琴に写真を渡すことに芹緒はなんとなくだが内心抵抗があった。

 つつじは


 『それが女の慎みというものですね』


 と嬉しそうに言い、さくらもそれに同意するかのように頷く。さつきからは


 『自分の写真が自分の知らないところで使()()()()()()の、女の子としては生理的にイヤですよねえ、わかります♪』


 などと分かられてしまった。

 この気持ちが『女の慎み』なのかどうかは芹緒の内心で議論の余地があるところだが、芹緒だって元々男だ、さつきが言うようないわゆる『オカズ』的な使い方は知っている。

 そのような目的で、美琴の姿であるにせよ自身が『使われる』ことを想像してドン引きしてしまった。しかもその想像では、美琴が芹緒自身の姿で行為に耽っているのだ。二つの意味で到底許可出来ない。

 美琴にはすでに芹緒のスマホを隅々まで見られて芹緒の性癖は丸見えにされている。

 悔しいことにその見られた画像はほとんどが二次元ばかりだ。三次元はほとんどない。そしてその二次元な画像、厄介なことに一見すると少女が多い。美少女というやつだ。

 あまりそういったオタク方面に目が肥えていない美琴にとっては、芹緒がロリコンだと勘違いしてもおかしくない。

 二次元なら確かにそうだ、と断言出来る。可愛い女の子がキライな男子はいない。

 だがそれで三次元でもロリコンだと勘違いされてそうなのが困る。

 実際早い段階で芹緒のスマホの中身は見られている。思いたくないが桜子たちも芹緒をロリコンだと認識している節がある。

 そうでなければあそこまで自分の身体をさらけ出してまで接近してこないと芹緒は考えている。

 実際は桜子たちはそんなことは思っておらず、単純に自分を受け入れてほしいという感情で動いているのだが、思いはすれ違うばかり。


「それでは行きましょう、優香様」


 桜子がそう言って芹緒の手を取る。そして芹緒たちは屋敷を出て行くのだった。

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スマホ画像隅々まで見られてるのは違う意味で死にたくなりそうだw
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