第六十二話 理屈
第二章の始まりです。
「ただいまー」
第二次性徴期を迎えたであろう年齢の少女が、そう言いながら小さなマンションの一室の玄関ドアを開ける。
ドアから差し込む陽光に煌めく金色の長髪、整った目鼻立ち、澄んだ水を閉じ込めたような碧のぱっちりと開いた瞳を持つ少女の姿は、十人見かければ十人とも『美少女』と答えるであろう容姿をしていた。
背丈は少し低いが、その背丈に見合わぬ大きな胸を持ち、成長期の途中ということも相まってアンバランスな色気を醸し出している。
少女の名前は『九条美琴』。世界に名だたる複合企業体『九条カンパニー』の社長、『九条道里』の一人娘だ。
だが今の彼女を表すにはこれだけでは説明が足りない。
今の九条美琴はくたびれた中年男性『芹緒優香』と身体が入れ替わっているのだ。
この美少女の中には今、中年男性の魂が入っている。
その声に呼ばれて三人のこれまた美琴と同年代の美少女たちが姿を現し、さらにその後ろからやや太り気味の中年男性の顔が見え、総勢四人が芹緒を出迎える。
三人の美少女のうち、一番背が高いのが『中川姫恋』。ひょんなことから石油を掘り当て当代で財を成した、中川興業の超会長の次女である。
明るい茶髪をショートにし、琥珀色の瞳をした顔、今も浮かべている屈託のない笑顔がとても似合う、活発な少女だ。
真っ白なTシャツにデニム生地のショートパンツ、そこから伸びる健康的な手足がぶんぶんと振り回され、芹緒の帰りを出迎えている。
その次に身長の高い、着物姿の日本人形のような少女が『伊集院桜子』。由緒正しい伊集院家の一人娘である。
腰まである艶のある長い黒髪を綺麗に切り揃えた、栗色の瞳の少女。
藤色の小花模様の着物に白い帯を結び、柔和な笑顔で帰ってきた芹緒を見つめている。
大人しい彼女ではあるが芯は強い子だ。
そして美琴と同じくらいの身長だがまだまだ子ども、といった印象を与える少女が「芹澤葵』。こちらも伊集院家に負けずとも劣らずといった家柄の次女である。
青みがかった少しウェーブのある長い黒髪の隙間から覗く灰青の瞳、顔立ちこそ年相応より少し幼いものの、内に秘める思いが強いことはその瞳が物語っている。
今も芹緒に向ける顔こそ無表情だが、見る人が見れば喜んでいることが分かる。
喋るのが面倒らしくボソボソと喋るが、けっこうな毒舌家だ。
そして。
この女子だらけの場面には似つかわしくない中年男性こそ『芹緒優香』であり、その体に入っているのが『九条美琴』である。
四十半ばの中年男性である芹緒優香の外見は、顔立ちこそそこそこだが、お世辞にも整っているとはいえない。
短い黒髪にはすでに白髪が出始め、体重はおそらくその年代の平均よりも重い。背丈も百七十ちょっとといったところ。
だが実はこれでも脂肪吸引を行った大手術の結果なのだ。
元の姿を知る人間からすればあまりの変貌ぶりに目を回すだろう。
実際美琴の身体に入っている芹緒は、落ち着いてから改めて元の自分の体を見て驚いた。
無理もない。
たった四日で元の体重の三分の一を減らしてきたのだから。
芹緒の体に入って手術を受けてきた美琴曰く、『頑張った』の一言だった。
九条美琴。
本来は桜子や葵、姫恋と同じ中学のもうすぐ二年生になる女の子だ。
芹緒と美琴はとある日、お互いが同じ思いを持って夜更けの山中で出会った。
その思いとは、陰鬱な未来を儚んでの自殺。
美琴は嫌いな許嫁との結婚を、芹緒はこのまま生きていても愛されないことを。
だがそれは美琴が芹緒を巻き込んで身体の入れ替わりを行ったことで阻止された。
お互い自殺を目論んでいても、相手の体を巻き込むことにはいかないのだ。
ただしこの入れ替わり、美琴本人も意識してやったことではないのだが。
そしてお互い幸か不幸か、それぞれが
『女はイヤだ、男になりたい』
『可愛い女の子になって愛されたい』
という密かな欲望を持っていた。
入れ替わった結果、美琴は中年とはいえ男性となったことで、男性の許嫁との婚約が破談となり(正式な破談となっていなかったことであの事件が起きたのだが)、芹緒は美琴という美少女の姿になったことで、周囲の人たちから(時には過剰すぎる)愛情を注がれることになった。
美琴には体を芹緒に戻すつもりは毛頭なく(芹緒に体を戻して自殺されても困る)、芹緒は美琴の身体でいろいろ体験していることを申し訳なく思ったりヤケになって楽しんだり。
二人はそんな持ちつ持たれつの関係である。
そうして入れ替わってから二週間が経過し、桜子たちが春休みに入った、そんななんでもない日、のはずだった。
「優香様おかえりなさいませ」桜子は芹緒のことを優香様と呼ぶ。「今日もお疲れ様でした」
「優香さんおかえり!!」姫恋は元気に声をかける。「早く遊ぼう?」
「優香、おかえり」葵は芹緒の手をひく。「かまえー」
「芹緒さんおかえりなさい」美琴は元自分の芹緒の身体をギュッと抱きしめる。「おつかれさま」
そんな美琴の行動にたちまち三人娘からブーイングが起きる。
「美琴様何をしてるんですか!」「アタシの優香さんだよ!」「違う、私たちの」
……ブーイングの内容がおかしい。
芹緒は元自分の腕に抱かれ、少し顔を赤らめながらそう思う。
元々芹緒は流されやすい人間である。
あまり自分というものがなく、あっても一人の時間が欲しいくらい。あとは人との交流を嫌がるくらいか。
だがこれには理由がある。
芹緒は自分の姿をモンスターだと思い込んでいた。
百キロを超える体重、醜い見た目。自分がそこにいるだけで人をイヤな気持ちにさせる、と信じている。
そう思うのなら痩せる努力をすればいいのだが、芹緒にはそんなやる気は持てなかった。
ただただそう思うだけ思って、ズルズル年月だけを重ね、そしてもうどうしようもなくなって死を選んだ。
せめて来世。
人間に生まれ変われたら可愛い女の子になって人に愛されたい。
そう願い、心に神様を置き、いつも神様に見られている気持ちで小さな善行だけは重ねてきた、つもりだ。
そんな来世叶えば、と願った想いが今、叶ってしまった。
それが芹緒の率直な感想だった。
だがこの状況はいけない。あの醜い体に美琴が入れ替わっている。
早く身体を元に戻さなければ。そう思いつつ周囲の人たちに優しくされ可愛がられ、時には過剰なスキンシップを受け、芹緒は内容の濃い日々を過ごしていた。
桜子や葵、姫恋は美琴の友人だ。
そんな彼女たちが美琴の姿の芹緒に対して、その正体を知ってなお好意を持ってくれる。
芹緒は感謝しつつも、本当の自分の姿を知られて嫌われるのが、怖い。
だが本当の自分の姿を、あの醜い姿を教えなければフェアじゃない。
あの事件から改めて今日、芹緒姿の美琴と三人は久しぶりに会ったはずだ。
だがどう折り合いをつけたのか、芹緒の目からは三人が芹緒姿の美琴を嫌っている様子は伺えない。
もちろん中身が美琴だからということもある。
そして美琴が大手術を受けることを決意し、脂肪吸引を受けて今の姿になったことも、嫌われていない理由だろう。
今の芹緒の姿は、まだ芹緒自身でも見れる姿だ。
『頑張った』どころではない美琴の必死の努力は素晴らしい。
……極端なダイエットで現れるはずの皮膚のたるみがどこにも見当たらないのは不思議だが、きっとお金なり技術なり『力』なりでなんとかしたのだろう。
そんな芹緒姿の美琴にあの事件で助けられたとき、胸が締め付けられるように疼いたのは何かの間違いだと思いたい。
芹緒はナルシストではないし、同性愛者でもないはずだ。今までそんな認識をしたことはない。
……。
今までは入れ替わっていたり、美琴が手術を受けるために病院に行っていたということもあり、芹緒の元の姿を彼女たちに見せることは叶わなかったが、美琴は芹緒の免許証やマイナンバーカードを持っているはずだ。
芹緒が元の姿を嫌っていたこともあり、芹緒の写真はほとんどない。
だがあれら証明書には顔写真がある。
醜悪な写真を見せたらさすがに桜子たちも……。
「僕から話したいことがあって」
芹緒はそれだけ答えると、出迎えたみんなをリビングに押し返すように進んでいく。
そしてその押し返す勢いのまま、意を決して立ったまま美琴に声をかける。
「……美琴さん、僕の免許証をみんなに見せてあげてくれないかな?」
「もう見せたよ?」
「!?」
思い切って告げた言葉に対して、返ってきたのは軽い返事。
芹緒は驚いて桜子たちを見る。桜子や姫恋は首を傾げていたが、葵だけは気付いたようだ。
「何も気に、ならなかった」
「……ウソだ」
葵の言葉を芹緒は否定する。否定したい。
だがそんな辛そうな表情を浮かべる芹緒に桜子が気付き、そっと抱きしめる。
「そういうことですか。……優香様、何度でも言いますが外見ではありません。私たちは優香様の内面が好きなのです」
見た目こそ同い年の女子同士だが、実際は中年男性が女子中学生に諭されている。
「そうそう!! アタシはふっくらした優香さんも好きだよ!!」姫恋もその横から抱きついてくる。「優香さんの今のおちんちんのサイズ、ちょうどアタシたちにピッタリなんだって! お互いキモチ良くなれるね!」
「げほっ!?」
だが横からぶん殴るような姫恋のあけすけな言葉に、芹緒は咳込みながら美琴を見る。芹緒の責めるような視線を感じた美琴は、ワザとらしい口笛を吹いて明後日のほうを向く。
「あの事件のあと、改めて陰茎手術受けようと思って念のためお医者さんに聞いたら、痩せた芹緒さんのお腹から出てきたおちんちんの長さとか大きさが、私たちの年代のカラダにちょうどいいって言うから……」
「何てこと聞いてるの……」芹緒は膝から崩れ落ちそうになったが、桜子と姫恋に抱きしめられているためそれは叶わない。「ロリコンが行動しますって宣言してるようなものじゃないの、それ……」
ロリコンはまだいい。触ってなかったら思うだけなら自由だ。二次元だって被害に遭う女の子はいないから問題はない。
だが美琴が聞いたのはあまりにも黒寄りのグレーすぎる。自分が医者の立場だったら美琴に監視を付けたくなるくらいグレーだ。
それを僕の体で聞いたのか……。この一瞬、芹緒は元に戻りたくないと願ってしまった。
「あの、普通の大人サイズだと私たちの身体に負荷がかかりますが、ちょうど良いのなら今のうちに……」
桜子がとんちんかんな返答をする。
サイズが合うからってそんな理由でしていいことでは断じてない。
芹緒のアレは未成年とヤるために人為的に小さくしてる訳ではないのだ。
芹緒は桜子の言葉を遮って喋る。
「今の君たちに手を出したら犯罪だし、そもそも僕まだ美琴さんだから、女の子の僕には関係ないね。そういう話は四人でやって。あ、美琴さん、手を出したらダメだよ」
芹緒は思い切って口にした思いが何の手応えもなかったこと、あけすけに性の話(やんわりとした表現)をする彼女たちの生々しさに脱力しつつ、自室で一人、心を癒やすため、二人の抱擁から抜け出してリビングを出る。
だがそんな芹緒の手を葵が握って引き止める。
「大丈夫だよ?」
「……」
葵はいつも言葉が足りない。
だが芹緒は聞くのをためらった。
絶対聞いてはいけない。自分に予知能力すらあるのではないかと錯覚するほどに聞きたくない。
だがこの時の葵は丁寧にも言葉を足してくれた。親指をグッと立てながら。これが余計なお世話か。
「手を出しても、大丈夫。上流社会では、よくあること」
上流社会、治外法権にもほどがある。
手を出す気など元よりさらさらないが、手を出そうにも出すものが今の芹緒にはない。
むしろ美琴姿の芹緒は、今の話を聞いて身の危険を感じる立場だ。
「分かった、ありがと。とりあえず僕は自室で少し休むから、みんな楽しんでね」
戻って来る前までは、心が壊れてしまった女性たちに力を使って話しかけていた。
力を使った疲れもあったし、帰ってきてからの会話で精神力も削られた。
芹緒は少し休むことにする。
「すみません芹緒様。今つつじがベッドをお借りしておりまして」
リビングを出て自室に入ろうとする芹緒に、さつきがすまなさそうに声をかける。
「何かあったの?」
普段しゃっきりしているつつじにしては珍しい。芹緒が尋ねると
「えっと……おそらく芹緒様が今から自室に行きたくなったのと同じような理由ですかね……」
「あー……」
視線を明後日の方に向けながら話すさつきの言葉に、芹緒の目も思わず遠くを見つめる。
リビングでは今もオープンに性的な話をする少女たち(+見た目中年男性)。
それが今時の女子中学生だ、と言えば聞こえはいいが、仮にも彼女たちは上流階級の、良いところのお嬢様方である。
例え房中術を学んでいるとはいえ、歯に絹着せぬ物言いは恥じらいを持ってもう少し慎んでもらいたい。そう思う芹緒である。
あのさつきですらひくのだから、芹緒が来る前はどんな雑談が繰り広げられていたのか、想像したくない。
部屋に入るとベッドではメイド服のまま、メイドカチューシャとエプロンだけ外したつつじが静かな寝息を立てて寝ていた。
顔色も悪くなさそうでひとまず安心した芹緒は、横になりたい気分だったので、着ていたフリルまみれの薄桃色のワンピースを脱いで白いパジャマに着替え、つつじの横にちょこんとおじゃまして横になる。
身体が小さいとこういう時に便利だ。
慣れは恐ろしい。
ワンピースやブラなどの下着、キュートなパジャマを着ること、そして女性の横で寝転ぶことに対して、芹緒はすでに何の疑問も葛藤も抱いていない。
芹緒は横になって目を閉じると、頭の中に湧き上がる様々なことをぼんやりと考える。
(彼女たちはどうして僕なんかをあんなに好きになってくれてるんだろう)
これは芹緒が女の子になってから、ずっと抱いている想いだ。
つつじやさつき、さくらにも感じていた。
だが彼女たちはまだ芹緒を美琴として可愛がっていたと思っている。
それに対して桜子や姫恋、葵は。
彼女たちとは会ってまだ日が浅い。
確かに過剰なスキンシップはたくさんしたし、事件にも巻き込んでしまったりと、密度の濃い時間を共に過ごしてきた。
芹緒は家族以外の誰かに好意を持たれたことがない。もしかしたら好意を持った誰かがいたのかもしれないが、それを伝えられたことはないし、気付いたこともない。
ましてや相手が性的行為を受け入れるほどの好意なんて受け止めたことがない。
芹緒は臆病だ。
臆病だから傷付く前に傷付く可能性があることから逃げる。もしかしたら傷付かないかもしれないのに、数パーセントの可能性に怯えて、逃げる。
彼女たちは若い。思春期に入ったばかりの若者だ。
年齢もようやく二桁に入ったばかりの、芹緒の人生の三分の一にすら満たない時間しか生きていない子。
そんな彼女たちの好意を本当に受け取っていいものなのか。
……今を全力で生きている彼女たちが聞いたらバカにするなと激怒しそうだ。
考えても仕方がないのは分かっている。
そもそも芹緒は未だ美琴の姿のままだ。
今受け入れられている『芹緒優香』は『九条美琴』という内面あってのものだ。
今受け入れられている『芹緒優香』は『九条美琴』という外面あってのものだ。
本当の意味で、芹緒の外見で芹緒の内面を評価されていない。
……こんなこと言ったらまた桜子さんを悲しませちゃうな。
そんなことをうつらうつら考えつつ、芹緒はそのまま夢の世界に旅立ってしまうのだった。
揺すられた芹緒が目を開けると、そこには芹緒を覗き込む姫恋の顔があった。
「優香さんそろそろご飯だよー?」
「ん……ありがと」
自分的には横になって目を閉じていただけのつもりだったが、いつの間にか寝入ってしまったらしい。
窓を見ると既に外は真っ暗だった。
つつじはすでに起きたのか隣にはいなかった。
「すー、すー」
代わりに葵が芹緒の隣で寝ていた。なんで?
「葵さんも起こしていいのかな?」
「うん、起こしてって桜子が言ってた」
「葵さん葵さん、ご飯だって」
芹緒はそっと肩を揺すってみるが起きる気配はない。
「もっとガツーン!ってしないと起きないみたいだよ? 葵ってば寝意地がはってるから」
寝意地とは聞かない言葉だが、食い意地と同じような使い方だろう。
「ほーら、起きるっ!!」
気付いた時には姫恋は床の上で膝を曲げると思いっきりその場でジャンプしていた。
そして放物線を描いて見事に葵のお腹に正座で軟着陸する。
「げふっ!?」
何の備えもなく姫恋の一撃を受けた葵が呻き声を上げる。
「おはよー葵!! ご飯だよー」
……あんな攻撃をお腹に受けたら食欲も口から出ていきそうだ。
そう戦慄する芹緒の前で葵は目をゆっくりと覚ます。
「おはよ」
「お、おはよう」
「おっはよー!!」
姫恋はころんと身体を横にして転がって葵の上からどくと、そのままベッドを降り床に両足で立つ。
「よく寝た」
うーんと腕を伸ばして伸びをする葵に姫恋が手を差し出して、葵もその手を取る。
引っ張られた葵はひょいと床に立ち上がる。
「これは便利」
満更でもなさそうな葵をよそに、芹緒も両足を床に下ろしてベッドから立ち上がる。
美琴の身体になって随分身軽になったと感じていたが、姫恋の運動神経はちょっとずば抜けている。
そういえばあの事件の時にも、忍者を自称する服部の懐から巻物を取り出していたっけ。
……服部はあれからどこへ行ったのだろうか。
彼も芹緒を誘拐した犯罪者のはずだ。捕まえなければいけない。
そう思いつつも、『契約』術で書かれたことしかしない彼の動きで助かった部分も多かった。
他の人間に浚われていたら紫苑鷹秋ももっと用心深く動いていたに違いない。
服部のデタラメな強さに紫苑は油断し、杓子定規な判断しかしない彼に紫苑は足元を掬われた。
「優香さん行こ!」
「うん」
すぐ別のことを考えてしまうのは芹緒の悪いクセだ。
芹緒は姫恋と葵の背中を追いかけ部屋を出て鍵をかけた。
夕食はカレーに付け合わせのサラダだった。
ダイニングテーブルに芹緒と美琴、桜子に姫恋、葵がつく。
つつじたちは給仕係だ。
美琴は仕えるべき主人、芹緒は客人、桜子たちは学友にしてお嬢様。
さすがにいつものように全員で食卓を囲む訳には行かないらしい。
「美味しい!」
「姫恋様や桜子様にもお手伝いいただきました」
「料理は得意だよ!」
「おおざっぱなことさえなければ……」
「美味しいです、寝ててごめんなさい」
「寝る子は、育つ。胸が」
「ホント!?」
「姫恋様、葵の言葉を易々と信じてはいけませんよ」
「私は手を出さないほうが美味しいもの出来るから~」
「おかわり下さい!」
「はいただいま」
五人でも賑やかだというのに八人もいると騒々しい。
だがそれでも芹緒が居心地の良さを感じることが出来るのは、みんなと多少なりとも心を通じ合わせた結果だろう。
姫恋と芹緒姿の美琴以外は皆小食だ。
食べ終わった三人はデザートのアイスを食べながら、のんびりと雑談タイムを楽しんでいた。
が、急に姫恋が不思議なことを言い始めた。
「今日はアタシが一緒のお風呂だよ!」
「明日は私ですわね」
それに桜子も続く。
何の話か分からないが加わらないほうが安全だと思ってる芹緒が黙ってアイスを食べていると、葵がすっと手を上げて
「次が私」
と参戦してくる。
「私の番はやっぱり……?」
「ダメ!」「さすがに許されません」「アウト」
美琴は三人に却下される。
美琴は口を尖らせてぶつぶつ言う。
「芹緒さんは私のモノだって言ってるのに……」
あ、これまたダメなやつだ。
芹緒は理解する。
これ、僕と一緒にお風呂入る話だ。
つつじやさくらに助けを求める視線を送るが、二人は力無く首を横に振るだけだ。
って言うか明日? その次!?
「え……っと、みんなもしかしてお泊まり?」
「はい」桜子が優雅にスプーンを口に運びながら肯定する。「一週間合宿ですの」
「一週間……合宿?」
芹緒は一瞬、寝てしまったことを後悔する。が、起きていても暖簾に腕押し、糠に釘、彼女たちには芹緒の意見は通らなかっただろう。彼女たちには悪の民主政治がある。
「そ」葵が口を挟む。「優香にもっと、私たちの魅力を伝える、合宿」
「どうして君たちはそこまで僕を好いてくれるの?」
芹緒は胸中を吐露する。
芹緒が考えても理解出来ない難題。
だが。
美琴を含めた少女四人は顔を見合わせると思わず、といった感じで吹き出す。そして優しい笑顔を芹緒に向け、答えを教えてくれる。
「「「「好きに理由なんてないよ?」」」」
果たして芹緒は一歩を踏み出せるのか。
2025.10.22
お風呂に入る順番間違ってたので修正しました。
葵ごめんね。
毎日更新は出来ませんがまたよろしくお願いいたします。
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