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ヤサシイセカイ  作者: 神鳥葉月
第一章 交わる二人の世界

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第五十九話 会敵

 紫苑邸から遠く離れた場所。

 さくらは電柱に身を隠した上で気配を消し、高性能カメラを構えた。

 服部がパジャマ姿の芹緒を抱えて、紫苑邸の敷地内に飛び込むところでシャッターを切る。


「撮った」


 それからさらに離れた場所に停められたリムジンに気配を消して戻ると、後部座席に忍び込むように座る。

 そして手元にPCを手繰り寄せると情報をまとめる。

 今彼女が見ているのは近隣の交通量がリアルタイムで測定、反映されるソフトだ。


「バカ正直に人払いの結界を張りながらここまで突き進むなんて。台風よりも分かりやすい」


 さくらはそう言ってため息を吐く。

 さくらたちは服部が一直線に紫苑邸へ行くと予想し、服部に襲われた場所から紫苑邸まで最短ラインを地図に引き、そのラインから人払いの結界の効果を受けないよう、一定の距離を取ってここまでやってきていた。

 途中ソフトも起動したことで、服部がいる場所が丸見えとなった。彼が通るラインは明らかに台風の進路予想図のように円が移動していたのだ。

 人払いの範囲も見えたため、こうして服部が紫苑邸に入る瞬間を確認出来た。

 先回り出来たのはやはりさくらが予想した通り『契約』術に不具合が生じて足留めを食らったのであろう。

 それでも芹緒が紫苑邸まで運ばれたのは、服部が契約をなんとしても遂行したかったから。そうさくらは推測する。


「人や車がいないところの、この円の中心に服部様がいると。この画面を見たら真っ直ぐ紫苑様のお屋敷に向かって、紫苑様のお屋敷を円の中心に入れた後、消えてますわね」


 桜子が横から画面を見てそう周りに説明する。


「罠の可能性は?」


 つつじの問いにさくらは首を横に振る。


「最初の接触からここまで、服部の行動は一貫してます。……私たちは服部の眼中にありません。もしくはあからさまに自分の行動を見せるという私に対する挑発か」


「元師弟だから?」


 葵の言葉にさくらは苦虫を噛み潰したような顔で肯定する。


「やれるものならやってみろ、ということでしょう」そしてさくらは宣言する。「美琴お嬢様……芹緒殿が紫苑邸に連れ去られたのを確認。今から私たちは紫苑邸に突入します」


「護衛部隊は?」


「契約満了を確認次第指示を出します。最短ルートで紫苑鷹秋の部屋まで真っ直ぐ進みます」


「間取りは分かっていますの?」


「何度かあの部屋に連れ込まれそうになったから分かります」さくらは顔にはっきりと侮蔑の表情を浮かべながらも宣言する。「行きます」






 芹緒を抱き抱えたまま、服部は大きな館の前に降り立つと、ドアを蹴り開け中に進んでいく。

 何事かと屈強な紫苑の護衛たちが振り向くが、服部の顔を認めるとあからさまに舌打ちをして道を開ける。

 紫苑が服部と『契約』を結ぶまで五日ほど、服部はこの館に引き留められていた。

 館の主に客人として全員に紹介されてはいたが、血の気に逸る男たちからは何度も難癖をつけられ、そのたびに服部は遠慮なく叩き潰していた。

 叩き潰された護衛たちは面子を潰され、反対に紫苑鷹秋は服部の強さに手を叩いて喜ぶ始末。

 服部は護衛たちから蛇蝎のごとく嫌われていた。


「入るぞ」


 服部は見るからに豪奢な扉の前でそう声をかける。

 慌てて扉前の護衛たちが扉を引き開く。

 一度この男に扉を蹴り破られている。引いて開ける扉を蹴り飛ばしたのだから壊れるのは当然だ。

 音もなく扉が開き、服部は中に入る。

 が部屋には誰もいなかった。


「!!!」


 芹緒は周囲を見渡し目を見開いて絶句する。

 周囲の壁には大きな額縁に入れられた写真が規則正しく並べられていた。

 問題はその写真だ。

 被写体は全て女性。しかも一糸纏わぬ姿。

 極めつけにその女性たちは、悔しさに涙を流しながら股間を見せつけるような屈辱的なポーズを取らされていた。

 あまりの悲惨さに思わず芹緒は目を背ける。

 吐き気がする。


「九条美琴を連れてきたぞ」


 無人の部屋で服部が声を張り上げる。

 しばらくして壁の奥が音もなく開き、甘ったるい淫臭と女の呻き声があふれ出す。空気がねっとりと重くなり、部屋の温度さえ下がったかのように感じられる。その闇から現れたのは、ガウン一枚を羽織った細身の男。

 男が部屋に足を踏み入れると壁の奥は再び音もなく閉まる。


 (今のはいったい……?)


「久しぶりだな、美琴」


 芹緒の疑問をよそに、ニヤニヤ下品な笑みを浮かべながら、男は服部の腕の中の芹緒に話しかける。

 年は元の自分より下だろう。

 しかし醜い。見た目ではない。見た目なら芹緒とは比べものにはならないほど整っているし、イケメン、イケオジの部類であることは間違いないだろう。

 だがこの顔から滲み出る性格が醜い。顔こそ笑っているものの、芹緒に、美琴に向ける目が完全に見下している。憎しみに満ちている。身体が視姦されているようにすら感じる。

 芹緒は声を聞いただけで身体がおぞましさに包まれ産毛が総毛立つ。

 芹緒にとってこの男は初対面だが、美琴の身体がこの男の存在そのものを拒否しているのだ。


「誰ですか……?」


 芹緒の問いに、男の表情が一瞬凍り付く。がそれも一瞬。憤怒と侮蔑と屈辱を押し隠すように笑みを貼り付けたまま、


「紫苑鷹秋。お前の許嫁だ。そして」紫苑は壁の額縁を一つ指し示す。そこに写真ははめられていない。「ここにお前の写真を並べてやる」


「気持ち悪い……」


「貴様のような小娘にはこの美しさは分かるまい。上流階級のお嬢様どもといえど、ひん剥いてしまえばただのメスだ。それに」紫苑はクククと笑う。「このお嬢様方は自分からこの写真を撮るよう懇願したのだ。お前もすぐにそうなる」


「下劣な……」


「下劣だと? 許嫁に向かってそんな態度とは……道里の教育がなってないなぁぁぁ!!」


 抱き抱えられて逃げ場のない芹緒の顔目掛けて怒りのままに拳を振り下ろす男。

 だがその拳は服部によって止められていた。


「貴様っ!!」


「五体満足、だ。暴れてもいない」


「忌々しいっ!! 美琴をこちらに渡せ!! 契約満了だっ!!!」


「わかった」


 芹緒を近くにあった椅子に下ろすと、服部は懐から巻物を取り出す。


 (あれが契約術の巻物……)


 生理痛に喘ぐ芹緒がぼんやりと見ていると、その巻物は部屋全体を染めるように光り、そして輝きをすぐに失う。


「契約満了。依頼金は移動した」


 どうやら勝手に依頼金は移動するらしい。取りっぱぐれがない。便利すぎる。


「貴様は用済みだ。帰っていいぞ」


 男は服部にそう告げるが、急に入ってきた扉の奥が騒がしくなる。

 そして。


「紫苑鷹秋!! 美琴様を返せ!!!」


 突入してきたさくらの叫びで戦いの火蓋は切って落とされた。




 紫苑の動きは速かった。


「服部! 契約だ!! 『さくらを倒せ!!』」


 さくらが追いすがる紫苑の護衛たちに動きを止められている間に、紫苑は服部に契約を求める。そして芹緒の側に立つ。

 今の紫苑の動きには間に合わなかったが、その口ぶりから、さくらは契約が満了したことを知る。


「分かった。これでよ「これでいい! 行け!!」」


 律儀に新しい巻物を懐から取り出し、内容の確認とサインを求める服部の言葉を遮り、苛立たしげに芹緒の元から離れ、服部に駆け寄りサインを書いて命令する。


「突撃!!」


 それと同時にさくらは腕に口を当て吠える。腕につけた無線機で遠く離れた護衛部隊に連絡をしたのだ。

 そのとき芹緒は身体が誰かに持ち上げられる感覚を確かに感じていた。


 (な、なに!?)


 だが芹緒はさらに目の前のさくらの行動に混乱する。

 身体を押さえていた護衛たちを一瞬だが振り払うと、いきなり床に寝転んだのだ。


「倒されたー」


 馬鹿にしたような棒読みでそう言うと、すぐさま立ち上がり服部の横を抜けて紫苑に駆けていく。服部は身動き一つせずさくらの突破を見逃す。


「倒れたな」


「はぁ!? なんだ今のは!! ふざけるな!!!」


 納得したように頷く服部と叫ぶ紫苑。

 だが服部の持つ巻物は煌々と強い光を発している。芹緒は知っている。あれは契約満了の証だ。


「!!」


 紫苑は目前に迫ったさくらの蹴りをギリギリで避ける。

 さくらの動きがやや鈍ったように芹緒には感じた。

 紫苑は再度、服部と契約を結ぼうと目論む。


「私と九条美琴以外この部屋から叩き出せ!!」


「紫苑を捕まえろ!!」


 紫苑とさくらが叫んだのは同時だった。

 服部はこの大乱闘の中、ただ新しい巻物を持ち、立ち尽くして首を横に振る。

 『契約』は同時には結べない。

 その後もさくらと紫苑の服部との契約を結ぼうとする叫びは止まらない。

 紫苑の護衛たちは倒してもすぐに補充される。

 さくらはその護衛たちを相手にしつつ、服部との契約を結ぼうとしつつ、さらには紫苑にも攻撃を加える。かなりきつそうに見える。

 その間にも少しずつ芹緒の身体は椅子に乗ったまま出入り口へと動かされていく。芹緒が身体を動かしていない分、周囲の注目を浴びていない。

 何度目の契約への掛け声の応酬か。


「ぐっ」


 さくらが息を詰まらせる。

 紫苑も苦しいながらもこれで終わりだ、とばかりに服部に訴える。

 同時に。

 芹緒の横から声が上がった。


「紫苑様を捕らえて下さいまし!」


 その声と共に芹緒の足を持つ桜子の姿が景色からにじみ出るように現れる。


「いつの間に!?」


 紫苑が驚くが芹緒も驚く。

 まさか桜子がこんな暴力が飛び交う場面にいるなんて。

 桜子を見たことで芹緒が移動していたことにも気付き、すぐに芹緒確保に護衛を向かわせる。


「逃がさん!!」


 恰幅の良い護衛たちが桜子と芹緒に襲いかかる。桜子はその威勢に身体をすくませてしまう。

 だが護衛たちは揃って何もないところでつんのめると、「ぐえっ!?」と声を上げそのままのびてしまう。

 紫苑も何かが起きていることに気付いてはいるが、さくらの攻撃と桜子の契約の声に邪魔され、他の言葉を吐くことが出来ない。


「身隠しの術か」


 そして大部屋の混乱の中、中央に立つ服部の声は誰にも届かない。


「紫苑様を捕まえて下さいまし!」


「私と九条美琴以外この部屋から叩き出せ!!」


「紫苑を捕まえろ!!」


 少し喉を休めて回復したさくらが再び契約を服部に迫る。

 芹緒は桜子の手を離れ、立ち上がり出口を目指そうとする。だが


「私を舐めるな!!!」


 紫苑の叫びで部屋中の人間の動きが止まった。

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