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ヤサシイセカイ  作者: 神鳥葉月
第一章 交わる二人の世界

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第五十一話 お泊まり会⑧ 会席料理

「はぁ……」


 風呂から上がり、伊集院家が用意してくれた全員お揃いの薄桃色の浴衣を纏い、冷たい水を一口含むとゆっくり飲み込む。

 冷たさがのどを通って身体中に染み渡る。

 芹緒が至福のため息をついていると


「優香ちゃんってさ、よくため息つくよね? なんか心配ごと?」


 芹緒のため息を耳聡く聞きつけた姫恋がそう言って近付いてきた。


「何もないよ、なんとなくね。昔からのクセなんだ」


「お母さんが『ため息をつくと幸せが逃げていくわよ』って言ってたから、ため息ついちゃダメだよ」


「ありがとね姫恋さん。僕の幸せ逃げてるの見つけたら捕まえといて」


「あははっ! 任せといて!!」


「では皆さん移動しましょう」


 桜子の呼びかけに三人はそれぞれ桜子と手をつなぐ。

 芹緒ももう彼女たちと手をつなぐのには慣れてしまった。……今まで受けた刺激があまりにも強烈すぎて感覚がマヒしてるのかもしれない。






 案内されたのは畳敷きの大広間だった。

 広い空間に上座から下座側に並んで席は四つだけ。

 これを見て芹緒は某年末の罰ゲームありのお笑い番組を思い出してしまう。さすがにお嬢様の尻を叩くような不遜な黒づくめな男たちはいないだろうが。

 ……そんな庶民的な発想しか出てこない自分に少し笑えてくる。

 床の間には立派な掛け軸がかけられ、両脇には空間を引きしめる一輪の生け花が飾られている。

 芹緒には生け花の知識も風流も解さないが、ただ素直にステキだな、と思う。

 下手側には白い割烹着を着た、いかにも職人でございという風貌の男性が、多くの海鮮食材を背に控えて座っている。

 その前にはまな板や包丁、シャリの入った飯台がずらりと揃えられている。

 おそらく注文を受け付けてその場で握ってくれるのだろう。


「葵様こちらへ」


「あい」


()()様はこちらへ」


「はい」


「姫恋様はこちらへ」


「ありがと」


 そして桜子は一番下座に座る。

 さすがだな、芹緒は内心感心する。

 桜子はしっかりと作法が身に付いている。芹緒は『客人は上座、ホストは下座』くらいしか知らない。

 目の前の膳には、ほうれん草のお浸しが入った先付けの小鉢とぶどうジュースの入ったグラスが置かれている。

 桜子が全員を見渡すと静かに柏手を打つ。

 すると襖が音もなく開き、若い着物姿の女中が二人、上品な動作で上座の葵から順番に膳の上へ料理を置いていく。

 芹緒の前の膳にも、淡い色合いの野菜を華やかに盛り付けた小鉢と澄まし汁の椀が並び、出汁の香りがふんわりと漂う。

 こうして一品ずつ料理が運ばれてくると、敷居が高そうで芹緒は思わず背筋が伸びてしまう。

 二人のうち一人は襖の奥に下がり、もう一人は芹緒たちの前に残り背筋をまっすぐに伸ばし、正座する。

 桜子の膳にも小鉢と椀が並ぶと口を開いた。


「皆さん、どうぞ伊集院家のもてなしをお楽しみください」


 その言葉を受けて女中が左手を横に出し


「皆様から見てこちらよりほうれん草のお浸し、春野菜の筍とワカメの木の芽和えでございます。どうぞご賞味くださいませ」


 そうして小鉢の料理名を紹介する。

 何の食材を使った料理なのか見てもさっぱり何も分からない芹緒には、とても助かる案内だ。

 小鉢を紹介した女中は静かに部屋の隅へ下がり、背筋を伸ばして正座し控える。


 その言葉を受けて葵が箸を取る。その気配を感じて芹緒も箸を取る。姫恋は桜子の気配ですでに箸を取っている。


「いただきます」


 葵が率先してそう言って小鉢を取り箸をつける。それに遅れて芹緒と姫恋が続く。三人が食べ始めるのを見た桜子は黙礼して、綺麗な所作で小鉢を取り、食べ始める。

 緊張していた芹緒だが、ほうれん草のお浸しを口に入れてみると、知っているはずの味がより深みを増して口内に行き渡る。


「美味しい……!」


 思わず言葉がこぼれて慌てて口を押さえる芹緒に、隅に控えていた女中さんが嬉しそうに頭を下げる。


「はあぁ、口の中が幸せ!」


 姫恋もほっぺたを押さえてご満悦だ。


「そんなに美味しそうに食べていただけると、私も嬉しいですわ」


 桜子が上品に箸を口に運びながらそう言って笑みを浮かべる。そしてこう皆に告げる。


「私はこの会席を取り仕切る立場にあり、皆さんをおもてなしする立場にもありますので、多少堅苦しくなりがちですが、どうか気にせずいつものように楽しくおしゃべりしてくださいね? 分からないことがありましたら私なりそこの吉沢なりにお尋ねください」


「桜子様付きの使用人の吉沢です。どうぞよろしくお願いいたします」


 桜子の言葉に、隅に控えていた吉沢と呼ばれた女中さんがそう言って頭を下げる。がすぐに顔を上げ、


「美琴様は体調を崩されて学校をお休みされていると聞きます。どうぞ気を楽になさってくださいね」


 と芹緒に向けて笑顔を浮かべる。


「ありがとうございます」


 芹緒も笑みを浮かべて頭を下げる。


「やっぱりご飯は楽しく食べないと!」


 姫恋がそう言って箸を持っていない手を上に突き上げる。


「足も崩してくださいね?」


「僕は大丈夫」


 桜子にそう言われたが、芹緒はそのまま正座することにした。

 元の体のままなら正座なんて三分と持たないが、この身体は正座していてもなんともない。

 みんなと遊んでいるときは正座ではなく女の子座りやお姉さん座りで座っていた。

 さすがにずっと正座すれば足が痺れてくるだろうが、それでもどこまで正座出来るのか試したくなったのだ。


「アタシも負けない!」


 姫恋が謎の競争意識を芹緒に向けて、正座を続けることを選択する。


 吉沢が何か言いたげに口を開こうとしたがその前に桜子が柏手を打つ。

 その音を合図に今まで無言で控えていた職人が、用意されていた鯛の柵を手に取り、研ぎ澄まされた包丁さばきで音もなく薄く引いていく。みるみるうちに切り終えると、それを四つの白磁の器に盛っていく。

 吉沢ともう一人の女中がその器を芹緒たちに配膳していく。

 目の前で切っていたのは確かに見たのに、向こう側が透けるほど薄い刺身が、何枚と重なることなく整然と器に盛り付けられている様は圧巻だ。


「皆さん」桜子が静かに、しかし耳目を集める声で続ける。「今お配りしたのは鯛の薄造りです。また、何か食べたいお寿司のネタがありましたらどうぞそちらの後藤にご注文を」


 白い割烹着の職人が黙礼する。

 桜子の台詞にさっそく姫恋が注文を出す。


「ウニお願いします!!」


「……イクラを」


「えと、僕はマグロを」


 そう言った芹緒を桜子がフォローする。


「せっかくですから美琴様、大トロなどいかがでしょうか?」


「あっうんそれで」


 芹緒はコクコク頷くばかりだ。職人も頷く。


「私はそうですね、コハダをいただきましょうか」


 そして芹緒は鯛の薄造りに箸を伸ばす。

 芹緒はこれを食べるのは生まれて初めてだ。

 テレビや雑誌で紹介されているのは見たことがある。マンガやアニメにも出たはずだ。

 何枚取るのが普通なんだろう? 一枚ずつ? まとめて? まとめて取るのはお嬢様の所作としては恥ずかしくないか?

 芹緒がまごついていると、気付いたそれに吉沢がすっと立ち上がり、芹緒の斜め後ろに座り


「何かございましたか?」


 そう尋ねてきた。


「あ……と、何枚ずつ食べたらいいかな、なんて」


 恥ずかしそうにつぶやく芹緒に、


「一枚ずつが上品ですが、二枚取ってしまっても大丈夫ですよ。そこまで皆さん注目されていませんから。小皿のモミジおろしにお好みで柚子を絞ってお召し上がりください」


 優しい笑みで吉沢が教えてくれる。


「ありがとうございます」


 芹緒はそうお礼を述べると小皿の紅葉おろしに柚子を軽く絞り、鯛の刺身を一切れ取り上げると、そっと浸し口に運ぶ。

 鯛の上品で淡白な味わいが甘みを増して口の中に広がる。


「美味しい……。僕初めて食べたよ」


 今日一日、芹緒は無意識のうちに気を許しすぎていた。

 だから芹緒は気付いていなかった。

 一方桜子たちはずっと前から気付いていたが、芹緒がのびのびしていると思って誰も指摘しなかった。

 だから。


「美琴様」吉沢が尋ねる。「不躾で申し訳ありませんが、先ほどからの『僕』というのは一体……?」


 その言葉に芹緒の全身が一瞬で強張った。

難産でした……(9/22)。

書きためた貯金0になりました。

明日(9/23)書きためなければ!


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>>難産でした…… 料理の事調べるだけで時間かかってそうw
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