第五十話 お泊まり会⑦ 葵の暴走
「……あ」
葵と場所を変わろうとすると、葵がおもむろに声を上げた。
「どうしたの?」
どこか洗ってほしいところでもあったかな? 芹緒はそう考えたが想像してた答えとは全く違っていた。
「ここ」葵は椅子の上で百八十度くるりと回るとこちらを向き、閉じていた足をおもむろに大きく開き、隠されていた小さな谷を指差す。「洗ってもらって、なかった」
「ばっ」恥じらいも何もない葵の大胆な行動に、芹緒はすぐに目を逸らす。「プライベートゾーンは自分で洗いなさいっ!!」
「みんな、そう言う、でも」葵の言葉は真剣だ。「せっかくだから、みんなの洗い方、知りたい」
「……」真剣だからって騙されるな芹緒。せっかくだからじゃない。芹緒は自分を鼓舞する。目の前で繰り広げられている光景に気が遠くなりそうなところを、なんとか堪えて答える。「そういうのは女の子同士でやろう、ね?」
「優香も美琴の身体、女の子、だよ? ちゃんと洗い方、覚えよ?」
「ちゃんとつつじさんたちに教わったから大丈夫!!」
芹緒は恥ずかしくて絶叫するが、
「あっ葵様の言うことはっ、一理ありますわっ!」
それを聞いた桜子が乗ってくる。……姫恋の身体洗いから逃れたいという気迫も伝わってくる。
「そんなとこ、適当でいいんじゃないの?」
泡のついた手をブラブラさせて宣う姫恋のお気楽さが今は頼もしい。
「そう、適当でいいんだよ!」
芹緒は姫恋の力を借りて力説する。芹緒が関わるお嬢様たちは、どこか性に対してネジが外れている。
それどころか芹緒が女の子になってまだ一週間にも満たないというのに、この期間に関わってきた女性はみんなスキンシップや距離感がおかしい気がする。
……それとも今まで芹緒が女性と接してこなかったから知らなかっただけで本当は、男女はこんな気兼ねなくスキンシップがあるものなのだろうか?
もしくは上流社会だから性に奔放なのか? …… そんなはずがあるわけない。
芹緒が心の中で葛藤している間にも彼女たちの会話は続いていく。
「その適当を知りたいのですわ。私、家庭科実習で『みりん、適量』がいったいどれくらいか分からなくて毎回イライラいたしますの」
「小さじ、大さじがあるんだから、それで、伝えて」
「んー、そういうのってバーっと入れて味見して、合わなかったらまた足したり違うの入れたりしたらいいんだよ?」
細かいところにまでこだわる櫻子と葵、適当がわかる姫恋。姫恋は料理得意そうだ。
「歌唱や舞踊だって基本から外れて自分を表現するでしょ? そんな感じで何もかも厳格にこれ、って決めなくてもいいんだよ」
芹緒が大人としての意見を述べてみる。だが桜子が止まらない。
「基本が分かるから発展出来るのですわ。ですからまずはその基本を教えてくださいませ、という話です」
「それは食べる人の味覚に合わせて、かなぁ」
ここで葵が口を挟む。
「……つまり、経験して、慣れていくしか、ない?」
「そうだね」
「じゃあ」葵はニヤリ、と口角を上げる。「慣れるため、みんなで教えあいっこ、しよ?」
「ねぇみんな、お抱えのお医者さんとかいるでしょ? その人たちに聞こう、ねぇ?」
芹緒は泣きそうになりながら彼女たちにお願いする。
女の子の生々しい話は女の子だけでやってほしい。
見たいか見たくないかでいえばそりゃあ見たい。芹緒は今まで女性経験がないだけあって、女体には人一倍興味津々だと自認している。だがこんな美琴の見た目で彼女たちを好意を逆手に取るようなやり方はダメだ。
せっかく料理の話に話題がズレ、難を逃れたかと思えたが、葵には通用しなかった。
美琴の身体に関係する話は、つつじたちに色々恥ずかしい目に遭いながらも教えてもらったが、ここからさらに桜子たちの実情を知ったりするには、芹緒の引け目を感じる心が耐えられない。
だがすでに芹緒はハダカの三人に囲まれてしまっていた。
「実は私もあの場所はちゃんと見たことがなくて……」
「いこ!!」
「……(ずるずる)」
「まずは、私」
湯船の淵に座って大きく足を開く葵の前に、湯船の中からその秘所を息を飲んでのぞき込む、芹緒を中心に座らせた乙女たち。
そうして芹緒はまた一つ、いや三つ。文字通り女体の神秘に触れた。
「はあ……」
広い湯船につかると大きなため息が出てくる。
皆真面目に自分以外のプライベートゾーンに興味深々だった。
(まあそれもそうか……)
芹緒は湯の中で足を揃えて横に流して座る自分の股間を見ながら一人ごちる。だが湯の揺らぎもあり丸みを帯びた下腹部しか見えない。
(女の子のアソコって自分では見えないところだもんね)
男のアレは飛び出ているから上から見ることも出来るが、女の子のアソコがあるのは太ももの間。鏡でも使わないと自分のものは見ることは出来ない。
芹緒がその場に居合わせたのはノイズだとしても、性器の色や形が人それぞれ異なることを実際に見て知れたのは、桜子たちにはよい性教育だったのかもしれない。そう信じたい。
(僕のも見られたし触られたけど……)
芹緒の本来の姿ではなく美琴の身体ではあったが、自分の意志で大きく開いた股間を、彼女たちに興味深く見られたり触られたり引っ張られたりしたのは筆舌に尽くしがたいほどの羞恥を芹緒に与えた。
(他人に好意的な興味を持って身体を見られたのは初めてだな……)
イタズラや悪意を持ってさわられたことは学生時代何度もある。イヤな思い出だ。
だがそれよりも。芹緒は頭を振る。
よい性教育だった、と一言で終わらせられない出来事があった。
それは彼女たちの股間を見たことで起きた、まさかの葵の大暴れだった。
『全部子どもって、子どもって……』
葵は全員のを見たりさわったりしたあと、改めて自分の胸をさわり、自分の秘所を撫で回す。絵に描いたような見事な一本線。
うぶ毛すら生えていない。
身長も芹緒以外は皆葵より高い。そして芹緒は背は低くとも年不相応の胸がある。
『うがあ!』
葵の外見に対する鬱憤がついに爆発した。
『どうしてどうして!』
勢いよく立ち上がり地団駄を踏む。慌てて姫恋が転ばないよう、葵を後ろから羽交い締めにするがそれでも動きは止まらない。
背も低い。胸もない。つるつる。つるぺたーん。
芹緒はつるぺたやパイパンというもの言葉やキャラをもちろん知っているし、あくまで二次元ネタとして楽しんでいたが、実際そんな本人を目の前にすると何も言えなくなってしまう。
確かに葵の外見だけを表現するならそんなところだろう。だが芹緒はもう外見ではない、彼女の様々な内面の魅力を知ってしまっている。
『個人差! 個人差ですのよ!』
横から桜子が必死にフォローを入れるが
『こんな身体じゃ、ロリコンしか寄ってこない!!!』
葵の渾身の魂の叫びが大浴場に響く。
女体に興味がある芹緒だが、それでも今ここにいる四人は、成長の程度の差こそあれ大人の芹緒から見れば全員『子ども』でしかない。
悲しいかな、ロリコンは葵どころか桜子にも姫恋にも、そして美琴にも寄ってくるだろう。
だから心配しなくても大丈夫、という言葉を芹緒はすんでのところで飲み込む。
今葵が聞きたい言葉はそういうことではない。
『優香、桜子、姫恋、おっぱいくれ!』
そう言って桜子に羽交い締めにされたまま、それでもみんなににじり寄って彼女たちのおっぱいをもぎ取ろうとする葵。
同世代同士だからこその嫉妬なのだろうか。
(葵さん……)
女性の見てくれへの視線や評価は、これから年齢を重ねていけばもっとひどくなってくる。平等や女性活躍なんてまだまだ言葉だけ、しかも上流社会では上流社会なりの女性の見方もあるだろう。
これは自分と他人は違うことを自覚し、その上で他人からの評価によらない自分だけの価値観を見出す孤独な人生修行だ。
(なんの努力もせず、暴れもせず死のうとした僕には言えることなんてないよ……)
きっと彼女の周囲の人間が助けてくれるだろう。
そうして一通り暴れた葵は、今は静かに、打たせ湯エリアで滝に打たれている。この世の諸行無常を感じ、儚み、そして煩悩を洗い流そうとしているのだろう。
広い湯船はいくつかのエリアに分かれており、芹緒は寝湯エリアに、姫恋は泡風呂に、桜子は露天風呂にそれぞれ一人でのんびりと寛いでいた。
皆それぞれ思うところがあるのだろう。
そう考え目を閉じてリラックスしていると、いきなり胸をぺしと叩かれた。ちょうどお湯から出ていた部分だ。
「いたっ!」
芹緒が慌てて胸を抱いて起き上がって確認すると、それはいつの間にか隣の寝湯に来ていた葵の仕業だった。
「……どうして、胸出るの?」
どうやら葵は寝てるのにお湯から出ている芹緒の胸に、何か言いえぬ感情が芽生えたらしい。
「身体をリラックスしてるとどうしても出ちゃうんだよ」
「……見てて」
葵はそう言って寝湯の中に寝そべる。頭以外がお湯に浸かり気持ち良さげに見える。がその表情はジト目で芹緒を見つめている。
「浮かない」
「世の中には色んな人がいるから。四人の中だけで比べても仕方ないよ? 外見だけじゃない葵さんだけの魅力がある」
芹緒は先ほど考えていたことを葵にのんびりと話す。先ほど葵は頭に血が上っていて聞く耳を持たなかっただろうが、今ならどうだろうか。
「みんな体のことは悩んでいるんだよ。バスケが大好きなのに身長が伸びなかったり、可愛いお洋服が着たいのに身長が高くなりすぎて似合わないと嘆いたり。病気だってなりたくてなりたい人もいない。みんな自分に与えられた選択肢の中で自分のやりたいことに向かったり妥協したりしていくんだ。でも」芹緒はここで言葉を区切る。「葵さんたちはまだ成長期に入ったばかりなんだ。可能性はいくらでもある。その成長が自分にとって好ましくても好ましくなくても、それが自分なんだ。私は今のままの葵さんでも十分魅力的だと思うよ。ロリコンって意味じゃない。人としてだよ。人としての魅力をもっと磨くほうが葵さんにとって幸せな道だと、僕は思うな」
自分の事を棚に上げた言葉に、もちろん芹緒は内心自分にツッコミを入れまくっている。
それでも。
「……説教くさい」
生きてきてたくさん反省した。せめて子どもたちには二の舞になってほしくない。だからつい言ってしまう。
かつての年長者たちのおせっかいを焼く気持ちが今の芹緒にはよく分かる。
「でも、ありがと」
そう言って葵は寝湯に改めて寝転ぶと目を閉じた。葵の言葉の中に若干の照れを感じたが、芹緒は何も言わずに目を閉じる。
みんないい子に育ってほしいな。
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