第四十九話 お泊まり会⑥ みんなで
芹緒が某国営放送局で放送された、発明好きの少年とサーカスの少女が活躍するアニメのオープニングを歌い上げ、カラオケは終わった。
楽しそうに歌い上げた芹緒の姿と歌声に、桜子たちは拍手を惜しまない。
「……あつ」
葵が手で自分の顔を仰ぐ。
聞いていただけの葵ですら三人の熱気にあてられていた。
思う存分歌った芹緒や桜子、姫恋はうっすらと汗をかいていた。
「気持ちいい汗だねー!!」
「ええ、そうですね」
「すごい充実感だよ……」
空調も効いているはずなのだが、身体の内側からくる熱は未だ治まらない。
芹緒は本当に満足していた。
好きになる歌、歌える歌は女性曲ばかり。だから一人カラオケでいつも発散していた。
聞いてくれた彼女たちには感謝しかない。
そして選曲もやはり芹緒に合わせたものだった。
自然と歌うのは芹緒、たまにデュエットで誰かがという図式になっていった。
心地良い倦怠感が芹緒を包み込む。
だから芹緒は桜子の言葉に生返事を返してしまった。
「ではお風呂に参りましょう」
「うん」
「はーい!」
「……おけ」
「……ん?」
芹緒が気付いたときにはすでに桜子に手を引かれ、壁の扉をくぐり抜けたあとだった。
昨日見た広い脱衣場が芹緒たちを出迎える。
「僕は一人であとで入るね」
芹緒の言葉に服を脱ごうとしていた桜子たちの動きが止まる。
「どうしてですか?」
桜子が本当に不思議そうな声で聞き返す。芹緒からすればどうして不思議に思うのかが不思議なのだが。
「僕はね」芹緒は子どもに言うように噛んで含めて言う。「身体は女の子の美琴さんだけど、心はまだまだ男なんだ、君たちのハダカを見てドキドキしちゃうんだ。イヤらしい視線は不快だよね? 僕も君たちを不快にしたくないんだ。だからお互いのために一緒にお風呂に入るのは止めよう」
「あのね優香ちゃん」桜子が小さい子をあやすように少しかがんで視線を芹緒に合わせて語りかける。「女の子同士でもハダカを見てドキドキすることはあるんです。見られるのが恥ずかしいんじゃないんですよね? 例え心が男の子だとしても優香ちゃんの視線、私たちは不快じゃありません。私たちが不快じゃないなら優香ちゃんも問題ないですよね? だから一緒にお風呂に入りましょう」
「……」
「……」
芹緒と桜子は黙ったまま見つめ合う。
やがて上を見上げて負けを認めたのは芹緒だった。
「君たちのハダカを見るのは恥ずかしいし、しのびないから一人で入りたいです」
「本当にそう思っているのですね」
桜子が芹緒の言葉にウソがないことを証明する。
「……桜子、本当に恥ずかしい、みたい」
側に来た葵も芹緒の感情を読んでそう言ってくれる。
ふぅ、と内心芹緒は安堵のため息をつく。
何度も謝ったり意見をぶつけ合ってようやく分かり合えた。
葵も太鼓判も押してくれた。
お互いを尊重するのは大事なことだ。
「僕はここで待ってるからお先にどうぞ」
そう言って芹緒は脱衣場の奥に設置されている休憩所へ向かう。そこには昨日芹緒が湯あたりしたときに利用した藤の寝椅子が複数置いてある。
「ところが、どっこい」
芹緒の手が誰かに捕まえられる。
「?」
芹緒が振り向くと捕まえたのは葵だった。
「どうしたの?」
「……今日は私とペア」
意味不明なことを葵は口走る。
「優香の手洗い、上手。昨日、私と姫恋でジャンケンして、勝った」
「……あー」
そう言われて芹緒は桜子の身体を洗ったときのことを思い出す。
確かあのとき桜子は芹緒の洗い方を誉めてくれて、次芹緒に洗ってもらうのは誰かを決めるため、姫恋と葵がジャンケンをしていた気がする。
「せっかくジャンケンに勝ったのにごめんね?」
「優香」葵は厳かに言う。「これは、昨日決まったこと。まずは、この約束を果たして」
「え」
「優香の意志は、尊重する、だけど、その前に決まった約束も、尊重しないと、ダメ」
「……ダメ、ですか?」
「ダメ」
「はあ……」芹緒は大きくため息をつく。「分かったよ。一緒に入るよ。でもハダカ見ちゃうから」
「隅々まで、見せる」そう言って葵は抱きついてきた。「約束」
「そんな約束いらないんだけど……」
そして芹緒は観念し、昨日に引き続き彼女たちと一緒にお風呂に入ることになるのだった。
「優香、お願い」
髪を洗った葵が白木の椅子に腰掛けようとする。その際葵は不自然にお尻を突き出してから椅子に座る。
そのせいで肉付きの薄い尻の間からキレイな肉の合わせ目が見えてしまい、芹緒は慌てて目を背ける。が脳裏に焼き付いた映像はなかなか消えない。
(ああもう、見ちゃうんだからなぁ……っ!)
気を取り直して芹緒は葵の背中に向き合う。
葵は普段下に流しているロングヘアを頭の上にアップしてまとめており、普段見えないうなじや襟足が見えて芹緒はドキリとする。
(情けない……)
女体経験がない芹緒はこんな少女にもドキドキしてしまう。泡立てネットで泡を無心であわあわ作りながら心を落ち着かせる。
「洗うね」
そう声をかけて芹緒は優しく葵の首を洗っていく。
そして脇、腕、指と泡のついた手を転がしていく。
「背中はどこか気になる場所ある?」
芹緒の問いかけに「……ない」と答える葵。
昨日は姫恋の力加減を知らない洗い方にずっと叫び声を上げていたか。横のペアをちらと見やると、今は桜子が姫恋の身体を洗う順番のようだ。
昨日ひどい仕打ちを受けた葵の身体を労るように、繊細なガラス細工をさわるような手つきで洗い上げていく。
「前も、だよ」
少しイジワルそうな葵の声に心の中で少しため息を吐くも、鎖骨やデコルテ、そして小さな胸に手を添え美琴の胸を洗うような手つきで洗っていく。
「……胸は」
葵が話しかけてきたので、パッと葵の身体から手を離して聞く体勢に入る。
何か問題があったのか? 胸が小さいと同じ刺激でも痛く感じるとか?
「……揉むと、大きくなるって、ホント?」
「……昨日桜子さんも言った通り、胸の成長は人それぞれだよ。たくさん揉むからというよりも、好きな人といられる安心感とか、女性ホルモンのバランスで変わるんだと思うよ。あとは健康的な生活とか」
心の中でズッコケつつ、芹緒は自分の知ってる限りの知識を尽くして真面目に答える。
「じゃあ、大きくなる、ね?」
葵が少しだけ首を横に向け、芹緒に意味深げな流し目を送る。
「……///」
女子中学生の色気に胸の鼓動が早くなる。芹緒はそんな自分を本当に情けなく感じると同時に、自身の人生経験のなさを痛感する。
この程度なら『普通の男子高校生』でもドキッとして経験値を貯めていくだろう。
芹緒にそんなイベントはなかった。だからいつまで経っても芹緒は慌てふためくばかりだ。
「男としては」だから芹緒は精一杯の虚勢を張る。「おっぱいは存在するだけで素晴らしいから。大きさなんて関係ないよ。だから気にしなくていい。いつか葵さんにも葵さんの存在全てを愛してくれる人が現れるよ」
許嫁の慣習が残る名家のお嬢様に言うには少しロマンチックすぎたが、この言葉は芹緒にとっての願望でもある。
元の姿で愛されることはない。芹緒はそう全てを諦めている。
だからこそ来世で女の子になり、身体だけでもいいから誰かに愛されたい、出来るなら自分の存在全てを愛されたい、そう願っている。
「……深い」
そう言って葵は頷くと静かになった。
葵との会話は楽だ。
ある程度は葵が感情を読み取って感じてくれる。
そうしているうちに葵の身体を洗い終わる。
「……満足」
葵の試験はクリアしたらしい。芹緒の身体洗いを認めてくれたということだろう。
「あっ、ちょっ、きっ姫恋様姫恋様、どっどうして、手のひらだけでこんなに痛いんですかっ!?」
隣ではすでに洗う人洗われる人が交代しているのが声でわかる。桜子さんどうかご無事で……。
芹緒を心の中でそう祈ると、がくがく震えている葵の肩を優しく抱いた。
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