第四十八話 お泊まり会⑤ 芹緒のやりたいこと
「ポッキーゲームしよ!!!」
四人で抱き合う時間は、姫恋が唐突に新しい遊びを提案したことで終了した。
「桜子だけお口にチューとかズルい!! アタシも優香ちゃんにチューしたい!!!」
「欲望に忠実すぎるよ姫恋さん……」
直球な理由に芹緒は呆れて、照れてしまう。だが姫恋は真剣そのものだ。
「お口にチューはアタシだって遠慮したのにさ!! 桜子ちゃんのファーストキスはともかく、優香ちゃんや美琴ちゃんのファーストキスのことは考えなかったの?」
「あ」
間抜けな声が桜子から出る。そんな桜子を葵はジト目で見つめている。
「さっきはその、ほっぺは空いてませんでしたし、おでこでは負けた気がいたしまして……」
桜子は真っ赤な顔であわあわしながら、しどろもどろに答える。
「……優香、さっきの、ファーストキス?」
葵の疑問を芹緒はスルーするが、顔が熱くなるのを感じる。
もちろんファーストキスだ。
家族ではなく、異性からの好意のキス。
「桜子ちゃんがお口にチューしたら今度はアタシが負けた気になるじゃん! でもただ優香ちゃんにチューするんじゃ面白くないからさ、ポッキーゲームでチューしよ」
「……それはどういうゲーム?」
姫恋の言いたいことは理解した葵が具体的なゲームの説明を求める。
「簡単だよー、ポッキーを両端から口で咥えて、どんどん食べていくの。途中で口を離したり折っちゃったりした方の負け。最後まで行けばチュー。これなら正々堂々とチュー出来るよ!」
どう聞いてもチューしたいだけにしか聞こえないが、そもそもポッキーゲーム自体がそういうものだ、と芹緒は内心ため息をつく。
「どうしてそのようなゲームをご存知ですの?」
「お兄ちゃんのマンガで見た」
桜子の問いに姫恋が平然と答える。
姫恋の生活環境もなかなか不健全なようだと芹緒は感じる。
「そもそも、それを聞かされて僕がやる理由ないんだけど……」
姫恋はゲームの名を借りて芹緒とチューしたいと宣言している。彼女たちからの好意がイヤな訳ではもちろんないが、その好意に甘えすぎるのもどうかと考えてしまうのが芹緒だ。
「アタシたちとチューしたくない?」
首を傾げながら問う姫恋に芹緒は叫ぶ。
「その質問は卑怯だよ! チューは好きな人が出来た時に取っておきなさい!」
「今時チューくらいは普通だよ? 小学生でもやるよ? アタシみんな好きだよ?」
「それは女子同士で、しかもほっぺでしょ?」
「えへへ、バレたか!」
あっけらかんと笑う姫恋に芹緒は大きなため息をつく。そんな芹緒を見て桜子がフォローを入れる。
「姫恋様、嫌がる優香様を無理やりゲームに参加させるのはよろしくありませんわ」
「それはもちろんだよ! んー、じゃあさ、優香ちゃんは何して遊びたい?」
姫恋の芹緒への問いに、桜子や葵の視線も芹緒に集まる。
「うーん……」
三人の興味深そうな視線を感じながら芹緒はしばらく悩み。そして答えた。
「カラオケしたいかな?」
桜子の指示で瞬く間に迎賓館の一室にカラオケルームが準備される。
日頃から歌唱の練習に勤しむ彼女の分野だけあって、マイクからモニターまで隙なく整えられた。
細長い部屋の奥にはステージが設置され、両脇には楽器を構えた奏者がずらりと並ぶ。
ステージ前にはテーブルと椅子が準備され、その上には桜子が用意したデザートやドリンクが並べられている。
「急ごしらえですが」桜子は少し恥ずかしそうに言う。「どのような歌をリクエストしても少し時間を頂ければすぐに楽譜を用意させますわ」
ステージ前には歌詞を表示するのであろうモニターが設置され、カラオケの体裁をかろうじて整えている。
「さあ優香様。お好きな歌をどうぞ」
桜子たちはふかふかの椅子に座り、ステージに立たされた芹緒がどんな歌を歌うのかわくわくして待っている。
芹緒が脳裏に描いていたカラオケとは全くイメージが異なったが、伴奏があって歌詞に合わせて歌えば、それは立派なカラオケだろう。芹緒は準備をしてくれた伊集院家に感謝しつつ、そう思い込むことにした。
何を歌おうか。
芹緒は太っていて声が高いこともあり、男性の頃から女性シンガーのアニソンを好んで歌っていた。
芹緒は美琴の姿になってからずっと女の子の声で歌を歌いたかった。
今まではずっとバタバタしていて声を出して歌える状況ではなかった。カラオケなんて美琴の立場では行きたいとはとても言えなかった。
だが思わぬ幸運でこうして歌える環境が整えられた。
何を歌おうか。
芹緒は今の女子中学生がどんな曲を聞いているか知らない。
彼女たちは芹緒が歌うアニソンは知らないだろう。
「ふう」
芹緒は一息つくともう一度この時間に感謝する。
歌いたい歌を歌おう。
芹緒は空気なんて読めない。
「すみません、これを」
芹緒は側に控えている使用人に曲名と歌手名、アニメタイトルを書いて渡す。
使用人はすぐに手元のタブレットで検索し楽譜を手配する。今回のものは比較的メジャーな曲だ。すぐに楽団員たちに楽譜データが送付される。
~♪
楽団員たちがステージとは反対の位置にいる指揮者の指揮に合わせてイントロを奏でる。
すっと部屋の照明が落とされ曲に集中する環境が整う。
芹緒は大きく息を吸うと、宇宙人の女教師と少年が主役の、思い入れのある大好きなアニソンを想いを込めて歌い出す。
~♪
生演奏に負けない芹緒の透明感ある歌声がカラオケルームに響き渡る。
声は確かに聞き慣れた美琴の声だ。
だがそこに芹緒が今まで歌い込んだ歌への想いと、今自分の耳に聞こえる女声という理想を叶えたという喜びが歌声に乗り、桜子たちの心を揺さぶっていた。
「……」
三人とも自然と動きを止め、ただ芹緒の歌声に耳を傾けている。
芹緒も反応が気になって視線が彼女たちに向くが、じっと聞き入ってくれる彼女たちの表情にさらに心が弾んで情熱が歌に乗る。
最後のフレーズを芹緒が歌い終わると演奏が徐々にフェードアウトしていこうとするが、芹緒はそれを首を振って止めさせる。そして芹緒は大好きな曲を最後までかみしめる。
そうして歌い終わって席に戻ってきた芹緒を、桜子たちは拍手で出迎えた。
「美琴様」桜子は楽団員の存在を意識した上で芹緒をベタ褒めする。「とても素晴らしかったですわ! 聞いていて歌詞の情景が思い浮かびましたもの!!」
「びっくり!! 美琴ちゃんってば歌すっごく上手なんだね!! すごいよぉ!!」
「……えくせれんと」
彼女たちからの惜しみない賞賛に芹緒は思わず涙ぐむ。
「ありがと……ぐすっ。 あはは、こうやって歌を歌いたかったんだ、ずっと」
芹緒の少し嗚咽が混じった告白に、桜子はそっと芹緒の身体を抱きしめる。
次の曲のイントロが始まる。芹緒も聞き覚えがあるイントロ、というかこれは誰もが知っているセーラー服で戦う五人の女の子たちの歌だ。
「じゃあ次はアタシ!」
そう言って姫恋は芹緒の手を引いてステージに上がる。そしてマイクを芹緒にも渡すとパチっとウインクする。
~♪
そして姫恋と芹緒はデュエットで歌い始める。
芹緒はハモリの部分も担当し、歌って楽しい聞いて楽しいカラオケになっていく。
最後は姫恋の
「月に代わっておしおきよ!」
かけ声に芹緒は思わずポーズを取ってしまう。悲しきオタクの性である。
「美琴ちゃんありがとっ!!」
「姫恋様こそありがとうね!」
気持ち良く歌って興奮した二人はステージ上で抱き合う。
~♪
そこにイントロが流れ始める。
短く重ねられた和音にトランペットが哀愁を帯びたフレーズを響かせる。
これも芹緒が知っている曲だ。彼女たちは芹緒に合わせて選曲しているのか。
東京に残した男性との別れを、厳しい雪国の描写に重ね描いた歌。
姫恋は首を横に振ってステージを降り、芹緒の手は桜子に指を絡めてつなぎ止められる。
~♪
演歌のデュエットは難しい。芹緒はこぶしは苦手だ。
なので一番を芹緒、二番を桜子が歌い、最後を二人で歌い上げる。
さすが歌唱が得意と言うだけあり、桜子の喉から広がる世界は圧巻の一言だった。
それでも芹緒はこの歌を歌えたことに満足する。
二人でお辞儀すると桜子たちだけでなく楽団員たちからも拍手が巻き起こる。これは桜子お嬢様への拍手だろう。
戻った芹緒は葵を見る。芹緒の視線に気付いた葵は苦笑して芹緒に耳打ちする。
(私、聞き専門)
(ごめんね)
一人歌わない葵に、芹緒も小声で謝る。だが葵は首を横に振ると
(聞いてて楽しい、歌って?)
そう言って芹緒の身体を揺する。
桜子も姫恋も嬉しそうに、楽しそうに芹緒を待っている。
芹緒は再び立ち上がるとステージに向かった。
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