第四十六話 お泊まり会③ ボードゲーム
「美味しかったぁ〜!!」
姫恋がお腹をさすりながら満足気に言う。
今日の姫恋は白のフリルブラウスに黒のゆったりしたショートパンツという格好だが、食べすぎて可愛らしいお腹がぽっこりと顔をのぞかせている。
「……ごちそうさま」
葵も取る量こそ少なかったもののしっかりデザートまで完食して安らかな雰囲気だ。
桜子もあまり食べなかったが、少食なのか和服でしっかり帯を占めているから食べられないだけなのかは芹緒にはわからない。
「いえ、これでも以前より食べるようになりましたが私も少食ですのよ。姫恋様の食べっぷりは見てて惚れ惚れいたしますわね」
芹緒の問いに桜子は優し気な眼差しを姫恋に向ける。
「そういう美琴様はいかがでしたか?」
周囲には四人だけとはいえ、同じ空間には遠くとはいえ軽やかに音楽を奏でる楽団員たちがいる。桜子はそれを把握して芹緒に美琴として尋ねている。
「ええ、満足出来ました。どの料理も美味しいんですもの、苦手な野菜も食べられました」
芹緒の言葉に桜子は満足気に頷く。
「では皆さん戻りましょう」
そして芹緒たちは迎賓館に備え付けられた扉を開くとその向こうに消えた。
さすがにレースゲームでは芹緒に分がありすぎたため、違うゲームを提案した。
これまた同じゲームから派生した有名ボードゲームだ。
戦略もあるにはあるがサイコロを振る分、運の要素も絡んでくる。
そして芹緒は宣言する。
「勝った人は負けた人たちに質問できます。ただしえっちな質問は禁止。どうでしょう?」
「いいよー。もう優香ちゃんで遊ぶの堪能したし!」
何気にひどいことをさらっという姫恋。
「……学術的な質問なら、可?」
「学術書を見るか専門の先生に聞いてください」
「……むぅ」
「私はそれで構いませんわよ」
このやりとりのおかげで芹緒は先ほどよりリラックスしながらゲームを始めることが出来た。
レースゲームとは違いボードゲームなため、決着がつくのも時間がかかる。
「あーっ! また一対三だ! また負けるっ!!」
ミニゲームで一人側になった姫恋がコントローラーをぶんぶん振り回しながら悲鳴を上げる。
「……こう」
そんなドタバタ動き回る姫恋のキャラを葵が的確な操作で倒す。
先ほどまでとは違い戦略や戦術もあるため、葵はトップに立っている。
「皆さんの位置がここですから……今ならこのアイテムですね」
桜子も堅実なプレイで二位をキープしている。
芹緒は序盤、先ほどのお返しとばかりにみんなから標的にされたため、現在最下位だ。
それでもある程度逆転も見込めるのがこのゲーム。
中盤になってみんなの注目が葵に向かっている中、少しずつコインやアイテムを集めていく。
そして姫恋が葵からスターを奪い一気に一位に躍り出たターン、みんなの妨害が姫恋に集中する中で芹緒もコインをスターに変えた。
「いつの間にか優香様が二位ですわ!?」
芹緒の行動に気付いた桜子だが妨害アイテムは姫恋に使ってしまっている。
「……それでもまずは、姫恋」
葵も現状を把握しつつも姫恋に奪われた仕返しとばかりに姫恋のコインを奪っていく。
それは芹緒を利することになるが取られたものは取り返したい、取り返さないと自分が上がれない。
「優香ちゃんを倒せば盤石かなっ!!」
姫恋はそう言って妨害アイテムを使い芹緒のコインを奪っていく。結果的には芹緒のコインは葵に奪われた形だ。
「うーん」
残りターンは少ない。
スターの数は全員一緒だがコインの枚数差で姫恋が独走している。
芹緒が思案している間、皆も芹緒がどんな行動を取るのか固唾を飲んで見守っている。
そして芹緒はマップを見渡してあるマスを見つけると逆転目指してサイコロを選択した。
サイコロでそのマスにつくこと、そしてそのマスで狙ったイベントが出ること、確率は低いが姫恋を止めるにはこのくらいのスリルがあってもいいだろう。
芹緒はサイコロを振り……見事狙いの数を出すことが出来た。
「えっ○ッパマス!?」
ゲームを持ってきた姫恋が驚く。芹緒はマイナスイベントが起きるイベントマスに自ら乗り込んだのだ。
そして
「えええええーっ!?」
誰の声ともつかない悲鳴が響く。
起きたイベントは『全員平等』。全員のコインが全没収された。
「……これはひどい」
「こんなイベントもあるんですのね」
「アタシが貯めたコインがああ!?」
「さあラストスパートだよ!」
コインが全員零枚になったとはいえ、アイテムは没収されていない。残るは数ターン。
結局コイン数枚の差で桜子が一位になったのだった。
「最近みんな遊んでくれないからひさしぶりで楽しかった!!」
姫恋があははと笑いながらばたーんと畳に背中から倒れ込む。その手が芹緒の肩を掴んでいたため、芹緒も倒れてそのまま姫恋の胸に倒れ込む形となる。
「ちょっとちょっと!?」
「ちょっと美琴成分補給したくなった」
姫恋はそう言って胸の中の芹緒をぎゅっと抱きしめる。
視線で葵と桜子に助けを求めるが、
「……優香は抱き心地最高」
「じゃれあいですから」
とつれない態度だ。というかスキンシップが多すぎる気がする。最近の女子中学生はこういうものなのか?……と考えて自分が中学生の頃を思い出す。あの頃も男子から見て女子たちは妙に距離が近かった。こういうものなのかもしれない。
それに姫恋は『美琴成分』と言った。深い意味はないだろうが姫恋にとって美琴は『最高の友人』だ。美琴なら喜んで抱きしめられるに違いない。
そしてもう一つ。
芹緒は口に出さないが桜子や葵がゲーム中自らが持つ力を使用していないことに感心していた。
躾が厳しいお嬢様といえど素顔は普通の中学生だ。ゲーム中ムキになって自分の力を使いたくなることもあるだろう。だがその誘惑に耐え、友人たちと平等にゲームを楽しむ姿はいいな、と思った。
大人ですら、大人だからこそ使える手はなんでも使う人間はいる。そういう人間の存在を知っているからこそ、まだ子どもながら清廉な心を持つ二人はすごいと素直に芹緒は賞賛する。
「では私が皆さんに質問するのですね」桜子は皆を見渡して言う。「……まず葵様。葵様の生理はどんな感じですか?」
ん? 芹緒は訝しむ。今桜子はとんでもないことを言わなかったか?
「ちょっと待って! えっちな質問はダメって言ったでしょう!?」
遅れて気付いた芹緒は慌てて姫恋の抱擁から逃れて起き上がると桜子の顔を見て言う。
「優香様」桜子の顔は真剣だ。「女にとって生理とは生きていく上で切っても切り離せないもの。これは決してえっちな質問ではございませんわ」
言われてみれば確かにそうだ。女性は皆身体に異常がない限り毎月生理と向き合っている。これを男性が『えっちな話』というのは間違っている。
やられた。
芹緒は葵の顔を見る。
してやったり。葵の顔は表情に乏しいが確かにそう見えた。間違いなくこの質問は葵の入れ知恵に違いない。
「……辛い。生理が近付くにつれ憂鬱。経血も多いし、気分悪くて、ずっと横になってる」
そんな葵はお腹をさすりながら言う。今はそこには美味しかった料理が残ってるはずだ。
「アタシはまだ来てないからわかんないなー」
姫恋があっけらかんと情報を開示する。
「そうかもしれないとは思いましたがやはり。胸は膨らんでいますのにね」
「……生理だけ来て、身長も、胸も、大きくならないのは……酷すぎる」葵は愚痴り始める。「生理なんて……毎月なくてもいいじゃないか。妊娠する時だけ、準備をしてくれたまえ、我が身体よ」
生理の時を思い出したのか、葵の口が饒舌になる。
そして桜子の視線が芹緒に向く。
「美琴様は、優香様は生理はどうですか?」
美琴の名前まで出された。どうやら隠すなということらしい。美琴の個人情報を話すようで申し訳ないが言うしかない。彼女たちにはウソはつかないと決めたのだ。
「美琴さんから聞いた話だと、この身体はまだ不安定でいつ来るかわからないそうです。そしてとても重いと」
「……同志」
芹緒の言葉に葵が仲間を見つけたかのように目を輝かせ芹緒の手を取る。
女性同士でも生理の辛さは人それぞれだ。だからなかなか分かり合えない、というのは芹緒も男性の頃ネットか何かの記事で読んだことがある。
芹緒と葵の身長が同じくらいで体格も胸以外はほぼ同じなことから、芹緒としても葵には親近感を覚える。
「……共感と、憐憫?」
そこまでは思ってないが葵には感情がそう見えてしまったらしい。芹緒がどう言い訳しようか考えていると、
「私の場合は」桜子が口を開く。「お二人よりは軽いのかもしれません。あまり出血もありませんし。ただその……生理の前はえっちな気分になったりしますの」
「アウト!!!」
芹緒は叫ぶ。そういう女性がいるのは知識として知ってはいるが、目の前の大和撫子な少女の口からそんなリアルな話は聞きたくない。
「どうしてお嬢様なのにそんなことばかり言うの? お嬢様ってお淑やかなものでしょう!?」
芹緒の魂の叫びに、桜子と葵は顔を見合わせる。
「お嬢様、だからこそですわ。私が勉強することには閨事も含まれてますもの」
「うん」葵も肯定する。「えっちなことや、技術は一通り、実技以外、学んでいる」
「二人ともすごいんだねえ。アタシはお兄ちゃんのえっちな本でしか知らないや」
芹緒はお嬢様たちの裏の事情を聞いて脱力する。確かにえっちなマンガとかでそういう設定は聞いたことはあるが、まさかこの現代においてもそれが実在するなんて思いもしなかった。
そして同時になぜ美琴があそこまでえっちなことに詳しくて興味津々なのかも理解する。
さつきのマンガの影響も確かにあるだろうが、彼女の学習環境が確実に悪影響を与えている。
「だから優香ちゃんは男性の生の声が聞ける貴重な友だちなんだよ!」
姫恋の『友だち』という言葉が軽く聞こえる気がする。
「それでは第二ゲーム、始めますか」
こうしてまたしても芹緒の負けられない戦いが幕を開けた。
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