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ヤサシイセカイ  作者: 神鳥葉月
第一章 交わる二人の世界

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第四十四話 お泊まり会①

 翌日。


「このたびはお招きいただきまして……」


「いえいえこちらこそ……」


 昨日に引き続き伊集院家に訪れたつつじたちが、それを出迎えた伊集院家の使用人たちと挨拶を交わしている間、芹緒たち四人組も集まって輪になってこそこそ会話をしていた。


「優香様もありがとうございます。私とても楽しみにしておりますの」


 和服姿の桜子が柔和な笑顔を浮かべて芹緒を出迎える。


「優香ちゃん今日は色々教えてね!」


 姫恋が芹緒の腕を取りブンブン音がするくらい上下に振りながら取りようによっては怖いことを言う。

 葵はそんな姫恋たちをたしなめるかのように


「……桜子も姫恋も、まだ外。しー」


 美琴の姿をした少女の正体が元中年男性の『芹緒優香』だというのはこの場ではこの三人とつつじ、さくらだけのヒミツ。

 葵は誰に聞かれるかも分からない外での会話を危険と判断したようだ。くちびるに人差し指を立て『静かに』のジェスチャーをする。


 (みんな可愛いなぁ)


 そんな三人組を芹緒は中身のおじさん視点で見てしまう。

 美琴は例外として、つつじ、さつき、さくらは年齢こそ実年齢は芹緒よりはるかに年下だがプロのメイドだ。その所作に圧倒されることが多々あった。

 それに比べてこの三人は美琴と同じお嬢様ではあるがその実態はやはり女子中学生であり、その素顔が時折見え隠れする。

 特に顕著なのが姫恋だ。

 お嬢様なりたての元気っ子様は心の機微が素直に顔に出て芹緒にとって分かりやすくてとても接しやすい。

 桜子は力をのぞけば凛とした生まれついてのお嬢様だ。普段顔には出ないが狼狽えると年相応な表情が伺える。

 一番扱いに困るのがローテンションであまり感情が表情に出ない葵か。だが昨日のチャットでも誰よりしゃべっていた気がする。しかも力でこちらの感情が分かるため、会話の主導権争いは完全に負けてしまう。

 それでも九条家の面々とは違い、こちらはともすればよしよしと頭を撫でてしまいそうだ。


「皆様お昼はまだですわよね? 今日は私の料理人に腕によりをかけて準備させておりますわ。……パジャマパーティーのための準備が進んでいて、そのために準備した食材がたくさんあるそうですの」


 頬を薄く紅潮させながら桜子がそう教えてくれる。

 普段そういった世俗の文化に接していなければパジャマパーティーを何らかのパーティーだと勘違いしてもしょうがないだろう。……料理人の皆様はさすがに意味を知っていると思いたいが、お嬢様の可愛い勘違いに乗ってくれたのだろうか。


「……優香。慈しみのオーラ出てる」


 葵に指摘された芹緒は桜子に近付くとそっとその頭を撫でる。


「!!」


「桜子様は可愛いですね」


 芹緒の突然の扱いに桜子は驚くが驚きつつもその手を振り払うことはない。

 芹緒は何度か撫でるとその手を離した。


「ごめんなさい桜子様。撫でたい気持ちを見透かされてしまってもう撫でちゃいました」


 そう言って芹緒は軽く頭を下げる。が桜子は耳まで顔を真っ赤にしながらもゆっくりとかぶりを振ると


「頭を撫でられるのはとても久しぶりですが、優香様の優しい気持ちが伝わってきて心地良かったですわ」そう言って「もっと撫でてもいいですのよ?」と芹緒に近付く。


「私のミス。みんなが注目してる。逃げろー」


 葵がそう反省の弁を述べてお屋敷へ歩き出す。


「あとでアタシの頭も撫でてっ!」


 姫恋がそう言いながら芹緒にぴったりと寄り添う。その反対側に桜子がつかずはなれずの距離で寄り添う。


「優香様」桜子はそっと芹緒の耳元でささやく。「今日は楽しんでくださいね」


 可愛らしいお願いに芹緒は「ありがとう」とだけ返して歩き出すのだった。






 昨夜芹緒が美琴の友人たちとお泊まり会をしたいと言ってきた。

 今日の芹緒は今までの受け身一辺倒だった時とは違い、とてもアクティブだ。

 元より芹緒の願いは極力叶えたいと思っているつつじとさくらは一も二もなく許可する。

 場所は今日行ったばかりの伊集院家。

 芹緒は知らないかもしれないが、伊集院家の御殿はセキュリティは万全だ。

 そのセキュリティの堅牢さは伊集院御殿は空間がねじまがっているという噂が立つほど。

 伊集院家との秘密の会合は本家で行われるため情報が漏れることは決してなく、漏れるとすれば相手方の落ち度、とまで言われる。

 芹緒の自宅よりよっぽどセキュリティは万全である。

 そしてもちろんつつじもさくらといった九条家のメイドや他家の使用人たちも護衛のために伊集院家に宿泊する。

 伊集院御殿は三階建ての望楼を備えた立派な建物である。そのほとんどが和室であるが離れの迎賓館には立食パーティーを行うためのスペースもある。

 桜子は姫恋に指摘されるまでここで『パジャマパーティー』をしようと考えていた。


 そして現在。

 桜子に連れられてきた部屋は昨日訪れた部屋とはまた違う部屋であった。

 壁には壁を覆うほど大きなテレビが据え付けられており、部屋の中央にはこれまた大きな座卓が鎮座している。


「ここからはアタシのターン!!」


 姫恋がそう言って桜子をつつく。桜子はその合図で両手をぱんぱんと打ち鳴らす。

 すると襖が開いてメイドたちが入ってくる。

 だがそのメイドたちの衣装は、九条家のようなクラシカルなメイド服ではなく、胸元を強調したフリルだらけの短いスカートに白いエプロンは装飾だけで膝丈の黒い網タイツとガーターベルトという姿。

 使用人というよりはメイド喫茶のメイドに近い、と芹緒は思った。

 あまりにもスカートの丈が短いため、その中の白い下着がチラチラと見えてしまっているが、一応女だらけのため誰も気にしていない。だが芹緒としては目のやり場に困る。

 葵がこちらを見てニヤリと笑っているように見えるのは気のせいだと思いたい。

 彼女たちは姫恋の指示でてきぱき動いていることから中川家のメイドたちなのだろう。お菓子や飲み物を並べたりゲーム機をセッティングしたりしている。

 芹緒にしてみれば分かりやすい『友だちと遊ぶ』姿勢だ。

 だが桜子や葵は目をぱちくりしてその様子を見守っている。


「桜子様たちが『遊ぶ』ってなるとどういうことをするの?」


 疑問に思った芹緒はこそっと桜子に聞いてみる。


「いえ、皆でお菓子を食べたり会話したりですので、それほど変わりはないんですのよ? ただ見たことないお菓子や機械が並んでいるので驚いているところです」


「……桜子。姫恋や美琴は、ワクワクしてる。ここは彼女たちの流儀に、従おう」


「もちろんですわ」


 葵の言葉に桜子も頷く。

 そうこうしているうちに準備が整ったようでメイドたちが部屋を出ていく。


「それじゃあみんな好きな場所に座って!」


 姫恋の音頭に芹緒は近くの座卓の前に腰を下ろす。するとすぐに姫恋が座布団を寄せて右隣にピタッとくっついてきた。


「!?」


 驚いている間にもいつの間にか葵が左隣を占拠していた。

 出遅れた桜子は平静を装いつつ葵の横に座る。


「美琴さんは人気なんだね」芹緒はあははと頼りなさそうに笑う。「もう誰もいないからみんな離れても大丈夫だよ」


「優香は勘違いしてる」葵は両手で芹緒の身体に抱き付く。「優香が、人気」


「そーそー! 色々聞きたいじゃん? オトナの男性のお話!!」


「姫恋様、葵、はしたないですわよ。そういうことはあとでじっくりと聞きましょう」


 結局桜子も興味津々らしい。ここら辺は美琴と大差なさそうだ。

 お嬢様といえど思春期真っ盛りの女子中学生たち。

 周りはかしこまった大人ばかり、学友はなんでも気兼ねなく話せる関係ではない。


「私は昨日も言ったけどキモいデブの中年男だから、君たちが聞きたい話は出来ないと思うよ」嘆息しながらも芹緒はゲーム機のコントローラーを握る。「せっかく準備してくれたんだからまずは遊ぼう?」


 芹緒の提案にすぐに姫恋が反応する。


「ならアタシが勝ったら色々質問していこうかな! 優香ちゃんが勝ったらアタシになんでも聞いていいよ!」


「まずは二人とも離れて?」


 芹緒は姫恋と葵に離れてもらうと姫恋は大定番のレースゲームを起動させた。


 桜子と葵はやったことがなさそうなのでまずは様子見だ。二人は説明書を読みつつ芹緒と姫恋の対戦を見守る。

 芹緒と姫恋とNPCを含めた十二キャラがスタートラインに並び、レースはスタートした。


「ゴーゴーゴー!!」


 姫恋は楽しそうにレースを先頭集団で進んでいく。

 一方の芹緒はかなり後方だ。


「優香様がんばってください!」


「……優香ゴー」


「アタシの味方いない!?」


 最終ラップの三周目、後方にいた芹緒は強いアイテムを得ると同時にそのアイテムを使い、猛スピードで一気に順位を上げにかかる。一方先頭に立った姫恋はNPCの使ったアイテムの被害に遭い順位が下がる。

 結果一着でゴールを駆け抜けたのは芹緒だった。


「すごいですわ優香様!」


「……作戦勝ち?」


「残念!」姫恋はニカッと笑うと「それじゃあ優香ちゃん、何が聞きたい? スリーサイズ?」そう言って身体をくねらせる。


「いや聞きたくないです」

「アタシって魅力ない?」

「そういう話じゃなくて、君くらいの子のスリーサイズ聞きたいとかダメでしょ」

「え、優香ちゃんロリコンじゃないの?」

「違うよ!? キモいデブのロリコンの中年男は死んだほうがいいよね」

「そんなことないよ! 他の人だとキツいけど優香ちゃんならロリコンでも大丈夫だよ!」

「どうして!?」

「聞きたい?」

「……聞きたくないかなぁ」


 芹緒と姫恋がコントのような会話を繰り広げ、桜子と葵はそれを楽しそうに聞いている。


「やっぱり美琴くらいのおっぱいないとダメかぁ」

「昨日の話聞いてた? 私が選んで美琴さんと入れ替わったわけじゃないからね!?」

「ちなみに私のスリーサイズは上から79」

「聞かないってば!! 身長、身長はいくつっ!?」

「身長は161cmでウエストが」

「ウエストは聞いてないっ! 終わりっ!!」


「……姫恋さんはどうして自分のスリーサイズをあれほど教えたがっているのでしょうか?」


「優香が恥ずかしがり屋さん、だから?」


 耳を塞ぐ芹緒とその手をどかして自分のスリーサイズを聞かせようとする姫恋。

 体格的に姫恋のほうが大きいため、芹緒はすっかり姫恋に抱きつかれてしまっている。


「優香は繊細で、紳士。えっちなことに興味はあるけど、それは私たちも同じ」


「……つまり非常に可愛らしいということですわね」


 葵の言葉を桜子なりに解釈する。

 そして桜子と葵は視線を交わして笑うと芹緒の腕をどかす手伝いに行くのだった。

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