第四十三話 さつきがんばる
「上がりました、……って何かあったんですか?」
バスタオルを巻いた姿でリビングに足を踏み入れた芹緒は、椅子に座ってダイニングテーブルに肘をつき考えごとをしているつつじとさくらを見て、お風呂で緩みきった気持ちがキュッと縮こまり胸がざわつく。
「たいしたことではないのです」さくらがあははと笑いながら言う。「今回、私たちの衣装まで用意してくれたさつきにお礼をしたくて頭をひねっているんです」
「それなら簡単ですよ」芹緒はドライヤー片手に近付いてきたつつじに目でお礼を伝えると椅子に座る。「さくらさんスマホ貸して下さい」
同じ頃、さつきは美琴が入院している病院の、美琴とは別に用意された部屋で一人様々な書類を書いていた。
美琴は無茶がすぎる。さつきは嘆息を吐きながら手を動かし続けている。
書いても書いても終わらない書類。
今回の手術。
芹緒の体であるので様々な同意書などは本来芹緒やその家族に書いてもらうのが筋だ。
だが今は美琴の体。そして美琴の父道里もこの件は承諾している。さらにどういう理屈か分からないが道里の許可で芹緒の体の手術は着々と進んでいる。
美琴が選択したものは先進的な技術を使った危険もある程度伴う手術らしい。らしい、というのはさつきもどんな手術なのかは書類を見て文字で理解はしているが、医者との面談では美琴に追い出されてしまったためだ。
そして手術を進めるには様々な書類を書く必要がある。
それを書いているのがさつき、というわけだ。
「さすがにずっと書類とにらめっこはしんどいですね……」
ペンを机に置き背伸びするように身体を伸ばす。
その時さつきのスマホが一回震えた。
「メール?」
送信元はさくらだった。件名は『ありがとう』。
お昼頃の芹緒からの着信を思い出す。
仕立て屋が徹夜で間に合わせた、芹緒と同じ衣装のつつじとさくらのサイズに合わせたコスプレ衣装。
芹緒に昨夜頼まれていたものを送り届けたのだ。
「さくらは喜んでくれたんですね♪」
そうウキウキしながらメールを開けると、本文は何もなく、添付ファイルがあるだけだった。
「写真?」
さつきは何だろうと思いながら添付ファイルを開き……。
「な、なんですかこれは!?」
叫んだ。
添付されていたのは芹緒のコスプレ写真だった。
どれもこれも可愛らしいのは美琴の姿だから当然だ。だがその美琴の可愛らしさをさらに引き立てているのが、芹緒の仕草やポーズだった。
スク水にハイニーソを履いてベッドの上に気怠けに寝転んでいる姿。
アンニュイな表情がベッドとスク水というミスマッチなシチュエーションと相まって視線を外せない。
自分たちが着ているメイド服と同じものを身にまとった芹緒がそっとスカートの前をたくし上げている姿。
後少し上げてしまえば下着が見えてしまいそうなギリギリまで見せる芹緒の表情は恥ずかしさに耳まで真っ赤にしている。
だというのにカメラに向かってまっすぐ目を合わせている。助平なご主人様にいやらしいポーズを強要されて視線だけでも抵抗しているような感じがよく出ている。
可愛い写真を見ていると書類仕事で乾いた心がどんどん潤ってくる。
「さくらたちもいい仕事しましたね……さてさて、他はどうでしょうか♪」
そう思い添付されている写真を見るが。
「あれ?」
他の写真は壊れていた。
「え?え!?」
萌え上がる気持ちに水がかけられる。さくらはそこまでITに疎い訳じゃないはずなのに。
と一番最後の添付ファイルは写真ではなくPDFファイルだった。
さつきは疑問を覚えながらそのファイルを開く。そしてその中身を見たさつきは机に突っ伏した。
『他の芹緒様の写真を見せるかどうかは帰ってきてからのさつきの態度次第です』
そうつつじの自筆で書いてあった。
「芹緒様の指示なのにぃ」
そう言うがあのスピードでコスプレ衣装が出来たのはさつきの下準備あってこそである。
さつきはすっかりしょぼくれてしまったが、それでも手元には芹緒のコスプレ写真が二枚もある。
「これで頑張りますかね」
スマホを立て掛けモードにして芹緒のコスプレ写真を表示させると、さつきは再び書類との格闘に戻ったのだった。
「あれでさつきにお礼は出来たのでしょうか」
さくらがメールをさつきに送信後、つつじはそう首を傾げる。がドライヤーを終えピンクのパジャマを着た芹緒は「大丈夫ですよ」と言う。
「そうですね」さくらも同意する。「あれだけ写真があるように見せて実は二枚だけ、そしてつつじの自筆とさつきを萎えさせるには十分です。それにちゃんと可愛い芹緒殿の写真も二枚あるので萎えすぎることもないかと」
さくらはくすくすと笑いながら芹緒を見る。
芹緒は肩を落とすと
「さつきさんと私は共犯者ですからね。これは仕方ないですよ」
そして芹緒は「おやすみなさい」と二人に言い、「おやすみなさいませ」と返してもらいながら自室に入っていったのだった。
もちろん芹緒(美琴)のスマホにもつつじやさくら、芹緒のコスプレ写真が数多く入っている。
これは今の美琴には見せられない。アソコの手術をしているのならなおさらだ。
自室に戻った芹緒はヘッドボードに置かれたスマホに通知が来ているのに気がついた。
確認してみると見たこともないアプリだった。ただ名前からSNSアプリだとは分かる。
美琴のスマホだからどのアプリも安全だろう、芹緒はそう判断してアプリを開くと、桜子、姫恋、葵そして美琴の四人のチャットグループからの通知だった。
中では
桜子『こんばんは皆様』
桜子『本日は大変失礼いたしました』
姫恋『でも楽しかったよね』
葵『今日は急な集まりだったがとても有意義な集まりだったと思う また近いうちに集まりたいものだが美琴の都合を考えるとどこで集まるのか考えものだな』
姫恋『そうだねえウチは無理かなー』
桜子『それでしたら』
桜子『明日からお休みですからまたいらっしゃいますか?』
葵『むう今日学校を休んでいて親を説得するのは一苦労だが苦労するかいはありそうだ』
姫恋『どうせならお泊まり会しよ?』
姫恋『それでパジャマパーティー!!』
姫恋『そのほうが楽しいよ!』
と会話がされていた。
お泊まり会……芹緒はしたことはない。というか男はなかなかわざわざ『お泊まり会』など名前をつけて友人の家に泊まることはなかった。芹緒の認識ではマンガやアニメの中のイベントだ。
桜子『私の家はいつでも大歓迎です』
桜子『私ももちろん大歓迎です』
桜子『すぐに準備させますわ』
葵『それは説得のしがいがありそうだ もちろん美琴の都合が優先だが』
姫恋『それはそう!』
姫恋『美琴と会っていろいろオハナシしたいよね!』
葵『美琴はまだかな? 電話したほうがいいのかもしれない』
現在進行形でチャットが伸びていく。
芹緒は悩む。
今までのように巻き込まれてイヤイヤではなく、今回は芹緒にも選択肢がある。
まずは明日の予定を思い出すが特に決まったものはなかった気がする。強いていうならコスプレ撮影会のスタジオの予約がされているかどうかくらいだ。
つまりあとは芹緒の意思次第。
姫恋『みんなはお泊まりしたことあるんだっけ?』
葵『普通に集まることは何度かあるが泊まったことはないな』
姫恋『そうなんだ』
葵『パジャマパーティーとはパジャマでパーティーをするのか? パジャマパーティーのあとお泊まり会なのか?』
姫恋『お泊まりするときにパジャマでゲームとか恋バナするのがパジャマパーティーだよ』
姫恋『待って』
姫恋『桜子パーティーの準備してないよね?』
姫恋『桜子!?』
芹緒の中で『楽しそう』と『何か厄介事がありそう』という気持ちがある。
彼女たちと楽しく遊びたい気持ちと下心で見てしまわないか恐れと不安がある。
芹緒はしばらくスマホを持ったまま悩むと、自室を出てリビングに行く。
「つつじさん、さくらさん、お願いがあるんだけど」
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