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ヤサシイセカイ  作者: 神鳥葉月
第一章 交わる二人の世界

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第四十話 本当のこと

「揉んだら大きくなるの?」


「そんなものは迷信ですわ」


 姫恋は自分の胸をふにふにと揉みながら芹緒と桜子に尋ねるが桜子は愚問とばかりに一刀両断に切り捨てた。


「私たちはまだ第二次性徴期が始まったばかり。成長に個人差があるのは当たり前ですわ」


「そうなんだけどさ」姫恋はまだ納得がいかないらしい。「美琴も桜子も、葵はともかく葵のお姉さんもすごいじゃん」


「……ケンカなら買う、よ?」


「だから実は名家ではそういうおっぱい大きくする伝統の技?みたいなのが」「ありませんわ」「……ねーよ」


 まあ確かに、と芹緒は思う。美琴は身長の割に胸が大きい。桜子も同様だ。正直中学生の胸の大きさなんて生まれてこのかた調べたことも見たこともないので詳しくはわからないが、それでも見て触った実物は確かに大きい。葵のお姉さんも大きいらしいのでは、家が上流階級になったばかりの姫恋が何やら疑ってしまうのも当然だろう。特に美琴も桜子も葵も不思議な力も持っているのだし。


「背ばっか伸びるのもなあ。バスケ活躍出来るからいいけどアタシとしてはやっぱりぼんきゅっぼーんになりたい訳」


「あんまり早く胸とか成長してもいいことないよ」芹緒は美琴が言っていたことを思い出して言う。「男の人たちのいやらしい視線にうんざりしちゃうよ。正直気持ち悪いと思う」


「美琴様の言う通り!」桜子が我が意を得たりとばかりに続く。「和服なのは好きなのもありますけど胸を押さえる役目もありますわ。和服は胸があまり大きいと見た目のバランスがよろしくありません。出来るものなら私の胸と姫恋様の身長を交換して欲しいくらいです」


「姉様は何も言わない……けど男性の視線が姉様のどこ見てるか、わかる」葵はジト目になりつつ言う。「いやらしい」


「うーん」姫恋はまだ納得出来ないようだ。「でもさでもさ、どうせアタシたち大人の女性になるじゃん? その時やっぱりぼんきゅっぼーんの方がいいと思うんだよ。見た目は武器だよ」


「そんなもので寄ってくる男性なんて」「こっちからお断りだね」「……ぺっ」


「葵はこっち側じゃないの?」三対一になって三者三様の反応をされてしまった姫恋が葵に助けを求めるように言う。「出会いなんて最初は見た目だよ?」


「そうであればどれほど良いことか」だがそれに答えたのは桜子だった。桜子は湯船から上がると縁に座り火照った身体を冷やしながら続ける。「恋愛どころか結婚相手がもう決まってますのに。好きでもない殿方と結婚しなければならないのは苦痛ですし、そのためのスタイルなんて何の価値もありませんわ」


「桜子さんもそうなの!?」芹緒は思わず立ち上がる。「美琴さんも許嫁に悩んでてそれで……あ」


 急に立ち上がったことで急速に頭が冷えるのと身体がくらくらしたのは同時だった。


 (やっちゃった!!!)


 倒れゆく芹緒はそう思いながら意識を失った。






 目を開けるとそこには心配そうなつつじとさくらの顔があった。

 芹緒の目が開いたことに気付くと二人は安堵のため息をついて芹緒に話しかける。


「お嬢様はのぼせてしまったんです」「楽しかったのかもしれませんが自身の体調には気をつけていただかないと」


 そう言いながら芹緒の額を冷たい手拭いで拭う。芹緒的にはがっつり顔面を拭いたいところだが乙女の柔肌にそれはアウトすぎるだろう。


「ごめんなさい」


 芹緒が素直にそう謝って藤の寝椅子から身体を起こすと、すぐそばには湯上がり浴衣姿の三人がやはり心配そうに芹緒の様子を伺っていた。芹緒はバスタオルでくるまれており、周囲では伊集院家の使用人たちがゆっくりと扇を扇ぎ優しい風を送っていた。


「心配かけてごめんね? 皆さんもありがとうございます」


 芹緒の言葉に扇を仰ぐ手を止めぬまま黙礼する使用人たち。その中の一人が銀色に光るコップをさくらに手渡し、さくらは一口飲んでから芹緒に手渡す。

 冷たいコップの中身は麦茶だった。身体が水分を欲していることに今さらながら気付き、ゆっくりと口の中を潤しながら嚥下する。


「いえ、つい長湯が過ぎましたわ」桜子はそう謝罪し、続ける。「ただ美琴様、もう少しだけお話したいのですが……よろしいでしょうか?」


 三人とも心配そうな表情だがやはり芹緒が最後に言ってしまった言葉が気になるらしい。


「はい」


 ここで桜子のお願いを拒否するのはたやすい。もしくは少し時間を空けてつつじやさくらと相談するのも一つの手だろう。

 だが芹緒は『美琴っぽい自分』を信じてくれている彼女たちにこれ以上不必要な隠し事はしたくなかった。ウソが見抜かれるからではない。美琴だってそうに違いない。


『バレたっていいじゃない』


 そう言ったのは他ならぬ美琴自身だ。美琴も彼女たちを信じている。


「お嬢様……」


「もう少しだけ。お願いつつじ、さくら」


「ですが……」「次何かありましたらさすがに伊集院様にご迷惑です。よろしいですね」


 つつじが難色を示したがさくらはそう言って許可してくれた。つつじはそんなさくらを横目で見たが「仕方ありませんね」とため息をついて折れてくれた。二人には本当に感謝だ。


「まずは着替えましょうか」


 桜子がそう言うと襖が開き多数の女性が入ってくる。それぞれのお嬢様に仕える者たちだろう、彼女たちは甲斐甲斐しくお世話をして主人の着替えをし身なりを整えていく。

 芹緒、桜子、葵は髪が長いので時間が少しかかる。姫恋はタオルでごしごし拭こうとして周りの者たちに止められドライヤーをかけられている。ぼんきゅっぼーんになりたいのに心はまだ子どもな姫恋の様子にくすりとしてしまう芹緒。

 芹緒のお世話は当然つつじとさくらだ。

 ここで相談することも出来たが芹緒は黙っていた。

 そもそも桜子の『ウソを見抜く力』を二人は知らない。葵の『感情を読み取る力』は芹緒以外知らない。この美琴の友人たち、友人同士でも誰かにだけ、話す秘密があるのだ。その秘密は親や関係者に知られては困ることかもしれない。だけどそれでも秘密を共有し得る友だち。

 芹緒は美琴の大切な友人関係を壊したくなかった。


「では行きましょう」


 桜子のその言葉に芹緒は姫恋に寄り添われながら桜子が開いた襖を抜けた。






 そこは和室ではあったが最初の和室ではなく、人の生活が感じられる部屋だった。


「ここは私の部屋ですわ」


 桜子はそう言って押し入れを開け座布団を人数分取り出すとその一つに正座をして座った。芹緒たちもそれぞれ座る。


「それで……ですけれど」桜子がこほんと一つウソっぽい咳払いをして言う。「美琴様。私はもう追求する気はないのです。このままお帰りいただいても構いません。ただ……やっぱり気になってしまうのです。『美琴さんも』と言った言葉の意味を。不躾ながら色々考えてしまいます。ですが私が質問すると私の力が発動してしまいます。ですので、もし、よろしければ、美琴様のお話出来る範囲で構いませんので現状を教えていただけると、私は友人のただの桜子として嬉しいのです」


「難しいことはわかんないけどさ、美琴はここにいるのに『美琴さん』って言葉が出てくるのが不思議なんだ」姫恋が頭をかきながら自分の考えをまとめるように口に出す。「美琴って分身してたりして?」


「……私は大体わかった」葵は腕を組みながら言う。「でもそれは私の推測。言わない」


「ここだけの話なんだけど」「「「当たり前」だよ」ですわ」


 芹緒のとりあえずの前置きに前のめりに答える少女(親友)たち。


「私は美琴さんの力で入れ替わっている、美琴さんとは赤の他人なんだ」


 芹緒の告白にしんと静まり返る。

 芹緒の言葉を各々が咀嚼している。

 最初に言葉を発したのは葵だった。


「このことは、どこまで?」「九条家当主道里様と美琴さん、メイドのつつじさん、さつきさん、さくらさんが知ってます」


「休学したのは、その、お二人が入れ替わったから、ですわよねそうですわね。そしてだから昨夜私と会っても私を知らない……聞いてみれば当たり前ですわね」


 力を持つ二人は芹緒の反応でそれが真実であることを理解する。


「大変だったねえ」姫恋は芹緒に近付くと抱き付いてぽんぽん背中を優しく叩いてくれる。「普通の女の子がお嬢様になっちゃって大変な気持ち、アタシよーく分かるよ!」


「あー……」芹緒は社会的死を覚悟した。それでも言わなければならない。どうせ芹緒の反応で力持つ二人にはバレる。「私を見限っても、美琴さんとはこれからも仲良くしてください」


「むむ?」芹緒の不穏な物言いに葵の片方の眉がぴくりと上がる。「もしや君は」


 芹緒は姫恋の抱擁をふりほどき今日二度目の土下座をする。これは命乞いではない。処刑を待つ罪人の土下座だ。


「男です」


「!!??」


 桜子の目が見開かれる。抱きしめようとした姫恋の手が止まる。


「キモいデブの中年男性です」芹緒は全てを告白する。「皆さんと一緒にお風呂に入ってすみません」


 芹緒にとって長い静寂が訪れる。

 謝ってすむ問題ではない。上流社会のご令嬢、しかも中学生の娘さんと一緒にお風呂に入り、あまつさえその肢体を見たりさわったりしたのだ。

 今の自分を物理的に殺すと美琴にも害が及ぶが、精神的苦痛を与える方法はいくらでも思い付く。


 静寂を破ったのはやはり葵だった。


「ごめんなさい」葵はそう言うと芹緒に並んで土下座をする。「私にも実は、力がある。今まで黙っていて、ごめんなさい。私の力は魂が分かる。この力で、今の美琴がどういう状態か、ふんわりと分かっていた。なのに同浴を許した。私も加害者」


「ホントややこしいね!?」姫恋が頭を抱えながら言う。「でもアタシ今の美琴もキライじゃないよ、むしろ好きかな? 桜子が言った人は見た目じゃないって言葉分かるかも。アナタさ、今まで美琴のために頑張ってきたんでしょ? えらいよすごいよ。所作も着替えもアタシより女っぽくてすごいなって思いながら横目で見てたし。身体の洗い方も桜子が褒めるくらい短い間に頑張ったんでしょ? 大体元の外見がキモいデブで中年って言われてもピンと来ないし、中身は美琴の外観に似合ってるしそのための努力もスッゴくしてるんでしょ! それにおじさんが美琴の身体になったからってえっちな視線とか二人とも感じなかったんでしょ?」


「え、ええ……」「……ノーコメント」


「やっぱりえらいえらい」姫恋はそう言って改めて優しく芹緒に抱き付く。


「え、ええと……」裁きを委ねられてしまった形の桜子は戸惑いながら言葉を発する。「美琴様がウソを言っていないのはわかりました。その、正体は驚きましたけれど……」


 全てを委ねた芹緒以外の二人が桜子の言葉を待つ。桜子は手入れされた黒髪を無意識に弄びながら言葉を探す。


「実は私はそんなにイヤな気持ちではないのです」桜子は心情を吐露する。「美琴様がお話する前とその後。美琴様の事情を知ってしまえば、今の美琴様がどれほど苦労されたか分かってしまうのです。今の美琴様は美琴様の力に巻き込まれた方。そして昨夜のことも言ってしまえば私の言いがかり。私を知らない今の美琴様からすれば、私の力を知っていればなおさら、どれほどの恐怖だったか。先ほどの謝罪も今なら分かります。それに……」桜子は顔を耳まで真っ赤にしながらも続ける。「今の美琴様の洗い方が気持ちよかったのも本当ですし」そう言って両手で顔を覆ってしまう。


「で、ですから」気を取り直したらしい桜子は言う。「この謝罪は受け取れません。というよりも謝る必要もございません。私たちは同級生の女友だち同士お風呂でスキンシップしただけなのですから」


「良かったね美琴!!」姫恋が土下座していた芹緒を引っ張り上げてその両手を取りぶんぶん上下に振り回す。


「……私の告白、流された?」葵が頭を上げながらぼやく。


「ありがとう……ございます」芹緒は自然に流れる涙を堪えることが出来なかった。「この身体、ひくっ、涙もろくて……」


「泣かないでよ美琴! ……美琴と今の美琴、呼び方一緒だと戸惑うね? ねえねえおじさん……はいくらなんでも失礼か、名前教えてよ。アダ名考えてあげる」


「ええと、優しい香りと書いて優香」姫恋の問いに芹緒は問われるままに教えてしまう。


「なんだ、そのままでいいじゃん優香ちゃん!! これからアタシたちの間では優香ちゃんって呼ぶね!!」


「恥ずかしい……」


「……照れまくり」一目瞭然のことを口にする葵。


「優香様によく似合う、いい名前ですわ」そう言って立ち上がった桜子が芹緒の側まで来るとぎゅっと抱き付いてきた。「そういえば優香様から何かアクションを起こしたことは一度もありませんでしたわね。流されたといえば聞こえは悪いですが、断る選択肢はなかったですもの。紳士ですのね」


「あまり信用されちゃうと困る……は、裸見たりさわったりしたし」


「私もさわりましたし見ましたわ」桜子は負けていない。「美琴様のお身体ですが今は優香様のお身体。実はみんなで一緒にお風呂に入ったのは初めてですのよ? ふふっ美琴様にはナイショですわね」


「ええ……」


「そっかあ大人の男性かあ。俄然興味湧いてきたかも。アタシたちの裸見て興奮した?とか!」


「ノーコメント!」


「……語るに落ちてる、でもアレ、ないから問題なし」


 こうしてどうにかこうにか芹緒の伊集院家への訪問は終了したのだった。

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おおう、思ったよりあっさりばらしちゃうのか でもタイトルがタイトルなので不安とかはありませんね
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