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旅立ち

ようやく書けました。

 日は少し傾いた頃。

 暖かな陽気に雲一つない青空。


 昨日死ぬ芹緒が見るはずのなかった今日はとても穏やかな日であった。

 顔を上げて日の射す空を眺める。昨日の追い込まれたままの芹緒ではとてもそんな心境にはなれなかっただろう。


 昨日死ななくて結果的に良かったのかもしれない。

 しかし―――








「失礼いたします」


 二人いたメイドの一人がメイド姿のまま芹緒の車の運転席に座り、シートやハンドルの高さを調節している。

 その仕草はてきぱきとしているのだが、メイド姿と相まって誰が見ても非日常しか感じられない。


「……」


 名前は先ほど自己紹介で聞いたが二人いるメイドのどちらかが芹緒には分からない。背丈もほぼ同じ。雰囲気だけが異なっていた。



 ここにいるのは美人秘書っぽい雰囲気のメイドだ。

 顔は美人といって差し支えないほど。

 そして芹緒はこういった女性が苦手だ。

 だけれども芹緒を悩ませているのはこの事ではない。

 別におしゃべりしなければならないという事もないのだ。沈黙の緊張を考えると今から胃が痛くなる思いだが、それもそれほど長い時間ではない。

 もっと悩まねばならないことがあるのだ。





 芹緒の車の後ろにはお金持ちがよく乗る黒塗りの長い高級車(芹緒は車に疎いため名前は知らない)が準備されており、もう一人のメイドとさくらというメイド(さすがに彼女の顔は恐怖という本能で覚えた)、芹緒の姿をした美琴が荷物を積み込んでいる。


『ひとまず人の移動だけでも……』


『お嬢様、普段着ない服をそんなに持ち出しても……』


『お嬢様っ!?それは私が誕生日にプレゼントした勝負下着じゃないですか!?』




「……意味が分からない」


 普段の芹緒の生活では聞けない、女性たちの黄色い声が聞こえてくる。そこに自分の声が混ざっているのはなんとも不思議な気分ではある。

 だが芹緒の頭の大多数を占めているのはこれではない。






「そろそろ出発します。芹緒様のご自宅までの道案内、よろしくお願いいたします」


 美人秘書風のメイドが表情を変えず、芹緒に顔を向けて小さく顔を下げる。


「意味が分からない……」


 芹緒は自分の車の助手席に座ったまま、小さな手で小さな顔を覆い、可愛らしい声で、もう何度目かも分からない答えの出ない自問自答を繰り返していた。











 ―――少し時は戻って。


()()()()!!」


 メイドたちに羽交い締めされていた九条の声が部屋に響き渡る。


「芹緒君、元に戻れるかもしれんぞ」


 そう言い放った九条の言葉に芹緒の目は丸くなった。






「ど、どうすれば元に戻れるんですかっ!?」


「芹緒君と美琴。二人で芹緒君の家で二ヶ月過ごすこと。これが()()()()内容だ」


「はい……?」


 あまりに訳の分からない内容に芹緒の頭が回らない。

 バカじゃなかろうか?


「……うちの娘が君の体に飽きるまで、ということだろうな」


 苦々しい表情で九条が言う。


「先ほど娘は『男に生まれたかった』と言ったが、私にはそんなそぶりは感じなかった。だから芹緒君、悪いが―――」


「当たり前です!いつも家にいないお父さんが私の何を知ってると言うんですか!」



 美琴がバン!と右手の近くにあったテーブルを叩き、九条に近付いていく。


「さくらやつつじとさつきからもそんな話は聞いておらん」


「簡単に相談できる話ではありません!!」


「一人で抱え込んで彼を巻き込んでおいて、自分さえ良ければいいのか?」


「こうなったのは私だってどうしようもなかった。でもおじさんにとってこの結果は悪いことじゃないって私分かるもの!」


 二人の会話がヒートアップしていく。




「あの」


 意を決して芹緒は二人の間に割り込んでいく。今の小さな女の子となった芹緒にとって、成人男性二人がとても大きく感じられるし、怒っている人間たちの間に入っていくのは身が縮こまる思いだ。だが。

 美琴には色々話してしまった。来世女の子になりたいとか。そんな話をここで感情的に披露されてはたまらない。


「過ぎたことは仕方ありません。お二人には後ほど落ち着いて穏やかに話し合ってもらうとして、まずはこれからのことについて話しませんか?」


だから芹緒は勇気を出して割り込んだ。


「すまん、君を疎かにしていたな」


「むー」


 九条は落ち着きを取り戻し、美琴は不本意そうな表情ながら口を閉じた。

 美琴さんとはあとでちゃんと話し合わないといけないな。芹緒はそう心に刻む。




「先ほどの()()()()件ですが、はたしてこれは実行出来るものでしょうか?」


「私は大丈夫です」


「何か問題があるかな?」


 二人の即答に芹緒は顔をしかめながら言葉を紡ぐ。



「若い娘を一人、私のような中年男性と二人暮らしさせるのは問題です」


 分かっている。


 今の『若い娘』が自分で『中年男性』が美琴だということは。普通に考えれば問題はないのかもしれない。だが。


「私が私に襲われるおそれがあります」


「そうか、そういう問題もあるか?」


「しませんよっ!?」


 二人の意見が割れる。さすがに男性の九条にはピンときたらしい。



「男性の肉体にひっぱられるのか、若い精神にひっぱられるのか、どちらにしても今の『芹緒優香』は危険です。美琴さんのような魅力的な女の子と二人暮らしで何もしないとは思えません。その場合、『九条美琴』さんの純潔が守られず、彼女にトラウマを与え、彼女の将来に禍根を残します」


「私が私を襲うわけ……あれ?」


「ふむ、一理ある。ではさくらをつけよう。さくらは知っての通り手が早い。娘の危機とあらばすぐに君を助けてくれるだろう」


「え……は、はい!」


 名前を呼ばれたさくらが一瞬遅れて返事する。



「あと周囲の目が気になります。独り暮らしの中年男性の元に若い女の子がいるとなると、通報されます」


「そういうものか」


「普段女性の影がチラとも見えない冴えない独り暮らしの中年男性。そんな男性の元に明らかに未成年と分かる女の子が出入りしていたら……通報されます」


「魅力的……?」


 悲しい話を感情を込めずにしゃべる。



「まとめると、『有り得ない』です。私は今の姿では自分の家にすら入れません」


「ふむ……」


 九条は顎に手をやり何かを考えている。


「無理なら仕方ないですね。大丈夫、ここでおじさ……芹緒さんに私のこといっぱい教えてあげます。好きなファッションや好きな色や……好きな下着」


 美琴の呟く言葉は恐ろしい。

 おそらく昨日芹緒の言動を思い出したのだろう。

 思い出すのなら僕にはもったいないという言葉こそ思い出してほしい。芹緒は美琴の笑顔を見て内心頭を抱える。


 九条の言葉も有り得ないが、ここで生活するのも論外だ。この家にいる人間は芹緒を『九条美琴』として扱うだろう。自分の精神が持たない。





「わかった」


 九条が何かを決意したように声を発した。


「今回芹緒君は娘の力に巻き込まれた完全なる被害者だ。君の懸念は全てこの九条家が取りなそう。この二人も連れて行くがいい。いいな?」


 二人のメイドを見やる九条の問いに


「「かしこまりました」」


 と声を揃えて頭を下げる。



「この二人は娘の身の回りを主に担当している。君の―――娘の貞操も守れるだろう」



「いやいやいやいや」あまりの発言に芹緒は社長にツッコミを入れてしまう。


「うちは2DKです。私と美琴さん、さくらさんでも手狭なのにさらに二人なんて入りませんよ!」



 芹緒になった美琴は一人で寝る必要がある。

 芹緒には誰かと、なおさら女性と一緒になんて眠れない。

 これで部屋は全部埋まってしまう。



「私は廊下でも台所でも、スペースを少しいただければ問題ありません」


 さくらが平然と言うが、いくら恐怖を植え付けられたとはいえ、女の子をそんなところに寝かせる訳にはいかない。



「私たちも寝る場所があれば十分です」


 メイドの言葉に芹緒はいやいやいやいや、と内心で首を振る。

 そんな覚悟はいらない。まあ雇い主の九条の手前、文句は言えないのだろうが……。


「私は芹緒さんと一緒でいいのに……」


 男性となった美琴は残念そうに言う。今までの話を聞いていないのか?

 自分自身に抱き枕にされることを想像する―――身の毛が怖気立つ。




「芹緒君」九条が歩み寄って芹緒の肩―――娘の両肩に手をやる。


「元に戻るためだ。多少の苦労は諦めてくれ」


 そう宣う。


「ただし君の生活費やその他諸々、ご近所への話等はこちらで通しておく。芹緒君は二ヶ月、大変だろうが辛抱してくれ」


 そう笑顔で断言する。



 ああ、これはもう話が通じない、芹緒は諦めた。



 元に戻るための天啓があり、制限があり、関わる人も表面上は問題ないと言う。環境も整えてくれる。自分だけが抗っても仕方がない。



 芹緒の中の筋は通した。

 悪い話でもない。

 死んで迎えることがなかったはずの今日以降、体が元に戻るまでの二ヶ月、本来今世では味わえなかったはずの女の子の人生だ。


 そう、諦めた。





「二人とも自己紹介を」


「私は笹川つつじと申します。二ヶ月の間よろしくお願いいたします」


「私は竹宮さつきと申します。よろしくお願いいたしますね」


 双子じゃなかったのか。名前を聞いて最初に考えたのがこんなことだった。

 違いにしか目がいかない。だから名前や顔を、特徴を覚えられない。




「美琴」九条が娘の名を呼ぶ。


「はい」


「学校は休学しないといかん。良いな?」


「この姿で女子校なんて行けませんし、芹緒さんも私に成りきるのは無理でしょうし、仕方ないです」


「そうだ。よし」九条が話をまとめる。




「まず大前提として、芹緒君と美琴が入れ替わっていることは他言無用だ。美琴の許嫁にも美琴の力が発動したことだけ伝える。もしこのことが世間に露見した場合、君たち二人は前例のない入れ替わり、もしくは性転換した人間としてマスコミや医療関係の格好の的になってしまうからな」



「君たち二人の体は昨晩簡易的に調べてはいるが、詳しい検査も後日行う。もちろん九条家の病院だ、問題はない」



「期間は二ヶ月。これを越えた場合は改めて話し合いの場を持とう。美琴はこの間力を使いこなす修業を継続すること。芹緒君も悪いが同じことをやってもらう。娘の力が精神に宿っているのか体に宿っているのか、判別がつかんのでな」



「あまり芹緒君がこの家にいるのは問題だ。ゆっくりしてもらいたいのが本音だが、ここで女としても娘としても振る舞うのは難しいだろう。逆に芹緒君の体をした美琴の振る舞いで疑念を持たれるのもまずい」












「―――その結果が当日移動、か」


 動き始めた車の助手席で芹緒は小さく呻く。


 目が覚めて正味二時間。

 あれよあれよという間に話はとんとん拍子に進んでいく。

 現状を認識する間もない。


 芹緒は行動する前に考える人間だ。

 考えて行動しないことも多い。それが出不精のデブになったことは疑いようがないが、それでも安心感はあった。それが自分の出した結果だから。


 今回は違う。

 ただただ流されていくだけ。

 前は見えない。

 間違いなく波乱だらけの日々となるだろう。

 それを楽しめる芹緒の性格ではない。



「意味が分からない……」



 そんな芹緒の呟きは速度を上げた車から取り残されていくのだった。

ようやくTSものとしての本領発揮です!

芹緒君にはしっかり通過儀礼を受けてもらおうと思います。

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