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ヤサシイセカイ  作者: 神鳥葉月
第一章 交わる二人の世界

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第三十九話 スキンシップ

 襖の奥は大浴場だった。

 脱衣場もそうだったがここもとても広い。

 敷き詰められた石畳はしっかりと磨き抜かれ、上を見れば木目も美しい赤く塗り染めた格天井に金箔の細工がなされ、厳かな雰囲気を感じさせる。

 壁や湯船に使われている檜の香りが湯気に乗って立ち上り、鼻腔をくすぐる。

 芹緒は一応後ろを振り返る。

 開けたはずの襖は艶やかな漆が塗り固められた大きな檜の一枚戸になっていた。

 それを見た芹緒は考えるのを止める。

 そして芹緒を含めた裸の少女たちは密着したまま洗い場に到着した。


「桜子は美琴を洗って」


「分かりましたわ」


 何故か姫恋がそう桜子に指示し、桜子もそれに従う。


「アタシは葵を洗うね」


「……優しく、ね?」


 そうして二人一組で身体の洗いっこが始まった。

 髪はお互いの洗い方があるだろうということで自分自身ですることに。


 そして洗い終わった髪をタオルでまとめ椅子に座った芹緒の後ろに桜子が来て身体を洗い始める。

 うなじ、首、肩、脇、腕……。

 メイドたちに洗われることで他人が触ることには慣れたつもりだが、やはりプロ(メイド)素人(桜子)は違うと思い知らされる。

 桜子の洗い方はこそばゆい。


「あっ姫恋痛い!!」


「ふつーふつー」


「美琴様、お背中こすってほしい場所はございまして?」


「大丈夫です……だよ、じゃない右の肩甲骨の辺りをお願いっ」


 芹緒が美琴の仮面を被ろうとすると隣の葵にわき腹をつつかれ、かゆいところを黙っていたことに桜子が気付いて反対側のわき腹をつついてくる。


「……素直っ、にっ」「ワガママを言ってくださいな」


 肩や背中が洗い終わり次は前。自分で洗うと言ったが当然の如く桜子は聞き入れてくれなかった。

 そして、


「んっ……」


 泡でぬるぬるの桜子の手が胸の先端をかするたびくすぐったくてつい普段より高い声が出てしまう。

 それに時折背中にふにふにと当たるのは桜子の……。


「き、姫恋いた、いたたたた、もっと優しく……!」


 だがそんな芹緒にとっては恥ずかしい声や誘惑も、葵の悲鳴にかき消され芹緒は安心し感謝する。


「本人は、至って、真面目に、優しいのがっ、辛いのですっ」


 芹緒の心の声に答えるように葵が途切れ途切れに声を出す。

 葵さん頑張って……。

 芹緒は心の中でうめく葵を励ます。この気持ちは葵には届く。


「他人を洗うのは初めてですのでおかしいところがあったら言ってくださいまし」「そこは他人が洗うところではありません!」


 芹緒の股に入ろうとしていた桜子の手を止めながら芹緒は慌てて注意する。

 桜子はそれが本当だと気付いてすぐに止めてくれた。代わりに横に回って足を洗い出す。


 (二人とも便利な力だなぁ)


 芹緒は桜子に洗われながらそう思う。

 ウソを見抜ける桜子。

 相手の魂が分かって感情も読み取れる葵。


 (こうなると……)


 芹緒は今度は洗われる番になった姫恋を横目でチラリと盗み見る。この子にももしかしたら……。葵は反撃とばかりに全力で洗っているが、姫恋の表情はどこ吹く風といわんばかりに涼しい。

 そんな思考も葵の全力手洗いに合わせて小刻みに揺れる、姫恋の小ぶりながらも確かにある胸に意識が持っていかれる。

 芹緒は二次元派ではあるが、育成途上で張りのある瑞々しいおっぱいが目の前で揺れているのを見ると、それも揺らいでしまう。

 反対側に目をやると芹緒の足を洗う、姫恋よりも大きな桜子の胸が、両腕に挟まれて形をむにゅりと変え存在をさらに主張している。

 こちらもまさに水を弾かんばかりの瑞々しさが視覚に飛び込んでくる。テレビやスマホといった画面越しに見るしょせん平べったい胸と肉眼で見る立体的な胸は迫力が違う。大きさではない、存在感がだ。

 そして先ほど腕に感じた葵の双丘。大きさこそこの中では一番小さいが、それでもふにふにと腕に当たる感触は甘美で忘れられない。

 そして。

 芹緒は視線を落とす。そこには美琴の胸。やはり美琴(自分)の胸がこの中では一番大きい。大きいだけではなく張りも形も瑞々しさも負けてない。そのことが何故か妙に誇らしい。


 (って違う違う!!)


 芹緒はいつの間にか少女たちの胸の品評会になってしまった自身の妄想を振り払う。今の芹緒の妄想を見た葵がどんな顔をしているのか怖くて見れない。


「お湯をかけますね」


 桜子がからんから出したお湯の温度を手で調整して芹緒にかけていく。お湯と一緒によこしまな感情が流れていくように芹緒は願った。






「では私をお願いいたしますわ」


 芹緒と場所を変わった桜子が椅子に座る。

 姫恋と葵はもう身体を洗い終わったようだ。広い湯船にすでに浸かり姫恋は気持ちよさそうに鼻歌を歌っている。葵はそんな姫恋に何か言っているようだがここまでは聞こえない。

 芹緒は目の前の桜子に向き直る。

 まだまだ大人の女性のプロポーションにはほど遠いがけして子どもではない、大人への階段を登り始めた発育途上の少女の身体。強く触れれば跡が残ってしまいそうな透明感のある肌。

 芹緒はボディソープを泡立てネットを使って泡立てると、作った泡で桜子のうなじから洗い始める。

 桜子の右腕を上げると肩から手の甲まで洗い上げ、脇の下を丁寧に洗い、両手で右手をもみ洗う。

 そして左手も同じように洗い、背中を洗い始める。


「桜子様、かゆいところはありますか?」


「背骨辺りお願いいたします」


「はい、どうですか?」


「はぁぁ、美琴様お上手ですね」


 生まれついての女の子から女の子の身体の洗い方を誉められるのは複雑だが、桜子は生粋のお嬢様。他人の身体を洗う機会はほとんどないことは先ほどの股間の件でも分かる。だから芹緒程度の習熟度でも満足してくれるのだろう。

 そのまま背中を洗い、そして。


「前もお願いいたしますね」


 手を止めていたところ桜子に催促されてしまった。


 (私は女の子女の子)


 芹緒はそう心を落ち着けながら後ろから手を回して桜子の身体洗いを再開する。どうしても桜子の背中に胸を押し付ける形になるが仕方ない。

 鎖骨、デコルテ、そして胸。

 桜子の胸は四人の中で二番目に大きい(芹緒比)。

 美琴の胸は美琴の手のひらには収まらないほど大きいが、桜子の胸は手のひらにすっぽり入るサイズ。揉むことは決してせず胸の中心から円を描くように手のひらを動かす。時折手触りが違う箇所に当たるが無視する。

 そして胸の間や下を洗い、身体全体を洗い残しがないように泡で包み洗っていく。

 立ってもらってまだ薄いお尻を洗い、張りのある太ももを洗い、足全体を洗う。

 そしてシャワーではなくからんから出したお湯を手で温度調整して何度もお湯を出しては泡を洗い流す。


「終わりました」


「はぁ」


 芹緒がそう桜子に声をかけると桜子は満足そうに声を上げた。

 それを見ていた葵が湯船から上がってこちらにやってくる。そして桜子の肌を撫で、自分の強い力で擦られて赤くなった肌を見下ろす。


「次美琴は私と」


「えーっ! 私も美琴にやってもらいたーい!」


 桜子の様子を見ていた二人が次回の芹緒とのペアを巡ってじゃんけんを始めるのを横目に、桜子と芹緒は湯船に浸かる。次回なんて来ないことを願いたい。


「改めまして」桜子は芹緒の前に来ると「私は伊集院桜子(いじゅういんさくらこ)。この伊集院家の一人娘にして次期当主。ですがここではただの桜子ですわ。私の『ウソを見抜く力』は伊集院家の極限られた者とここにいらっしゃる方しか知りませんわ。美琴様の助けになりたいと思いますのでなんでもおっしゃってくださいませ。私に出来ることは限られておりますが、出来る限りお力になりますわ」


 そう言って芹緒の両手を取って指を絡ませる。それは祈りの姿に似ていた。


「次はアタシ!」そう言って姫恋がザバザバとやってくる。そして腰に手をやり仁王立ちで「アタシは中川姫恋(なかがわきらら)。今年度からお嬢様学校に通うことになっちゃった。みんなお嬢様でしょ? アタシ普通の子だったからクラスで浮いてたところを美琴に声かけてもらったんだ! それがすごい嬉しかったの!! だから今度はアタシが美琴を助ける番! 桜子みたいな力とかないけどさ、お嬢様たちが知らない世界はアタシのほうが知ってるからそっちで助けられると思う! あと背も力もアタシがこの中では一番かな。これからもヨロシク!」


 そう言ってザバーンと横から芹緒に抱きついてくる。抱きつくのはともかく仁王立ちはよくないよ姫恋さん……まだ生えてないんだね。

 芹緒は視界に焼き付いてしまったお年頃の女の子の縦筋を見てそう思う。


「一応、私も」葵がゆっくりと近付いてくる。「私は芹澤葵(せりざわあおい)。芹澤家の次女。運動苦手。勉強得意。人間観察が好き、かな」ふぅと一息。「今の美琴、すごく、興味深い」


 そう言って芹緒の隣に座るとごく自然に芹緒の胸を揉み始める。


「!?」


 意味不明な行動に芹緒が慌てると同時に、葵は芹緒の手を自分の胸に当てる。小さいけれど確かにあるふくらみの柔らかさやその奥にある芯のある硬さを指という繊細な器官で認識してしまう。


「本当面白い」


 葵はにっこりと微笑む。

 それは、事情を知らない桜子や姫恋からすれば無邪気な笑みに見えるけれど、実際は違う。

 芹緒の戸惑いを知っていてその反応を楽しんでいる顔だ。


「やっぱり美琴様の胸は立派ですわね……」


「揉んだら大きくなるのかなぁ?」


 その様子を湯船に浸かりながら無邪気に楽しむお嬢様たちは、ここではただの年相応の女の子だった。

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