第三十八話 和解と告白
「美琴元気だった!?」
「……おひさー」
ハイテンションな少女とローテンションの少女が襖を開け和室に入ってくると芹緒に両側から抱きついてきた。
「もー、いきなり休学したから驚いたよー!」
「……悲しみ」
芹緒は混乱しながらもなんとか美琴から聞いていた情報を思い出す。
美琴には仲がよい三人の友人がいる。
一人は目の前に座る伊集院桜子。
そして元気な子は姫の恋と書いて『きらら』だったか。急に親がお金持ちになったとのことで上流階級の息女ばかりが通う今の中学校に押し込まれた元庶民の娘。中川姫恋。
運動は大得意だが勉強は全く苦手というとても分かりやすい子だ。
そしてローテンションで感情表現は乏しいながらもその心はとても明るいらしい芹澤葵。伊集院家と負けず劣らずの歴史を持つ名家の娘。
だが芹緒にはこの二人のデータが圧倒的に不足していた。そもそも桜子と会うことしか考えてなかったため、この二人のことは少ししか聞いていない。
ただでさえ、入れ替わりと九条家の秘密を守らねばならないのに、ここにさくらやつつじといった味方はいない。
それでも一対一ならまだなんとか出来たかもしれない。
だけどさらに二人。しかも美琴の友人。三人を相手にしてボロを出さず芹緒は会話出来るのか頭が混乱していた。
「美琴様、体調はいかがですか?」
そして桜子がしゃべり出す。桜子にウソをついてはいけない。桜子はウソが分かる。芹緒は覚悟を決める。
「今日は元気です」
ただ真実のみを言う、聞かれていないことは答えない。
「昨日の電話で少し気になったのですが」そして桜子は早くも核心に切り込む。「何かお隠しになっておりませんか?」
「ええ」隠している、だから認める。ただし「ごめんなさい、これは誰にも話せないことなの」そう言う。これも本当のことだ。
葵の芹緒に抱き付く力が強くなる。
「それは美琴様が休学されたことと関係が?」
「はい」
「そうですか……」桜子は少し悩むと次の質問を切り出した。「昨夜お会いしたときまるで私のことを知らない雰囲気でしたが……もしや私との記憶がないとか?」
桜子の芹緒を詰問するような雰囲気に姫恋はいぶかしげに、そして芹緒を守るように抱きついていた。
姫恋は桜子の力を知っている。そしてその力を芹緒に対して使って試している。
休学している友人を疑うだなんて、と。
葵はぴったりと、そして思案げに引っ付いている。まるで『芹緒』の心に寄り添うように。
だが桜子のその言葉に姫恋は芹緒の顔を見る。
芹緒はそっと目をふせる。
『休学したことと関係がありますか』という質問だったら簡単に切り抜けられた。
だが質問は『記憶があるかないか』だ。ないと言うしかない。芹緒は腹を決めた。
「はい」芹緒は顔を上げ桜子の顔を真っ正面に見据える。「私には桜子様との記憶がありません」
「アタシは!? アタシのことも覚えてないの!?」
「はい」
姫恋の縋るような視線にも芹緒はすまなさそうにゆっくりと首を横に振る。
「……みーとぅー?」
「はい」
葵の言葉にも芹緒は否定の意を発する。
「うわーん美琴ぉ! 記憶を取り戻す方法はあるの!?」
「たぶん……」
困ったように言う芹緒に涙を流して抱きついてくる姫恋。そして桜子に
「もう! これ以上美琴をいじめちゃダメ!」
と叫ぶ。
だが桜子は引き下がらない。
「では昨日の電話は……?」
「さくらやつつじに協力してもらって桜子様のことを聞いてお電話しました。桜子様を心配させたくないのと、いろいろなことがバレるのが怖くて」
「いろいろなこととは」
「桜子!!」
姫恋が芹緒を後ろに庇って前に出る。
「もういいでしょ! 昨夜様子がおかしかったのは記憶がなかったから! そして電話も桜子を心配させたくないから! これ以上何が聞きたいの!?」
「……姫恋落ち着く」
頭に血が上った姫恋を手で制したのは葵だった。
「桜子も。……私たちはみんな言えないことがある。それでもいいって友だちになったよね?」
「それはそうですけれども……」
「美琴」葵は芹緒にも話し掛ける。「そんなに怯えないで」
「うん、ありがとう。でも」そして芹緒は畳に手をつき頭を下げる。これはけじめだ。「桜子様、ウソをつきご心配をおかけし大変申し訳ございませんでした」
「美琴様にそこまでしてもらうつもりは!」「……のー」「ダメっ!!」
桜子は慌てて立ち上がり芹緒の側まで来ると芹緒を抱きしめる。姫恋も抱き付く。葵は芹緒の背中を優しく撫でる。
だが芹緒は頭を上げない。
「結果として皆さんにウソをついていたのは事実です。桜子様、葵様、姫恋様、大変申し訳ございませんでした」
「私自分のことばかり考えていて、記憶がない美琴様のことを全然考えておりませんでした。本当にごめんなさい。だからそんな他人行儀なことをおっしゃらないで」
「記憶がないというのも正しいことではありません」芹緒は続ける。「話せるのは今の私が以前の美琴様と違うことだけ。だから他人行儀になってしまうのも当然なのです」
「美琴は美琴だよ!!」姫恋が叫ぶ。「記憶がなくてもそうでなくても、アタシは美琴と友だちだよ!!」
「わ、私も」
「……きれい」
小さな座布団の上で三人の少女たちは芹緒を慰めるように優しく抱きしめた。
「お手洗いに行ってきますね」「アタシも」
しばらくしてその場の空気に耐えられなくなったのか、気まずそうな桜子と泣いてスッキリした様子の姫恋が席を外し葵と芹緒がその場に残る。
少しして。
そっと葵が芹緒に耳打ちする。
「……あなたは誰?」
その言葉に芹緒は弾かれたように立ち上がり後ずさる。
美琴も桜子も力を持っている。ならば当然この子も持っていても不思議ではない。だが美琴からは何も聞いていない……。
「私は魂の状態が、わかる」葵は顔を上げず、うつむいたまま自らの力を公開する。「美琴の魂の残滓は、ある……だけどあなたの存在は、少しずつ美琴の魂と同化してる」
葵は芹緒にだけ聞こえる声でただただ呟く。
「大丈夫、誰にも言わない……よ。私の力を知っているのは、今のあなただけ。私も誰にも言えない秘密を持ってることを伝えたかった……まだ怖いよね。仕方ないよね。この力怖いよね」
芹緒は少女にゆっくり近付くとぎゅっとその身体を抱きしめる。
小柄な美琴とそれほど変わらない体躯だ。
最初の言葉こそ驚いたが、彼女だって友人を守りたい気持ちがあるのだろう。見知らぬ誰かを心配しているのだろう。
「言わなきゃいいのに」
つい美琴の仮面が外れて芹緒の言葉が出る。
「あなたは優しい、ね」葵も改めて芹緒に抱き付く。「大人のようで子どものように純粋で、男性のようで女性らしさも感じる。そして今は私をとても心配している、ね?」
「そうだよ」
芹緒は頷く。
彼女たちにこれからはウソはつくまい。例え本当のことが言えなかったとしてもウソだけは。
「美琴様、言い忘れましたがこの部屋は誰も覗き見、聞き耳を立てることは出来ません。ですので安心して下さいませ」
戻ってきた桜子の言葉に芹緒は葵と姫恋を見る。
彼女たちは桜子の合図で部屋に入って来た気がする。
そんな芹緒の疑問そうな顔を見て、桜子は
「こちらからは合図出来ますの」
と教えてくれた。
この部屋は本当に極秘の話をするときに使用される部屋であること、周囲が襖で囲まれているのはいざという時使用人たちが隠れて内部を守り、内部の敵を排除するためのものであること、をこそこそと話す。
「改めまして美琴様。私伊集院桜子は友人との秘密は例え拷問されようとも死ぬまでしゃべりません。そういう女ですの」
「アタシだって! 桜子ほど覚悟決まってると怖いけどさ、その心づもりがあるからアタシはここにいる」
「……まかせて」
三者三様の言葉を聞いて、芹緒も今ここにいる美琴として宣言する。
「私もそのつもりです」
がその宣言を途中で葵にジャマされた。
「私たちの前では取り繕わなくていい。……今のアナタも友だち」
「……? そ、それはそうですわね。……いえ、私はもう目の前の美琴様を信じますわ」
「なになに? 今の美琴ってどんな感じなの?」
「期待されてすみませんがそんなに変わらないです。私も皆さんを信用して少しずつ化けの皮がはがれていくかと思いますがよろしくね?」
「まだ硬い」葵が人差し指でぐりぐりと芹緒のほっぺをつつく。「でも安らぎを感じる」
そこで桜子が名案を思いついたとばかりに立ち上がる。
「みんなでお風呂に入りませんか! スキンシップはコミュニケーションの基本ですわ!」
「私は遠慮したいなぁ……」
芹緒は嫌な流れになりそうだと座りながら少しずつ後ずさる。だが逃げるのは問屋が下ろさないとばかりにがっちりと姫恋が両腕で芹緒を脇からホールドする。
自然と姫恋の発育途上の胸が芹緒の背中に密着する。
「!!」
「……ほう」
芹緒が何に動揺したのか気付いた葵がすすすと芹緒に近付くと自分の身体を芹緒にぴとと密着させる。
「……ウブで可愛い」
芹緒の心境を二回りも年の離れた少女に『可愛い』と見抜かれて芹緒はめまいがする。
「……大丈夫大丈夫。私たち女の子同士。仲良くなるためにいっぱいいちゃいちゃ、しよ?」
明らかに確信犯。
葵たちが芹緒といちゃついてる(?)間に桜子は使用人たちを呼んで準備を整える。
その中にはさくらやつつじもいた。芹緒はなんとか二人を心配させまいと強張った笑顔を見せる。
周囲の言動からこれから何が起きるのか知ったさくらとつつじは、生温かい笑みを浮かべて移動する芹緒たちを見送るのだった。
四人で移動した先は脱衣場だった。
というか襖一枚開けた先が脱衣場だった。
三人は思い思いの場所を選んで脱衣を始める。
芹緒は少女たちのストリップから目を背けるべく、隅の方に移動して服を脱ごうとする。が
「……美琴。一人で脱げる?」
下着姿の葵がいつの間にか近くにやってきてそう尋ねてきた。
「脱げるよ!」
昨日のワンピースのように後ろにチャックがあるわけではない。芹緒はブラウスに付けられたリボンを外しブラウスのボタンを外す。
「……やっぱり美琴は大きい」
葵の少し羨ましそうな声が聞こえてくるが気にしない。
芹緒は目をつぶってブラウスを脱ぎスカートのホックを外しスカートから足を抜く。
「確かにいつもの美琴とは服の脱ぎ方違うね。うん」
これまたいつの間にか近くに来ていたらしい姫恋の声がする。
目を開けたら良くて下着姿、最悪バスタオル姿もあり得る。芹緒は目をつぶったまま動こうとして
「きゃっ!?」
誰かにぶつかって転んでしまった。
「ごめんね大丈夫!?」
芹緒が慌てて手をついて身体を起こそうとすると、むにゅ、という擬音が聞こえてきそうな柔らかな感触とともに「あん♡」という艶めかしい声が聞こえてきた。
お約束すぎる!!
芹緒はすぐさま手を離して身体をどかそうとするが膝立ちでふらついてしまう。
「目をつぶるなんて危ないよ」
その声とともに、先ほどと同じ要領で芹緒は身体を起こすことが出来た。
先ほどと同じ要領。
つまり姫恋が芹緒の両脇に手を入れて身体を起こしたということだ。
芹緒の背中に先ほどとは比べものにならないほどにダイレクトに姫恋の双丘を感じてしまう。
「ごめんなさい、大丈夫だからっ!」
そう言って姫恋の腕を振りほどき目を開けた芹緒の視界に裸の少女たちが飛び込んできた。バスタオルすら巻いていない。床に倒れていた桜子に至っては目のやり場に困る有り様だ。
「……!?」
恥ずかしさと申し訳なさに慌てて壁を向く芹緒。
「先行ってて!」
「なんで恥ずかしがってんの?」
「……くすくす」
「私と一緒でなければ危険ですよ?」
桜子が言う。なぜ隣のお風呂場に行くだけで危険なのか。だが、先ほど隣だった秘密の和室とここの位置関係を考えて、思考をやめる。
桜子が危険と言うならば危険なのだろう。
結局芹緒は三人に見守られながら裸になる。そして用意されていたバスタオルを身体に巻こうとするが全員にやんわりと拒否される。
「裸のお付き合いですから」
「美琴の身体、恥ずかしくないよ? キレイだよ!」
「……すごく面白い」
そして芹緒は抱き付いてきた三人を振り解けぬまま違う襖へと移動するのだった。
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