第三十六話 平穏の終わり
芹緒は呆然としていた。
裸の少女が三人、バスタオルを巻くことも隠すこともせず、生まれたままの姿で目の前を歩き回っている。
もちろん芹緒も裸だ。身を隠すものは何もない。
かといって胸と股間を手で隠すのは女のようで恥ずかしくて出来ない。
彼女たちの年齢は美琴と同年代だと分かっている。つまり中学生だ。
元の姿であれば言い訳のしようなく逮捕確実で人生が終わる。
そんな場所に居てしまっている芹緒はせめて彼女たちの裸体を見ないよう、彼女たちの白く眩しい裸体から視線を逸らすようにうつむく。
だが無情かな、下を見れば美琴のやはり瑞々しく張りのあるおっぱいが自己主張をしてくる。その胸の間からは柔らかなお腹のラインしか見えない。何もない。
だから芹緒は目をつむるしかない。
(……無心むsh)
目の前の光景に動揺していることを悟られぬよう、心を無にしようとする芹緒。だが
「美琴様、目をつむっていては危ないですよ」
長い黒髪の少女が美琴の右手を取る。そのまま柔らかい何かに腕が当たる。
「早く行こっ!」
短髪茶髪の天然パーマらしい少女が美琴の左手を取る。身体を寄せて芹緒に抱きついてくる。
「……ごー」
艶のある蒼みがかった黒髪の少女が言葉少なに芹緒の背中を押す。背中に彼女の柔らかくて温かい身体が当たり、耳元に吐息が届いてくる。
「あう」
三人の少女たちにぎゅうぎゅうに囲まれて芹緒は小さく呻くことしか出来なかった。
そして芹緒はそのまま否応なしに奥の部屋に連れられていくのだった。
昨日に引き続きパチッと目が覚めた芹緒は、条件反射でタオルケットの下から手を入れてパジャマ越しに股間を撫でる。
そして今日も事故を起こしていないことを知って気持ちよく身体を起こす。
「おはようございます」
芹緒は両脇を見渡すがすでに二人の姿はなかった。
壁にかかっている時計を見るが芹緒が普段起きている時間と変わらない。
美琴になってから睡眠時間が増えたということはないので寝過ぎということもない。彼女たちが早すぎるのだ。
芹緒は左右に見習ってタオルケットを軽く畳んで和室の襖を開ける。
「おはようございます」
「おはようございます芹緒殿」
朝から芹緒を芹緒呼びするさくらの表情は硬い。
「……何かありましたか?」
不穏なものを感じて芹緒はさくらに質問する。
さくらは少し悩む素振りを見せたが話した方が早いと判断したのか、芹緒に端的に説明する。
「桜子お嬢様から本日離れへのお招きがありました」
「え?」
芹緒は驚く。
昨日の今日、しかもこんな、朝早くからだなんて。
昨日桜子と話したはずだが何か失敗したのか……?
「桜子お嬢様は最初九条家のお屋敷へお忍びでお伺いされる予定だったそうです」さくらは言う。「ですがどういうわけか美琴様がお屋敷でお休みされていて会えないということを信じていただけなくて……。美琴様に一目会えたら帰りますと言われても、現実問題、美琴様はお屋敷にはいらっしゃらないわけです。事情も説明出来ませんし」
なので、とさくらは重く言葉を吐く。
「こちらから桜子お嬢様のところへ行くことになりました」
「なるほど……」
芹緒も重くため息をつくと和室に戻りスマホを持ってくる。そして電話をかけ始める。
「芹緒様、どちらへ?」
「降参」芹緒は空で言える電話番号を入力する。「ちゃんと分かってる人に助けを求めるよ」
美琴はすぐに電話に出た。病院の朝は早い。
『今近くに誰もいない?』
美琴は芹緒から事情を聞くと小声でそう念押ししてきた。
『大丈夫』芹緒も小声で答える。『僕の部屋でタオルケットかぶってる』
『あの子、桜子はね、『ウソが分かる』の』美琴はストレートに桜子の秘密を暴露する。『これを知ってるのは私の知る限り、私と、友達の葵と姫恋の三人だけ。他はわかんない』
『ウソを……』
芹緒は昨夜の会話を思い出そうとするが無難なことしか言ってない記憶しかない。だが芹緒の発言のどこかでウソを感じ取ったのだろう。そうでなければ秘密を教えるほどの仲であるのに真偽を問いたださないはずがない。つまり今スマホに出る美琴は信用されていない。
『だから会って確かめたいんじゃないかな? 声なんていくらでも作れるし騙せるし』
『会うしかないのか……』芹緒は心がずんと重く沈むのを感じる。ただでさえコミュ症で昨日初対面の女の子と話すだけでいっぱいいっぱいだったというのに、会って話すというのはさらにハードルが高い。
『どう説明したらいいかな?』芹緒は二回り以上も年下の少女に尋ねる。『どうしたらバレずにすむんだろう』
『バレたら困りましたっけ?』
いきなり美琴が爆弾を投下した。
『お!!』芹緒は慌てて声のトーンを落とす。『バレたら美琴さん困るでしょ!?』
『このまま入れ替わったままなら困らなくないですか?』
今日も美琴は美琴だ。
『入れ替わったままならなおさら困るね!? 僕は女の子に入っちゃってるんだよ!? 美琴さんだっておじさんの中にいるのバレたくないでしょ!?』
『別に私は困らないですよ。お父様はバレたらいけないと言いましたけど、私の友人までなら……?』
『お願いだからバレない方向で考えよう?』
芹緒はなんとかなだめすかして美琴の妄言を止めさせ、現実の問題に対処するようお願いする。
『うーん……、今美琴の身体の中には本当の美琴がいなくて違う人格が出てるんですとか? その状態で知ってる人に会うと話が成り立たないから学校休んでるとか。ウソは言わないけど本当のことはこちらから言わない。私はそうやってあの子と付き合ってますよ』
寄り道から戻った美琴がそう提案してくる。
『ウソは言わないけど本当のことはこちらから言わない』
これしかないだろう。
詳細を聞かれてどうしてそうなったのか知らない……は苦しいか。芹緒はすでにこの入れ替わりが美琴の力であることを知っている。だから詳しいことは言えないと本当の事を言えばいい。
昨夜の電話はどうするか……心配している桜子を慮って電話をしたのは事実だ。そう言うしかない。
違う人格ということなら、彼女の力を忘れていても仕方ない……で通るはずだ。
それから芹緒は時間の許す限り、伊集院桜子という少女についてまじめに美琴と情報交換を行った。
芹緒は美琴が受けた手術がどうなったか途中何度か尋ねてみたが、『問題ないよ』と答えるだけで美琴は何も教えてはくれなかった。
「じゃあさくらさん行きましょうか」
芹緒は電話を終えると部屋を出てリビングに戻り、そこにいたさくらに向かってそう言った。つつじは和室を片付けている。
「まだ早いですよ」さくらは芹緒をたしなめる。「桜子様との約束の時間はまだ先です。朝食を食べてそれからです」
「いえ」芹緒はさくらが思い違いをしていることを訂正する。「ジョギング行きましょう」
「ああ、すっかり忘れていました」
「運動してる間って考えがまとまるじゃないですか。それに少しスッキリしたい気分なんです」
芹緒の前向きな言葉にさくらは大きく頷く。そしてつつじにその事を伝えると芹緒とさくらは着替えてジョギングに行った。
それから小一時間後。
戻ってきた二人は汗を流すべく洗面所にいた。
「すみません芹緒殿。私も一緒で」
さくらが汗に濡れた服を脱ぎながらそう謝ってくる。
「汗まみれなのに順番なんて言ってられないですよ、さあ行きましょう」
芹緒はそう言って先に浴室に入り汗を流す。
続いて入ってきたさくらが芹緒のお世話をしたそうだったので芹緒は任せる。代わりにさくらの背中は芹緒が洗う。
身体を洗い流した二人はつつじが入れてくれたお風呂に一緒に浸かる。
芹緒はさくらの胸を枕にしながら桜子との顔合わせのシミュレーションを脳内で何度も行ったのだった。
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