第三十四話 好きなもの、好きなこと
好きなことに熱中するのっていいですよね。
「電話してきました。なんとかなったと思います」
「そうですか、お嬢様おつかれさまでした」
戻ってきた芹緒をさくらが出迎える。つつじは姿が見えないが普段開いている和室のふすまが閉まっている。おそらく着替えをしているのだろう。
芹緒は冷蔵庫を開けると牛乳を取り出しコップに注ぐ。そしてそれをその場で一口。
「お行儀が悪いですよ」
その現場をちょうど和室から出て来たつつじに見咎められてしまった。
立ったまま飲むのが行儀がよくないことは芹緒も認めるが、ならば普段のセクハラ(紛いでは断じてない)は行儀悪くはないのだろうか……? 芹緒はジト目でつつじを見るがつつじはどこ吹く風で芹緒の視線を受け流す。
「それでは私もお風呂いただいてきます」
さくらがそう二人に言って立ち上がりリビングの片隅にある引き出し付き衣装ケースから着替えを取り出しリビングを出て行く。
芹緒は桜子との電話で緊張していたのだろうか、口の中の渇きを感じる。があまり飲み過ぎてもいけない。芹緒は文字通りの悪夢を思い出し、牛乳で口の中を湿らせる程度に留める。
薄桃色のパジャマを着たつつじも牛乳を注いで椅子に座る。
「では芹緒様」つつじが芹緒の名を呼ぶ。「お風呂も上がりましたし」
「はい、持ってきますね」
そう言って芹緒は自室に戻り、大きな袋から段ボール箱を取り出し、そこから箱を三種類取り出すとリビングに持って行く。
昨日さつきに買ってもらってきたものだ。さつきがホイホイと大量購入したため、段ボール箱ごとの購入となっている。
お風呂に入ってる際、つつじが興味を示したので一緒に開けることにしたのだ。
「こういうのです」
「ハリウッドの映画のような雰囲気のあるアートですね」
芹緒がダイニングテーブルに置いた箱のイラストを見てつつじはそう感想を述べる。
「元々アメリカ発祥のカードゲームですからね。まずはこちらを」芹緒は一番大きい箱のシュリンクを外すと箱を開け、三列に収められているパックのうち一列をまとめて取り出しつつじに渡す。「開けてみましょうか」
「これ一ついくらくらいするんですか?」
つつじがパックを開けようと苦戦しながら尋ねる。
見かねた芹緒はつつじにことわってからパックを受け取ると小さくなった手で器用に開ける。
「七百円くらいですね……どうぞ」
「ありがとうございます……あら光ってるカードが入ってました、当たりですか?」
つつじがそう言いながらそのカードを芹緒に見せてくる。
「一パックに一枚は光ってるカードが入ってるのでレアリティだったりイラストが良かったりで……大当たりだ!?」
芹緒はしたり顔で説明していたがつつじの見せてきたカードに驚いてしまう。
そのカードはこの新段の中でいちばん評価が良いほのだった。しかもイラスト違いの光り。
芹緒は慌ててスマホでカードショップのホームページを検索する。
幸い美琴のおこさまスマホ(と芹緒が思っている)でも問題なく表示された。カード名を入れて検索する。
「つつじさん、そのカード大当たりです」芹緒はそう言ってスマホの画面をつつじに見せる。「高い順で一番上にあるカードです」
「あらまあ」つつじもその画面を見て、片手のひらを口に当てて目を丸くする。「七百円のパックからこんなに高いカードが出るんですね」
「出るんです」そして芹緒はいったん出していたパックを箱ごと横に置き、今度は小さな箱を開ける。「こっちを開けましょう」
「理由をお伺いしても?」
つつじの疑問は当然だ。芹緒はまだ一パックも開けていない。だから箱から出したパックで開けたのは一つだけだ。だというのに違う箱を開けるというのは確かに知らない人から見たら不思議な光景だろう。
「……一箱の当たりは一つしかなくて、それはもう出てしまったので」
「ああ」つつじは合点がいったようだ。「お楽しみをじゃましてしまいましたね」
「いえ、こちらの小さい箱の方がもっと楽しめます」芹緒はそういうと箱を開け中身を全部取り出す。先ほどと違い十パックほどしか入っていない。「こちらは一パック3千円となっていますので」
「コレクターブースター。なるほどコレクター向けのカードが入っているからパック自体も高いんですね」
「そうです」そして今度は芹緒が先陣を切ってパックを開ける。「このパックのカードは全部光ってるんです」
「確かにコレクター向けですね」つつじが芹緒の手元を覗き込みながら頷く。「全部光っているとどれが当たりなのかわからないですね」
「カードゲームなので光ってなくても価値はあります」芹緒はそういうとカードをダイニングテーブルの上に一枚ずつ並べ、カードの一部分を指差す。「ここの色でカードのレアリティが分かるんです」
「確かに微妙に色が違いますね、光っててわかりにくいですが」
「このパックからだとさっきよりもっと高いカードが出る可能性があるんですよ」
芹緒はそう言いながら出した十パックをつつじと自分用に五パックずつに分け、自分用を開け出す。
つつじはパックには手をつけず、夢中になってパックを開け出した芹緒の顔を優しい笑みを浮かべながら眺める。芹緒はパックばかりに目が行っていてそのことに気付かない。
そうしていると
「あ!」芹緒が叫ぶ。そしてスマホを使って何やら調べ始めた。「つつじさん出ました!大当たりのカードが……ってつつじさん何を!?」
いつの間にか立ち上がって芹緒の後ろに回り込んでいたつつじが興奮する少女を両手を回して抱きしめる。
「好きなことに夢中になってるの男の子って感じですね、優香ちゃん」
「え」芹緒は急に下の名前で、しかも「ちゃん」付けで呼ばれて戸惑ってしまう。「つ、つつじさん、いきなり何を」
「いえ」つつじは芹緒をあすなろ抱きで抱きしめながら芹緒にささやく。「今までで一番楽しいんじゃないですか? 今までは九条家のお客様としての立場で窮屈な思いをされてきたのではないですか? そんな芹緒様が心の底から楽しそうなのが見れて私は嬉しいんです。ふふっ妹みたいです」
「いやあのえっと」芹緒は混乱するが言葉をどうにか紡ぐ。「確かに久しぶりにこうやってカードに触れられて楽しいのは確かです。でも妹は違うのでは? 私つつじさんより年上ですよ?」
「可愛らしい外見と素直な性格。好きなものを無邪気に楽しめる気持ち。優香ちゃんはもっとこの生活を楽しんでいいんですよ。大丈夫、さくら以外の前では妹扱いはしませんから」
「そういう問題じゃ」「お姉ちゃん、って呼んでもらえる?」
つつじも壊れた。芹緒はそう確信した。
「……つつじお姉ちゃん?」
「!!!!!!」
芹緒が上目使いでつつじの顔を見上げながらそう言う。つつじは感銘を受けたように目を閉じる。その口元が緩んでいるのを芹緒は見逃さない。
「つつじお姉ちゃん、ちゃんとギュッてしてほしいな」
芹緒はそう言って立ち上がり両手を広げる。
つつじはすぐに芹緒を抱きしめる。芹緒もつつじを抱きしめ返す。
芹緒は客人だ。だからメイドたちは尽くす義務がある。でもだからといって彼女たちが楽しんだらいけない理由もない。
芹緒はつつじにはさんざんお世話になった。色々からかわれたりもしたがそれでも恩は忘れない。
そんなつつじが口にしたお願いくらい聞いてあげたい。芹緒はそんな気持ちになっていた。
「お姉ちゃんハグって気持ちいいね」
芹緒も素直に気持ちを吐露する。妹キャラとして。
「……」
つつじは何も言わずにただただ芹緒を抱きしめ頭を撫で、芹緒を愛しむことに夢中になっていた。
「……何をしているのですか?」
お風呂上がりのさくらがリビングの異様な光景を見てそう呟いたが、二人はそんなことお構いなしに二人の世界に没頭していた。
好きなもののことなら早口になってしゃべり続けるのはあるあるだと思います。
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