第二十九話 不安の種
しばらくして頭を冷やした芹緒が自室を出てリビングへ行くと、椅子に座っていたさくらが芹緒が入ってきたことに気付き立ち上がる。そして芹緒の肩を掴んで回れ右をするとそのままリビングから玄関へと押して行く。
「靴も準備しましょう」
そう言って芹緒をスカートにシワがつかないよう広げて椅子に座らせる。
さくらは芹緒の前にうずくまると今まで履いていた白い靴下を脱がせる。
そしてフリルに飾られたくるぶしまでしかない白いシアーソックスを履かせる。とても肌触りがいい。
最後にさくらはリビングから持ってきた靴を芹緒の小さな足に履かせる。
それは淡いピンクのエナメルシューズだった。
つまさきは丸く、可愛らしいシルエットを描いている。
足の甲は細いベルトで覆われており、留め金はハート型。
白いフリルソックスと合わせるとそのピンクはより視線を惹く。
芹緒の全身は白とピンクで可愛らしくまとめられていた。
「どうですか?」
さくらがリビングから細い姿見を持ってくる。元々芹緒が持っていた姿見だ。
芹緒が自身の姿を見て最初に思い描いたのは『カードキャ○ター○くら』のヒロインがコスプレした姿だった。
先ほどまでも可愛らしかったというのに、つま先から頭の上まで可愛らしく飾られていて、この姿が自分だというのが頭ではわかっていても信じられなくなりそうになる。
「可愛いすぎませんか?」
「美琴様が可愛いすぎるのですよ」
「それはそうだけど……」
より完成された甘い可愛らしさに芹緒はドキドキしてしまっていた。
「お嬢様、なんて可愛らしい……」
戻ってきたつつじはリビングに入ってきて芹緒の格好を一目見て開口一番そう言った。
「……つつじお帰りなさい」
つつじの視線がまとめられた髪からシアーソックスを履いたつま先まで流れていくのを感じる。
それでも芹緒は恥ずかしさをこらえてつつじを出迎える。
「お帰りなさい」
「あ、ただいまです」
つつじはさくらを見る。さくらはこくりと頷くと芹緒から見えないところで親指を立てる。
(さくらいい仕事しましたね)
確かに美琴の服装はとても似合っている。だが肝心の美琴本人はあまりこういった服装を好まない。
芹緒だから着てくれたのだろう。
さくらは可愛いものが大好きだ。可愛い美琴を可愛らしく着付けるのも好きだ。
ただ、だからといってさつきのように無理やり着せるといったことはしない。
それでもこうなったのはさくらと芹緒の間に何かあったのだろう。
「それでは行きましょうか」
つつじは椅子に座ることなくそう言って二人を促した。
レストランへ向かう車中、すでに辺りは暗くなりつつある。街灯はすでに灯り道行く人々は家路を急ぐ。
ただその人々は皆一様に振り返る。それは当然だろう。
こんな小さな地方都市にリムジンが走っていれば皆の関心を惹くのは当然だ。
昨日ショッピングモールに行くときにも乗った送迎用リムジンだが、未だに進行方向に対して横に座るのは慣れないしシートベルトをしないことにも慣れない。
車中はとても広く、芹緒が着ているワンピースの裾を広げても十分な広さがある。隣ではさくらが静かに座っている。
そんななか、芹緒は口を開いて運転席のつつじに聞いてみた。
「みこ……芹緒さんはどうでしたか?」
「私は病院まで行って玄関で下ろしただけですので詳しいことは何も……。もし気になるようでしたらさつきに電話いたしますが?」
「あ、ううんそこまではいいかな」
まだ美琴とさつきは病院に着いたばかりだ。
脂肪吸引や陰茎手術をどの順番でするかはわからないがさすがに一日で大きく進展はないだろう。
そう分かっていてもなんとなく芹緒は聞いてみたかったのだ。
そして車中に静寂が訪れる。がすぐにさくらがつつじに話し始めた。
「つつじの耳にも入れておきたいのですが」そうさくらは前置きをして話し始める。「お嬢様が力を知覚し、体内で動かすことが出来たようです」
「えっ!?」
つつじが驚いた声を出しわずかにリムジンが左右に揺れる、がすぐに安定した走行に戻る。
「そうですか……美琴様の身体に力が……そして芹緒様が操れると……」
つつじはさくらの言った内容を咀嚼し理解しようとする。
さくらの話が(芹緒が伝えたことが)本当なら驚きだ。
今まで美琴が全く感じることの出来なかった力は今美琴の身体の中で活性化している。ここまでなら驚きはない。美琴の身体に入った芹緒の精神がその力を知覚出来るのは納得できる話ではある。
だがそれを『芹緒が』操ったというのはおかしな話だ。
これでは芹緒が力を操れるということになってしまう。
考えられるのは芹緒が実は九条家の一員であったか、はたまた在野の能力者か。
が残念ながら一介のメイドであるつつじレベルでは九条家の詳しい情報は下りてこない。
さくらに続きを促したが、当主である九条道里が力を体外に出すのを禁じたということだけだった。
これもおかしい。まるで芹緒が体外に力を解き放つことが出来るような言い方ではないか。可能だからこそ禁じた。そうとしか聞こえない。
(ただの入れ替わりではなかったのかもしれませんね)
つつじはそう結論をつけて思考を止めると高速に車を乗せた。
「美琴様、着きました」
うとうとしていた芹緒はさくらにそう声をかけられてはっと目を覚ます。
よだれが出てないか気になったが口元をこすろうとしてさくらに止められた。
「失礼」
さくらはそう言って芹緒の口元をそっとハンカチで拭う。
「さ、行きましょう」
顔を赤くした芹緒がさくらに手を取ってもらって車から出ると、あまり派手さのない小さな洋風の建物だった。
「お嬢様、どうぞ」
さくらが扉を開いて芹緒を招き入れる。芹緒がその招きに応じて中に入ると、そこは芹緒が思った通りの玄関ホールだった。両脇に階段があり、階段を上った先には部屋がいくつかあるのが見てとれる。
二階建ての吹き抜けで上からシャンデリアが吊らされ煌々と明かりを灯している。
「九条美琴様、お待ちしておりました」
ホールには身だしなみを整えた老紳士が立っていて芹緒に対し深々と一礼する。
「こちらへどうぞ」
老紳士の案内で芹緒はさくらとともに歩き始める。
階段に芹緒が足をかけたとき、不意に声が聞こえた。
「美琴様?」
最近『美琴様』と呼ばれることに抵抗を感じなくなった芹緒は無意識にその声の主を探してしまう。
芹緒達が登り始めた階段とは別の階段、その上にその声の主である少女はいた。
雰囲気から測れる年齢を考えるに美琴の学校の知り合いか。着物を着た女性を二人引き連れている。
彼女を見てまず目につくのはその髪。
艶のある漆黒の髪は額で丁寧に分けられ肩から腰までまっすぐに流されている。
着物を纏った彼女はまるで日本人形のようだが、その表情は楚々としていながらも豊か。
「やっぱり美琴様ですわね。ごきげんよう、今夜はとても可愛らしいお姿ですのね」
「えっと……」
「失礼いたしました伊集院桜子様。ご機嫌うるわしゅうごさいます」
戸惑う芹緒の横に立ったさくらがそう述べて頭を下げる。それを見て芹緒も慌てて同じように頭を下げる。
「え?」
芹緒が頭を下げたのを見て桜子と呼ばれた少女が不思議そうな声を上げる。その声にさくらはすぐに事態を把握し芹緒の背中を操り芹緒の頭を上げさせる。
「美琴様は少しお疲れでして。申し訳ございません」
「いえそれはいいのだけれど……美琴様?」
「すみません桜子様、どうかご容赦を」
「わかりました。さくらさんごめんなさいね。意地悪したいわけじゃないの。それでは失礼するわね」
「はい、ご配慮感謝いたします」
そのまま階段を下りていく少女たち。
さくらは固まっていた芹緒の背中をぽんぽんと叩くと階段を登り始めた。
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