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ヤサシイセカイ  作者: 神鳥葉月
第一章 交わる二人の世界

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第二十八話 着替え

 

 さくらがリビングに入ると隣の和室で芹緒が女の子座りで座っているのが見えた。

 骨盤の関係上女性は気をつけていないとついつい足が横に流れてお姉さん座りだったり女の子座りになってしまったりする。

 芹緒は自分の座り方に気付いているのやら。


「すみません、電話のために芹緒殿の部屋に入らせてもらいました」


「……」


 声をかけたが反応がない。戻ってくるまで三分もかかっていない。寝ているわけではないだろう。


「芹緒殿?」


「……あっ、はい?」


「遅くなりました。電話のため部屋をお借りしました」


「はいどうぞ」


 二度目の呼びかけで芹緒はようやく反応した。

 かなり集中していたらしい。


「道里様に現状を報告いたしました。このまま力の修行を行うのは問題ありませんが、絶対に体外に力を出すな、とのご命令でした。芹緒殿よろしいですか?」

 

「わかりました」


 返事は明瞭だった。

 さくらは芹緒の目をじっと見つめるが芹緒も見つめ返してくる。


「?」


 慣れだろうか? 自信がついたのだろうか?

 普段の芹緒ならすぐ目を逸らそうとするだろう。


(考えすぎですね)


 心を無にして集中していれば雑念が消え素朴になることもあるだろう。

 そうさくらは結論づけると予定通り力の修行を時間いっぱい芹緒にしてもらうことにした。




 芹緒の中で力は薄く薄く引き延ばされていた。

 全身を巡る毛細血管の一本に至るまで力を通そうとし、それはおおむね成功していると芹緒は感じていた。

 今度はその輝きを少しだけ上げてみようと試みる。だが流石に簡単にはいかないようだ。

 そうやって集中しているとき、外からさくらの声が聞こえた。


「遅くなりました。電話のため部屋をお借りしました」


「はいどうぞ」


 いつの間にかさくらが目の前に座っていた。

 芹緒は自身が集中していたことを知った。

 誰かが近くに来るまで自分が物事に集中出来るなんて初めての体験だった。

 さくらの話をしっかりと聞く。

『力の修行は問題ないが体外に力を出すことは厳禁』

 そして理解した。

 今芹緒が認識している力が外の世界に影響を与えうることを。

 驚きはなかったし納得した。

 ただこの力が外界で何を起こすのかは芹緒にも分からない。

 美琴が扱うのであれば山へ突然現れた転移、自分と精神が交換された入れ替わりなのだろうが……。

 前提としてこの力は美琴のもの。

 だから芹緒が扱おうが同じ結果が出るとは思う。

 だが力を扱える美琴の父親の九条道里が厳禁ということは芹緒には分からない悪影響がどこかに出るのかもしれない。

 芹緒はこれ以上考えるのをやめ、体内で力を操ることに集中するのだった。







「つつじは夕方には帰ってくるようです。食事は外食でいかがですか?」


 つつじからの電話を受けたさくらが芹緒にそう提案してきた。

 芹緒は素直に「はい」と頷く。

 この生活、芹緒は一銭たりとも自分の懐からお金を出していない。

 そんな芹緒にとって基本的に全て受け身である。

 自分の時間、ひとりの時間さえ確保出来たら問題ない。

 特に何をするわけでもなく精神をただひとりで休ませる時間が欲しいのだ。


「それではお嬢様、服を選びましょうか」


 そう言いながらさくらが芹緒の背中を押して芹緒の部屋に移動する。

 そして衣装タンスの上側を左右に開くと、右側の扉に大きな鏡がついていた。もちろん下側は引き出しなので足元は映らないが。


「まずはお嬢様がお好きな上の服と下の服を選んでください」


 小さいはずの衣装タンスには様々な上着やワンピース、スカートがかけられていた。


「ええと……」


 芹緒にとって中学生の衣装の好みはない。だから美琴の身体に合う服装を選ぶ必要があるのだが……。

 芹緒はセンスがないことは自覚している。

 衣装の上下の組み合わせを決めるなどそのようなセンスは、生まれついての女性ですら経験の積み重ねだろう。

 おそらく芹緒のチョイスにさくらがアドバイスをくれるのだろうが、芹緒にはそのアドバイス自体必要とは思えなかった。

 一人でしなければならないトイレやお風呂はともかく、こういうのは素直に任せたい。


「さくらに任せます」


 芹緒は最初出会ったばかりの美琴を真似してそう言う。

 そんな芹緒の態度にさくらは「ふむ」とあごに手をやる。


「服選びは昨日でイヤになりましたか?」


「そういうわけではありません。元々私は服選びは苦手なのです」


「わかりました」


 さくらはそう頷くと衣装タンスの中からフリルとレースがたっぷりついた真っ白なワンピースとピンクのカーディガンを取り出し、それを芹緒に渡してきた。


「これはいかがですか?」


「……着てみますね」


 そう言って芹緒はスカートをひるがえしてさくらに背中を向ける。

 さくらは芹緒の首元のリボンをするするとほどくと、今まで着ていたたくさんのフリルとリボンがついたルームワンピースが脱げるようになった。

 芹緒が襟元から頭を抜いてルームワンピースを脱ぐとさくらがそれを受け取り、ワンピースを手渡す。


(さくらさんはワンピースが好きなのかな)


 さくらは今まで見た感じスカートを穿いていない。

 動きやすさ重視といった感じだ。

 自分が着ない分着せるのが好きなのかな、とそんなことを思いながら芹緒は頭を通した。

 さくらは芹緒の長い金髪を襟元から出すと背中のチャックを上に上げていく。

 すると胸の下辺りで服が絞られていくのが分かる。

 この服も先ほどの服も芹緒一人ではなかなか着たり脱いだり出来ない。

 大変だなぁと他人事のような感想を持つ。

 そして渡されたピンクのカーディガンを上から羽織る。


「いかがでしょう?」


 そう言われて姿見を見ると、とても可愛らしい姿をした金髪の少女がそこにいた。

 何度見ても美琴はキレイだ。思わず見惚れそうになるがさくらの手前、自重する。


「さくらありがとう。いいと思う」


「ありがとうございます。髪を整えますね」


 さくらはそう言って芹緒をフローリングのクッションに座らせる。芹緒はワンピースにシワがつかないよう、スカート部分を広げて座る。

 さくらは芹緒の髪を左右に分けると耳の上の方で結び始めた。これは……。さすがに芹緒でもわかる。


「どうですか?」


 進められて立ち上がった芹緒の髪型はツインテールだった。ツインテールの付け根にはカーディガンと同じピンク色のリボンが付けられている。もちろん似合っている。

 金髪の可愛い女の子のツインテールなんて似合わないわけがない。

 ただ……可愛らしすぎやしないだろうか?


「さくら……」


「今日行くお店はテーブルマナーなど気にしないお店で個室を予約してあります。お嬢様は気にせず食べていただければ」


 芹緒の声が聞こえていないのか、さくらはそう言うと芹緒の部屋を出て行った。

 一人部屋にとり残される芹緒。

 しばし立ち尽くしたあと、改めて姿見を覗き込む。

 可愛い少女が不安げにこちらを見ている。

 少し離れて立ってみる。

 下半身はゆったりとした心許ない感じなのに、胸下はかなり絞られている。

 胸の部分は形が出ない程度に余裕がある。

 襟元は胸の谷間は見えないもののかなり広く開けられている。少しでもズレるとブラの肩紐が見えそうだ。

 だがカーディガンを着ることで左右の襟元は隠されている。

 カーディガンは長袖で少し大きい。萌え袖も出来そうだ。


「きゃるん」


 そう言いながら両手を萌え袖にして口元を隠してみる。

 可愛い。

 芹緒には三次元の少女趣味はないが傾倒してしまいそうだ。


「……」


 芹緒は部屋の鍵をかける。

 いきなり入って来られても困る。

 そっとスカートの前を両手で軽く掴んで少しずつ上に持ち上げていく。

 姿見を見ると顔を赤くした少女が恥ずかしがりながらもスカートを持ち上げていき、太ももがあらわになる。

 手はそこで止まらずに少しずつ少しずつ上に上がり、下着が見えるギリギリの所で止まった。

 可愛らしい装いをした少女が誰かにそんなはしたない姿を見せている……。

 十数秒、しっかり艶姿を目に焼き付けた芹緒は手をぱっと離した。


(美琴さんごめん)


 芹緒はそう心の中で謝罪したが、さくらに見つかるかもしれないというスリル、美琴の身体ではしたない格好をしたという罪悪感は芹緒の仄暗い欲望を満たす糧となったのだった。

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