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ヤサシイセカイ  作者: 神鳥葉月
第一章 交わる二人の世界

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第二十七話 力

 食後、洗い物は芹緒がしようとしたが、さくらに丁重に断られてしまった。

 先ほどの子ども扱いに少しムキになって「私がやる!」と宣言してみたはいいものの、いざシンクの前に立って思い知らされた。

 届かない。

 シンクの底まで手を伸ばすことが出来なかった。これでは確かに無理そうだ。


「踏み台使えば……!」


「確かに踏み台を使えば届くと思いますが踏み台はありません。あっても危ないので洗い物は私に任せてください」


 そう言われては仕方がない。

 それでも何か出来ることはないかとさくらの近くをウロウロする芹緒。

 庶民生活が染み付いている芹緒にとって日常生活で上げ膳据え膳は耐えられなかった。芹緒に亭主関白は無理そうだ。


「では洗い終わったものを拭いてください、いいですか?」


 そんな芹緒の様子にさくらは困ったような笑顔を浮かべるとそう芹緒に提案した。

 乾いた布巾を受け取った芹緒は濡れたお皿を受け取ると水分を拭き取り、ダイニングテーブルに置いていく。

 芹緒の一人暮らしの部屋には食器ダンスなどというしゃれた物はない。それでも知らない食器がいくつか増えていた。

 さくらに聞いたところ、どうやらアウトドア用品の食器とのことで、コンパクトに片付けられるということで持ってきたとのことだった。

 芹緒の見る限り、アウトドア用品と言われて感じるチープさや無骨なデザインの食器や道具は見当たらなく、高級そうな食卓に出てくる食器と区別がつかなかった。


「アウトドアといいましてもオーダーメイドですから」


 そう言われて合点がいく。

 それにしても。今さらながら本当に九条家はお金持ちだとつくづく思う。

 オーダーメイドは当たり前、ちょっとした買い物でも使う金額の桁が違う。

 こんな贅沢な生活で育っても解決しない問題はある。人生は難しい。






「それでは力の修行ですが」


 和室。

 普段美琴が一人で寝ている和室は布団が片付けられ、こたつテーブルも隅に立てかけられていた。

 さくらと芹緒は正座をして向かい合う。


「それほど難しいことをするわけではありません。目を瞑り精神を集中して、自分の中にあるはずの力を探し出すのです。その力はかすかですが確かに存在しています。毛穴の一つ一つから身体の隅々まで全身に注意を払ってください」


「これですね」


「えっ!?」


 芹緒が目を瞑り集中すると明らかに異質なものがすぐに知覚出来た。

 胸の中央に白いもやもやとした何かが明らかに存在している。


「美琴さんが力を発揮出来たことで『力』も活性化したのでしょうね」


 驚くさくらを尻目に芹緒はそう感想を述べる。

 この身体になってから今までその存在を感じることは出来なかったが、『ある』と信じて探せばそれはあった。

 集中してこのもやもやに手を伸ばす自分をイメージする。するとイメージが膨らんでいった。

 その姿は裸の美琴の姿だった。芹緒は今まで一度も美琴の裸の背中を見たことがない。それでもこの姿は美琴の身体だと理解した。

 ゆっくりと両手でそのもやもやを包み込んでみる。

 小さなもやもやは美琴の手に触れるとするすると形を変えていく。

 芹緒は丸になれとイメージして力に触れ続ける。

 やがて最初は雲のような不定形だったもやもやは少し輝きを白い球へと形を変えた。


「形を整えました」


「す、すみません芹緒殿、それはどういう!?」


 芹緒の言葉に先生役のさくらが慌てる。そして芹緒の話を聞くと「すみません少し席を外します」と思い詰めたような表情で立ち上がり、和室を出てリビングを抜け廊下へと姿を消した。


「勝手なことしちゃったかな……」


 一人残された芹緒は正座が崩れ女の子座りになってしまう。畳にぺたんとお尻を落とし、自分の中の力に問いかける。


『君はどういう力なんだろうね』


 だが『力』は何も返さない。

 それでも芹緒はさくらが帰ってくるまでの間、力に問いかけ続けた。




 さくらは廊下に出るとそのまま芹緒の個室に入った。鍵がかかっていたがさくらにかかればこんな鍵はないも同然だ。今はそれよりも緊急事態だった。

 すぐにスマホを取り出し電話をかける。

 数コールののち電話がつながる。さくらは極力小声で話し出す。


「秘書の本田です、良いお天気ですね」


「藍と青、お嬢様護衛の相川さくらです。ひまわりがヒバリ、お嬢様の件で至急九条道里様にお伝えしたいことがあります。繋いでいただけますか」


「少しお待ちを」


 秘書の合言葉に素早く答え、さくらは待ちながら頭の中で伝えるべき情報を整える。

 すぐに電話が切り替わる。


「私だ」


「お忙しい中すみません、芹緒様が美琴様の身体の中にある力を知覚されました」


「ふむ」


「その力の形を変化もさせました」


「なに?」


「以上です」


「報告ご苦労。このまま芹緒君には自由に力を体内で触ってもらっても構わん。ただし外に出すのは厳禁と伝えたまえ」


「承知いたしました」


 そして電話は切れた。

 九条社長は忙しい身の上だ。その社長と一分未満とは言えすぐ通話出来たのだから僥倖だろう。


(私が判断することではない)


 さくらは美琴の力の先生役ではあるものの実際に力を使えるわけではなく、力に対してふんわりとしたイメージしか持っていない。

 そして今まで美琴はどれだけ修行を続けても力を知覚することは出来なかった。なのでさくらもその先どうしたらいいのか知らされていなかった。

 さくらは芹緒の部屋から出ると鍵をかけ、いったん廊下で立ち止まる。


(力は美琴様の身体が持っていたのか)


 今まではどちらが力を持っているか分からず、二人を満足させることが大事だとメイドたちの共通認識だったが、今後は作戦を変更する必要があるかもしれない。


(あれほど自分の姿を嫌悪する芹緒殿に元の肉体に戻ってもらう……)


 芹緒の性格や態度を見ると今のままでは途方もない無謀な計画に思える。

 美琴がどれほど肉体改造出来るかが鍵になってくるかもしれないが、その美琴も自分好みに肉体改造した芹緒の体を簡単に手放すとは思えない。

 元に戻れば戻ったで芹緒を見捨てるという選択肢は彼女たちにはない。もう見知らぬ顔ではないのだ。

 さくらが芹緒に全裸を見せたのは芹緒に説明したことも真実だが、さくらなりの覚悟の表れでもあった。

 このまま芹緒を甘やかすだけではダメだとは思っている。

 芹緒のためを思うなら少しずつ芹緒を変えていかなければいつまで経っても不安で芹緒を一人には出来ない。


(運動が楽しいと言ってくれたり、野菜が美味しいと言ってくれたり、いい傾向だと思う)


 中学一年の勉強ながらケアレスミスなく満点を取り、中高成績はダメだったと言いながら二十年ほど前の大学受験でストレートに国立大学に合格している。

 芹緒は見どころある人間だ。

 あとは本人が卑下する見た目とそれに伴うコミュニケーション低下によるコミュ障さえ克服できれば。

 先ほどさくらに素直に甘えてきた芹緒は可愛かった。

 からかうこともあれど、注いできた愛情に応えてもらえるのはこの上ない喜びだ。

 少しずつ、少しずつ芹緒から信頼を得て、芹緒が自分と会話するのを楽しいと思ってもらえるように。

 自分も頑張ろうとさくらは気を引き締め芹緒のところへ戻るのだった。

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かめはめ波が使えそうな話になってきたw
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