第二十六話 お昼ご飯
さくらはパステルカラーの長袖パーカーに黒いスパッツといったいでたちに赤いチェック柄に白いフリルのついたエプロンを身につけて昼食の準備をしていた。
よく考えなくても芹緒はこの自分の家で誰かと二人きりになったことはない。それが異性の、高校生なんて想像したこともない。
元々単身者向けの部屋が二つにキッチン兼リビングの2LDK。
狭いリビングの小さなキッチンエリアで女の子が料理をしている姿はすごく不思議な気分だった。
スパッツに包まれてボデイラインが強調されたおしりがふりふりと動くのをついつい注視しそうになる自分に気付き、芹緒は自室に引っ込んだ。
本人に全くその気はなくても見る人によってそう見えてしまう。女性の身体になっても男の性とは簡単に縁を切ることは出来ないらしい。
煩悩を払うべく、昨日さつきが買ってきた大荷物を袋から出してみる。
「……いやいや」
芹緒はしばし呆然とした後ツッコミを入れる。
大荷物なのも当然だ。
芹緒が遊ぶ『Mag○c;the Gathe○ing』は三十パックが入った箱を一ボックスと呼ぶ。
六ボックスで一カートンなのだがそれが四カートン入っていたのだ。
一ボックス約二万円ほどするのでそれが六ボックスの四カートン……約四十八万円、ほぼ五十万円分の商品が入っていた。
買う方も買う方だが売る方も売る方だ。
普段お世話になっている店長のほくほくしている顔が目に浮かぶ。
「待って待って待って……」
『Mag○c;the Gathe○ing』にはコレクターパックというものがある。
そのボックスも六ボックス入っていた。
もういくらか計算したくない。
「察してくれてこれだから、何か欲しいと言った日にはえらいことになりそうだ……」
芹緒が呻く。
『Mag○c;the Gathe○ing』全カード四枚ずつ欲しい!と言えば叶えるだろう。叶えてしまうだろう。それは確実だ。
「手に入ってもここじゃ置く場所ないって、はは……」
そう乾いた笑いを上げると、大荷物の奥に入っていた二つのスターターキットを見つけた。
芹緒の趣味に付き合ってくれる気なのだろうか。
だとしたら素直に嬉しい。
芹緒はさくらに呼ばれるまでゆっくりとパックを剥き始めた。
「簡単なものですみません」
そう言われて椅子に座った芹緒の前に出されたのは、鶏肉のハーブ焼きと焼かれた彩とりどりの野菜とバターライスがワンプレートに載せられたものにコンソメスープが添えられたものだった。
「えっ短時間にこんなに!?」
芹緒は壁の時計を見て驚いてしまう。
確かに簡単なものなのかもしれないが、あの狭いキッチンエリアでこの短い時間でとなると驚嘆ものだ。
「私はあまり料理が得意ではないので、お嬢様のお口に合うといいのですが」
そう言ってさくらも同じものを持ってきて芹緒の横に座る。
「?」
芹緒は思わず二度見する。
サンドイッチを食べたときは向かい側に座っていた。
このダイニングテーブルには椅子が五つある(昨日椅子が一つ届いていた)。どこに座るのも個人の自由だが、四つ空いていて隣に座る理由が分からない。分からないので素直に聞く。
「どうして隣に?」
「何かあった時に即対応するためです。朝食は問題ないと判断しましたが、今回は熱い食べ物やスープがありますので」
とりあえず納得はできた。納得出来たので食べ始める。
「お肉いい感じだね。……うんお野菜も思ったより美味しい」
芹緒の飾らない賛辞にさくらはこくこく頷く。
「野菜はオリーブオイルと塩をかけて焼いただけです。お嬢様も野菜は少し苦手なので嬉しいです」
料理が得意ではないと言っていたが美琴の舌は満足していたし、芹緒も大満足だった。
しばらく会話しながら食べ進めていたとき、
「あ」
とさくらが小さく声をあげる。
芹緒がさくらの方を向こうとすると「そのままで」と言われてしまい、頭の上に疑問符を浮かべていると芹緒のほっぺをさくらの二本の指がちょんとつついた。
「!」
何が起きたか気付いた芹緒がさくらの方を向いたときには、さくらは芹緒の頬から取った米つぶをぱくりと自分の口に入れてしまっていた。
「くっついてましたよ」
子ども扱いされたと感じた芹緒の頬と耳がみるみるうちに赤く熱くなる。
その様子をさくらは妹を見るような優しい目つきで見つめる。
「!!」
そのさくらの態度にまるで自分がさくらの妹や彼女になったような錯覚を覚える。きゅうんと胸が鳴った気すらする。
ショートヘアのさくらはまるで女子校に存在する王子様のようだった。
芹緒も男子校の姫、女子校の王子と異性のいない学校でそういう存在が作られるのは知っていたが、ちょっとした行為でこんなにも心動かされるとは思ってもみなかった。
さっきは揺れるおしりに女性を感じていたのに。理性ではそう判断していても心が誤反応していた。
「お嬢様?」
「ひゃ、ひゃい!」
「あー……からかったわけではないのですが」
ようやくどうして芹緒がこんな反応になってしまったのか気付いたさくらは少し困ったような声で謝る。
「わかってる!わかってるからちょっと待ってね!今落ち着くから!」
何度も大きく深呼吸をする芹緒に、何かを思いついたのか、さくらはそっと口を耳元に近付けた。
「可愛らしいですね、芹緒殿」
少し落ち着いた芹緒の顔がまた赤くなる。
「さくらさん!」
これは明らかにからかっている。その証拠にさくらは軽く握った片手で口元の笑みを隠そうとしている。肩だって小刻みに震えている。
そのとき。恥ずかしさに芹緒の動かした腕がスープの入ったカップに当たって倒れてしまう。
運悪く中身が零れて芹緒にかかるその寸前、さくらが素早く芹緒の身体を抱きしめ自分と体を入れ替えていた。
「すみません芹緒殿、調子にのりました。お怪我は!?」
「僕は大丈夫、それよりさくらさんは!?」
「私も大丈夫です。すみませんでした」
「もう、からかいすぎはダメだよ。……隣に座ったのももしかして?」
「いえ、あのときはこんなことをしようなんて思ってなくて。すみません」
「うん、わかったからもう離していいよ」
「いえ、からかいすぎたのでもう少し芹緒殿にお返しさせてください……私の身体はさつきと違って貧相で申し訳ないですが」
「そういうのも僕は困るって知ってるよね!?」
芹緒がさくらの抱擁から逃れようとするがさくらは動じない。
「すみませんでした……」
そう言いながら柔らかい手のひらで芹緒の後頭部をゆっくり優しく撫で続ける。
そうしている間も芹緒の顔面を女性の象徴である二つの膨らみがしっかりと包み込む。
さくらの声にからかいの色はない。
芹緒は小さく息を吐くとさくらに甘えることにした。昨夜考えたようにこの現状を受け入れることにした。
ゆっくりとさくらの背中に両腕を回して抱きつくと顔を横にして胸に押し当てた。
さくらの心臓の鼓動がとくんとくんと感じられる。
とても安心できる拍動だ。
態度が変わった芹緒にさくらは少し目を見開いたがそれも数瞬、にこりと笑顔を浮かべると改めて芹緒を優しく抱きしめた。
「ありがとうね」
それは数分のことだった。
芹緒がそうお礼を言うとさくらは抱きしめた手を離した。
そして二人はその後何もしゃべらずに黙々と昼食を食べた。
多少ぎこちない沈黙だったが悪くはないと芹緒は思った。
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