第二十五話 さくらと
昨日はバタバタしてて投稿出来ませんでした。
リアルタイム更新をお楽しみください。
長い朝風呂から上がった芹緒は裸にバスタオルを巻いただけの姿で同じ姿のさくらにドライヤーをかけてもらっていた。
芹緒は人生の大半を短髪で過ごしており、ドライヤーの使い方を全く知らなかったし、独り身ゆえ誰かにしてあげるということもなかった。
自分の頭から生えている長い金髪を、痛まないように均等に乾かしていくのは大変だ。
髪は女の命だと聞いたことがある。
そしてこの身体になってからメイドたちが丁寧に美琴の髪を手入れしていることを身をもって知っている。
なのでさすがに芹緒はドライヤーに挑戦する気にはなれなかった。
そのことを話すとさくらはうんうんと頷き、優しい顔でドライヤーを受け取ると鼻歌混じりにドライヤーをかけ始めた。
「さくらさんは髪を伸ばさないの?」
ふと思いついたことをさくらに問いかけてみるが返事がない。
ドライヤーの音が大きくて聞こえないのかもしれない。今度は少し大きな声で呼びかけてみる。
「さくらさーん」
無言。
どうでもいいといえばどうでもいい話なのでもうやめようと芹緒が口をつぐむと
「さん付けはダメですよ」
さくらがドライヤーを止めて注意してきた。どうやら聞こえていなかったわけではなく、さん付けだったから返事しなかっただけらしい。プロ意識が高すぎる。
「私は動きやすいのが好きですね。髪が長いと動きの邪魔です。お嬢様のボディガードでもありますので」
「そうだったね」
「男性に力では敵わない場面もあるでしょうが、お嬢様の行き先全てについていくことが出来るのはやはり同性である女性です」
そう言ってさくらはドライヤーを再びかけ始めた。
確かにさくらの言う通りだ。どこでも美琴についていって美琴の相談に乗れるのも同性であるさくらが適任だろう。
力だって……。
さくらとの初対面は恐怖だった。
襲いかかる獣。一撃で気を失えて本当に良かった。あの情景を思い出すだけでも恐ろしいのに痛みすら覚えていたら。
そういう意味では美琴に感謝だ。美琴は芹緒の代わりに痛みを請け負ってくれた。
もちろんさくらの理性を欠いた行動だって理解出来る。
大切なお嬢様がどこの馬の骨ともしれぬ肉塊と行動をともにしていたのだ。普通のご家庭なら即通報案件だ。
そんなさくらに今は恐怖はない。
今さくらは芹緒の背後にいて髪を乾かしている。
そのことに心が安心する。
ついこないだまで自死しか考えていなかった芹緒にとってこれは信じられないことであるだろう。
そのことに芹緒はまだ自覚していない。
まだ三日。
されど三日。
慌てることやからかわれることは多い。だがそれでもつつじやさくき、さくらに美琴たちに芹緒は確かに心を癒されていた。
朝食はさつきが作ったサンドイッチだった。
いくら九条家といえども毎日豪勢な食事ばかりではないのだなと芹緒は安心してしまう。
芹緒はたまごサンドを一つ手に取りはむ、と口に入れる。
こぼれんばかりのふわふわたまごフィリングがパンによく合う。
「ん、美味しい」
素直な賞賛が芹緒の口から出る。
そう言ってもぐもぐ食べ進める芹緒の姿を優しい笑顔で見守りながら、さくらもハムサンドを食べていく。
飲み物は牛乳が用意されていた。
味は絶品ながら普段通りのような食卓に芹緒は気持ちよく食事を楽しんだ。
少し食べ過ぎたかな、と思ってさくらに聞いてみたが
「今日は朝ジョギングしましたから大丈夫ですよ」
と言われてほっとする。
それからは他愛のないおしゃべり。
つつじは大都市まで行っているので帰りが遅くなること、さつきは昨日芹緒にやらかした罰で美琴に着いていくことになったこと、女の子にだって性欲はあるから遠慮せずに発散してほしいこと、そのときベッドを汚さないための事前準備が必要なこと、朝美琴がトイレを占拠して発散していたらしいこと、さくらたちは何をしているか何となく察したがさすがにトイレに飛び込むことが出来ず尿意をずっと我慢していたこと、換気扇こそ回っていたがトイレの中は嫌な臭いが立ち込めていたこと……。
本当に色んなことをさくらは開けっぴろげに話し、芹緒は様々な表情を浮かべながらその話を聞いていた。
「汚された気分ですよ」
あっけらかんと笑いながら言うさくらと小さくなる芹緒。男女の縮図がそこにはあった。
「一つ屋根の下男女がお互いに配慮しながら暮らすというのは本当に大変なことなのですね」
「それはそうだね」
お屋敷暮らしでそこまで配慮をしたことがないさくらと、人生の半分以上を独り暮らししていたため男女どころか他人と暮らしたことすらない芹緒。
家族と暮らしていたときはどうだったのかもうよく覚えていない。異性は母だけだったため母も我慢していたのだろうか。
今、芹緒は他人と、異性と暮らしている。
「今日はお嬢様の現在の学力測定と力を操るための修行を行いたいと思います」
おしゃべりが一区切りしてさくらはそう言いながら立ち上がった。
そしてピンク色のカバーがかけられたタブレットを芹緒の目の前に置いた。
それはカバーがキーボードになっているタイプのタブレットだった。
芹緒はさくらに促されるままにタブレットを開き、指紋認証をその指で行うとホーム画面が現れた。
「これはお嬢様が学校で使っているタブレットです」
そう言いながらさくらは画面の『学習』と書かれたフォルダをタッチする。
その中には各教科のフォルダが並んでいた。さらにさくらがタッチを進めていくと『国語問題集』と書かれたホームページが起動した。
「お嬢様には各問題集を制限時間内に解いていただきます。量が大変かとは思いますがよろしくお願いします」
そう言われて芹緒は大きく深呼吸すると問題を解き始めた。
「全教科百点……中一の問題とはいえケアレスミスがないのはさすがです、すごいですね」
芹緒はさくらの採点の結果を聞いて大きくため息をついた。小さな達成感が芹緒を満たす。
現役から久しく離れているとはいえ子ども時代は私立中学校に通っていた。これくらい出来なければ恥ずかしい。
ちなみに塾は三ヶ月ほど通っただけだった。
それを聞いたさくらは「すごいですね、それは」と目を大きくして驚いていた。
だが芹緒にとってはそれは過去の栄光だ。
私立中学校に入った芹緒は才能こそあれど人として大事なものが欠けていた。それは継続する力、努力だ。
結果どんどん成績は下がり、高校入試の頃には普通の中学校に通った小学校の仲間たちよりも学力はなかった。
高校は私立中学校が併設していたところに滑り込み、大学は地元の国立大に受かったもののその頃にはもうコミュニケーション能力の欠如も顕になり授業に出ることも出来なくなった。
授業選択の名前書きをグループで行い、代返もして器用に大学生活を送る他の人たちのようにはなれなかった。
取らなければいけない授業はすでにグループを組んで各授業に名前を書きまくられた結果先着順で弾かれ、行けなかった授業は出席率で落とし。
失意の中退学も出来ず大学にただ無駄に在籍していた芹緒は父のコネで就職が決まった。それが九条カンパニーの会社の一つだった。
そこでも努力も出来ず芹緒は出世はなかった。
そして鬱病を患い会社を休職……。
クズでしかない。
それでも出来る限りで芹緒は人に優しくした。心の中に神様を置き、その神様に恥じないような行動を心掛けた。残念ながら『努力』だけは出来なかったが。
こんな話をさくらにする必要はない。
努力しないゴミクズの話なんて聞かされる方も迷惑だ。
「次はどうしましょう」
芹緒は薄汚れた思考の負のスパイラルから顔を出し、さくらに質問した。
「これは単純に今のお嬢様がどれくらいの学力をお持ちか調べただけなので、勉強はこれで終わりです。それに」
さくらの言葉に合わせて芹緒のお腹がくぅと鳴る。
「もうお昼ですからね」
言われて芹緒が顔を見上げると壁の時計はとっくに十二時を過ぎていた。
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