第二十三話 おやすみなさい
この一日が長すぎたので今回は短いです。
「すごい音がしたけど何かあった?」
そう言って青いパジャマ姿の芹緒がリビングに入ってきた。そしてテーブルにうつ伏せになっている(ように芹緒には見える)二人を不思議そうに見つめる。
「問題ありません、ご心配おかけしました」
唯一性的なことにオープンで美琴の言葉にダメージを受けなかったさつきが芹緒の問いに答える。
さつきの言葉に何事もなかったかのようにつつじやさくらも顔を上げる。
「おでこぶつけた?」
二人の額の赤みに気付いた芹緒がそう言って近くにいたつつじに少しだけ歩み寄る。女性から寄られるのには少しは慣れたが、自分から近寄るのはまだ時間がかかりそうだ。
「ええまあ。でも大丈夫です。ありがとうございます」
「気にせず。お気持ちだけ受け取っておきます」
まだ心配そうにしていた芹緒だったが、本人たちが大丈夫と言っているのだからこれ以上言及はさけるべきだと考えたのか、今度はさつきに声をかけた。
「さつきさん」「すみませんでした」
芹緒の言葉に謝罪の言葉を重ね頭を下げるさつき。その姿に芹緒は所在なげに視線をさまよわせたが、
「これからは止めてくださいね」
そう言ってさつきを許した。安堵した表情で顔を上げるさつき。抱きついてきそうな気配を感じて芹緒は少し身じろぎし、それを見たさつきは動きを止めた。
(ボディタッチが多すぎる……)
自分でも自衛しなきゃ、と芹緒は改めて決意する。そのためにも。
「さつきさんたちにお願いがあるんです」
芹緒は近くにあった紙とペンを取り上げてそう言った。
「女の子としての心得や大事なことを紙に書くのでもう一度こと教えてもらってもいいですか?」
「ありがとうございました」
小一時間ほど経ち、数枚の紙の束を手にした芹緒はそう礼を述べた。中身はお風呂の入り方や髪の洗い方、ブラの付け方やトイレの作法など、男性の頃には知ってはいけないような女性の日々の生活についてのあれこれが書かれていた。
正直な話今だって恥ずかしい。だがいつまでも恥ずかしがってるだけではみんなに迷惑をかけてしまう。
そして自分の身も(さつきから)守れない。
「いえいえ、これで芹緒さんが楽になれば! 私も明日からお嬢様……芹緒様について行くことになりましたので、しばらくお嬢様と一緒にお風呂入れないのが残念です」
「これ見ながら一人でちゃんと入れるようになるから大丈夫。……手術って日帰りじゃないの?」
さつきの懲りてなさそうな言葉を聞いて苦笑しつつ芹緒は尋ねる。芹緒が過去調べた限りではほとんどが日帰り、あっても一晩くらいだったはずだ。
「念には念を、ってこと」誰かが答えるより早く美琴が口を開く。「安全に安全を重ねた結果なの。期待しててね」
安全とは程遠い大手術をしようとしている美琴はこともなげにうそぶく。三人はそれぞれ思うところこそあれど医者が無理をするはずはないと思い、またこれ以上芹緒を心配させることはないと黙っていた。
「それじゃあCPAPの使い方を」芹緒が和室に置かれている機械の説明をしようとしたが、「大丈夫です」とつつじが答えた。
「私がついて芹緒様に装着いたしますので美琴様はもうおやすみになっても大丈夫ですよ」
「……うん、そっか、ありがとう、おやすみなさい」
つつじの優しく気遣う声に芹緒は少し考えるそぶりを見せたが、結局はその好意に甘えてリビングを出て行った。
「お嬢様たちも明日は朝早いのでしょう? 寝る準備をいたしましょう」
つつじがそう言うと、その言葉で三人が動き出す。
歯磨きを済ませた芹緒と交代で洗面所に美琴が行き、その間に三人は手際良く布団を並べていく。
そして戻ってきた美琴が和室の布団で横になるとつつじはCPAPを美琴の顔にあて様子を窺った。
「あー息苦しさがないかも? おやすみなさい」
そう言って目を閉じた美琴は五分もしないうちに寝入った。CPAPも正常に稼働しているようだ。
「さつきしばらくよろしく」「はーい」
寝入る美琴をさつきに任せると、つつじとさくらは手早く風呂を済ませる。
そしてさくらは上下ジャージという動きやすい格好で戻ってくると、さつきと交代して美琴の近くに音もなく座り込んだ。
昨夜は芹緒の部屋の前にいたが、芹緒の体に睡眠時無呼吸症候群の症状があるというのなら話は別だ。
目を離したすきにお嬢様の息の根が止まっていましたとかシャレにならない。
昨晩は本当に幸運だった。
だがCPAPを取り付けたからと言って死の危険性はゼロにはならない。
なので元々芹緒が持っていたのとは違う、つつじが手配した特別製の機器を取り付けた美琴の様子をさくらはじっと見守る。
装着者の現状をリアルタイムで表示し、緊急時にはブザーも鳴る家庭用ではありえない高級品だ。
「何かあればすぐに起こして」「はい、おやすみなさい」
短い会話を交わすとつつじもすでに横になっているさくらの隣の布団に身体を横たえた。
(まだ二日目……)
平穏な時間が少なく感じられる。
まぶたをゆっくりと閉じるとすぐ眠りについたのだった。
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