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ヤサシイセカイ  作者: 神鳥葉月
第一章 交わる二人の世界

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第二十話 対決

 部屋を出るとリビングからつつじが出てきた。つつじは後ろ手にリビングのドアを閉めると


「お部屋どうでしたか?」


 と廊下に佇む芹緒に尋ねてきた。


「あ……えと……」


 心の準備が出来ていなかった芹緒は言葉がうまく出てこない。そんな芹緒の姿につつじは


「何か問題がありましたか?」


 と心配そうな表情で問いかけてきた。

 そんなつつじの表情を見て何も知らないようだと気付いた芹緒だが、つつじにも自分の反応で不審感を持たれてしまったようだ。


「よろしければお部屋で」


 そう言ってつつじは部屋の鍵を開けるよう促してくる。

 芹緒は観念してこくりと頷くと鍵を開けつつじを部屋に招き入れた。


「こちらの一存で片付けさせていただきましたが、何かありましたか?」


 つつじはそう言いながら部屋を見渡す。

 今日は全員で外に出ていた。つつじとは離れている時間もあったが美琴を置いてまでここに戻っては来ないだろう。


『知らないならシラを切り通す』


 そう決めた芹緒は笑顔を浮かべてつつじにお礼を述べた。


「ううん、あまりにも片付いていたのですぐには言葉が出なかったんです。ありがとうございます」


「ああ、よかったです」


 芹緒の言葉を疑うことなくつつじもほっとした様子で笑顔を浮かべる。


「片付けたことで空間に空きも出来たのでほら、ここに衣装タンスも置いてみました」


「え」


 そう言われて慌てて芹緒はつつじが指差す方向に目をやる。

 今まで二つの細長い本棚が並んでいた場所に、一つは今までの本棚が、もう一つは白い細長いタンスが確かに置かれていた。

 壁紙が白だから気付かなかった。


「美琴様の衣類はこれからはこちらに入れて、自分で選んでいただこうかと思いまして」


「あー……まあそうなりますよね」


 今日だけでもあれだけ購入したのだ、ただでさえ女性三人がリビングで生活しているのだから、芹緒の着る分くらいはここに置かなければ置き場所に困るだろう。


 衣装タンスは上側が観音開き、下側が四段の引き出しになっているものだった。

 試しに開けてみるが中にはまだ何も入ってなかった。


「こちらには芹緒様が選んだものを入れようかと。元に戻った時美琴様のは持って帰るかもしれませんし」


「……元に戻った時、ここに入れた衣類は? その時はサイズも何もかも合わないんですが」


「記念に取っておくというのは?」「見つかったらヤバいでしょう!? その時は処分してくださいお願いします」


 つつじの怖い台詞に芹緒はかぶせるように言う。


「すみません、からかってしまいました」


 笑うつつじに芹緒は大きなため息をつく。


「改めてありがとうございました。これで今夜からぐっすり寝れそうです」


 そう言って礼を述べる芹緒。

 つつじはそんな芹緒を軽く抱きしめると


「リビングに行きましょうか」


 と言うのだった。





 廊下に出るとチャイムが鳴った。リビングで少し話し声がしたかと思うとさつきが出てきた。


「荷物が届いたそうです」


 そう言って玄関を開ける。開いた隙間からは大量の荷物が見える。

 配達員数人が手際良く荷物を中に入れてくれたが、廊下は荷物だらけになってしまった。


「さくらは?」


「まだ納得してないよ、私も」


「まだなのね……」


「当たり前でしょ」


 不思議な言葉を交わしたあと、さくらがリビングから出てきた。

 さくらは不機嫌さを隠そうともしない顔で荷解きをするとつつじが開けていた芹緒の部屋の衣装タンスに荷物を入れていく。口を尖らせたさつきも黙ってそれに続く。


「……」


 二人の思いつめた態度に芹緒が少し怯えていると、つつじが大きくため息をついて芹緒に向き合った。


「芹緒様、お話があります」


 美琴ではなく芹緒と呼んだ。芹緒の身体が緊張で強張る。


「リビングへ行きましょうか」


 先ほどと同じ言葉なのに芹緒には重く響いた。






 リビングには芹緒の姿になった美琴が座っていた。さくらやさつきと違って不機嫌そうな雰囲気はない。


「あっ芹緒さん!」


 美琴はリビングに入ってきた芹緒に声をかけるとちょいちょいと手招きをする。

 その手招きに誘われて芹緒は美琴の対面の椅子に座る。その横に音もなくつつじが腰を落とす。


「本当は黙ってしようとしたんだけどさ」美琴の言葉はどこまでも明るかった。「さつきもさくらも芹緒さんに言わないのは卑怯だって」


「なんのこと?」


 芹緒の知る限り、この四人はふざけあっていても仲は良いと思う。だと言うのに先ほどのあの二人の態度。重苦しい何かがある。自分に言わなきゃいけないこととは何だろう……?


「単刀直入に言うね」美琴はなんでもないことのように言う。「脂肪吸引とか色々手術してくる」


「は?」


 そう言われた瞬間、先ほどまでのもやもやや葛藤は吹き飛んだ。



 言ってる言葉は飲み込めた。醜い体、それを少しでもまともにするために物理的に脂肪を取り除く。芹緒だってそれくらい考えたことはある。ただお金がなくて諦めた。でもだからって。


「お金はあるからさ、出来ることしようって」


「お金があるなら僕だってそうしたいとは思ってた、だけどそれを美琴さんがするのは違うでしょう!」


「まあまあまあ」


 大きな声が出て立ちあがろうとする芹緒に美琴は両手で抑えて抑えて、とジェスチャーをする。つつじもそんな芹緒を宥めるように肩を叩いてくるのでどうにかこうにか芹緒は椅子に座り直す。

 が。


「これは私のためでもあるの。脂肪減らして動きやすくなりたい。それに」美琴は続ける。「おちんちんをおっきくするも手術するよ」


「!?」


 あんまりといえばあんまりな宣言に、もう芹緒は声が出ない。つつじはそんな芹緒の肩をそっと抱き寄せるがそんなことは全く気にならない。


「せっかく男になったんならエッチなことしたいじゃない? 自分のおちんちん小さいって、これも芹緒さん言ってたことだよ」


 つい一年前に小学校を卒業したような女子中学生に指摘されてしまって芹緒は恥ずかしさのあまり身体を縮込ませるが、かえって太ももの間に何もないことを気付かせてしまう。


「せっかく男になったんだったら、えっちなこともしたいよね!」


「それは……元に戻ってもっといい男と入れ替わったときにすれば」「今回の入れ替わりってお互いの同意ないよね? だけど同意とって入れ替わったら私の身体どうなるのか……芹緒さんだから良かったものの」


 芹緒の反撃はすぐに撃ち返されてしまう。

 もっと見た目もいい男。そんな男が美琴の身体と入れ替わったとき、何をするか……。自分に自信のなかった芹緒ですら女体の誘惑に負けかけているのだ。自信のある男なら芹緒が思いついても到底行動出来ないようなことをやりかねない。

 そんな予感はある。


「そ、そもそもっ! 今美琴さんが苦労しなくてもいいじゃないか!」


「お父様は二ヶ月この生活を続けていれば元に戻るって言ってた。そんな短い期間ですごく痩せるなんて無理だと思う。昨日ジョギングしようとして走れなくてビックリしたよ?」


「美琴さんは……。本心を教えて。僕と入れ替わるより君が男体化出来れば一番いいんだよね」そんな芹緒の言葉につつじの身体が強張る。


「……芹緒さんに失礼な言い方かもしれないけど、そうかもね。私の力でそんなこと出来るかどうかはともかく。でもそれを言ったら芹緒さんだって私みたいなお金持ちだけど自分の好きなように出来ない私の身体になるより、関係ない可愛い女の子になりたかったんじゃない?」


「それは……」


 芹緒は言い淀んでしまう。

 入れ替わってまだたったの二日。だと言うのに芹緒は『女の子の身体での生活』と『九条美琴』としての身体のケアや周いの環境の変化に翻弄されっぱなしだった。

 美琴だって入れ替わったというのに、それほど大変という様子を見せていない。もちろん元々『九条美琴』としてメイドがいたり周囲にかしずかれる生活に慣れていたというのもあるだろうし、『男の体の生活』なんて女性としての生活と比べたら気にするようなことなんて何もないだろう。

 少なくとも芹緒は自分の醜い体を人に見られることを恐れこそすれ、適切な距離をとって人に紛れて普通の生活するのに何ら問題は感じなかった。

(程度こそあれど)食べるものの量を気にすることはなく、外を歩いても女性のように性的な視線を浴びるわけでも立ち居振る舞いを見られてもいない。

 何をするにも異性の性的な視線や同性の見比べるような視線は男性には皆無だ。


「……」「……」


 いつの間にか芹緒の後ろにはさつきやさくらが戻ってきていた。物音こそしなかったが二人の放つ重い空気で芹緒は気付いた。

 テーブルの対面に余裕そうな笑顔を浮かべながらどっしりと座る美琴。

 こちらには四人いるのに飲まれてしまいそうだ。

 芹緒が言い淀んだことで会話が止まる。


「美琴さんの身体になれたおかげで……」芹緒はそれでも言葉を紡ぐ。「来世を待たずに今世で女の子になれた。これだけは感謝してもしきれないよ。それにこんな僕のためにみんなが優しくしてくれる。大変なことがないって言ったらウソになるけど、それでも美琴さんになれて良かったよ」


「私もそうだよ芹緒さん」美琴は慈愛に満ちた目を芹緒に向ける。芹緒はそんな美琴の瞳から目が離せない。「自分の体のことがあったとはいえ、私をその場の雰囲気で襲わなかった。セックスが出来なくてもやりたいことは出来たはずなのに。それは芹緒さんの信念だよ」


 重苦しい空気に包まれていたリビングが少しあたたかい空気に包まれる。が。


「つつじもさつきも、私たちが元の姿に戻るためにはお互いの身体に飽きていないとダメだと思ってるみたいなの」


 そう美琴が爆弾を落とす。

 確かにつつじもさつきもそう考えていたし、そう会話を交わしていた。が美琴には言っていないはず。


「何かあれば『好きなこと好きなこと』って言ってたらそれくらい想像つくよ。なら私は私のしたいことをする。この体で後悔しないために」


「お嬢様」さつきが声を発する。「そのために芹緒様の体を傷つけ、自身すら傷つきかねない選択をすると?」


「うん」


 美琴の言葉はどこまでも明るい。


「二ヶ月後元に戻るって話と私が力を制御出来るって話はつながってない。下手したら今回が最後かもしれない。それなら今出来ることはしたいな」


「芹緒様」さつきは今度は話し相手を芹緒に変える。「芹緒様も肉体改造自体には賛成だと思いますが、今、美琴様が苦労してするものだと思いますか?」


「思ってない」


 芹緒の言葉は暗い。


「それは全部僕の責任で僕が担うべき苦労だ。美琴さんが背負うものじゃない」


「平行線だね」美琴はそう言うと肩をすくめる。「でも一日だって私はムダにしたくないの」そして言葉を続ける。


「もし私が大変な苦労するから反対だって言うなら私はそう思ってないから問題ない。芹緒さんが自分の責任だって言っても今この体は私のものなんだから、よくする権利や義務は私にあるはずだよ」


「それなら芹緒様は美琴様の身体を自由にしちゃいますけど……美琴様は気にしないんですよね」


「うん。もう私の身体は裸はもちろん、おトイレする感覚まで知られちゃってるし、隠すことないしなんなら裸の写真やビデオ撮ってもいいんだよ?」


「捕まるから。美琴さんのスマホに残しても捕まるから」


 美琴は無敵だ。美琴の身体は美琴の行動を縛る枷にはなりえない。


「結局」さくらが口を開く。「美琴様は外野の私たちが何を言っても聞いては下さらないでしょう。芹緒様。ご決断を」


「美琴さんはそれさえしたら僕の体に満足出来そうなんだね?」


「そうだね。痩せる、おちんちんおっきくする、えっちするがしたいことかな」あ、そうそう、と美琴は付け加える。「あとナンパも!」


「もう僕も遠慮しないよ? この身体で出来るえっちなことしちゃうよ?」


「処女なくすのは怒られるかもだけど、芹緒さんの意志が固ければそれも捨てていいよ!」


「美琴様……」


 三人のメイドたちががっくりする空気が漂う。


「捨てるかもしれないね?」芹緒は精一杯の虚勢を張る。無敵の美琴に効くのはこれくらいしかなさそうだ。正直効果は期待出来ないが。


 結局、中身を考えなければ芹緒の体の見栄えが良くなるだけなのだ。

 芹緒の自分自身の肉体への嫌悪も少しは紛れるのかもしれない、とつつじは考えていた。

 反対派だったさつきとさくらも、美琴と芹緒の会話を聞いて納得はせずとも諦めているだろう。

 芹緒が納得したのならつつじたちに言えることはもうない。


「それでいつから始めるの」


 芹緒の落ち着きを取り戻した言葉は


「明日」


 美琴の言葉にまた慌てふためくのだった。

 もちろんファッションショーなんて開催する空気にはならなかった。

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俺も女の子に体入れ替えられてエッチなことしていいって言われたい
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