第十九話 おといれふたたび
その後三人でスポーツ専門店や本屋などへ赴いた。
「私たちも好きなものを購入してもよいと旦那様から言われておりますので。これなら美琴様も気が楽でしょう?」
大荷物を軽々と抱えながら言うさくらに苦笑しながら頷く芹緒。
さくらが先ほど購入したランニングウェアやそれに伴うアイテムの金額は芹緒が見て驚くほどの値段だった。
それを四人分。
これからランニングすることになるんだろうなぁと芹緒は少し憂鬱になるが、今日ここまで一時間強歩き続けて特に疲れたという感覚はない。さすが現役中学生の身体だなと感心する。
ちなみにさつきが購入したのは十数冊の漫画だった。
「私は電子書籍ではなく紙派なので」
荷物を全てロッカーに預けた彼女たちは喫茶店で待ち合わせの時間まで時間をつぶすことにした。
「芹緒様たちは待ち合わせ時間ちょうどくらいみたいです」
つつじと連絡を取っていたさつきが運ばれてきていたポテトをつまみながらそう言う。
「買い物は女性の方が長いと聞きますが……芹緒様の買い物は大変ですね」
「あはは……そうだね」
さくらのしみじみとした物言いに芹緒は乾いた笑いを返すことしかできない。サイズの合う服が気軽に見つからないのは辛い。
「美琴様、今日はいかがでしたか?」
そんなさつきの問いに芹緒は大きなため息をはく。
「予想以上に大変だったよ……身体はそこまで疲れてないけど精神的に疲れたよ……」
「あー、はしゃぎすぎてすみません」さつきが色々と思い出しながら頭を下げる。「美琴様が可愛すぎてつい」てへぺろとばかりに舌を出すさつき。本来の自分の歳より半分くらいの女の子の仕草は可愛らしく感じる。
「普段の美琴様には出来ないことばかりでしたからね」
とさくらが余計な口を挟む。芹緒がジト目でさつきを見やるとさつきはそっぽを向く。
「服も買ったし下着も買ったし。しばらくはこういうことないよね?」
芹緒の念押しに「残念ながら」とさつきは首を横に振る。
「芹緒様とつつじが美琴様のファッションショーを楽しみにしているでしょうね」
「あー……」
逃れられない。
美琴のことだから下着姿でのアピールもしろと言いそうだ。絶対にお断りだが。見せるだけならともかく『女らしいポーズ』を『生まれついての女性』になんて見せられない。
「あー……」
うめき声を上げテーブルにぐにゃあと伸びてしまった芹緒を対面からさくらが身体を伸ばして抱え起こす。
「自室はあるのですし、楽しみもあるじゃないですか」
そう言ってさくらが芹緒にお楽しみの存在も思い出させる。先ほどショップで大量に購入したアレだ。
「まあ確かに」
芹緒はそう言って横に座るさつきに頭を下げる。
「ありがとうございます」
「もう美琴様ったらあ」
そんな芹緒を横から抱きしめるさつき。
「お礼は言わなくていいんですよ、喜んでくれれば」
「うん」
そして三人は他愛のないおしゃべりを始めたのだった。
「あ」
しばらくして芹緒は下半身から来る震えに気付いた。
これは……。
「トイレ行ってくるね」
女の子のトイレは早めに。今朝(というか夜)につつじに言われたことだ。
そう言って立ち上がった芹緒に合わせて向かいのさくらも立ち上がる。
「私も行きます」
「いってらっしゃい~」
廊下側に座っていたさつきが足をずらして芹緒が通れるようスペースを空ける。
芹緒はそこを通るとさくらと連れ立って店の外にあるトイレに向かった。
「美琴様!」
トイレに入る直前、さくらの小さくも通る声が芹緒の身体を縛った。
「こっちです」
さくらはそのまま動きの止まった芹緒の手を引いてトイレエリアの奥に進んでいく。
「あ……ごめんなさい」
さくらに手を引かれてピンク色の空間に足を踏み入れた芹緒は、先ほど入ろうとした場所が男子トイレであることに気付いた。
「気にしないでください」
さくらはそう言って笑いかけると個室しかない空間に進んでいく。
そして空いてる個室をみつけるとさくらはそのまま芹緒を引っ張り込んだ。
「!?!?」
いきなりで理解出来ない芹緒を尻目にさくらは後ろ手で鍵をかけると小声で芹緒に話しかけ始めた。
「美琴様はこういった場所に入るのは初めてだと思いますので」
「トイレの個室くらい入ったことあるよ!?」
「女子トイレの、実際使う個室は?」
「家のトイレと同じじゃ?」
「あの家のトイレでは練習出来ないことがありまして」
「……」
アレな動画で盗撮なモノを見たことはあるが、あれは和式だった。洋式の正しい使い方は知らない。知っていたとしても知ったかぶりは良くないだろう、たぶん。
「ご心配なく。使い方さえ教えたら出ますので」
そう言ってさくらはテキパキと手順を芹緒に伝える。
ひとつ、壁などに怪しい穴がないか必ず確認すること
ひとつ、便座に座る前に必ず除菌シートを使用すること
ひとつ、用を足す前に『音姫』を使用すること
ひとつ、……
「では失礼します」
そう言ってさくらが個室を出たあとすぐ芹緒は音姫を鳴らし決壊寸前だった膀胱を解放したのだった。
「お待たせ!」
日も落ちきった駐車場で三人は美琴とつつじと合流した。
美琴とつつじはすでに車に乗っていて、三人も後部座席に乗り込んでいく。
全員が乗り込んだことを確かめると車は音もなく走り出し始める。
「美琴ちゃんはいい買い物できた?」
助手席に座る美琴からの質問に、さつきから肩で合図された芹緒が応える。
「うん、服も下着もたくさん買ったよ」
「そっかー! じゃあ家に帰ったらファッションショーかな?」
「出来れば許してもらえると……」
「数着だけでも!」
「数着ならまあ……」
「楽しみー!!」
美琴が嬉しそうに声を上げるが、その声はおじさんの声だ。申し訳なさが込み上げてくる。
「夕食は外食にしましょう」そうつつじが告げる。「すでに店は予約しております」
「焼き肉だってさ」
そう言って振り返る美琴の姿、芹緒には醜く映る。
「楽しみだね」
芹緒はそう言って笑顔を浮かべる。笑顔を作る。
そんな芹緒の顔をつつじはバックミラーで黙って見つめていた。
「ただいまー!」
「おかえりなさーい」
美琴の声にさつきが返す。
暗い廊下に電気が点き明るさを取り戻す。
「荷物置いてくる」
そう言って芹緒はさつきが買ってくれたカードゲームの箱の入った袋を一つ持って自室の鍵を開け部屋に入る。
「……?」
真っ暗な室内に入って違和感を覚えた。その違和感は電気を点けることで現実となった。
「うわー……」
朝この部屋を出た時、中は物だらけだった。そこら中埃まみれで昨夜は咳き込むほどだった。
そんな部屋がきれいに片付けられていた。
物が減った様子はない。
ただ全ての物がいったんどかされ徹底的に掃除され、新品のベッドにシーツ、新品の棚に物が収められ、部屋の様相は一変していた。
つつじの手が入ったのだろう。
「!?」
そこで芹緒は思い出す。
見られて困るものがこの部屋になかったか?
「……あったね」
芹緒は三次元の女性をあまり好まない。が少しはそっち方面の本を持っている。それも人様にはとても言えない類の。
死蔵しているのだから捨てればいいのだが、芹緒に物は捨てられない。
おそるおそるソレがあったと思われる場所に目をやると……白い箱があった。
今の芹緒には届かない高い場所だ。
「……」
他の箱にはラベルが貼ってあり中身がわかるのに、その箱にはラベルがない。忘れたのではないのだろう、意図的にラベルがされていない。
仲良くなれた人に嫌われるのはとても精神的に疲労する。
そうでなくてもやきもきするだけで精神がすり減っていく。
芹緒は帰って来たときから墜落する心を感じる。
ここにいても何も解決しない。
芹緒はもう一つの袋を部屋に持ち込むと部屋を出て鍵をかけた。
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