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外の世界

お久しぶりです。

 びゅうう。


 車のドアが開いたとたん、強い風が吹き込んでくる。


「皆さんここで降りて下さい。私は車を停めてまいりますので」


 駅前の繁華街、道路の空いた一角に寄せて車が音もなく停止する。

 高級車の運転席でハンドルを握っていたつつじがそう言って降りるよう促す。


「お嬢様、お手を」


 先に降りたさくらが差し出した手を素直に握って芹緒は馴染みのある街に馴染みのない姿で足を踏み出した。

 その後ろからはさつきが、助手席からは美琴が姿を現す。

 四人が降りると車はすっと音もなく発進して行った。


 びゅうう。


 春一番が芹緒たちの間を吹き抜ける。

 風につられてひらひらと舞うワンピースの不安定な動きに、芹緒は空いた左手でスカートをつい押さえてしまう。


「お嬢様寒くないですか?」


 風がもたらす寒さに肩をすくませたさつきが芹緒の空いた側に立って声をかけてくる。


「少し寒いかも」


「うーん涼しい!」


 芹緒と美琴の言葉は正反対だった。


 芹緒が身に纏う服は季節に合わせたもので、風が強い今日には少し合わなかったかもしれない。

 これには芹緒を可愛く仕立てようと三人娘(さくら除く)が暴走した結果だ。

 もちろんその服を纏った自身の可愛さに見とれて異を唱えなかった芹緒にも非はある。


 一方美琴の格好は長袖のシャツ一枚にチノパンという格好である。

 いくら春が近いとはいえその姿は見るだけでこちらが寒く感じてしまう。


「お……芹緒様、本当に涼しいのですか?」


 さくらが労しそうに美琴に声をかける。だが美琴はそんなさくらの気持ちなど知らないとばかりに


「ぜーんぜん! この時期この格好で快適なんてすごいね! シャツ一枚で外に出るのなんて久しぶり!」


 そう言って胸を張る。


「いや、すごくないし。夏や汗かくとどれだけ酷いことになるか知ってるでしょ……?」


 芹緒の言葉にそれでも美琴は笑顔のままだ。


「汗かくの気持ちいいよ?」


「周りの人は嫌がるんだよ、デブが汗かいて息荒く近くにいるなんてさ……」


 芹緒は過去の自分を思い出し、段々語尾が小さくなる。


「すーぐやせちゃうから美琴ちゃんは心配しないで!……あ、そのことであとで相談があるんだけどいいかな?」


 美琴がふと思い出したように芹緒に問う。

 相談はいいけどその姿で小首を傾げるのは絶望的に似合わないので止めてほしい。


「ここでは話せないこと?」


「そうだね、往来で話す内容じゃないかな?」


「痩せること……なんだよね?」


 ジムにでも通うのだろうか? 苦労するのは美琴、お金を出すのは九条家。厚意のただ乗りに芹緒の胃が痛くなる。


「ここは寒いから早く中に入りましょう」


 歩道で話す芹緒と美琴を声で促して、さつきは目の前の建物の中に足早に入ってしまう。

 さくらも芹緒の手を引きながらそのあとに続いていく。

 美琴はその体型に合ったゆっくりとした歩調で後ろを歩くのだった。




「お待たせしました」


 連絡を取り、待ち合わせた場所に人垣の向こうからつつじが姿を現す。


「やはりお嬢様は目立ちますね」


 風で少し乱れた芹緒の金髪を整えながらつつじは言う。

 子ども扱いされているようで手をどけて欲しいが、今日は罰ゲーム。これくらいは耐えるしかない。


 芹緒は視線を上げて四人の姿を見やる。

 一番高いのは芹緒の姿をした美琴だ。ただ170cmはないので男性として特に高いわけでもない。

 あとはつつじ、さつき、さくら、美琴の姿をした芹緒の順に背並んでいる。

 つつじとさくらは美琴寄り、さくらと芹緒はあまり変わらない。

 寄り添って買い物をする場所を話す彼女たちを下から見上げる格好になる芹緒。これも今まで体験したことのない景色かもしれない。


「美琴ちゃんどうしたの?」


 特に誰を見るとはなしに見上げていたが、その視線に気付いた美琴が疑問を投げかける。


「つつじさ……とさつきと同じ視界はいかがですか?」


 芹緒が初めてなら美琴だって初めてだろう、そう思った芹緒は美琴に聞いてみる。


「ああー、そうだね、つつじさんとさつきさんの顔をまっすぐ見るのは確かに新鮮かも」


「確かにそうですね」


「お恥ずかしい限りですー」

 

 美琴の言葉に二人のメイドがそう応える。


「わた……僕は小柄だから背も高くなりそうにないんだよね」


「お嬢様は成長期ですからまだまだこれからですよ」

 

 分かりやすく肩をすくめる美琴にさくらがそう慰めの言葉をかける。


「さくらは美琴ちゃんより年上なのに背は同じくらいで胸は負けてるんだよね……」


 美琴はそう言って芹緒とさくらを見比べる。どこをとは言わないが。


「!?」


「こら!」


 素早い動きで美琴の視線から両腕で胸を隠すさくら。その顔は紅潮している。

 すかさず芹緒が美琴の頭にチョップを振り下ろす。


「自分の身体のことはともかく、他人の体について色々言わない!」


「うう、ごめんなさい」


「芹緒殿。今の姿ではただのセクハラです。あなたも今の自分の姿に自覚を持って下さい」


「早く移動しよ? 中年男一人に若い女性四人の集団は目立ちすぎるよ」


 自分の上げた声で周囲の注目を集めてしまい、その声の主の整った容貌に人々がさらに足を止めるかもしれないと感じた芹緒は、そう言ってこの場から早々に立ち去ることを提案したのだった。





 ビルを変えフロアを変え、まず芹緒の服を買うことになった。


「お嬢様、どんな服が好みとかありますか?」


「可愛い系やきれいめ、カジュアル系、大人っぽかったりあえて子どもっぽさを残したり。あえての地雷系もわたし的にはアリですよ」


「ファッションは地道な勉強だと思いますので、まずはこれかな?というのをいくつか選んで、周りに決めてもらうのもありだと思います」


「バニーガールでいいんじゃない?」


 ブティックに向かう道すがら、つつじ、さつき、さくらの問いに芹緒は唸る。


「このくらいの子がどんな服を着てるかなんて全く知らないよ、芹緒さんはあとで自分が後悔するので黙って下さい」


 美琴のボケにツッコミを入れるのを忘れない。


「どこか適当に入って、お嬢様くらいの女性が着る服がどんな感じか試してみますか?」


「ちなみに普段はどこで服を買うの?」


「基本的にはオーダーメイドですね」


「……」


 やはりお金持ちは違う。

 頭がクラクラした芹緒は、そこで重大な問題に気がついた。


「芹緒さん」


「バニーガール着る気になった?」


「芹緒さんの着れる服はここでは手に入らないかもしれません」


「それは男性向けの大きなサイズがないかも、ということですか?」


「ええ」


 つつじの問いに芹緒は惨めな気持ちになりながらも言葉を続ける。


「普段の芹緒さんは服の調達に苦労していました。……この近辺にそういう大きい人向けのお店があるかは知らないのですが」


「ないことはないんじゃないでしょうか」


「……それすらも入らないんですよ」


「つまり、芹緒様の服は別ルートで探さないといけないわけですね」


 つつじはそう言うと懐からスマホを取り出し、通話先の誰かと話し始める。


「オーダーメイドにしましょう。お嬢様は芹緒様の服について注文はありますか?」


 さつきが芹緒の後ろから抱きつきながら言う。頭の上にあごを乗せないでほしい。


「特にないです。着れればなんでもいいと思っていたので」


「美琴ちゃん、それはもったいないよ!」


 美琴が握り拳を作って芹緒に言う。


「男性だって、大きい体格だって、オシャレは出来るんだよ! 僕が証明してあげるね!」


「ええと、そんな僕にお金を使うのはもったいない……うぐ」


 芹緒の口をさつきが両手で押さえる。


「芹緒様は九条家のご客人。お嬢様はお嬢様。せっかくしばらく一緒に暮らすんでしたら気持ち良く生活しましょう」


 ね?と諭すようにひざを曲げ、芹緒の目を覗き込む。

 他の娘達も黙って頷いている。


「ぼ……わたしの考え間違ってるのかな」


「間違っているわけではないですよ」さつきは言う。「上手に甘えられないだけです」


「そうですね。甘え上手になりましょう」


「ええ。ほら、私のことは今日一日『さくらお姉さん』と呼んでみましょうか」


「さくらズルい!」


 どこに行っても姦しい。


「あの、あまり騒がないほうが……」


「どうして?」


 芹緒の言葉に美琴が疑問を投げかける。


「目立っちゃいそうだから……」


「皆さん特に気にしてる様子はありませんよ」


 つつじが見渡しながら言う。


「僕の姿見られたくないし……」


「なるほど、根深いですねえ」


 芹緒の吐いた言葉にさつきは芹緒を抱く力を強める。


「ではこうしませんか?」 さくらが提案する。 「お嬢様と芹緒様、別行動にしましょう」


「そうですね。そのほうが早いでしょう」 つつじが賛成する。 「お嬢様は芹緒様と別行動の方が精神衛生上よろしそうですしね」


「じゃあわたしはお嬢様と一緒で」 さつきが主張する。 「お嬢様とは趣味が合うし」


「さくらはお嬢様と一緒に行動して下さい」さくらは頷く。


「美琴ちゃん」 美琴は笑顔で芹緒の肩を叩く。 「楽しんでおいで」


「あ、あの!」 芹緒はたまらず美琴の手を掴んだ。 「……僕は大人なのにごめんね」


「何言ってるの、美琴ちゃん」 美琴の目は優しい。 「今日は美琴ちゃんが楽しむ日だよ。おじさんの体のことは気にせず楽しんでほしいな」


 そう言ってしゃがみ込んで目線を合わせる美琴。


「うん……ありがとう」


 芹緒はそう言って美琴に手を差し出す。とは言ってもこれは握手ではない。芹緒の体を知り尽くしているが上での行動だ。


「わっ」


 思った通り、しゃがみ込むのに適さない芹緒の体はぐらついてしまう。そこに芹緒の細い腕が伸び、ふらつく体を捕まえた。


「ひどい体……ってわあっ!?」


 芹緒の体を捕まえたはいいが、しょせん細い美琴の身。芹緒の体の引き込む力に負け、さつきの抱擁から抜け、そのまま体の上に倒れ込んでしまった。


「お嬢様!」


 すぐさまさくらが芹緒の小さな身体を抱き起こす。芹緒の体はつつじの奮闘によりなんとか起き上がった。


「芹緒さん……」 芹緒は改めて手を伸ばす。 「キモいデブ中年男、頑張って」


「美琴ちゃん」 美琴はその手をそっと握り込む。 「悪目立ちする特殊性癖の視線に負けないで」


 そして五人は二つのグループに別れた。

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