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お出掛け準備

久々の投稿です。

「これなんていかがですか?」


 朝食後。つつじが白いワンピースを小さな姿見の前に立っているパジャマ姿の芹緒にあてがいながら言う。

 姿見を見れば照れた表情でこちらを伺い見る長い金髪を持つ少女。そんな彼女には白のワンピースが驚くほど似合っている。ワンピースを持つつつじもそんな少女の姿に微笑ましいものを見たとばかりに笑顔を浮かべている。


 姿見はとりあえず、と芹緒が以前購入したものだがほとんど使うことはなかった。薄汚れていたような気がするが今目の前にある姿見は曇り一つなく輝いている。


「これは昨日のと同じですか…同じ?」


 鏡の向こうから椅子に座った美琴がじとっとした視線を向けてきたので慌てて言い直す。家の中くらい…とは思うがこれから外に出るのに気が抜けていてはいけない。罰ゲームは始まっているのだ。


「違いますよ。ほら、襟の形や胸元のここのアクセントが違うんですよ」


 さつきが抱えていた洗濯籠の中から白いワンピースを取り出し、姿見の前に立つ芹緒の横で広げて比べながら会話に加わる。指差した箇所を見てみれば、


「ああ…確かに。並べて見れば違いは分かり…分かるね」


 生まれてこの方自分が着るファッションに露ほども興味がなかった芹緒にとって異性の、それも中学生くらいのファッションなんて全く意識したことがないため、違いがわからないのも当然だ。

 芹緒が好むラノベやゲームに出てくる女子中学生キャラクターなんて、あまりにも記号化されすぎていてリアルで外出する服装ではないというのは理解(わか)っている。


「ズボンとかはないん…ないの?」


 なるほどとても可愛らしいワンピースだ。この体の本来の持ち主である少女にはとても似合いそうだと、芹緒ですら思う。

 ただ、これから着るのは芹緒だ。


 昨日はあれよあれよという間に話が進み、芹緒の意志が介入する暇がなかった。

 それに昨日はあの屋敷から車で家に来ている。車から降りた際少し衆目を集めたとは思うが、あのあとすぐ部屋に移動している。


 今日は違う。

 田舎とはいえそれなりの都市が近くにある。これからそこに買い物に行くという。移動手段は車だと聞いてはいるが、車を降りてからは大勢の人混みの中をこの金髪の美少女という注目を集めそうな姿で行動するのだ。しかも同じくらい注目を集めそうな三人の美しい女性と一緒に。

 今から落ち着かなくて冷や汗が出そうだ。

 そして芹緒姿の美琴。

 彼女の姿は取り囲む美女たちによってさらに醜悪に目立つだろう。嫌な汗とともに胃が痛くなる。

 今は自分自身ではないとはいえ、冷たい視線に晒されるというあり得る光景を外からでも見るのは辛い。

 正直買い物は彼女たちだけで行ってほしい。

 自分の醜い姿を見たくない、目立たせたくない。


 これが芹緒の嘘偽らざる本音だ。

 だがつつじやさつきは違う考えを持っている。


『芹緒様とお嬢様にこの2ヶ月間という期間で今の姿・性別に満足してもらう』。


 美琴が持つ『力』。今のところ彼女は自身の意志で自在に『力』を扱えるわけではない。そして『力』が精神と肉体どちらに備わっているのかも今のところ定かではない。


 彼女が打ち明けた驚きの秘密――彼女は男になりたかった――。

 そして芹緒が美琴に零してしまった秘密――来世女の子になりたい――。


 ある意味双方にとって都合の良いこの入れ替わり、精神を持つ美琴と肉体を持つ芹緒が『この入れ替わりはもういい』と思わなければ『力』は発動しないと、つつじとさつきは踏んでいるのだ。


 どちらかに未練が残れば『力』は発動しないかもしれない。


 だからこそ芹緒に全力で女の子として楽しんでほしい、そう願っているのだ。


 ……全力でお互いが異性の体を楽しんだ結果、元の体には戻りたくない、となった場合どうなるのか考えているのか。芹緒にはそんな疑問が残るところだが、九条社長が言った『2ヶ月』というタイムリミットも考慮しているのだろう。なんなら九条社長自らの指示の可能性すらある。そもそも芹緒には九条社長たちが言う『力』という存在が何一つ分からない。


「パンツはないの。お父様の方針でね。私の男勝りな性格を直したかったみたい。結果は見ての通りだけど」


 美琴が文字通り男の腕を持ち上げて言う。彼女もだいぶ地が出ているようだ。

 初めて会った夜、彼女からは女の身体を使った誘惑を仕掛けられたため女性という性を掌握している風に感じられたが、それも『男はこういうの好きでしょ、手っ取り早いでしょ』という醒めきった思考によるものなのかもしれない。


「スカートに早く慣れて下さいね」


 芹緒の言葉につつじがそう返す。


「オンナノコは色んな服があるのでオシャレもたくさん楽しめますよー」


 さつきがそんな言葉を残して洗濯機に向かう。これから洗濯するのだろう。そこで芹緒は違和感を覚えた。


「まだ家を出ないのなら服選びは早かったんじゃ……」


 そんな芹緒の言葉は


「まさか今のワンピースに決めた訳じゃないですよね?」


「まだまだお嬢様の衣装はあるんですよー?」


「肌の手入れもあるし、アクセサリーも決めなきゃだし、下着だって決めないとだし? 時間足りない位なんだよ、オンナノコっていうのはさ」


 つつじ、さつき、美琴が矢継ぎ早に繰り出した言葉の前に消えていった。




 そんな朝の喧騒から1人離れていたさくらは


「狭い部屋だと目が届くから案外楽かも……」


 と椅子にもたれつつ目を閉じゆったりと微睡んでいた。







「美琴さん可愛いじゃん」


 美琴が芹緒を頭の上からつま先まで眺めてそう感嘆する。


「今のお嬢様にはこういう甘めの服が良くお似合いです。とても可愛らしいですよ」


 芹緒の両肩をしっかりと抱きしめながら披露するつつじがうんうんと頷く。

 その力は見た目とは裏腹にそこそこあるようで、芹緒が逃げようともがいても身じろぎ一つ出来ない。


「女の子に慣れない美少女、初々しくて抱きしめたくなりますねー」


 芹緒が逃げたい理由、それはカメラを構えて情け容赦なくシャッターを切っていくさつき。


「新鮮なお嬢様の反応ですが、あまりいじめすぎないように……」


 さくらがふう、と息を吐いて先に外に出て行く。





 押し切られてしまった。


 今芹緒が着ているのは白いワンピースではなく、背中と首回りが同じくらい大きく開いた黒っぽい膝下まで広がるプリーツの入ったワンピースに、クリーム色の大きな襟と同じくクリーム色の二の腕を少し覆うくらいのパフスリーブがついたものだった。

 襟元には紐リボン、ウエストにはワンピースと同色の大きなリボンがあしらわれている。


 シックな感じがとても良い。

 それが芹緒がこのワンピースを見たときの第一印象だった。


 が、いざ着てみると色々と無防備過ぎて落ち着かない。

 足元はスカートだからわかっていたが、大きく開いた襟ぐりは思っていた以上に背中や胸元を露出させていたのだ。

 ブラの肩紐もぎりぎりで隠れていてそわそわしてしまう。

 袖も全然足りない。


 本当に女の子の服は女の子を可愛く見せるのが最重要視されているものだと変なところで感心してしまった。


 そうして姿見に映し出された芹緒の姿は、美琴たちに言われるまでもなく芹緒自身を魅了していた。


「バッグはこれで靴はこれかな」


 美琴が和室の荷物の山から器用に目当ての物を取り出し渡してくる。

 芹緒に手渡されたのは白いショルダーポーチと黒いショートブーツだった。


「男の時も思っていたけど、女の子のカバンって小さいな……ね。何が入るのこれ」


 女子中学生となった今ですら小さい。芹緒が受け取ったポーチを開けてみると中身は何も入っていなかった。


「お嬢様が今お召しになっている服にはポケットがありませんので、ティッシュやハンカチ、お財布やスマホですね」


 つつじにそう言われて芹緒は着ているワンピースのポケットがありそうな箇所に手を回してみたがなるほどどこにもポケットは見当たらなかった。


「お嬢様はまだお化粧をされていませんし余裕ですよ」


 つつじの言葉に


「なるほど……」


 芹緒は納得してしまった。


「あ、これも入れておいて下さいね」


 と美琴から小さなピンクの四角のポーチを手渡された。


「まだ()()()()()()()()()()()()()


 すぐにピンと来た。そしてくすくす笑っている芹緒姿の美琴の顔を極力見ないようにしてショルダーポーチにしまい込んだ。


 セクハラは男性から女性に、年上から年下に、というだけではないのだ。


「芹緒様、お嬢様にセクハラはおやめ下さい」


 つつじが注意をするが


「事実だし必要だし。大事なことだぞ」


 と開き直られてしまった。


「はあ……」


 芹緒はため息をつきつつその他必要なもの――ハンカチやティッシュを探す。


「お嬢様、そのハンカチはいけません。あまりにも似合いません」


 普段使っているハンカチを入れようとしてさつきに止められてしまった。そして手渡される手触りからして高級品と分かる可愛らしいハンカチと可愛いティッシュカバーに包まれたティッシュ。

 芹緒が持っているチラシ入りのティッシュと違うだろうことは聞くまでもないのだろう。


「ありがとう、さつきさ……さつき。あとは財布とスマホ……」


 口にして思い出す。

 入れ替わってから色々ありすぎて、自分の財布やスマホの存在を忘れていた。


「あ、はい」


「ありがとう、ってこれ美琴さんのだよね?」


 手渡されたそれを見て芹緒は思わず素に戻って声を上げる。

 ピンクのスマホに小さな折りたたみ式の財布だった。


「僕のは!?」


「いやほら、スマホの指紋認証は体に紐付けられているし」


「登録し直せばいい!」


「そっちのスマホは色々制限かかってて使いにくいし……」


「個人情報!!」


「まあまあ」


 美琴は芹緒の肩を抱いて部屋の隅に移動すると小声で話しかける。自分より大きな人間に絡まれて芹緒は思わず体をすくませてしまう。


「芹緒さんのこの大きな黒いスマホ、今の私には似合わないんだよね。その逆もそう。この体でピンクは、ね?」


「それは分かるけど……、そのスマホには色々他人に見せたくないものが……」


「この体で発散するためには必要な画像なの」


「!!!!」


 美琴のこの発言ですでに手遅れだったことに気付いてしまう芹緒。


「他言無用で……お願いします」


「もちろん。イラストとはいえ、つつじに知られるとヤバいね」


 がっくりと肩を落とす芹緒。ぽんぽんと肩を叩いて芹緒を慰める美琴。

 彼は様々な媒体で二次元画像を集めてはスマホに保存していたのだ。スマホのやり取りをする相手のいない芹緒だからこそ出来る業だった。

 本来女子中学生に見せるのは論外だが、ある意味美琴は成人男性でもある。保護者側としては複雑だが……。


「芹緒さん、私のスマホには面白みありませんがお財布は自由に使っていいですからね」


「いやいや……」


「それに」美琴は続けて言う。「私の身体は見放題なんですから!未成年の無修正なんて芹緒さんのスマホにもないはずですよ」


「あってたまるか!」






「どうしましょうかね……」


 部屋の片隅でひそひそ話をする二人の背中を見てつつじが大きな大きなため息をつく。


「聞こえてますねぇ」


 さつきが手を合わせながら笑顔で言う。


「止めたいところですが……止めないほうがいいんでしょうね」


「女の子が女の子のイラスト見るだけ、女の子が自分の体を見るだけですしー」


 さつきがニコニコしながら言う。


「未成年がアダルトイラストを見る、中年男性が女子中学生の裸を見る、と言い換えるともう……」


 それに対してつつじは頭を抱えてしまう。


「まだですか?」


 玄関からそんなさくらの声が聞こえてきて、まずは出掛けるのが先とばかりに四人はそそくさと準備を再開したのだった。

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