第十三話 罰ゲームと入れ替わり
朝日が差し込む和室。
こたつテーブルを囲む四人の女性と一人の巨漢男性。
そのこたつテーブルにはトーストや大きなサラダボウルに入った色鮮やかなサラダ、スクランブルエッグや目玉焼き、ソーセージ等が所狭しと並べられた。
マグカップはテーブルに乗り切らないので畳に直置きだが仕方ない。
「「「「「いただきます」」」」」
五人は手を合わせると早速朝食を食べ始める。
「美琴ちゃん、ちゃんと食べないとダメだよ。昨日も全然食べてないし。育ち盛りなんだからね」
紺色のスウェットを着た『芹緒』がトーストにぱくつきながらパステルグリーンのパジャマを着た『美琴』に言う。
「は、はい」
『美琴』はトーストにはむついていたが、声をかけられて慌てて返事をする。
「お嬢様、もっと明るく元気良く返事しましょう」
白いパジャマを着たさつきが隣に座る『美琴』の頭を撫でながら優しく諭す。
「……」
頭を撫でられた『美琴』は顔を赤くして俯いてしまう。
「お嬢様、返事は?」
向かいに座る紫色のパジャマを着たつつじが返事をしない『美琴』を笑顔で窘める。
「はい!」
『美琴』はしゃん!と背筋を伸ばして大きな声で返事する。
あまりの声の大きさにみんなが笑う。
「もっとお嬢様らしくしてくださらないと困りますよ、可愛いお・じょ・う・さ・ま」
ピンクのパジャマを着たさくらが『美琴』の頬をつんつんつつきながら可笑しそうに笑う。
「やめて下さい、さくらさんっ」
「『やめてさくら』、でしょう」
さくらのつつきが止まらない。
「いや、これもう止めませんか?」
『美琴』が助けてくれ、とばかりに情けない声を上げる。何故かその言葉は丁寧だ。
が『芹緒』は首を横に振る。
「ダメです。今日は外に出るんですよ、芹緒さん。誰に会うとも限りませんからちゃんと私に成りきって下さい」
『芹緒』がそう『美琴』に告げる。
「それに罰ゲーム。さっき決めたばかりです」
「う……」
「難しいことじゃないですし、芹緒さんも『おーけー』、言いましたよね?」
満面の笑みをたたえる『芹緒』。
「すごく恥ずかしいんだよぉ……。こんな扱いされている自分見るの辛くない?」
と『美琴』は困った顔で言うが、
「今は私ではありませんし。それにさつきたちがとても楽しそうで。普段可愛がられてない芹緒さん可愛いです」
『芹緒』は楽しそうに言う。
「今日一日ですから。頑張りましょう!」
『芹緒さんは今日一日、私たちに可愛がられて下さい。これが罰ゲームです』
『……確かに僕の精神にはクるね。罰ゲームなんだよね? ならわかった』
芹緒は頷いた。
危うく美琴の命を奪いかねなかったのだ。
自分が可愛がられる位我慢できる。
と。
美琴はさらに言葉を続けた。
『それと今日からお互いの呼び方呼ばれ方を見た目に合わせましょう。そうしないと他の人に不信感を抱かれますから』
『え゛』
『ちゃんとつつじたちの扱いも私に合わせて下さいね』
『重なるのはキツい……!』
つまり、自分を男性だと知っている美琴たちの前で女の子を演じなければならない。
最初に言われた罰ゲームは芹緒は受け身だ。
元々ここまで振り回されていることもあって罰ゲームとは言えない、緩いものだと感じていた。
だがこれは違う。
芹緒自ら『美琴』を、十三才の少女を演じなければならない。
しかも隠れてやるわけではなく、それを知ってて見る人が四人もいる。
さらに追い打ちなのは、『今日から』。
つまり元に戻るまで終わりはない……?
―――
――
―
『罰ゲームですし。可愛がられるだけですから。では十三才の可愛い女の子の美琴ちゃん。―――これからよろしく』
一方的に差し出される丸々とした手。
力なく伸ばされた小さな手。
二つの手はしっかりと握手したのだった。
芹緒は泣いていた。
心の中で泣いていた。
女性陣は手の平を返したかのように芹緒を『美琴』扱いしてくる。
そして明らかに過剰に可愛がってくる。
君たち美琴さんにそんな扱いしてなかっただろ、と言いたくなるくらいスキンシップをしてくる。
今朝の芹緒の席はさつきの真横だった。
昨晩はさくら以外がこたつテーブルで、さくらは一人、ダイニングテーブルで晩ご飯を取っていた。
小柄な『美琴』のボディ、確かに全員で座るなら『美琴』が誰かと座るのが良いのは理屈では分かる。
が、心情的にはそうもいかない。
今までの人生でこんなに女性に近付かれるのは記憶のある限り一昨日と昨日と今日だけだ。
つまり美琴と出会ってからだ。
開き直れればいいのだが、どうしても出来ない。
その結果心の中で泣くのだ。しくしくと。
さつきが芹緒の右隣にぴったりくっついているので、さつきの身体に当たらないように右手を動かすのも一苦労だ。
そうして脇を締めて手を動かすと自分の胸に当たってしまう。それでも他人の身体にぶつかるよりかはマシだろう。内心芹緒はため息をつく。
食欲はだいぶある。
やはり昨晩ほとんど食べてなかったためだろう。
と、目の前にサラダを取り分けた小皿が置かれた。美琴だ。
「芹緒さん、ありがとうございます」
美琴になりきってお礼を言う。
美琴は「いえいえ」と言いつつ、じっと芹緒を見てくる。
「?」
よく分からないがサラダを食べろ、ということだろうと考え、ドレッシングをかけると食べ始める。
美琴の口は小さく、大きく開けるのははしたないというのは芹緒も理解しているため、少しずつ食べ進めていく。
よく噛むと野菜本来の甘味が出てくる、そんな野菜だった。普段芹緒は大口で放り込むように食べ、ドレッシングの味付けで食べていたため、新鮮な感じがした。
「お野菜美味しいですね」
芹緒がそう言うと、今まで芹緒を見つめていた美琴はがっくりと肩を落としたようにため息をついた。
「どうしましたか?」
「美琴ちゃん、野菜美味しいの?」
芹緒の疑問に美琴も疑問で返してくる。
周りを見ると三人とも苦笑している。なるほど。
「芹緒さんはお野菜苦手なんですね」
「そうだよっ。味覚も身体準拠じゃないの? コーヒー苦いって美琴ちゃん言ってたよね?」
「芹緒様もサラダを食べてみては? 美味しければ良いじゃないですか」
そう言ってつつじがサラダを取り分け美琴の前に置く。
サラダをじっと見つめる美琴。
「私があーんして上げましょうか?」
さつきがそう言ってドレッシングをかけたサラダを一口分取ると美琴の口の前まで持って行く。
「はいあーん」
「自分で食べるから……」
「はいあーん」
甘やかす時のさつきは強い。芹緒は身を持って知っている。
やがて美琴が折れた。観念したように口を開ける。
「はい、どうぞ」
美琴が神妙な顔で口を動かす。すると、
「悪くないかも……」
素の美琴が出た。
つつじが言う。
「味覚は身体準拠なのでしょう。つまり今までのお嬢様は食わず嫌い、先入観があったということかと」
「なるほど……」
美琴が頷く。もう自分でサラダを食べている。
「お嬢様の精神も身体も野菜を克服出来たのは良いことですね」
さくらがソーセージを頬張りながらうんうんと頷く。
「あの」
芹緒がおそるおそる小さく右手を上げる。
「どうしましたか?」
つつじが尋ねると芹緒は困ったように
「わた、私、どれくらい食べていいんだろう?」
「もっと食べたいけど、お嬢様の身体でいつも通りはどうなのか? ということですね?」
つつじが再確認すると芹緒はこくりと頷く。つつじはそんな芹緒に笑いかける。
「食事は気にせず食べて下さいな。おやつをたくさん食べるのはさすがに止めますが、三食しっかり食べて、しっかり運動すれば問題ありません。お嬢様が苦手だった野菜もしっかり食べていただけましたし」
「じゃあトーストにスクランブルエッグとソーセージ挟んで食べようかな」
芹緒が少し欲を出す。
「ではサンドして小さく切りますね」
つつじは手際良く芹緒の注文の品を作って芹緒の前に皿を置いた。
「ありがとう」
普段なら切らずにそのままかぶりつくところだが、先ほども述べたように美琴の口は小さい。そして―――
「うそ……?」
一切れを食べ終えた芹緒の手が二切目に進まない。
「まだそんなに食べてないよ……?」
「いや」美琴が芹緒を横目に手を伸ばしてかぶりつく。
「美味しい! て言うか女子中学生の胃袋なんてそんなものですよ。というか私から見てすごく食べてました。食べた分がお腹に行きませんように」
「そういう美琴さんは僕基準でまだまだ入るよ」
「さすがにたくさん食べる行為が純粋に怖いのと、この体はカロリーを減らす必要があるのでほどほどにします。お腹すいたらその時はその時です」
「若いのに偉いなぁ……」
芹緒が自身の生活全般を思い返して唸っていると、
「人と接することとおしゃれを楽しむことを考えると、やはり理想のボディというのはありますね」
「お嬢様は体型を気にして人に会わない、会わないから体型気にしなくなる、という悪循環があったんじゃないかなぁ。私も身につまされる話です」
つつじとさつきが言う。
「まずは毎日しっかりと過ごしましょう。大丈夫ですお嬢様。私たちがついております。健康的な生活を身体に教え込みますよ」
「ほどほどでお願いしま……お願い」
そう言って膨れたお腹をさすりながら芹緒は頭を無にして言うのだった。
定期的に書けてなくてすみません。
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こんなシチュエーション見たいなども聞かせていただければ検討します(書けるかどうかはお約束出来ませんが……)。
このあとは
・お買い物に行くまで
・芹緒ファッションショー
の予定です。
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