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チイサナカラダ

「お嬢様、あまり芹緒様をからかいすぎてはいけませんよ」


 芹緒が自室に引っ込むとさっそくつつじの注意が飛ぶ。


「セクハラというのは男性から女性だけ、ではありませんからね。さつきも聞いてますか」


「はーい」


 美琴が拗ねたような声で布団にうつ伏せに寝転ぶ。仕草や言葉は可愛らしくても、見た目はデブの中年男性なので、キツいものがある。

芹緒様の女性仕草の教育と同様にお嬢様の女性仕草の矯正も必要なのかもしれない。



「あのさ」


 美琴が顔を上げて三人を手招きで呼ぶ。

 三人が近寄ると、美琴は声をトーンを落として尋ねる。


「芹緒さんがおじさんなのも太ってるのも分かるんだけど、この見た目ってそんなにダメ? ……私痩せたらステキだと思うんだけどどう思う? 率直に言って」


「そういうのは個人の趣味の問題もありますが……。私自身だと、実はそこまで気になりません。見た目はもちろん大事ですが、芹緒様が痩せたらいい感じだと思います」


 つつじは芹緒の体を見てそう言う。


「私は今のままでもいいかもです。男性オタクって痩せても太っても極端ですから。今日一日一緒に過ごしてて芹緒様の体気になりませんでした。痩せてモテるくらいならこのままでもいいのかもしれません」


 さつきは謎目線だ。


「さつき、芹緒様のこと」


「ううん、好きとかじゃなくて。ただあんなに可愛い性格だからもっと甘やかしたいなぁって」


 つつじの問いにやはり明後日な回答をする。


「私は……正直苦手です」


 さくらが唯一この場で異を唱える。


「お嬢様すみません」


 頭を下げるさくらに、美琴は首を横に振る。


「芹緒さんが人の視線を恐れているのは事実だし、今まで芹緒さんはそう言った声しか聞こえていなかったのかもね」


「人は外見ではありません。芹緒殿にはある程度敬意はありますよ」


「それでいいんですよ。人それぞれですから」


 さくらが言葉を付け足し、つつじが肯定する。


「みんなありがとね。私明日から頑張って痩せるよ!」


「無理だけはしないで下さいね。痛い思いをするのはお嬢様なんですから……ではお嬢様、おやすみなさい。すみませんがここから出ないようにお願いします」


 そう言って三人は立ち上がり、つつじは和室の襖を閉めようとする。と


「トイレくらいはいいよね?」


 少し焦った様子の美琴が言う。


「ええもちろん。その姿でお漏らしだけは止めて下さいね。さすがにそれはフォロー出来ません」













 深夜。

 シン、と静まり返った廊下。

 ダイニングから冷蔵庫のブーンという音だけが聞こえてくる。

 いや、和室から襖を越えていびきも聞こえてくる。


(まああの体ではいびきをかくのは当然ですね)


 さくらは芹緒の部屋のドアの隣で正座をしながら音を聞き、思考を巡らせる。


(芹緒殿は特に動きはなし……と)


 今まで全く女性に縁がなかった中年男性が若い女の身体を手に入れた。


 さくらも芹緒の性格を今日一日一緒に過ごすことである程度は理解したつもりだ。


 小心者で年下の女性にすら敬語。


 悪い人物ではないのはわかった。だけれどもそれでも男性は男性。何かしないはずがない。

 そうさくらは思っている。


 ただ美琴が「私の身体お好きにどうぞ」と言い放ち、「私も芹緒さんの体好きにするから」と言われては、ある程度は許容するしかない。

 完全に止めるには拘束しなければならない。流石にそれは出来ない。

 お互いがお互いの身体をどうしようと勝手、というわけだ。

 だからさくらはただ、美琴の操を守る。それだけだ。



 さくらは芹緒が寝る間際の言動を知らない。



 あまりに大きい声や音が聞こえてきたら注意しよう。

 何も聞こえない芹緒の自室のドアの横でただ構えていた。







 目が覚めてしまった。


「けほっ」


 芹緒の自室は美琴の身体にとって埃だらけなのだろう、芹緒は咳き込みながら身体を起こした。


 空気清浄機はあることにはあるが、あいにく美琴が寝ている和室に置いてある。

 確かに芹緒は今九条美琴という少女の身体に入っている。

 一番大事にすべき肉体だ。

 普段の遠慮癖はどうやら悪い方向へ作用してしまったようだ。


 水を飲もうと芹緒は自室のドアをそっと引き開いた。


「芹緒殿。どうしましたか?」


 ドアの向こうは廊下。そこには本当にさくらがこちらに背を向けて座っていて、振り向いて小声で話し掛けてきた。


「喉が渇いてしまって水でも飲もうかと……」


 芹緒も小声で応える。


「何か持ってきましょう」


 そう言ってさくらが立ち上がる。


「流石にそれくらいは出来ますよ」


 芹緒は言うが


「ダイニングではつつじとさつきが寝ています。彼女たちを起こさないためにお任せ下さい」


 そう言ってダイニングへのドアを開け、真っ暗な部屋に入っていく。

 確かに電気を点けると二人を起こしてしまうかもしれない。

 それは芹緒の本意ではない。

 ただ、


(人と一緒にいるんだなぁ……)


 と変な感慨を受けてしまった。

 独り暮らし生活早二十数年。

 実家に帰省した時くらいしか人との暮らしを感じない芹緒にはあまりにも違和感を覚えるものだった。


「お待たせしました」


 音もなくさくらが戻ってきた。


「ありがとう」お礼を言ってコップを受け取る。それには白い液体が注がれていた。


「牛乳?」


「はい。これしかなくて……というのは芹緒殿に失礼ですね、すみません」


 芹緒は冷蔵庫の中身を思い出す。

 ……お茶とオレンジジュース、牛乳しかなかった気がする。

 温かいものならもう少しあるが、ダイニングは使えない。

 水で良かったのだが、水を持って来なかったことを考えると、おそらく水道水を美琴に飲ませたくないのだろう。

 お茶はカフェインが入っていて目が覚めてしまうだろうし、ジュースは宜しくない。

 牛乳もどうかとは思うが、困ったさくらの苦渋の選択だろう。


 さくらはまだ成人していないだろう。車を運転していたつつじやさつきに比べてまだ幼い気がする。

 まあ芹緒は見ただけで年齢の予想がつくほど女性を見てはいないのだが。


 三人の中では美琴を一番大事にしているように感じる。


「色々試行錯誤しないとですね……あれ?」


 カップにそっと口を付け牛乳を飲んでみたが思ったほど冷たくない。


「少しだけ温めました」


 そう言って両の手の平を見せて笑う。


「ありがとう」


 こういう優しさに芹緒は弱い。

 微笑みながら牛乳を飲み干した。








「無理しないでね」


 そう言って芹緒が部屋に戻る。

 さくらはカップをそっとシンクに置き、再び廊下の同じ場所に座りながら


(良いものを見た)


 と一人頷いていた。



 美琴が見せる笑顔とはまた違う趣の笑顔だった。

 中身が中年男性ということは差し置いて、素直に可愛らしい、と感じた。

 さつきが可愛がるのも理解出来た。


(お嬢様と入れ替わったのが芹緒殿で良かった)










 朝。


「さくら、おはよう」


「おはようつつじ」


「お疲れ様。もう寝ても大丈夫ですよ」


「お言葉に甘えます」


 つつじと朝の挨拶を交わしたさくらは眠そうな顔を見せずにつつじの布団に潜り込むと、すっと眠りについた。


「ん?」

 

 シンクに目をやると洗っていないコップが一つ置いてあることに気が付いた。

 昨晩のうちに出ていた洗い物は全部片付けておいたはずなので、これは夜のうちに誰かが使ったのだろう。


「夜喉が渇くこともありますし、私たちの布団の敷き方ももう少し考えねばなりませんね」


 ぐががが


 和室から大きなイビキが聞こえてくる。


 これは指摘しないほうがいいだろう。

 本人が気付いているならともかく、わざわざ言うまでもあるまい。元の体の持ち主はとっくに知っていることだろう。



「朝食は……さすがに道具も材料も何もないのではどうしようもないですね」


 昨夜の夕食は美琴が普段食べているものを中心に作らせた。芹緒は昨晩あまり食欲がなかったようでほとんど手をつけていなかったが、嫌いなものがある素振りを見せなかった。

 朝はトーストやスクランブルエッグ、サラダといった軽いもので良いだろう。


「……」


 念のために量は多めにする。

 美琴の身体は成長期だし、芹緒の体はいくらでも入りそうだ。


 つつじは昨夜と同じ番号に電話する。


「……はい、一時間後にお願いします」


 電話を切ると洗面所に向かう。

 と。


「?」


 芹緒の自室のドアが小さく開いていることに気付いた。

 そしてドアの隙間からつつじを見る目にも。


「!?」


 悲鳴を出しかけてつつじは慌てて口をつぐむ。

 驚いただけでさくらたちを起こすのは忍びない。


「つつじ……さん?」


 心細そうな小さな声で名を呼ばれる。

 ドアがゆっくり内側に開く。


「はい、私はつつじです、どうしまし……た……」


 問う声が小さくなる。

 聞かなくても分かった。

 一目瞭然だ。


 ドアの向こうには濡れた股間を押さえて顔を真っ赤にした芹緒の姿があったのだから。

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