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三人ぐらし初日 最初の晩餐

 アパートへ帰ると、七海もすでに戻ってきていた。

 制服エプロン姿の女子高生に出迎えられるという奇跡。

 しかし、それに喜んでばかりもいられない。


 今朝の七海の態度はどこか不自然だったし、今晩は強引に予定を変えてしまったので、気を悪くしているかもしれない。主に古井河のせいだが、それに乗った僕も同罪だろう。


 ところが、七海は意外にも上機嫌だった。


「おかえりなさい副店長」


「ただいま」


「今日は見送りも出迎えもあたしでしたね」


「そうだね」


「これはもう新婚と言えちゃうのでは」


「気が早すぎるんじゃないかな」


「お帰りなさいのキスとか要りませんか?」


「ずいぶん浮かれてるね」


「冷蔵庫の余り食材をきれいに使い切れたので」


「え? それは気持ちが上向く理由になるのかい」


「はい、テ〇リスでブロック全消しできたみたいな快感です」


「今どきの女子高生でもテト〇スは知ってるのか」


「それより副店長、律儀りちぎにお肉買ってきたんですね」


 七海は右手のエコバッグを指さした。


「ん? ああ、古井河に頼まれてね。あれ実はメッセージのあとで、彼女から直接、買ってこいって電話がかかってきたんだよ」


「そんなことはわかってます。そうじゃなくって……」


 七海は乱暴にエコバッグをひったくった。


「遅くなりますって連絡したの、予定があったからじゃないんですよ。気を利かせたんです、副店長とセンセが二人っきりになれるように」


「そういうことはしなくていいんだよ」


「この三人ぐらしって、それが目的じゃないんですか?」


「目的?」


「あたしをダシにして、センセとお近づきになろうとしたんでしょ」


 問い詰めるような口調だが、七海の表情はむしろ面白がっているようだ。

『連中の世界は恋愛を中心に回っている』という榊原の極論を思い出す。


「やっぱりそう考えるか。まあ、無理もない」


「違うんですか」


「下心が全くないとは言わないよ。でも、それはいくつもある理由のうちのひとつにすぎない」


「いくつもある理由……、まさか、あたしのことも狙ってるとか……?」


 七海は両腕で自分を抱くようなポーズを取って僕から遠ざかる。


「いいや?」


「反応がフラットすぎて腹立つ……」


 七海はポーズを解く。が、ニヤリと再び笑みを作って、


「でも、本当にセンセとあんなことやこんなことをしたくなったら、言ってくださいね、協力しますから」


「……仮に、あんなことやこんなことをしたくなったときは、水渡さんの知らないところで黙って実行するよ。女子高生はあまり気にしないように」


「わぁ、男らしい。頑張ってくださいね」


「ありがとう。あと、このやり取りは古井河には話さないでおくれよ」


「なんでですか」


「気まずいからに決まっているだろう」


「センセだってまんざらじゃないと思いますけど。じゃなきゃいくら元同級生だからって、男性の部屋に泊まったりしませんよ」


「いや、古井河は……」


 彼女がこの三人ぐらしを受け入れたのは、僕と同じように、いくつかの理由を総合した結果だろう。その中で最も大きな理由は、おそらく、七海の身を案じたからだ。元教え子の女子高生を、元同級生の独身男に預けるなど、彼女の教師としての責任感が許さなかったのだろう。


「センセがなんですか?」


「いや、言い出しっぺのくせに帰りが遅いなと思ってね」


「話をごまかすの下手ですね」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 自分の帰りが一番遅かったことを知った古井河は、あわててジャージに着替えてエプロンをかけ、台所に立った。


 フライパンでステーキ肉を調理する手際は見事のひとことだった。塩やコショウを振る動きだけで手馴れていることがわかる。目の前でフランベをしているところなど初めて見た。


 七海も興味があるのか、古井河のすぐ隣で手元をのぞき込んでいる。


「すごいセンセ、焼き加減とかいい感じ」


「水渡さんこそおかずを用意してくれて助かったわ」


「ジャガイモがソラニンしてたから、無事なところ使ってポテトサラダにしただけだし」


「面目ない」


 僕は苦笑する。一人暮らしだとたまに気合を入れて自炊をしても、すぐに外食に戻ってしまい、結局いつも食材を余らせてしまうのだ。


「……ん、おいしい。これウチの店の総菜よりおいしいよ」


 大皿に盛られたポテトサラダを味見する。白いポテトの中に黄色いコーンや緑のキュウリ、赤いベーコンなども入って具だくさんである。味付けもマヨネーズが強めで僕の好みだった。


「長谷川君、行儀悪いわよ」


「副店長、マナー違反ですよ」


「申し訳ない」


 女性陣にそろって注意されて、静かに着席する。


「……ごはん入れようか?」


 手持無沙汰てもちぶさただったのでそう尋ねるが、


「家主はふんぞり返っててちょうだい」


「そうですよ、副店長は肉を買ってきた時点でお役御免やくごめんですから」


 女性陣にそろってそう言われては、おとなしく座っているしかない。


 実家にいたころの食卓を思い返す。

 母が専業主婦だったこともあり、父はまったく家事をしない男だった。

 そんな両親の関係を、当時の僕は夫婦というより主人と召使いのようだと否定的に感じ、自分はあんな大人にはなるまいと、簡単な家事は進んで行うようにしていた。実に短絡的たんらくてきで、視野が狭かったと思う。思春期特有の潔癖けっぺきさや、父親への反感などもあったのだろう。


 そんな経験は昔のこととして笑い飛ばせるようになったものの、自分だけが何もせず周囲に働かせているという状態は、いまだに不得意なままだ。


 居心地の悪い待ち時間をテレビで紛らわせているうちに、ようやく料理が出そろう。

 メインディッシュのぶ厚いステーキは焼き色と赤みのバランスが程よく、したたる肉汁が食欲をそそる。添え物にはカラフルなポテトサラダと、コンソメだか何だかの具のないスープ。古井河の席にだけ焼酎の小瓶が置かれていた。


「ステーキに焼酎?」


「意外と合うのよ」


「そう」



 酒と料理の相性など僕にはよくわからない。ただ、古井河がアルコールに強いらしいことはここ数日で理解していた。


「これぞごちそう、って感じですけど、お皿のサイズとかデザインがバラバラなのが惜しまれますね」


 家事に関しては凝り性らしい七海が、ステーキ皿のふちを指でなぞりながら、残念そうにつぶやいた。


「独身男性のところに3人分の食器を期待しないでおくれ」


「でも……」


 七海はまだ何か言いたそうにしていたが、


「じゃあ長谷川君、何かしゃべって」


 という古井河の無茶振りによってさえぎられる。


「何かって何を」


「スピーチですよスピーチ」


 話を妨げられたはずの七海も、面白がって先をうながしている。


 仮にも副店長という立場なので、人前で話す機会は多いのだが、それはあくまで仕事上でのこと。パーティめいたこの場で小粋なジョークを飛ばせるような人間ではない。あれやこれやと考えてみても、女子高生ウケする話題は出てこなかった。


「あくまで夏休みだけという、限られた期間だけど、お互いを思いやって、おだやかに過ごしていこう」


 短く言って麦茶入りのグラスを掲げてみるが、七海と古井河の反応はない。二人は無表情で顔を見合わせた。


「ありゃ……、何その反応」


 おかしなことは言っていないはずだ。むしろ当たり障りのない、つまらないとさげすまれそうな、ありきたりで毒にも薬にもならない、中身のない内容だったとさえ自認しているのだが。


「だって、ねえ?」と古井河。


「おだやかとかマジウケますよ」と七海。


 二人は顔を見合わせながら、今度は小馬鹿にしたような表情を浮かべていた。


「大人の色香あふれる女教師と、若さはじける女子高生を、そろって自分のアパートへ誘っておいて、おだやかはないでしょう、ねえ?」


「センセの言い方は卑猥ヒワイですけど、つまりそういうことです。言ってることとやってることがまるっきり逆で、ちゃんちゃらおかしいです」


 女教師と女子高生にそろって指摘されてはぐうの音も出なかった。確かにこの状況は、観覧車にむりやり連れ込んだあとで、高所恐怖症なら申し出てくれと言っているようなものだ。


 あの誘いは僕の人生においてもトップクラスに積極的な行動だった。

 だが、そのあとにおとずれる三人での暮らしを、波乱万丈で騒々しいものにしたいと思っているかといえば、そんなことはないと断言できる。変化のない日常に少しばかりの彩りが加わってくれればいい。その程度の気持ちだった。


 あのときは完全に勢いで口走っていたのだ。

 それを改めて自覚すると、こっ恥ずかしさに顔が熱くなる。


「……せっかくの肉が硬くなるから早く食べよう。いただきます」


 強引に食事を始めると、向かいの席の女性陣はくすくす笑いながらも「いただきます」と声をそろえた。

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