自己評価
女子高生とその担任を同居人にしてから、およそひと月が過ぎ――
僕の中にある種の欲求が発生していた。
三人ぐらしのことを誰かにしゃべりたい、という願望だ。
決してこの生活を負担に感じているわけではない。
三人ぐらしは順調であり、大きなトラブルも起こっていない。
古井河や七海に不満があるわけでもない。
この生活を他人に知られるリスクだって十分に承知している。
だが、それはそれとして、この特殊なエピソードを胸のうちに抱え続けるのは、なかなか精神的な負担があるのだ。
もちろん職場の人間に軽々しく話せる内容ではない。それ以外の近しい知り合いとなると、高校や大学の同級生くらいだが、社会人を長くやっていると、そういう知り合いとは次第に疎遠になってくるものだ。
阿山鏡一朗と再会したのは、そんな風に悩んでいるときだった。
数年前にアルバイトをしていた彼だが、現在は職場とのつながりはない。
心理的な距離もほどほどに近く、秘密を打ち明けるには申し分のない相手だ。
再会の記念にとさそった近所の喫茶店で、コーヒーを飲みつつ互いの近況をやり取りしたところで、僕は例の話を切り出すことにした。
「すげぇ……」
阿山君はごくりと喉を鳴らした。
「女子高生とその担任を同居人に……」
「もちろん軽々しく話せることじゃないんだけど、誰にも秘密を明かせないというのも、それはそれで窮屈でね」
「わかります」
「君もいろいろあったからなぁ」
「にしても……、とうとう来たんじゃないですか」
「何がだい」
「モテ期ですよ」
阿山君はテーブルに身を乗り出して、ニヤニヤと笑みを浮かべる。
「女子高生にだんだん懐かれてきて、その上、女教師には以前から好意を持たれていたとか、こりゃとんでもない話ですよ。大丈夫ですか長谷川さん、いろいろ抑えられなくなるんじゃないですか?」
「阿山君もうちょっと声抑えようか」
「あ、すいません……」
興奮気味の対面をたしなめ、意図的に静かなトーンで話を続ける。
「モテ期とか、そういうのじゃないよ。水渡さんは学校に好きな男子がいるらしいし、古井河の方も、教師としての使命感からの行動だろうし。あと、前のアパートより立地がいいとも言っていたかな」
阿山君は数秒ほど黙り込んだ。
「……それ、本気で言ってるんですか?」
「ああ。本気というより、事実を言っているだけさ」
「いや、でも……、異性と同居って、途方もなくハードルの高い行為ですよ?」
「二人とも私にあまり異性を感じていないのかもしれないね」
口元が上がるのを感じつつそう答える。
軽い笑いは、自嘲なのかもしれない。
阿山君は難しい顔をして、また数秒ほど沈黙していた。
迷いに迷って、結局、しゃべることに決めたようだ。
「目上の人にこういうことを言うのって、たぶん失礼なんだと思いますけど。……長谷川さんってちょっと、自己評価、低すぎませんか?」




