少年は、大航海に旅立たない -4.997-
父が居なくなっても、私と母は何事もなく過ごせていた。
だけど、私は子供ながらに何となく気づいていたのかもしれない。
普段通りなんて、おかしいってことに。
そんな、ある日のことだ。
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”ばいばい、カナエちゃん。また、明日”
「うん、また明日」
学校からの帰り道、三叉路で友達と別れを言い合った。
赤みがかる空。
見慣れた景色。
いつもと変わらない。
なのに、胸にささくれが出来たような、小さな、小さな嫌みがあった。
それで、私の足は、自然と速足になってしまう。
〇●〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
角を曲がれば、家が見える。
私は、堪えきれず、小走りになって角を曲がった。
そして、家の前に黒い車が3台、停まっているのを見た。
(お客さんが、家に来てる……)
私の予感が、”あれらは悪いものだ”と告げている。
車はどこもかしこも真っ黒で、ピカピカだった。
車の近くには、怖い風貌の男の人が2人立っていて、両方が現れた、私に注目した。
”あれが、言うてたこの家のガキじゃないですか?”
”えらい別嬪さんやな。こりゃ、将来男を手玉に取りよるで”
男たちが、私のことを厭らしい目つきで見ながら会話をしている。
最近こういう目で大人の男の人が、私を見てくることが、よくあった。
それは、気味が悪くて、とても嫌い。
(どうしよう、怖い……怖くて動けない。家に、帰れない……)
私がそう、立ち竦んでいると家の中から母の叫びに近い声が聞こえた。
”お願いです!お願いします!もう少しだけ待ってください!”
その声が聞こえて、私の体が今まで生きてきて、これ以上無いくらいに強張った。
けれど、それと同時に、そんな緊張を、上回るほどの感情が胸の中に溢れ返った。
”お母さんを助けないと”
私は、気づけば、家の門扉に向かって走り出していた。
男たちが私の前に立ちふさがろうとしたが、私の方が一歩早かった。
空いた門扉から中に、家の庭へと飛び込むと、すぐに心臓を誰かに捕まれたようになって。
だって、悪い夢としか言いようがない光景が目の前を広がっていたから。
黒いスーツを着た男が6人、玄関の前に立っている。
彼らの顔つきは、皆ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべていた。
その視線の先で、母が、男たちに土下座をしていた。
私は信じたくなかった。
母は、絶対にあんなことをする人じゃない。
お淑やかで気品がある――私の自慢のお母さんなんだから。
”お願いします!どうか、お願いします”
お母さんは必死で男たちに懇願する。
男たちはそんな母をにやにやと厭らしい目で見下げ続ける。
私はまず怒った。お母さんを苛める男たちに。
そして、次に悲しんだ。母が男たちに屈するその姿に。
”親分、ガキが帰って来ましたよ”
私の背後で、さっきの男たちが大声を上げた。
少年は、大航海に旅立たない -4.997- -終-