【142】出発!
日はあっという間に過ぎた。
多少の打ち合わせはしたけれど、俺たちは特に細かい準備などはせずに日常を送っていた。
そして、式の前日。授業が終わった俺たちは、街の外へとやって来て出発の準備をしていた。
とはいっても、直ぐに帰って来るつもりだから、用意する物はそんなにない。
細かい日用品とかは、全部ツクヨミの衣の中へ突っ込んで貰った。
その為、俺は基本手ぶらである。
それに比べて、レインの荷物は多かった。
一日二日の旅程で、なんで旅行鞄が三つもパンパンになるのだろう?
荷物は全部スズネちゃんが背負ってた。女の子とはいえ、さすがコウガ最強の忍。ツクヨミに負けはしたものの、そのポテンシャルは計り知れない。
でも、さすがに可哀想だから、荷物は全部ツクヨミに預かってもらう事になった。
パリスも荷物は旅行鞄一つにまとめて来たみたい。
だけど、これも結構かさばるから、ツクヨミの衣にポイした。いちいち驚いてくれるのはちょっと面白いけど、良い加減慣れて欲しいものである。
そして。
「つか、俺も行く必要があるのか?」
肩がけの鞄を一つ持って、フェリちゃんが疑問を口にした。
俺と同じく庶民派のフェリちゃんは荷物がそれほど多くない。というか、普通に必要なものを考えたら、こんなもんである。貴族様はいったい何を思ってあんな大荷物で行動するんだろうね?
「ブルがやる気になっているんだから、フェリナスも来るべきでしょう?」
「俺に手伝える事があるとは思えないんですが?」
「手伝う必要はないわ。ウンエイに参加していると周知させる事が大事なのよ」
「まあ、レインおじょ……レインがそう言うなら行くけども」
フェリちゃんはレインに敬語を禁止され、呼び捨てにしろと言われているんだけど、未だに慣れないようだ。俺に対して発する言動よりも、だいぶ丁寧な感じになってる。
しかも何かにつけて反発してくるフェリちゃんも、レインの言う事は素直に聞く。別に俺にもそうして欲しいわけじゃないから、羨ましいとは思ってないけどね。いやまじで。
そんなこんなで、全員の準備が整ったところでツクヨミが衣を広げて車の形を作り出した。
普段よりもふた回りは大きいそれは、重圧な装甲で覆われた黒い車。タイヤだった部分も、キャタピラになってるし……つーか、もうこれ戦車じゃん。
戦車とは言っても砲台は付いてないし、車体の前面には排土板が取り付けられているから、結局はブルドーザーなんだけど……。
俺は一人でそんなことに驚いていたが、パリスの方はもっと驚いていた。
レインとフェリちゃんは、なんかもう慣れたみたい。俺より先に、ブルドーザーへ乗り込もうとしている。
慌てて後を追って中へ入ると、重々しい外装と違って広い空間が出来上がっていた。
柔らかそうなソファーが並び、テーブルまで用意されている。これなら全員が乗っても、ギュウギュウに詰め込まれる感じにはならない。
俺がソファーへ腰掛けようとすると、ツクヨミがちょいちょい俺の袖を引いて来た。
顔を向けるとツクヨミはあっちだと指を差す。
ツクヨミの指差した方には、偉そうな感じの操縦席があった。促されて俺がそこへ座ると、俺の膝の上にツクヨミがちょこんと腰掛ける。
俺が恐る恐る後ろからツクヨミを抱き締めてみるが、ツクヨミは抵抗しようとしなかった。
嬉しい。
嬉しいけど、なんで運転する時だけ俺は触れる事を許されているんだろう? ツクヨミの基準がわからなくて、なんだか腑に落ちないんですけど。
レイン、フェリちゃん、パリス、スズネちゃん、セン、ワタツミの全員がブルドーザーへ乗り込むと、ブルンッとエンジンがかかりブルドーザーが走り出す。
前にも思ったけど、何故エンジン音を出す必要性があるのか……どうせツクヨミのこだわりなんだろうけど。
そう思っていたら、ツクヨミがアクセルを踏み込み、ブルドーザーが速度を上げた。
車内は振動も少なく風も来ないからわかり難いけど、かなりの速度が出ている気がする。
ガラス越しの景色がビュンビュン移り変わって行って。あ、長馬を追い越した。それも一瞬で。
たぶん速度的には、F1のレースぐらい出てるんじゃなかろうか?
実際に音は聞こえないけど、長馬からしたら黒い塊がフゥアォーンって通り過ぎて行ったと思う。
あのさ、凄いけどキャタピラじゃこんなスピード出ないよね? こだわる割にはそこはどうでも良いのか、ツクヨミのブルドーザーは目立ちに目立って街道を爆走するのであった。
読んでくださりありがとうございます。
今まで人が居た空間から人が立ち去り、片付けられたその空間を眺めると不思議な喪失感が湧いて来る。
そんな喪失感を味わいたくなくて、俺は永遠に形の変わらない物を求めた。
永遠に変わらない物。
それは物語である。
その瞬間を描いて行く物語には、愛も友情も信頼も怒りも、風化する事の無い確かなものがつづられる。
この世界で何よりも尊いものは、誰かが筆をとった一つの物語なのだと、俺はそう思う。
……たまには戯言でもいいでしょ!




