【012】俺の名は!
「どわっ!」
エディナのお尻を目に焼き付けながら歩いていたら、何かに足下を取られてすっ転んだ。
咄嗟の判断で、あわよくば顔面を目の前の尻に埋もれさせてやろうと目論んでみたものの、ひょいっと躱されてしまい土を舐める羽目に……。
くそぅ、後ろに目でもついてるのか?
「危ないわね。ちゃんと前をみて歩きなさい」
優しく注意してくれるのだが、その優しさがあるなら俺の眼前で揺らしていた、柔らかそうなクッションで受け止めて欲しいものである。
俺は一応すまんと言って、顔に付いた土を払った。
そして、周囲を見ると何かに破壊されたような木材が散乱していた。
俺の足をとったのもその一つのようだった。
「……これは?」
「長馬の荷台ね。長馬ってのはね。五十人ぐらいの人を一気に運べる馬車よ。移動中に襲われて、荷台の後ろを破壊されたのよ。ほら、すぐそこに街道があるでしょ」
エディナが指差す方へ顔を向けると、森が開けていて舗装された街道が続いていた。
なるほど。長馬っていうのは、バスみたいなものか。そのバスに乗ってる最中に襲撃にあったというわけか。
「私もそうだけど、衝撃で何人か振り落とされたみたい。あなたもその内の一人だと思うわよ」
「他の人たちは?」
「さあ? 私も自分の身を守るのに必死だったからわからないわ。でもまあ、ここに居ないってことは、何処かに逃げたんじゃないかしら?」
「襲って来たのは一人?」
「さあ? 私はずっとあの男に追われてたから、状況はそれほど詳しくわかってないわ」
ん? それはちょっとおかしくないか?
俺の体は誰かに殺された筈だ。胸元の服が綺麗に破れていて、そこから広がっている血液の後を見る限り、刃物のようなもので一突きにされていたことが予想できる。
だが、襲撃直後からエディナは狼男使いに襲われていたという。なら、俺はいったい誰に襲われたのだろうか?
狼男の仲間だとするならば、直ぐ側で戦っているエディナの下へ向かっている筈だ。
それをしていないということは、狼男使いとは仲間ではない?
うーむ。謎は深まるばかりでわからん。
しかし、俺は直ぐさま考えることを放棄した。
この体の前の人には悪いが、今は俺の体だ。転生前のことまでは知らん。
そう考えていると、エディナが何やらガサゴソやっていた。
「ねえ。これあんたのじゃない?」
そう言って、エディナは一つの鞄を掲げてみせる。
どうしてそれが俺のだと思うわけだ? 匂いでもついてるのか?
そう思っていたら、鞄と一緒に羊皮紙を渡される。
ふむ、なになに? 入学許可証?
あ、良かった。俺ってばこの世界の文字読めるやん。
「ブルって言うのね。ばい菌じゃなくて」
エディナが意地悪な笑みを浮かべている。
まあ、良いよ。可愛いから許しちゃう。いつかぜってえペロペロしてやるけどね!
俺は羊皮紙に貼られた顔写真の横に書かれた、ブルという名前をみた。なるほど、これが俺の名前か。
ブルと書かれた名前の横にはよくわからん紋章と、ドッグ家とお家の名も書かれている。
……ドッグ家か。苗字があるってことは、俺ってば貴族ちゃんか何かなのかな? なるほどね。ドッグ家かあ。……ドッグ家ねえ。
……って、ブルドッグじゃねえかよ! 俺の名前!
あんのロリさまめ! 根に持ちやがって、まじで犬の名前つけてくるとは思わなかったぞ! これならバイキンの方がいくらかましだったわ!
俺が憤慨していると、エディナが俺の名を何度か復唱しながら言った。
「なんか、可愛い名前ね」
一輪の花どころか、咲き乱れる薔薇のような笑顔で言われて、俺の胸はドキンッと跳ね上がった。
うん。ブルっていい名前ですよね。