現れた計算器-1
中学校の準備室掃除中に発見された、手回し式計算器。
その計算器を見た、教頭先生の顔色が変わる。
ベルリンこと中林鈴子は、幼馴染にして同級生の宮本卓也と計算器について調べ始める。
ところが、突然その計算器が消えてしまった。
二人は、その謎に迫っていく。
「ちょっと、男子。ちゃんと作業してったら、掃除終わらないよ」
とうとうがまんができなくなったナルちゃんは、そう言ってホウキの柄で床をドンと叩いた。
「必殺っ『激虎破断斬』っ!!」
「させるかっ!『超絶反動壁』!!」
カンカンになったナルちゃんをまったく無視して、良平と伸介とはホウキで真剣勝負中だ。なにやら叫んでいるが、どうせゲームの技だ。きっとホウキは伝説の剣なのだし、掃除のための体操服もまた選ばれた者のための防具に決まっている。少なくとも二人の中ではね。やれやれ。
明日は終業式、それが終わると夏休み。一生に一度しかない中学二年生の夏休みだ。
高校入試の苦労とも、最下級生の面倒とも無縁の四十日。本当にワクワクするのだ。
そのワクワクに水を差す行事が大掃除。何が楽しくて、汗まみれになりながら余分な体力を使わなければいけないのだか。そもそも暑い夏は大掃除には不適切な季節だよ。当然のことだけど、水が冷たい冬休み直前も大掃除には不適切なんだけど。
担任の支倉先生から、この数学準備室の掃除を受け持たされた私たち七人がお互いに顔を見合わせたのは数十分前のこと。何しろ数学準備室がある場所も、そもそも数学準備室という部屋があることを知っている者は誰もいなかったのだ。そんな私たちを前に、支倉先生は黒板に校舎の見取り図を描いて説明してくれた。私たち二年生の教室が集まる新校舎二階の、もっとも階段に近い場所、そこが数学準備室だった。
訳が分からないままの私たち生徒を率いて数学準備室に到着すると、支倉先生はポケットから鍵を取り出して扉を開けてくれた。めったにどころか、入学してから一度も立ち入ったことがない部屋からはカビくさい空気とホコリとが漏れ出してきた。
その流れに逆らいながら部屋に入り、息を止めたまま暗幕と窓を開ける。私たちの目に入ったのは、壁を埋め尽くす本棚と、それにも入りきらない多くの書籍だ。この本の集まりを、すべて出してしまうのが私たちの役割なのだ。
「雑誌は雑誌で、本はサイズごとに全部まとめる。それから捨てる本と保管する本とを分けていくからね」
担任の支倉先生は、マスク越しに言った。本を束にして棚から取り出しては私達生徒にドンドンと渡していく。あっという間に床は、平積みにした本の塔で埋め尽くされたけど、それでも空いた本棚はたった一つだ。
「先生、もう本を置く場所がないんですけど」
そう尋ねたのは卓也。
「しょうがないから、廊下に出していって。壁際に並べて行って倒れないように置いていくんだ」
「本棚も外に出すんですか」
「それはそのままだ。専門の業者が夏休みにやってくれる」
その時だ。
『数学科支倉先生、数学科支倉先生、職員室まで連絡願います』
教室ごとそして廊下に据え付けられていたスピーカーから、支倉先生を呼び出す放送が流れた。
支倉先生は、数学準備室の壁にかかった電話の受話器を手に取った。そして番号を入力すると
「支倉です」
受話器に向かって話しかけた。二、三言の電話越しの会話を終えた支倉先生は、受話器を壁に戻すといった。
「先生は職員室に行ってくるよ。十分程度で戻るから、作業を継続していて」
「先生、本を出し終えたらどうしますか」
卓也のその質問に、先生は答えた。
「ああ、それほど時間が掛からないかも知れないけど、その場合は、校内電話で先生を呼び出してくれ。全校放送の番号は『#001』だ」
「え。今日は僕らが使ってもいいんですか」
「ああ、大丈夫。行事の時にはパスコードの入力を解除しているんだよ」
支倉先生は、そう言うと、私たちを見渡した。
「宮本、ここの班長をやってくれ。女子は、そうだな、中林、お前に頼む」
「あ、はい」
突然指名されても困るのだけど、ここは返事をしておこう。しかしこんな時まで卓也と組み合わせかと思うと、当たり前すぎてつまらないな。
お世話になります。
ちょっとしたきっかけで、青春物を書いてみたくなりました。
お付き合いいただけたら幸いです。