淡い光
草木に囲まれた、小さな池のほとり。
そこは森の生き物達にとってちょっとしたオアシスだった。木々の枝葉に阻まれてそこから青空を見ることはできないが、木漏れ日が降り注ぐオアシスは明るく輝いている。緑と光が池の水に反射して、まだ小さな体の僕と亜香里を包んでいた。
擦りむいた僕の腕に大きな絆創膏を貼りながら、亜香里は僕を見て言った。
「キス、してみよっか」
「するか、バカ」
僕は近くを悠々と飛んでいたオニヤンマが気になるふりをして、亜香里から目をそらす。
オニヤンマはその大きくて小さな体の体重を、荻の穂にふわりと乗せた。けれども荻はその重さに耐えきれず、次第にぐぐぐと曲がっていく。
彼の複眼は大きな木のすぐ横に座る僕と亜香里をじっと捉えて、そうしてまた飛び去った。
「キスは好きな人とするんだって。だから私は、まさとくんとしようと思ったの」
「おれはおまえのことを好きじゃないかもしれないだろ」
亜香里はふふっと声を出して笑う。亜香里の笑顔は暖かくて、寂しくて、それでいてどうしようもなく可愛かった。
「そうだね、そうかもしれない」
「えっ、いや、おれは……」
「おれは、何?」
「なんでもない」
僕の言葉を聞いて亜香里はまた笑った。おれ、だってさ。今までみたいに僕でいいのに。亜香里はそう言いたげでもあった。
「じゃあ、する?」
そう言って亜香里は僕の顔を上目遣いで覗き込む。僕はまた目をそらしたくなったけれど、それはだめだよと亜香里の目が訴えていた。
「か、勝手にすればいいだろ……」
「やっぱり、しなーい」
亜香里はざっ、と音を立てて立ち上がり、僕に背を向けて池へと向かって歩き出した。
「あか……じゃなくておまえ、また池に落ちるかもしれないぞ」
「聞こえないなあ」
「……あかりちゃん」
亜香里はくるりと僕の方へと振り返って。
「うん!まさとくんの言うこと聞いてあげる!」
僕はほっとして、すると眠気が近寄ってきていることを感じた。瞼が重くなり、池に差し込む木漏れ日がぼやけていく。
亜香里は首を少し傾けて、ぽかんとした表情をしていて。けれどその亜香里の姿も次第に見えなくなっていった。