赤い小人(7)
しばらくあかが居た場所を凝視していたが、見ているうちに胸の痛みは更に増して。
思わずやりきれなくなり、突っ伏した。両手で頭を隠し、動くのをやめた。
何も考えたくないのに。
どうして?
その言葉が頭に敷き詰められていく。
苦いものが口の中に広がって、熱いものが一筋、頬を伝う。
「ゆうとさん……」
涙が止まっていないのだろう。涙声でももが俺の名前を読んだ。
俺は顔があげられなかった。
ももだって俺に何度も忠告してくれていたのに。そう思うと、どんな面を彼女に向けれ
ばいいのか……。
「ごめん……俺の、せいだっ……」
まだ喉につっかえる物がある。拳をぎゅっと強く握った。
俺が名前さえ呼ばなければ。
もやもやとした胸の内は苦しいと悲鳴を上げる。手の痛みでその苦しみが消せたらいい
のに。
痛いくらい強く握った拳に、小さな暖かい感触。ももの手が触れたのだと、思った。
「違うよ、ゆうとさん。私達がちゃんと話しておくべきだったの。ゆうとさんなら、わ
かってくれたのにっ。言わなかった私達がいけないの」
だんだんとか細くなって行くももの声。
「いや、俺が名前なんて呼ばなければ……知ろうとしなければっ!」
俺やももがそんなこと言ったって、あかが戻ってくるわけじゃない。
そんな言葉が頭をよぎると、より胸が張り裂けそうに痛む。
「……ゆうとさん。今まであったこと、全部忘れてください。」
ももが言った。その言葉に、俺は思わず顔を上げた。
てっきり泣き顔のももがいると思ったのに、彼女の顔は微笑んでいた。
けれど、目は赤らみ、その微笑みはどこかぎこちない。
「私もあかが消えた今、もうすぐゆうとさんには見えなくなります。だから、いっそ全て
忘れてください。夢だと思ってください」
ももは俺に言った。全てを忘れてしまえと。
確かに俺は、夢だと信じこめば夢になるだろうし、この辛さから逃げられる。
だけど、ももにとっては……。
躊躇っているとももは更に俺へと追い討ちをかける。
「ゆうとさん。何を躊躇っているんですか?あかとの約束が少し早まるだけです。全てな
かったことにする。それを始め、貴方も了承したじゃない。」
ね?と笑ってみせるもも。俺はももが必死に感情を押し殺しているのがわかった。
本当は叫びたいだろう。泣きじゃくって、俺のせいだと言えたら、お前はどれだけ楽に
なるだろう。
でもそれをやらないのは、ももが俺に優しいからだ。俺が傷付いてるって思って、自分
のが傷付いてるのに、気を使って優しくする。
それが激しく俺を空しくさせる。
確かに最初はこんなこと夢でありたいと思ったさ。 だけど。
だけど、このままももやあかを放って置くなんて……嫌だ! 後味が悪すぎるじゃねぇ
か!!
どうにかなんねぇのか?どうにか……。
そうだ!ちょっと待てよ。まだ、俺は最後の願いをしていない。なら、もしかして……
「をい、もも!あかは消えちまったが、最後の願い事はまだできるのか?」
「あかの存在は、私がゆうとさんに見えなくなるまで持続します。だから、私が消える前
なら、私が責任を持って叶えます!」
ももは言った。最後の願い事を叶えたいと、俺に。
そして、願い事はどうやらまだ有効らしい。だが、時間がない。
ももがあかのように透け始めてきたのだ。
「なら、あかを生き返らせてくれ!」
単刀直入にももに願った。一番の願い事はこれでしかない。
俺の願いに、ももは額に皺を寄せた。かと思うと頭を垂れ、首を横に振った。
できない。
そう彼女は言った。
どうして?
そう質問するまえに彼女は答えた。俺がどこかしらで予想していた答えを。
「駄目です。あかを生き返らせるのは、人間への手伝いでも、些細な願い事でもない。私
達の叶える力では、叶えられない願い事です」
淡々としゃべり、頭をあげるもも。他には?と俺を促す。
叶えられない願い事。
わかってたさ。小人の願い事では、叶えられない願い事だって。
でも、それは単刀直入に言った場合。きっと他に何か方法があるはずだ!
何か。
待てよ……あかは何で消えたんだっけか?
俺が名前を呼んだせいだ。
なら、それを忘れたらどうだ?
時間はなかった。もうももの体を通してあちら側が見える。
俺は、早口でまくしたてた。
「もも、俺があかを呼んだことを忘れたらどうだ?そしたら、呼んだこともなしになるん
じゃ?」
これなら、どうだ! と期待に胸を膨らませ、ももをじっと見つめる。
が、ももは、首を横に振ってしまった。
頭に強い衝撃を受ける。これで駄目なら……もう、ももは消えてしまう。
最後の願い事は、叶えられない……?
「駄目。ゆうとさんが忘れても駄目なの。神様と小人の約束を破ったことを、神様は知っ
ているから。」
ももはそれから、さよなら。と言葉を続けた。
直ぐに彼女もまた、俺の前から姿を消していった。
結局、最後の願いは叶えられないまま。
これで、夢であったと思うこと以外、方法はなくなった。
後味の悪さを残して、彼等は去って行ったのだった。
俺の前から。




