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赤い小人  作者: 加水
6/8

赤い小人(6)

「最後の質問だ」


「……わかってる。答えるさ」


 確認するように告げると、あかが頷いて俺を見る。

 彼は覚悟を決めていて、もう険しい顔をしていない。感情が読み取れない顔で、真っ直

ぐ俺を見つめている。

 心臓が今までより早く、早く鳴り響く。音も大きくて。

 これから、あかの名前を口にするんだ。と思うと、口元が緩む。



 合ってたら良いと思う。



 本当の名前を呼べたら、近くなるような気がするから。


「あか」


 一言づつ区切って言葉をつむぐ。

 口から出る言葉を自覚しながらも、なぜか俺は他人が言っているような妙な感覚に捕わ

れていた。


「お前の、名前は、」


 口が動く。

 お前の名前は、俺と同じ……

 同じ名前の


「山波ゆう


「ダメーーっ!!!」


とだな?」


 ももの勘高い叫び声に、俺の言葉の語尾は掻き消された。

 何かと思い、直ぐ様ももに視線が行く。

 ぎょっとする。

 小刻に震え、口を押さえ、カタンと膝を付くもも。目からはぼろぼろと涙が溢れ出てい

た。

 何をそんなに怖がっているんだ?

 疑問に思ってよく見ると、ももは一点を凝視していた。

 彼女の視線を追う。

 ももの視線の先には、あかがいた。

 ただ、あかの向こうの景色が、うっすらとあかを通して見えた。彼の体が透き通ってい

るのだ。


「……イエスだよ。僕の名前はあんたと同じ、山波勇徒」


 俺と目が合うと、あかは一瞬寂しそうな目をし、最後の質問に答えた。

 だが、すぐに口の端を上げ、言葉をつむぐ。


「勝ったと思った?残念だけど、少し考えが足りなかったね。ゆうと」


「……」


 俺は何も言えなかった。

 あかの馬鹿にしたような言葉と嘲笑。だけど、それに腹が立つとかはなくて。

 何を言っていいのか、何が起こっているのか、頭の中が真っ白だった。

 何も考えられない。

 ただ、あかが透けているのがひどく嫌悪感を掻き立てる。胸がぎゅっと締め付けられ

た。


「どうせ、弱点の名前を知って、僕を脅すつもりだったんだろうけど。そうはいかない」


 あかの視線は冷たかった。その視線と、皮肉たっぷりの口調が、俺を軽蔑している。

 脅すという言葉に慌てて違うと口を開きかけたが、次のあかの発言に俺の声は出ていく

のをやめてしまった。


「名前は確かに弱点だ。なんてたって、名前を呼ばれてしまえば僕達は消えてしまうから

ね。」


 仲間が殺されたの。運命の人に。

 前にももが言っていた言葉が頭にこだまする。

 名前を呼ばれたら消えてしまう。



 仲間は殺された。



 あかは消える。



「……死ぬってことか?」


 やっと出たのはあかへの問掛け。彼は俺に頷いてみせた。


「ちょ、ちょっと待てよ!冗談だろ?たかが名前を呼ばれたぐらいで死ぬなんてよ。そん

な笑えない冗談っ」


 上擦った声が出た。無意識に口調が早くなる。

 胸の奥で何かがつっかえて痛い。胃には何か重い物が沈む。

 そんなの冗談に決まってる。俺が名前を知ろうとしたから、あかとももがふざけて俺を

はめようとしてるんだ。そうに違いないっ。

 お願いだから、そうであってくれ!

 けれど、そんな期待はすぐ打ち砕かれた。ももの言葉で。


「嘘なんかじゃないっ。あかは、あかは消えてしまう!私達小人は、名前を誰にも知られ

てはいけない!神様との約束よ!!」


 ももは大声で叫んだ後、泣き出した。それはあまりにも痛々しい泣き声。喉が枯れるよ

うな叫び声に、大粒の涙。それが止まることを知らぬかのように続いて。



 悲しい。



 そんな気持ちを訴えてくる。自分の気持ちが、ももの悲しみに引きずり込まれる気がし

た。

 喉に鉛が入ったかのような感覚。出た声は、かすれた。


「……そんな……そんなこと。ってっ!」


 その後が続かない。

 俺はあかに何て言おうとしてるんだ?

 あかはそんな俺を見ながら、笑った。眉を潜めたまま口が笑う。


「悔しそうだな。まあ、僕にしちゃあいい気味。って感じだけど」


 肩をすくめるあか。いい気味って……自分が消えるのに?

 どうして、そんなことを言うんだ?



 弱点を知って、脅すつもりだったんだろうけど。



 あの台詞が記憶を通して、もう一度俺の胸に突き刺さった。


「違う……違うんだっ。名前を知りたかったのは、お前の……お前の本当の名前を知りた

かっただけでっ」


 言葉を放つと、堰を切ったように口は止まらなくなる。

 だって、俺は本当の名前を知りたかっただけなんだ。


「本当の名前を知れたら、仲良くなれるんじゃないかって。親しくなれるんじゃないかっ

てっ!」


 無意識に声が大きくなる。

 深く考えてなかったんだ。

 本当に、名前を言ったぐらいでこんなことになるなんて。

 こんなことになるなんて、思わなかったんだっ!


「ゆうと……」


 あかが俺を呼ぶ。その声はノイズがかかったように聞きづらくなっていた。

 胸が壊れそうだ。痛くて。痛すぎて。

 あかがだんだんと消えて行くのがわかる。



 俺のせいだ。



 そう思った。

 俺があかの名前を呼ばなければっ……


「ごめん……」


 最後に出たのはその言葉で。あかはやっと聞こえる声で一言


「いいんだ。ゆうとに名前を呼ばれた時、本当は嬉しかったよ。僕が僕だと感じることが

できて。ありがとう」


 そう言って消えていった。

 何も残さずに。



 消えた。



 そんな礼なんて言うなよ……消えちまうのに。死んじまうのにっ!


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