赤い小人(5)
見事に皿の上の物がなくなり、山になった腹を上にしながら寝る小人達。
よくあんな小さな体にこんだけのものが入ったな。となかば関心する。
一気に静かになった場所で、俺は椅子に背を預けて天井を仰いだ。自然に頭の中は考えがあちらこちらに行き交う。
今やっと一つ目の願いごとを叶えたわけだ。まあ、大した願いごとでもないが。寧ろ俺が作ったんだから願いごとが叶えられたというのはおかしい気もする。けど、どうせ初めから期待などしてないわけで、文句を言うつもりはないけどな。
「残り後二つ……か」
小さな独り言。ちらりとあか達を見たが、彼等が起きる様子はない。
二つ目の願いごと。きっと起きたらすぐに、あかはその話を切り出すにちがいない。一つ目の願いごとの時も何度かせかされたし。
問題は、俺が何も願いごとを考えてないってことだな。だってこいつらが叶えられるのってたかが知れてるし。
「魔法は苦手。菓子作りが得意。寧ろ家事全般が得意そうだが」
今度は視線をずっとあか達に向けてみる。出会った時から今までの記憶が頭をよぎる。
最初は生意気なガキだったよな。人のこといきなり呼び捨てにするし。
「……そういや、なんでこいつ俺の名前を知ってたんだ?」
ふと、疑問が浮かぶ。一つ疑問が浮かぶと、水に雫を落としたように、次々と不思議なことが浮かび上がってきた。
なぜあかは俺にしか見えない?
運命の人っていうのは実際どういうことなんだ?
なんで俺の記憶を消さないといけないんだ?
なぜ、あかやももといった名前で呼ばせる?
これ以外で呼ぶな。ってことは、本当の名前じゃない。ってことか?
偽名、ハンドルネーム?
どうして俺に見つかったら命の危険にさらされるんだ?
仲間が死んだからか?
じゃあ、どうやって仲間は殺されたんだ?
そういえばももが言ってたな。とあることを知られたら死ぬって。
とあることってのはいったい何だ?
「……駄目だ。何一つわかんねぇ」
頭を左手で粗く掻いた。
駄目だ。疑問は次から次へと出てくるのに、答えが見付からない。いや、俺が知らないだけだ。
きっとあかなら全て知っている……。
「気になるな……」
様々な疑問は消そうにも消えずに燃え上がる一方で。
知りたくて仕方がない。何か方法はないのか?
「……そうだ!」
良いことを思い付いた。
これならあかも答えるしかない!
「よし!あかが起きたらさっそくやってみるか。」
うきうきとする心を押さえながら、俺はあかが起きるのをじっと待つことにした。
あかが起きたのは約一時間後。
まだ眠いらしく欠伸をしながら俺を見ている。
ちなみに黒いのとももは既に起きている。黒いのは仕事があるとかで、どっかへ行ったが。
「起きてすぐに悪いんだが、二つ目の願いをいいか?」
目を擦りながら、あかはこくんと縦に首を振る。
俺は右手を開き、それを前に押し出す。
あかとももが俺の手と顔を交互に見た。
「俺の五つの問いに、イエスかノーで答えて欲しい」
要件だけを述べる。
俺が今からしようとしていることを、知られてはいけない。余計なことなんか話してたらいつ口が滑るかわかったもんじゃない。
こいつが願いごとを承諾するまで、怪しまれては駄目だ。
心臓の音がやけに大きく聞こえた。
「そんなことでいいのか? もっと他に好きな願いごとをすればいいのに」
目を見開いて、不満いっぱいの抗議の声。
「んなこと言われても、お前等が叶えられることつったら、たかがしれてるじゃねぇか」
「うっ。そりゃあそうだけど……」
直ぐ様口をついて出た言葉は、あかにダメージを与えたらしい。あかが頭を垂れ、うな
だれている。
「あ、いや。菓子とかより、お前等のことを知りたいと思ってよ」
しまった。あんまり深くしょげてるもんだから、慌て本音をポロリ。
「僕等の? 小人のことを知りたいのか!?」
「そ、そうだ。小人について知りたいんだ。答えてくれるか?」
俺はほっとした。深い意味までは悟られなかったらしい。
だいたい、あかの目が輝きを放っている。怪しまれていない証拠だ。
ただ、嬉しそうな声には、少々良心にトゲが刺さるが。
「それなら、イエスとノーだけじゃなくてもいいのに」
「いや、答え難いこともあると思うしな。イエスとノーで答えてくれればいい」
あかのことだ。喋りたくないことは、決して喋らないだろう。
しかし、イエスかノーの二択だけなら、自分から喋ることはない。だから、深い部分ま
で踏み入れない可能性が高い。それならば、答える方としては答えを軽く見て、簡単に言
うに違いない。
ただし、俺の今回の作戦はイエス、ノーだけで十分。俺が考えていることが、当たりか
はずれかの答えが出ればいい。
「わかったよ。ゆうと。それじゃあ、五つの質問を僕にしてくれ」
「オーケー」
よし、あかが承諾をした。こっからが勝負だ。
「一つ目の質問だ。お前達は、あかやももの他に本当の名前があるのか?」
「……何でそんなことを聞く?」
あかの顔付きが一気に険しくなる。警戒されてるのがひしひしと伝わってきた。
でもそんなのは予想済み。
「なーに、怖い顔してんだよ? お前達があかやももって呼べって言っただろ? 他で呼ぶ
な。って。だからさ、他に名前があるのかどうか気になったんだよ。イエス? ノー?
どっちだ?」
なるべく軽い口調で、ふざけたように。探っていると思わせては駄目だ。
あかは、険しい顔を崩さない。しかし、
「イエスだ」
答えた。あかは俺の勝負にノってきたのだ。
よし、俺の勝ちだ。これで、もう隠し通す必要もない。バレたところで、あかは最後ま
で答えるしか道はないのだ。
一つの問いに答えたのはらば、今後拒むことはできないはずなんだ。何ってたって、こ
れは願い事。願い事は最後まで叶えなければ、願い事ではない。
「んじゃ、二つ目。もしかして、名前はお前達の弱味か?」
「イエス」
俺が真剣になると、あかも声を低くした。真剣差が伝わってくる。心臓の音がいつもよ
り早く聞こえた。
今度の返答は早かったのは、ももが何か言おうとする前にあかが答えたからだ。
先に発言することで、あかはももを制した。口出しすることを、決して許さないと。
ももは何かを言おうとして開いた口を仕方なく閉じた。自分は蚊帳の外だと感じたのだ
ろう。黙ったまま俺達を見るだけ。
あかがそんなももの行動を確認し、俺に視線をなげた。それは、早く質問を進めろとい
う合図。
にしても、名前が弱味か……なら教えてくれるわけがないよな。今までのことも納得が
いく。
まあいい。気になることは、突き止めればいいことだ。
疑問はまだある。なぜ俺があかの見える人のか。
次の質問は一つの賭けだ。ももが何度か俺とあかが似てると言っていたから、たぶん
あっているとは思うが。
「三つ目。俺とお前に何か共通点があるから、゛見える人゛なのか?」
「イエス」
あかが躊躇することなく答える。名前という単語がなかったせいだろう。答えても支障
がないと考えているんだ。
答えはイエス。ということは、俺とあかは何かが同じはず。顔、形、性格は明らかに違
う。ということは共通点は俺が知らないあかの部分ということだ。
一番確率が高いのは生まれた日。世界で一人だけなのだから、何か特別な共通点のはず
だ。
険しい表情は変わっていないあかだが、俺の意図はわからないらしく眉を潜めている。
後質問は二つ。俺は次の質問を口に出した。
「四つ目の質問だ。あか、お前の名前は俺が知ってる名前だろ?」
「っ……」
あかは押し黙った。ようやく俺が考えていることがわかったようだ。
俺の考えていること。それは、あかの本当の名前を知ること。知ったらどうなるのか。
それが気になって仕方がなかった。
この質問にあかが答えればその答えも完成する。
「あか、答えろよ」
「……イエスだ」
低い俺の声に、あかが諦めたように顔を落とし、答えた。
答えは予想通りイエス。
俺が知っている、つまり俺に関わりがあるものの名前。親、兄弟、親戚。
俺に兄弟はいない。と、すると親や親戚。
親や親戚だとしたら、俺に名前がばれる可能性はかなり低くなる。なにせ、予想しなけ
ればならない幅がとても広くなるのだから。
それに、親や親戚の名前を知らない人だって、世の中にはいる。また、俺はあかやもも
に親や親戚の話はしていない。だから、俺が親や親戚の名前を知っているかどうかはわか
らないはずだ。
だが、彼等は俺が絶対に名前をわかるだろうと予測している。何度も“名前を言うな”
という警告が確固たる証しだ。
他の誰がわからなくても、俺が絶対に知っている名前。
それは……。




