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赤い小人  作者: 加水
3/8

赤い小人(3)

 あの夢から一ヶ月。

 何事もなく過ぎていく日常。いやぁ、素晴らしい。


「いい加減、願い事をしろーっ!」


 カーンという音と俺の頭への衝撃。視界が壁から床へと変化する。

 ころころと床を転がってきたのは、小さな空き缶。それが頭の後頭部に当たったのは言うまでもない。

 つか、真面目に痛い。じんじんと痛む頭を押さえながら声の主をにらみつける。


「あんた、この一ヶ月何度言ったら願い事すんだよ!!? 現実逃避してんじゃねぇよ!!」


 きゃんきゃんと子犬のごとく吠えるちっこい赤い奴。

 弱い犬ほどよく吠える。じゃなくて、問題は俺の頭が何故痛いのか……。


「てめぇ。人様に缶を投げるんじゃねぇ!!」


「うわ! 痛いっつーの、このアホ!!」


 煩いそれを片手で掴みあげて握りしめる。するとそれは案の定、更にわめいて手をばたつかせた。


「うふふ。日常って素晴らしいわ」


『これを日常に入れるな!!』


 先ほどまであかがいた横のところにももは腰かけて、うっとりとした目でこちらを見ていた。

 ももの発言にあかと俺の声がハモった。嫌そうな顔のあかと目が合う。まあ、俺も同じような顔してるだろうけどな。


「そんなこと言って。最近ずっとそれの繰り返しじゃないよ」


『うっ』


 ももの言葉が心臓をぐさりとえぐる。そんでもってまたもやあかと台詞が被り、またも視線を見合わせてしまう。

 わかってる。この繰り返しだってことぐらい。


「ゆうとがとっとと願い事をすればいいのさ!」


 掴んでる手の力が抜けてたせいか、元気良く吠えているあかをぎゅっと握り、溜め息をついた。


「はぁ、かと言ってな。このご世代、ありとあらゆるものがあるんだよ。別に今、何か欲しい物なんかないんだってば」


 ちなみによく願い事で話しに出てくる富や名声、地位なんかは既に却下され済みである。


「寒い時期だしマフラーなんてどう?」


 俺の腕の中でぐったりしているあかに代わって、ももが提案する。


「あのな、そんな毎年使うもん。腐るほどあるっつーの」


 本当にもう、こいつらの叶えられる願い事っつったら、普通どこの家庭にでもあるものばっかり……。


「じゃあ、セーター」


「ある」


 言いかけたももの言葉を遮る。


「あ、そうだ!アレなんてどうだ?」


 いつの間にか復活したあかが手をポンと叩く。

 どうやら何かを思い付いたらしい。


「なになに?」


 ももが促しの言葉をかける。

 視線があかへと注がれた。

 あかは自信満々と言ったように笑みを溢し


「サンタへプレゼント頼むための靴下!」


ベシッ!


 思わず俺は手に持っていたそれを床に向かって放り投げた。いや、投げ捨てた。

 あっけなく床に衝突して伸びてる馬鹿。


「あーあ、あか真剣なのに。」


「なお悪い! サンタなんて信じる年じゃないっつーの!」


 激しく怒鳴ると、ももは肩をすくめ膨れっ面を俺に向けてきた。


「サンタは本当にいるのよ? それに、小人の出した靴下には絶対にプレゼントを入れてくれるんだから。」


 まあ、小人もいるくらいですから、百歩譲ってサンタもいることにしよう。

 だがっ


「プレゼントなんて子供騙しの玩具か菓子だろ」


「うっ……ゆうとさん、夢がないなぁ。そりゃ、お菓子だけど、とっても美味しいの

よ?」


「夢がなくて結構。俺はシビアに生きる。」


 そんな〜。とももが文句を垂れるが知ったことではない。

 まあ、彼女等にしてみれば夢の住人の小人なわけで、夢を否定されるのは嫌だろうが。


「とっても美味しいチョコレートなのに……あ、そうだ! ゆうとさん、お菓子好き?」


 ぶつぶつと文句を垂れてたかと思うと、今度は目を輝かせているもも。こいつ、百面相できるんじゃないだろうか……。


「菓子?……嫌いじゃないが」


「やった! あのね、あのね、あかが作るハチミツクッキーがすっごく美味しいの!」


 更に輝いた目で身を乗り出し、俺に視線を送る彼女の思考は手にとるようにわかる。

 だからと言ってそうやすやすと欲求を飲む俺ではない。


「で、食いたいってか?」


「うん!食べたい!!」


 欲求を飲む俺ではない。はずだが、いかんせんももには何故か弱い。

 まあ、笑顔で女の子に懇願されれば普通はな。小さい小人だけどさ。だけど、小人の中ではそこそこの美人だとあかが言ってたし。よしとするか。

 内心、意味の分からない屁理屈を立てながら、仕方なくしゃがんであかを見る。

 あかは、まだ床に突っ伏したまま……。


「おい、あか。起きろ。一つ目の願いが決まったぞ」


「ふん。ももになんか鼻の下伸ばしてさ。それでお願いごとが決まった? デレデレしすぎじゃんか」


 顔を上げて話し出したかと思いきや、こいつっ。

 相当俺と喧嘩したいらしい。悪いが、売られた喧嘩は買うぞ!?


「あかったら、焼きもちやいて可愛いー!」


 勢い勇んで腕捲りをしていたのだが、黄色い声に体勢を崩す。

 もちろん声の主はももに他ならない。だが、それはあかには逆効果だろ……。


「自信過剰もいい加減にしろよ!」


 ほら、カッと赤くなって怒鳴る。

 しかし、あかは一瞬にして身を震わせたじろいだ。

 ももの目がうるんだのだ。やはりあかも、ももには弱い。

 こういうのを見てると、確に俺とあかは似た者同士かもしれない。と思わされるな。嫌だけど。


「ね、願い事を叶えないとは言ってないだろっ。」


 早口でまくしたてるあかの姿を見てると、思うことがある。

 俺の前でいちゃついてんじゃねぇ。

 俺の内心を知ってかしらずか。いや、知らないであろうまま茶番劇は続く。


「でも、あか嫌そうな顔してた……」


 ついに彼女の目から涙が溢れでる。びくりと身を震わせたのはあかだけではない。俺もだ。


「え、いや。その……」


 慌てて弁解できないあか。んなもんだから、ももが顔を落とす。

 仕方ないな。まったく。


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