赤い小人(3)
あの夢から一ヶ月。
何事もなく過ぎていく日常。いやぁ、素晴らしい。
「いい加減、願い事をしろーっ!」
カーンという音と俺の頭への衝撃。視界が壁から床へと変化する。
ころころと床を転がってきたのは、小さな空き缶。それが頭の後頭部に当たったのは言うまでもない。
つか、真面目に痛い。じんじんと痛む頭を押さえながら声の主をにらみつける。
「あんた、この一ヶ月何度言ったら願い事すんだよ!!? 現実逃避してんじゃねぇよ!!」
きゃんきゃんと子犬のごとく吠えるちっこい赤い奴。
弱い犬ほどよく吠える。じゃなくて、問題は俺の頭が何故痛いのか……。
「てめぇ。人様に缶を投げるんじゃねぇ!!」
「うわ! 痛いっつーの、このアホ!!」
煩いそれを片手で掴みあげて握りしめる。するとそれは案の定、更にわめいて手をばたつかせた。
「うふふ。日常って素晴らしいわ」
『これを日常に入れるな!!』
先ほどまであかがいた横のところにももは腰かけて、うっとりとした目でこちらを見ていた。
ももの発言にあかと俺の声がハモった。嫌そうな顔のあかと目が合う。まあ、俺も同じような顔してるだろうけどな。
「そんなこと言って。最近ずっとそれの繰り返しじゃないよ」
『うっ』
ももの言葉が心臓をぐさりとえぐる。そんでもってまたもやあかと台詞が被り、またも視線を見合わせてしまう。
わかってる。この繰り返しだってことぐらい。
「ゆうとがとっとと願い事をすればいいのさ!」
掴んでる手の力が抜けてたせいか、元気良く吠えているあかをぎゅっと握り、溜め息をついた。
「はぁ、かと言ってな。このご世代、ありとあらゆるものがあるんだよ。別に今、何か欲しい物なんかないんだってば」
ちなみによく願い事で話しに出てくる富や名声、地位なんかは既に却下され済みである。
「寒い時期だしマフラーなんてどう?」
俺の腕の中でぐったりしているあかに代わって、ももが提案する。
「あのな、そんな毎年使うもん。腐るほどあるっつーの」
本当にもう、こいつらの叶えられる願い事っつったら、普通どこの家庭にでもあるものばっかり……。
「じゃあ、セーター」
「ある」
言いかけたももの言葉を遮る。
「あ、そうだ!アレなんてどうだ?」
いつの間にか復活したあかが手をポンと叩く。
どうやら何かを思い付いたらしい。
「なになに?」
ももが促しの言葉をかける。
視線があかへと注がれた。
あかは自信満々と言ったように笑みを溢し
「サンタへプレゼント頼むための靴下!」
ベシッ!
思わず俺は手に持っていたそれを床に向かって放り投げた。いや、投げ捨てた。
あっけなく床に衝突して伸びてる馬鹿。
「あーあ、あか真剣なのに。」
「なお悪い! サンタなんて信じる年じゃないっつーの!」
激しく怒鳴ると、ももは肩をすくめ膨れっ面を俺に向けてきた。
「サンタは本当にいるのよ? それに、小人の出した靴下には絶対にプレゼントを入れてくれるんだから。」
まあ、小人もいるくらいですから、百歩譲ってサンタもいることにしよう。
だがっ
「プレゼントなんて子供騙しの玩具か菓子だろ」
「うっ……ゆうとさん、夢がないなぁ。そりゃ、お菓子だけど、とっても美味しいの
よ?」
「夢がなくて結構。俺はシビアに生きる。」
そんな〜。とももが文句を垂れるが知ったことではない。
まあ、彼女等にしてみれば夢の住人の小人なわけで、夢を否定されるのは嫌だろうが。
「とっても美味しいチョコレートなのに……あ、そうだ! ゆうとさん、お菓子好き?」
ぶつぶつと文句を垂れてたかと思うと、今度は目を輝かせているもも。こいつ、百面相できるんじゃないだろうか……。
「菓子?……嫌いじゃないが」
「やった! あのね、あのね、あかが作るハチミツクッキーがすっごく美味しいの!」
更に輝いた目で身を乗り出し、俺に視線を送る彼女の思考は手にとるようにわかる。
だからと言ってそうやすやすと欲求を飲む俺ではない。
「で、食いたいってか?」
「うん!食べたい!!」
欲求を飲む俺ではない。はずだが、いかんせんももには何故か弱い。
まあ、笑顔で女の子に懇願されれば普通はな。小さい小人だけどさ。だけど、小人の中ではそこそこの美人だとあかが言ってたし。よしとするか。
内心、意味の分からない屁理屈を立てながら、仕方なくしゃがんであかを見る。
あかは、まだ床に突っ伏したまま……。
「おい、あか。起きろ。一つ目の願いが決まったぞ」
「ふん。ももになんか鼻の下伸ばしてさ。それでお願いごとが決まった? デレデレしすぎじゃんか」
顔を上げて話し出したかと思いきや、こいつっ。
相当俺と喧嘩したいらしい。悪いが、売られた喧嘩は買うぞ!?
「あかったら、焼きもちやいて可愛いー!」
勢い勇んで腕捲りをしていたのだが、黄色い声に体勢を崩す。
もちろん声の主はももに他ならない。だが、それはあかには逆効果だろ……。
「自信過剰もいい加減にしろよ!」
ほら、カッと赤くなって怒鳴る。
しかし、あかは一瞬にして身を震わせたじろいだ。
ももの目がうるんだのだ。やはりあかも、ももには弱い。
こういうのを見てると、確に俺とあかは似た者同士かもしれない。と思わされるな。嫌だけど。
「ね、願い事を叶えないとは言ってないだろっ。」
早口でまくしたてるあかの姿を見てると、思うことがある。
俺の前でいちゃついてんじゃねぇ。
俺の内心を知ってかしらずか。いや、知らないであろうまま茶番劇は続く。
「でも、あか嫌そうな顔してた……」
ついに彼女の目から涙が溢れでる。びくりと身を震わせたのはあかだけではない。俺もだ。
「え、いや。その……」
慌てて弁解できないあか。んなもんだから、ももが顔を落とす。
仕方ないな。まったく。




